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【第五章】日常恋愛編『きみがいるから』
第146話 ほーりゅう
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大みそかまで暇なわたしは、夢乃の家に入り浸った。
九月に独り暮らしをはじめるために引っ越しをしたわたしは、そんなに年末大掃除をするほど汚れているところはないよねと、自分に言い訳をしながら簡単に済ませたし。
わたしの母は、家で毎年おせち料理を作る習慣がなかったので、夢乃のお母さんが作るところを見るのは楽しい。
買い出し係兼味見係をしながら、夢乃も手伝う姿を、わたしは飽きることなく眺めていた。
大みそかの日は夕方の五時ごろ、仕事が終わったわたしの叔母が、夢乃の家まで迎えにきてくれた。
夢乃と、夢乃のお母さんにお礼と年末の挨拶をして、重箱に詰まったおせち料理を、叔母とふたりでホクホクと持って帰る。
叔母は医師なので、元旦のお昼には交替で病院に戻るという。
独身で身軽な叔母は、いつも年末年始は病院へ泊まりだったそうだけれど、今年はわたしがいるから、少しでも休みをとってくれたらしい。
わたしはマンションへ戻ると、まずはお風呂に入ってさっぱりとした。
そしてマンションの五階の叔母の部屋で、一緒に年越し蕎麦を食べた。
そのまま、年末お決まりの歌番組をテレビで観ながらコタツでみかんを食べるという王道の時間をゆっくりと過ごす。
そして、長い番組が終わる前に、わたしはマンション二階の自分の部屋へと戻っていった。
明日は朝の八時ごろ、叔母のところへ新年の挨拶に行こう。
そして一緒にお雑煮とおせち料理を食べよう。たぶん、お年玉も貰えるだろうな。
そのころには届くであろう年賀状のチェックをしてから、夢乃の家へ行こうかな。
明子ちゃんから、初詣の待ち合わせの連絡が夢乃のところへ入るはず。
そんなことを考えながら、わたしは電気をつけて部屋の真ん中へ入っていった。
すると。
突然、部屋の電話が鳴り響いた。
真夜中の電話。
電話をかけるのは夜の十時まで。急ぎのとき以外は次の日に。
なんて思ったけれど、切れる様子もなく鳴り続けるので仕方がない。
本当に急ぎの電話かもしれないしと、わたしはおそるおそる受話器を取った。
『いますぐコートを着て、外へでてこい』
受話器を耳にあてたとたんに、携帯特有の雑音とともに、命令口調のジプシーの声が聞こえた。
そして反論する間もなく、すぐに切れる。
なに? なにがあったの?
それでも慌てて言われた通りにコートを着ると、わたしは部屋の鍵をかけるのもそこそこにマンションの外へ走りでる。
すると、マンションの入り口のすぐ前に、ジプシーが立っていた。
「なぁに? どうしたの?」
勢いこんで訊ねたわたしだけれど。
わたしの姿を一瞥したジプシーは、返事をせずに、さっさと歩きだした。
呆気にとられたまま、わたしは彼のあとを、数日前と同じ状況となって、ついていくはめになる。
なんとなく声をかけにくい雰囲気。
なにがあって、いまからどこへ行くんだろう?
まさか、こんな夜中にアスレチックではないはずだ。
無言で夜道を歩いていると、ふと、除夜の鐘の音がかすかに聞こえてきた。
「この近くに、お寺があるの?」
さすがに気になったので、ジプシーの背に小さな声をかけてみる。
「――いや。テレビの音が漏れ聞こえているんだろ」
前を向いたままの素っ気ない返事だったけれど、なるほどと思う。
この真夜中の時間帯、誰の姿もない住宅街。
でも、年末年始を起きて過ごすために、テレビをつけている人が多いようだ。
しばらくしてから、腕時計を見たジプシーがつぶやいた。
「年が明けた」
ああ、もう十二時を過ぎて、新年になったんだ。
そう思ったわたしは、このままジプシーがどこに向かうのかわからなかったけれど、一応型通りの言葉を口にしてみる。
「新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
わたしの声に、さすがに立ち止まって振り向いたジプシーは、深々と頭をさげたわたしを見ながら言った。
「新年おめでとう」
そして、すぐにジプシーは前を向いて歩きだす。
やがて、いままでわたしが通ったことのない大きなバス道の横断歩道を渡っていった。
バス道を渡った先に、小さな公園があった。
公園の中を通り抜ける形で隣接したところに、後ろに小さな森を従えた神社が見える。
公園と神社の境に作られた鳥居をくぐり、社殿まで続く参道を歩きながら、わたしはようやく気がついた。
そうか。
これってもしかして、初詣なんじゃない?
