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第6章 その瞳は、悲し気ながらも強く輝いていた
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(たまきside)
私は電車のボックス席に座っている。
車窓に映るのは緑溢れる山の景色だ。カーブに差し掛かった電車は私の身体を大きく揺らした。そろそろ茨城に入るところかな。
耳元のイヤホンからはラジオのニュースが流れている。
----------
......アジアの大陸やヨーロッパで流行している、新型ウイルスですが。
日本に入ってきますでしょうか?
空港を封鎖していない以上、可能性がないとも言い切れませんね。
日本ではまだ未検出ですので何とも言えませんが......
----------
私はここでプレイヤーを切り替えて音楽を流した。旅情には、なんだかバラードが合いそうな気がする。
・・・
私はとある駅で下車した。
改札を抜けたところでペッパーをケージから出してあげる。彼はとてもはしゃいでいて、今にも走っていきたそうだった。
首輪とリードを結んであげると、ペッパーは我が物顔で歩き出した。尻尾を思い切り振る姿に私もなんだか嬉しくなった。
目的地は決まっているけれど、まずはペッパーに任せて歩かせてみたくなった。
閑静な住宅地を構わず歩く姿は、まるで散歩している風だけど。
私はよそ行きの服に珍しくネックレスをしているから、なんだか滑稽な姿に見えるものだ。
ペッパーは少しずつ走り出していく。
次第に私の身体は引っ張られて、曲がり角を色々曲がっていく。私はバランスが崩れた二人三脚みたいに走ってついて行くしかなかった。
だけども、彼はちゃんとした目的地にたどり着いたのだ。愛犬の帰巣本能を目の当たりにした瞬間だった。
そこは、二階建ての建屋と大きな庭がある、いかにも日本式の民家だった。
庭を抜けて玄関に行くと、ペッパーはお行儀良く座る。余程機嫌が良いんだね、尻尾を振っていた。
ワンワン!
力強く鳴くものだから、呼び鈴を押すまでもなく扉が開いた。
そこに、一人の女性が出てきた。セミロングの髪は綺麗な白髪に肩にストールをかけている姿は、まったく変わっていない。
「久しぶりだねえ、たまきちゃん」
「はい、おば様もお元気で」
ここはマスターの実家だ。
・・・
仏壇の前で手を合わせていると、マスターの母親はテーブルに麦茶を差し出してくれる。
「来てくれて嬉しいわ。
だけども、電話の一本をくれても良かったのに」
私は正座のまま彼女の方を向いて、揃ってお辞儀をした。顔をあげて私は謝った。
「この度はごめんなさい、急に来たくなったものですから」
「いいのよ、私も寂しくないんだから」
彼女はこの家で夫婦二人暮らしをしている。
夫は人材センターで働いている、今日は庭に車が止まっていないから仕事の日だろう。
お互いに元気いっぱいという訳じゃないけれど、しなやかな明るさを感じられる素晴らしいお二人だと思う。
適当に世間話をしていると、母親が質問してきた。
「お店の方はどうかしら?」
私はつい、顔を背けてしまった。聞かれたくない、そんな渋い顔をしていただろうか。
「息子のあとを継いでくれるって聞いたときは嬉しかったわ。
だけども、食べに行くのはどうも遠くて......」
「やっと軌道には乗せることができました。
だけども......」
......疲れてしまった。
たった一言を言いたいだけなんだ。それなのに、何だか口から出てこなくなった。疲れてお店を閉めている、そんなことを言ったら彼女は寂しくなるだろう。
私の様子を見ていたのだろうか、彼女は深く聞いてこなかった。
「良いのよ、答えなくて。
こうしてたまに顔を見せてくれるだけで嬉しいわ」
ペッパーは庭ではしゃいで走り回っている。彼の鳴き声が、緊張している私とはかけ離れていてなんだか滑稽だった。
すると、彼女は椅子から立ち上がると台所へ向かっていった。なんだか良い香りがしてくる。
