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序章 『こんにちは、異世界』

三話

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 俺達四人は村から被害が出ないくらいに距離を取った。俺と冬香は横一列に地面に座っており、セシリアは小さなバックの中から取り出した丸眼鏡をかけ俺達の前にいる。気合いの入り方が違う。ちなみにニーロは近くにあった木の陰で寝転んでいた。

 セシリアは眼鏡をクイっと上にあげ、こほんと咳きをした。

「ではまず、魔力についてですが、これは血と同じように体中に巡っている『精霊の力』です。これを利用して魔法を使うのですよ」

「せんせー!なんで精霊の力なのに魔力っていうんですかー?」

 冬香は手を上に元気よく挙げた。冬香の質問にセシリアは嬉しそうにクイっとまた眼鏡をあげ、嬉しそうに口角をあげる。

「これは良く聞かれましてね。何故『精霊の力』なのに『魔力』と言うのか、という質問ですが、所説あります。一番の有力説と言われているのが、昔々、『魔力』は『魔物』しか持たないものと思われていました。なので『魔物の力』、『魔力』と言われていたんです。ただ、人間も持っている事が後に判明しましてその名残だそうです」
  
「ここまで理解できた人~!」とセシリアは嬉しそうに手を挙げ、俺達に聞いてくる。その言葉に冬香は元気よく返事をした。俺も理解出来たので返事をする。

「では次に、『魔法』についてですね。魔法は主に、火魔法、水魔法、風魔法、雷魔法、土魔法、陽魔法、月魔法の七つの種類に分かれています。その中で火、水、風、雷、土は魔法の基礎『五大魔法』と呼ばれて、誰でも使える魔法です。逆に陽魔法と月魔法は『固有魔法』とも呼ばれていて、使える人が少ないのです」

「せんせー!陽と月って具体的にどんな魔法があるんですかー!」

 冬香が手を挙げそう言った。確かに、他の魔法はなんとなく分かるが、陽と月だけが検討もつかない。俺は「俺も気になります」と続けた。セシリアはうれしそうに頷き、レッスンを続けた。どうやら、陽魔法と月魔法は厳密には違うらしいが、ゲームでいう所の『バフ』『デバフ』の関係にあるらしい。何故厳密には違うのか、それは、陽魔法と月魔法はさらに数百種類の魔法があるらしいからだ。そしてそれぞれ魔法の効果が違う。話すと長くなるらしいので、今回は数個だけ教えてもらった。説明が終わると、セシリアはバックの中から25cm程の先が細い棒を取り出した。その棒の持ち手は布で巻かれており、小さな丸い窪みにはビー玉のような白い玉が埋め込まれていた。その棒を持った瞬間に体全体がぞわっとしたが、何故だろうか。冬香もセシリアから棒を受け取り、驚いた声をあげていた。

「なんかぞわっとしたぁ......」

 セシリアはクスクスと笑う。

「杖が無くてもコツさえ掴めば魔法は出来ますが、初心者にはこの杖を使うのが一般的です。この杖は特殊な加工をしてまして、一番弱い初級の魔法しか使えなくなります。そのぞわっとしたのは体の中の魔力が制限された為ですね」

 冬香は「ほほぉ......」と杖を観察し始めた。俺も軽く振ったりしていると、セシリアの雰囲気が変わったような気がした。俺達はセシリアの方を見る。

「『魔法』の強さには初級魔法、中級魔法、上級魔法と三つに分かれています。ここはすごーく大事ですので絶対に覚えていてください」

 やはりセシリアの声色は少し低くなっており、真剣な眼差しをしていた。俺達も気を引き締めた。

「初級魔法は人に当てると軽傷で済みますが、それでも怪我を負わせることが出来ます。ただ、中級、上級魔法となるとそうとは行きません。中級は人を殺す事ができ、殺せはしなくても体の何処かを欠損させる事が出来るでしょう。そして上級は村を焼け野原にできます。あなた達はこれからそういう力を持とうとしていることを肝に銘じておいてください」

 俺達はセシリアのその言葉に深く頷いた。考えてみればそうだ。魔法は基本、どんな物語でも魔物の命を奪う為に使うものだった。そして、次郎おじさんを巻き込みながら放たれた魔法を俺は知っている。火で焦げた肉の匂い。血の独特の鉄の匂い。そして、次郎おじさんの痛みをこらえる声、あの時の光景は思い出したくもない。頭が狂いそうだった。

 そんな俺達をみてセシリアはまた笑顔になり、そして説明を続けた。

「『魔法』と言うのはイメージが大事なのです。炎だったらどういう炎なのか、水だったらどういう水なのかそれを細かく正確に頭の中に作りだすのです。実際に見せてみましょう」

 セシリアは大杖を空に掲げた。

「イメージしながら魔力を杖に集めます。そうですね......今回は初級程度の水の玉にしましょう。それが勢いよく飛んでいくように」

 セシリアがそういうと、杖の前に小さく水の玉が形成されていき空高くに放たれた。水の玉は真っ直ぐ進んだ後弾け、水が雨のように俺達に降り注いだ。俺達はまるでマジックショーでも見たかのように目を丸くしながら拍手した。そんな俺達をみてセシリアは口に手を当て笑った。

「私やります!!」

 冬香が空に杖を掲げ、目を瞑った。少し唸りながら体を強張らせていた。

「声に出していってみるといいですね。水、丸い、放て。と」

「水!丸い!放てぇぇ!!!」

 すると、冬香の杖から先ほどセシリアが出した水の玉と同じものが勢いよく空に飛んでいった。その玉は弾け、しずくが俺達に降り注ぐ。その光景をみた冬香がその場で飛び跳ねながら喜んだ。

