Heart

星蘭

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第三十一章 勇者と星を導く小鳥

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 エニフとシャウラに連れられて向かった先は、街外れの路地裏だった。シュライク達とは異なり、彼らには家がないという。普段は街中のベンチであったり、公園のベンチであったり……そう言った所で眠っているのだという。食べ物は適宜盗んできていることが多いのだとか……
 そんな話を聞いて、シュライクは目を細める。自分たちの境遇が特殊だったのだろうな、と考えて、シュライクは緩く首を振った。

「出てこいみんなー」

 エニフが声をかけると、路地の影からひょこひょこと人影が顔を出した。それを見て、シュライクは大きく目を見開いた。

「おぉ、結構仲間いるんだな」

 顔を出した影は四つ。エニフとシャウラの二人を合わせて六人だ。自分の家族にも、人数が近い。そう思うと何だか、少し懐かしいような気持ちになって。

 そんなシュライクの言葉にエニフは頷く。そして、一人一人を指さしながら、仲間達を紹介した。

「俺とシャウラと……あそこにいるアルフェラッツが年上」

 そう言って彼が示すのは、少し離れたところで様子を見ている背の高い少年だ。癖のある赤茶の髪に蜂蜜色の瞳の少年はちらりとシュライクに視線を向けたが、すぐに視線を逸らした。紹介されてもシャウラやエニフに笑顔を向けることもない。仲間、と言うには随分ドライな態度だと思ったが、クロウもそういうタイプだったしな、とシュライクは結論付ける。どうやら此処に集っているのも様々な境遇、様々な性格の子供たちなのだろう。それもまた、自分が居た場所を思い出させて懐かしくなる。

「ルクバトは俺たちより少し下。ティミラとキラナが最年少だな」

 ルクバトと呼ばれたのは穏やかに微笑む桃色の髪に鮮やかな紫の瞳の人懐っこそうな少年。紹介の通り、エニフとシャウラより少し年下に見える。ティミラ、キラナと示されたのは双子と思しき少年たちだった。どちらも少女と見まごうような可愛らしい顔立ちで、瞳はどちらも鮮やかな金色。白髪の方がキラナ、黒髪の方がティミラ、と言うようだった。

「……誰?」

 アルフェラッツ以外の子供たちは、エニフが連れて帰ってきたシュライクをまじまじと見つめて、問いかける。警戒と好奇心の綯交ぜになったような瞳。
 そんな彼らの様子を見つめているシュライクは問いかけに応えることもなく、目を細めていた。

「ん、どうかしたか?」

 おーい、とエニフに声をかけられて、シュライクははっとする。そして照れたように頬を掻きながら、言った。

「や、本当に俺とよく似てるなと思ってさ。俺にも家族がいたから……ちょっと懐かしくなってさ」

 そう言って、シュライクは笑う。遠く離れた街に置いてきた家族のことを思い出しながら。

 決まった住所のない旅暮らし。そんな中では手紙を送ることは出来ても受け取ることは出来ない。元気にしているだろうかと心配になることがないと言えば嘘になるが、それでも……きっと元気にしているだろうというのは長く一緒に暮らしてきたからこその信頼だった。そんな彼らへの思いが、今眼前に居る孤児たちを見て少し、強くなった。
 そんなシュライクの言葉にシャウラは眉を寄せる。そして唸るような声音で言った。

「ならわかるだろ。家族のため、仲間のために食い物を手に入れないといけない。僕たちは手段なんて選んでられないんだよ」

 その声は切実なものだった。手段を選べない、選ばない。そう言い切るシャウラの鮮やかなワイン色の瞳には強い光が燃えていた。

「俺たちにできる仕事なんて限られてる。その稼ぎでみんなを腹一杯食わせることなんてできないよ」

 エニフもそう言って、眉を下げる。特別なことなどできない自分たちでは出来ることなど限られている。その稼ぎで子供たちを養うことなど到底できない、と。
 その言葉はきっと真実だ。"今の"彼らが出来る仕事はそうないだろう。……だって。