しばらくしたら、彼女はお盆を持って戻ってくる。
なんだろうと思っていると、「piyo-piyo」で食べるものと同じような卵スープだった。
「お茶の時間だけど何も用意してないから、良かったら飲んでね」
話はマスターの事になっていた。
「あの子は昔からひょうきんで、いつも周りを楽しませる才能を持っていたわ。
家の中でも、学校でも、居るだけで場が明るくなる雰囲気で」
「ええ。
分かる気がします。
とても楽しくお仕事をさせて頂きました」
普段楽しませても、命の感謝のような大切なことを告げる。自然と惹きつけられる、素晴らしい方だと思う。
「あの子、小さいときに病気を患ってね。
生死をさまよっていたわ」
私は思わず目を丸くした、それは初耳だったからだ。
そうか、彼の命への感謝は、ここから始まったんだ......。
「でも、あの子は一番悪いことをしてしまった」
「親御さんより先に、お亡くなりになることですね」
彼女は椅子に座ったまま静かに頷いた。窓の外を見ている表情はどこか切ないながらも、ほほ笑んでいる不思議な感じだった。
「たまきちゃんは、どんな方と結婚するのかしら」
私ははにかみながらも、少し恥ずかしそうに答えた。
「よしてくださいよ、おば様」
「冗談で言っているんじゃないのよ。
親鳥の夢は雛の成長を見守ること、そして、あなたに託したいの」
......命の重み、その素晴らしさ。過去と未来が繋がって、今、私という存在がいる。
「息子の分まで、生きて頂戴ね」
私はこくりと頷いた。
・・・
家を出た私はペッパーと同じ歩幅で歩いている。
これからマスターのお墓参りをして、あとはホテルで一週間近く過ごそうと思う。澄んだ青空はまるで先ほどの卵スープのように、心を落ち着かせてくれる。
素材の味だけで見事な調和を保つスープ......。
私が「piyo-piyo」で作っているものは、マスターに教えてもらった味。それはこの家庭から生まれたんだなあ。家宝のように少しずつ受け継がれていって、今作ってあげたい姿を脳裏に浮かべた。
よく来てくださる彼は今、何をしているのだろうか。
私は電車のボックス席に座っている。
車窓に映るのは緑溢れる山の景色だ。カーブに差し掛かった電車は私の身体を大きく揺らした。そろそろ茨城に入るところかな。
耳元のイヤホンからはラジオのニュースが流れている。
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......アジアの大陸やヨーロッパで流行している、新型ウイルスですが。
日本に入ってきますでしょうか?
空港を封鎖していない以上、可能性がないとも言い切れませんね。
日本ではまだ未検出ですので何とも言えませんが......
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私はここでプレイヤーを切り替えて音楽を流した。旅情には、なんだかバラードが合いそうな気がする。
・・・
私はとある駅で下車した。
改札を抜けたところでペッパーをケージから出してあげる。彼はとてもはしゃいでいて、今にも走っていきたそうだった。
首輪とリードを結んであげると、ペッパーは我が物顔で歩き出した。尻尾を思い切り振る姿に私もなんだか嬉しくなった。
目的地は決まっているけれど、まずはペッパーに任せて歩かせてみたくなった。
閑静な住宅地を構わず歩く姿は、まるで散歩している風だけど。
私はよそ行きの服に珍しくネックレスをしているから、なんだか滑稽な姿に見えるものだ。
ペッパーは少しずつ走り出していく。
次第に私の身体は引っ張られて、曲がり角を色々曲がっていく。私はバランスが崩れた二人三脚みたいに走ってついて行くしかなかった。
だけども、彼はちゃんとした目的地にたどり着いたのだ。愛犬の帰巣本能を目の当たりにした瞬間だった。
そこは、二階建ての建屋と大きな庭がある、いかにも日本式の民家だった。
庭を抜けて玄関に行くと、ペッパーはお行儀良く座る。余程機嫌が良いんだね、尻尾を振っていた。
ワンワン!