「千秋みた!?できたよ!魔法!使えたんだよ!すごくない!?」

 脳が揺れる程俺の体を揺らしながら喜ぶ冬香に俺は親指を立てた。セシリアは空を見上げて、一言「綺麗......」と呟いた。それはまるで久しぶりに見た流れ星をその言葉に冬香はまた喜ぶ。

「でしょ!綺麗でしょ!」

 冬香はセシリアにピースをした。セシリアはその冬香を見て、顔についていた水滴を拭い頷いた。

「次は俺だな」

 俺は冬香と同じように杖を構え、頭に水の丸い玉を思い浮かべる。だが、数秒待っても出てこない。少々恥ずかしいがあの呪文を唱えるしかない。少し準備運動をした後、俺は息を吸い込んだ。

「水!丸い!放て!」

 しかし魔法は出なかった。

「水ぅ!丸いぃ!放てぇ!」

 しかし魔法は出なかった。

「水うううう!!!丸いいいいい!!!放てええええ!!!」

 俺の努力は虚しく。俺の叫びが辺り一遍に響き渡るだけだった。俺はその場に崩れ落ち、顔を手で押さえた。そう、俺は結構、いやかなり、いやいやすごく魔法を使ってみたかったのだ。ただ冬香みたいにはしゃぐのが恥ずかしかっただけで、魔法が使いたいと思っていた。だって男の子は普通に過ごしてたら超能力とかに憧れるのが定石だ。俺はショックで立ち上がれなくなった。そんな俺に冬香が肩をポンと叩き、「練習すれば出来るようになるよ!」と笑顔で親指を立ててきた。冬香はいつも俺が落ち込んでいるとこうやって笑ってくれる。俺は立ち上がった。そして、イメージした。シャボン玉のような水の玉、それが空高く勢いよく上がっていくイメージだ。

「水!丸い!放て!」

 俺はそう言った。しかし、杖からは何も出ず、空から何も降る事はなかった。それからセシリアに他の魔法も使ってみる様に言われ、試してみるが結果は出なかった。セシリアが言うには魔力があっても魔法が使えない人はそれなりにいるらしい。それほど魔法は難しい物なのだ。

 ***

 ショックでぼーっと空を見ていた。開いていた魂が口から出そうだった。遠くで魔法の練習をしている冬香達がいる。そんなニーロが笑いながら近づいてきた。

「よう!何」

 ニーロは俺の肩を叩く。その衝撃で魂が本当に空に飛びそうだったが、何とか引っ込めた。

「なんですか?」

「いやな、お前が落ち込んでる姿みてっとほっておけなくてな」

 二ーロの優しさに涙が出そうになった。そして少し気になった事がある。俺は隣に座ったニーロに聞いてみた。

「ニーロさんは魔法を使えるんです?」

「いや使えねぇよ。俺も魔力はそれなりにあるんだけどな」

「俺と同じって事です?」

「おう。そういう事だッ!」

 またニーロは俺の背中を叩いた。多分今鏡で背中を見たら赤く手の形があるだろう。

「だからそうくよくよすんなって、冬香ちゃん守りたいならいくらでも手はあるからよ。俺のこれだってそうだ」

 ニーロは地面に置いていた槍を持った。その槍を見る目は覚悟が決まった時にするような真剣な目をしていた。

「そんなんじゃないですよ」

「んな隠すなって、目を見ればわかる」

 ニーロは俺の目を真剣に見た。俺は目を離さずじっと見ると、ニーロは笑った。

「だからくよくよすんなって、武器の扱い方ならいくらでも教えてやるからよ」

 ニーロはニシシと笑う。そんな何処までも優しいこの人にまた一つ疑問が湧いてきた。

「どうしてここまでしてくれるんですか?」

 俺達は出会ったばかりだ。事情も訳が分からない。それなのにこの人たちは村まで所かお金を払ってくれて、魔法の練習までしてくれる。そして今武器の扱い方まで教えてくれると言った。こんなに優しいくしてくれるからこその出る疑問だ。そんな俺にニーロは槍を置き、空を見上げた。

「俺もそうされた側だからかな?」

「何かあったんですか?」

「あぁ、そう言えば言ってなかったな。俺とセシリアの故郷はもう無いんだ」

「どうしてですか?」

「魔物に壊されてな。もう全部火の海に消えていったよ友達も親も。必死に逃げてたら二人にあってな。その人たちのおかげで今こうして生きている訳よ。何処か似てるとこねぇか?」

「似てるというかそのまんまじゃないですか」

 俺達は顔を合わせ笑いあった。魔法が使えなくて落ち込んでいるさっきの俺が馬鹿らしく思えてきた。

「それにな。あの言葉あっただろ?『俺には返さなくていい』ってやつ」

「ありましたね」

「それ、俺の恩人からの受け売りだ。だからさ、俺の恩人の為にもそういう奴見かけたら助けてやってくれよ?」」

 俺は頷いた。するとまたニーロはまた頭を撫でてきた。悪い気分ではないが、なんだか恥ずかしく思えてきた。すると、誰かの腹の虫が鳴いた。俺だ。それに共鳴するようにニーロの腹の虫も鳴る。

「飯にすっか!ここの村は栄えていてな。うまい飯屋とか色々あんだよ」

「はい!」

「あっ、そうだ。これから敬語禁止な!俺達はもう兄弟だ!」

「兄弟!?お、おう!」

「なんだその返事」

 俺達はそんな他愛もない会話をしながら冬香達の所に向かった。
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