「俺もずっとそう思ってた。仲間の……家族のためなら盗みでも何でもしてやる、って。でも、それじゃ駄目だって気付かせてくれたんだ」

 シュライクは真剣な表情でそう言った。

 思い出すのは、リオニスとの出会い。最悪と言って間違いないであろうあの出会いから、シュライクの未来はきっと変わった。もしあの時リオニスに出会わなければ、今も自分は故郷で盗みを働きながら家族と暮らしていただろう。否、もしかしたら……盗みを咎められ、誰かが捕まっていたかもしれない。
 きっと眼前の彼らもその覚悟をした上で生活をしているだろう。しかし、仲間が欠けることはきっと、彼らが一番恐れることのはずだ。

 そんなシュライクの言葉に、彼らは目を伏せた。盗みが良くないことも、このままの状況が良くないこともわかり切っているのだろう。けれど、と顔を上げたエニフが途方に暮れたように声を上げる。

「……ならどうしたらいいんだよ?」

 その問いかけに、シュライクは眉を下げる。それに対する回答をすぐに出せる程、シュライクはまだ大人ではない。

 イーグルなら、どうしていただろう。頭に浮かぶのは、自分の親代わりの男。自分が目指したい姿。もうこの世にいない彼を頭に浮かべながら暫し悩んだ末、彼が選んだのは……――


***


「で、困った末に俺たちを呼んだって訳か」
 
 苦笑いしながらシュライクの後ろに居る少年たちを見ているのは、勇者……リオニスだった。

 そう、シュライクが選んだ手段……それは仲間達を呼ぶことだった。
 自分ひとりでどれだけ考えても良い考えなど浮かびそうもなかったのである。困ったとき、どうしたら良いかわからなくなったとき……迷うことなく誰かに頼れるようになったのはきっと、今一緒にいる仲間たちのお蔭だ。
 脳内の親代わりならばきっと迷うことも困ることもなく、良い方法を見つけ出せたのだろうが、自分にその力がないことをシュライクはよく知っている。そして、そういう状況になったときどうするべきなのかを教えてくれたのは他でもない、あの街から自分が旅立つきっかけをくれた、そして共に旅をしている仲間なのである。

 当然、見も知らない人間を連れてくることを慎重なシャウラは渋ったが、"絶対に大丈夫だから!"と言う真っ直ぐなシュライクの言葉に折れた形である。

「ルビアに居た時の俺たちみたいでさ……」

 そう言いながらシュライクは肩を竦めた。放っておくという手段も取れただろう。けれどそうできなかったのは偏にかつての自分の境遇によく似ていたからだ。本当ならば一人で何とかしたかったがそれも適わず行き詰まったのだと素直に彼が話すのを聞いて仲間達は"シュライクらしいよ"と言って笑った。

「放っておけなかったのですね」

 ユスティニアはくすくすと笑う。穏やかな橄欖石の瞳に怒りはなく、寧ろ穏やかな光を湛えて子供たちを見ている。

「まぁ、実際放っておいたら早々に捕まるだろうしな……」

 一通り彼らの境遇の話を聞いたオズワルドはそう言って溜息を吐き出した。一見すると怒っているようにしか見えないが、その実子供達を本気で心配していることを仲間たちはよくわかっている。

「予行練習として色々教えてあげたら良いんじゃないかな。ボクたちも手伝うよ」

 ロレンスはそう言って、穏やかに微笑んだ。"予行練習"と言うのはきっと、シュライクがいつか作りたいと思っている身寄りのない子供たちの居場所を作るための予行練習、だろう。丁度良いという言い方をしては誤解を招くかもしれないが、良い訓練になるはずだとロレンスは言う。