わたしはいままで昼間しか行ったことがなかったけれど、年がかわる夜中に初詣へ行く人がいるって聞いたことがある。
なんだ。
それならそうと最初に言ってくれたら、どこへ連れて行かれるのかとドキドキすることもなかったのに。
それにしても、こんなところに、街中に溶けこんだような小さな神社があるなんて。
九月に独り暮らしをはじめるために引っ越しをしたわたしは、そんなに年末大掃除をするほど汚れているところはないよねと、自分に言い訳をしながら簡単に済ませたし。
わたしの母は、家で毎年おせち料理を作る習慣がなかったので、夢乃のお母さんが作るところを見るのは楽しい。
買い出し係兼味見係をしながら、夢乃も手伝う姿を、わたしは飽きることなく眺めていた。
大みそかの日は夕方の五時ごろ、仕事が終わったわたしの叔母が、夢乃の家まで迎えにきてくれた。
夢乃と、夢乃のお母さんにお礼と年末の挨拶をして、重箱に詰まったおせち料理を、叔母とふたりでホクホクと持って帰る。
叔母は医師なので、元旦のお昼には交替で病院に戻るという。
独身で身軽な叔母は、いつも年末年始は病院へ泊まりだったそうだけれど、今年はわたしがいるから、少しでも休みをとってくれたらしい。
わたしはマンションへ戻ると、まずはお風呂に入ってさっぱりとした。
そしてマンションの五階の叔母の部屋で、一緒に年越し蕎麦を食べた。
そのまま、年末お決まりの歌番組をテレビで観ながらコタツでみかんを食べるという王道の時間をゆっくりと過ごす。
そして、長い番組が終わる前に、わたしはマンション二階の自分の部屋へと戻っていった。
明日は朝の八時ごろ、叔母のところへ新年の挨拶に行こう。
そして一緒にお雑煮とおせち料理を食べよう。たぶん、お年玉も貰えるだろうな。
そのころには届くであろう年賀状のチェックをしてから、夢乃の家へ行こうかな。
明子ちゃんから、初詣の待ち合わせの連絡が夢乃のところへ入るはず。
そんなことを考えながら、わたしは電気をつけて部屋の真ん中へ入っていった。
すると。
突然、部屋の電話が鳴り響いた。
真夜中の電話。
電話をかけるのは夜の十時まで。急ぎのとき以外は次の日に。
なんて思ったけれど、切れる様子もなく鳴り続けるので仕方がない。
本当に急ぎの電話かもしれないしと、わたしはおそるおそる受話器を取った。
『いますぐコートを着て、外へでてこい』
受話器を耳にあてたとたんに、携帯特有の雑音とともに、命令口調のジプシーの声が聞こえた。
そして反論する間もなく、すぐに切れる。
なに? なにがあったの?
それでも慌てて言われた通りにコートを着ると、わたしは部屋の鍵をかけるのもそこそこにマンションの外へ走りでる。
すると、マンションの入り口のすぐ前に、ジプシーが立っていた。
「なぁに? どうしたの?」
勢いこんで訊ねたわたしだけれど。
わたしの姿を一瞥したジプシーは、返事をせずに、さっさと歩きだした。
呆気にとられたまま、わたしは彼のあとを、数日前と同じ状況となって、ついていくはめになる。
なんとなく声をかけにくい雰囲気。
なにがあって、いまからどこへ行くんだろう?
まさか、こんな夜中にアスレチックではないはずだ。
無言で夜道を歩いていると、ふと、除夜の鐘の音がかすかに聞こえてきた。
「この近くに、お寺があるの?」
さすがに気になったので、ジプシーの背に小さな声をかけてみる。
「――いや。テレビの音が漏れ聞こえているんだろ」
前を向いたままの素っ気ない返事だったけれど、なるほどと思う。
この真夜中の時間帯、誰の姿もない住宅街。
でも、年末年始を起きて過ごすために、テレビをつけている人が多いようだ。
しばらくしてから、腕時計を見たジプシーがつぶやいた。
「年が明けた」
ああ、もう十二時を過ぎて、新年になったんだ。
そう思ったわたしは、このままジプシーがどこに向かうのかわからなかったけれど、一応型通りの言葉を口にしてみる。
「新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします」
わたしの声に、さすがに立ち止まって振り向いたジプシーは、深々と頭をさげたわたしを見ながら言った。
「新年おめでとう」
そして、すぐにジプシーは前を向いて歩きだす。
やがて、いままでわたしが通ったことのない大きなバス道の横断歩道を渡っていった。
バス道を渡った先に、小さな公園があった。
公園の中を通り抜ける形で隣接したところに、後ろに小さな森を従えた神社が見える。
公園と神社の境に作られた鳥居をくぐり、社殿まで続く参道を歩きながら、わたしはようやく気がついた。
そうか。
これってもしかして、初詣なんじゃない?
わたしはいままで昼間しか行ったことがなかったけれど、年がかわる夜中に初詣へ行く人がいるって聞いたことがある。
なんだ。
それならそうと最初に言ってくれたら、どこへ連れて行かれるのかとドキドキすることもなかったのに。
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