力強く鳴くものだから、呼び鈴を押すまでもなく扉が開いた。
そこに、一人の女性が出てきた。セミロングの髪は綺麗な白髪に肩にストールをかけている姿は、まったく変わっていない。
「久しぶりだねえ、たまきちゃん」
「はい、おば様もお元気で」
ここはマスターの実家だ。
・・・
仏壇の前で手を合わせていると、マスターの母親はテーブルに麦茶を差し出してくれる。
「来てくれて嬉しいわ。
だけども、電話の一本をくれても良かったのに」
私は正座のまま彼女の方を向いて、揃ってお辞儀をした。顔をあげて私は謝った。
「この度はごめんなさい、急に来たくなったものですから」
「いいのよ、私も寂しくないんだから」
彼女はこの家で夫婦二人暮らしをしている。
夫は人材センターで働いている、今日は庭に車が止まっていないから仕事の日だろう。
お互いに元気いっぱいという訳じゃないけれど、しなやかな明るさを感じられる素晴らしいお二人だと思う。
適当に世間話をしていると、母親が質問してきた。
「お店の方はどうかしら?」
私はつい、顔を背けてしまった。聞かれたくない、そんな渋い顔をしていただろうか。
「息子のあとを継いでくれるって聞いたときは嬉しかったわ。
だけども、食べに行くのはどうも遠くて......」
「やっと軌道には乗せることができました。
だけども......」
......疲れてしまった。
たった一言を言いたいだけなんだ。それなのに、何だか口から出てこなくなった。疲れてお店を閉めている、そんなことを言ったら彼女は寂しくなるだろう。
私の様子を見ていたのだろうか、彼女は深く聞いてこなかった。
「良いのよ、答えなくて。
こうしてたまに顔を見せてくれるだけで嬉しいわ」
ペッパーは庭ではしゃいで走り回っている。彼の鳴き声が、緊張している私とはかけ離れていてなんだか滑稽だった。
すると、彼女は椅子から立ち上がると台所へ向かっていった。なんだか良い香りがしてくる。
しばらくしたら、彼女はお盆を持って戻ってくる。
なんだろうと思っていると、「piyo-piyo」で食べるものと同じような卵スープだった。
「お茶の時間だけど何も用意してないから、良かったら飲んでね」
話はマスターの事になっていた。
「あの子は昔からひょうきんで、いつも周りを楽しませる才能を持っていたわ。
家の中でも、学校でも、居るだけで場が明るくなる雰囲気で」
「ええ。
分かる気がします。
とても楽しくお仕事をさせて頂きました」
普段楽しませても、命の感謝のような大切なことを告げる。自然と惹きつけられる、素晴らしい方だと思う。
「あの子、小さいときに病気を患ってね。
生死をさまよっていたわ」
私は思わず目を丸くした、それは初耳だったからだ。
そうか、彼の命への感謝は、ここから始まったんだ......。
「でも、あの子は一番悪いことをしてしまった」
「親御さんより先に、お亡くなりになることですね」
彼女は椅子に座ったまま静かに頷いた。窓の外を見ている表情はどこか切ないながらも、ほほ笑んでいる不思議な感じだった。
「たまきちゃんは、どんな方と結婚するのかしら」
私ははにかみながらも、少し恥ずかしそうに答えた。
「よしてくださいよ、おば様」
「冗談で言っているんじゃないのよ。
親鳥の夢は雛の成長を見守ること、そして、あなたに託したいの」
......命の重み、その素晴らしさ。過去と未来が繋がって、今、私という存在がいる。
「息子の分まで、生きて頂戴ね」
私はこくりと頷いた。
・・・
家を出た私はペッパーと同じ歩幅で歩いている。
これからマスターのお墓参りをして、あとはホテルで一週間近く過ごそうと思う。澄んだ青空はまるで先ほどの卵スープのように、心を落ち着かせてくれる。
素材の味だけで見事な調和を保つスープ......。
私が「piyo-piyo」で作っているものは、マスターに教えてもらった味。それはこの家庭から生まれたんだなあ。家宝のように少しずつ受け継がれていって、今作ってあげたい姿を脳裏に浮かべた。
よく来てくださる彼は今、何をしているのだろうか。
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