 シュライクは許可を求めるようにリーダー……リオニスを見た。リオニスは小さく笑って、頷いて見せる。

「……あんまり長くは無理だけどな。この街で色々旅支度していこうと思ってたしその間なら構わないよ」

 この街に滞在していたのは、ここ暫くの忙しさで疲れた体を休ませるため、そして魔王の住むというオニキスを目指すための旅支度のため。のんびり遊ぶ時間はないが、慌てて出ていく必要もない。オニキスを目指す道のりで此処まで大きな街はもうあまりない。だからこそしっかりと準備をしておくべきだと進言したのは、この一団の最年長、オズワルドだった。それに当然リーダーであるリオニスも頷いた形だ。
そんな滞在の間ならば、と彼は言う。シュライクが旅立った理由も、将来の夢もよくよく知っているから。ライラックの瞳を穏やかに細めて、彼は頷くのだ。

「ありがとな、リオ!」

 リーダーの言葉にシュライクはパッと笑った。そして笑顔のまま、この街で生きる孤児たちに視線を向ける。短いやり取りをする彼らを見て、エニフは混乱した表情を浮かべていた。
 話が纏まったのか、そんな彼らの方へシュライクが視線を向けると、びくりと肩を跳ねさせて、警戒した声音でエニフは問うた。

「な、何だよ?」

 シュライクはそんな彼の頭をぐしゃりと撫でて、笑顔で言った。

「あんまり長い間は居られないけど、この街に居る間はお前たちに生きていく手段を教えてやるよ!」

 そう言って笑うシュライクは得意げで。その顔を見た子供たちは互いに顔を見合わせた。


***


 それから、勇者の仲間達は交代で孤児たちに様々なことを教え込んだ。リオニスは剣術(子供たちが剣など持てるはずもないので実際は棒術だが)を、シュライクは体術を、オズワルドは魔法で身を守る方法を教え、ユスティニアは医術や治癒魔法を教えた。ロレンスは音楽を彼らに教えながら、日々の疲れを癒してやっていた。

 初めこそ何を考えてそんな慈善事業のようなことをするのかと訝しんだ子供達。今までそんな善意を向けられたことは当然ない。見て見ぬふりをしてもらえればまだ良い方。小汚い子供と罵られ、石を投げられたことがない訳ではない。そんな自分たちを構う理由が全く読めず、人買いにでも売り飛ばすつもりかと正直かなり疑った。
 勇者と言うにはそう呼ばれていた少年は弱そうに見えて、勇者一行と言うには彼らは穏やか過ぎた。けれど……何くれとなく自分たちを構う彼らから、悪意や敵意を感じることは一切なかった。
 いつものように盗みを働こうとしたエニフを止めた孤児の"センパイ"は、ただ自分の将来の夢のための練習に付き合ってくれ! と笑顔で言った。それが自分たちにとっての利だ、と。その言葉に嘘がないとわかった子供たちは少しずつ、彼らのことを受け入れていった。

「無理に全てを覚える必要はないよ。俺たちもあんまり長く居られないから沢山のことは教えられないし。それぞれ、得意苦手はあるだろ?」

 シュライクは子供たちの様子を見ながら、その適性に応じて適切な"先生"を選んだ。例えば……

「あぁくっそー!」

 リオニスに向かって棒を振り下ろしたエニフはそれをあっさりと防がれていた。カウンターで足を小突かれ、ぴょんぴょんとその場で跳ねながら、彼はリオニスを睨みつける。リオニスは苦笑を漏らしながら軽く首を振った。

「闇雲にぶん回しても駄目だ」

 リオニスから剣術を、オズワルドから攻撃の魔法を学んでいるのはエニフとシャウラだ。彼らは年下の子供たちを守らなければという思いが人一倍強かった。
 魔王の影響で魔獣や魔物が出ることも珍しくない昨今、屋根もドアもない場所で眠る彼らはきっと格好の餌だ。仲間が欠けることがないように、と彼らは真剣そのものでリオニスたちの技術を学ぼうとした。何度も打ち込まれて手足に痣を作りながら、オズワルドの魔法を防ぎ損ねて軽い火傷をしながら、彼らは必死に学ぶ。ごく短い訓練の時間で少しでも自分たちを強くする手段を学ぶために。

「適当にぶん回して勝てるなら誰も苦労しない。上手に弾かないと、近くにいる仲間にあたることもある」

 リオニスの言葉にエニフは一瞬目を見開いて、それから表情を引き締めた。

「それは、嫌だ」
「守るために、ちゃんと強くなれ。相手を倒そうとしなくて良い。守れれば、それで良いんだ」

 リオニスは言い聞かせるようにそう言った。仲間を守るために強大な力は必ずしも必要ではない、と。強い力を持てない負け惜しみのようかもしれないけれど、それでも仲間を守りたいと、守れると思いたい。そんなリオニスの想いの籠った言葉だった。

「リオニスの言う通りだ」

 近くで彼らの様子を見ていたオズワルドはそう言って、頷いた。

「全てを焼き尽くせる炎よりも、仲間を温めるための炎の方が重要だ」

 そう言って、彼は少し寂し気に微笑んだ。強すぎる力を持つ彼の言葉は、重たい。
 それを聞いたリオニスは言葉を探して、口を噤む。しかし彼が言葉を吐き出すより早く、少年は首を傾げて、言った。

「オズの魔法、俺、凄いなって思ってるよ。オズの魔法も、守るための魔法だろ? いっぱい、教えてくれよな!」

 オズワルドの生い立ちも過去も、この少年は知らない。先生として魔法を教えてくれるオズワルドの姿しか知らない。けれど彼は言うのだ。彼の魔法は強く、優しいと。教えてほしいと、無邪気に笑うのだ。

「……先越されたなぁ」

 がしがしと頭を掻いたリオニスは笑う。そして最強の魔法使いと呼ばれた青年に、言う。

「俺たちはいつもオズに助けられてるよ」

 真っ直ぐなエニフとリオニスの言葉にオズワルドは大きく榛の瞳を見開く。それから、少し困ったように笑った。

 そんな彼らのすぐ傍で。

「そうそう、上手ですよ。シュライクが言った通り、ルクバトは治癒魔法の適性が高そうですね」

 ユスティニアの傍で仲間であるシャウラに簡単な治癒魔法を使っているのはルクバトだった。先刻までリオニスに剣代わりの棒を振り回していたシャウラは手足に幾つも打撲の痕を作っていた。それをルクバトは魔法で癒す。
 治癒魔法とは言っても人間の自然治癒力速度を高めるという効果のその魔法は、重い病や深い傷には気休め程度にしかならないが、きっと彼らの生活では役に立つ。軽い傷や風邪で命を落とす可能性だってあるのだから。ユスティニアは真面目な顔でそうルクバトに語った。

 上手だと褒めるその言葉に頷いた大人しい少年は"先生"に褒められて、照れ臭そうに頬を染めた。

「そう? 嬉しいな」

 そんな"弟子"を見て目を細めたユスティニアはふと思い出したように顔を上げた。

「あと、シャウラ」

 ルクバトの治療を受けていたシャウラは顔を上げ、首を傾げる。

「何?」

 リオニスにあっさり負けてしまうことが悔しいのだろう。ぶっきらぼうに返すシャウラに、ユスティニアは微笑みかけて、言った。

「貴方はあまり無理をし過ぎないように。女の子だから、と差別をするつもりはありませんが……体のつくりが違うのですから体力に差がつくのはある程度致し方のないことですよ。無茶をして体を壊すようなことはしないでくださいね」

 そう微笑まれたシャウラはワイン色の瞳を大きく、それは大きく見開いた。

「え!?」

 驚いた声を上げて後ずさるシャウラ。それを見つめ、ユスティニアはぱちりと瞬く。

「あれ、違いましたか?」

 きょとんとした顔をして、ユスティニアは首を傾げる。それを見つめたシャウラは視線をあちらこちらへ逃がした。

「……違わない、けど」

 顔を赤くして、彼……否、彼女は俯く。短い赤髪が表情を隠す。
 ……そう。シャウラは、少年のように振舞ってこそいたが、少女だったのだ。

「え、ユスティ、本当か?」

 そう声を上げたのは思わず手を止めたリオニスだ。先刻まで自分に斬りかかってきていたシャウラが"女性だ"とユスティニアは言っているのだ。

「え、リオニスは気づいていなかったのですか?」

 不思議そうに首を傾げるユスティニア。それを聞いて、リオニスは改めてシャウラを見つめる。短い赤髪に、ツリ目気味のワインレッドの瞳。十歳かそこいらの体躯は正直男も女もよくわからない。表情も振舞いも凛々しく、エニフよりもしっかり者のシャウラ。言われなければきっと、気付かなかっただろう。

「寧ろユスティは何でわかったんだ?」
「体格も雰囲気も女の子のそれだなと」

 そう思っていたのですが、とユスティニアは困惑したように言う。リオニスが全く気が付かなかったのと同じで、ユスティニアは全員が気が付いているものだと思っていたらしい。

「シャウラが女だって一発で分かった奴、初めてみた」

 エニフはそう言う。ルクバトもその言葉に頷いている。仲間達は当然、シャウラの性別は知っていたのだろう。今までシャウラの性別を一度で言い当てた人間は居ないのだ、と彼らは驚いた声を上げた。いつも街中で声をかけられるにしても"坊主"だの"そこの少年"だのと言われていたらしい。

 俯いたままのシャウラは消え入りそうな声で言った。

「……変か? 男じゃないのに、男みたいにしてるの」

 弱弱しい声のそんな問いかけに、ユスティニアはゆっくりと橄欖石色の瞳を瞬かせた。それから、首を振って見せる。

「いいえ。変だとか、可笑しいとは思わないし言いませんよ。貴方がどうありたいかが大事ですから。貴方が仲間を想う気持ちも、強くなりたいと思う気持ちも、本物なのは良くわかります。
 ただ、体格の差などのどうしようもないことで無茶をして怪我をしたり、体を壊してほしくないな、と思っただけです」

 そう言って、治癒術師はのほほんと笑った。それを聞いてシャウラはぱちぱちとワイン色の瞳を瞬かせた後、へにゃりと力が抜けたように笑った。

「変な奴」

 そっけなくそう言いながらも何処か安心したような表情と声音だ。
 深く聞こうとは思わないし、推測でしかないけれど……今まで嫌な想いをしたことも多かったのだろう。そして、否定されるのが怖かったのだろう。自分の在り方を。ユスティニアの答えを待つ彼女の表情はまるで迷子の子供のようで、答えを貰った後ははぐれた親を見つけたような安堵の表情だった、とユスティニアは思う。

 傷ついた体は癒せる。でも心は簡単に癒せない。深く深く傷ついた仲間達を知っているユスティニアは、ふっと息を吐き出して、口を開いた。

「良いんですよ。生き方は、自由なんです」

 そう言って、ユスティニアは微笑む。自由、と言う言葉のあたたかさを噛みしめながら。

「ねぇねぇロレンス、ぼくたちには何ができる?」
「ぼくたちにも、なにかできる?」

 楽士にそう問いかけるのは最年少の双子。髪色だけが違うそっくりな二人は、きらきらとした瞳で楽士を見つめて問いかける。自分たちには何が出来るだろうか、と。

「いつもお留守番だから」
「みんながかえってくるのを待つだけだから」
「ぼくたちには、なにができるだろう」

 そう問いかける彼らは、幼いながらに一生懸命だった。一緒に暮らす仲間達のために何かしたい、と。

 それを見て、ロレンスは少し考え込む顔をした。まだまだ幼い彼ら。聞けば歳はまだ8つだという。当然戦うことはできないだろう。治癒の魔法もあまり得意ではないと言っていた。そんな彼らにできることは何だろう。

 目を伏せ考え込んでいた彼は顔を上げた。そして期待に満ちた二対の瞳を見つめて、微笑みながら口を開く。

「例えば……たくさん、物語を覚えるのはどうかな。それを歌って、いろんな人に伝えてみるのはどうだろう。二人はとても、歌が上手だから。
 許可を取らないといけないかもしれないけれど、広場とかで歌を歌ってみたら、お金を上手に稼げるかもしれない。
 そうした歌を喜んで聴いてくれる大人はきっと多いよ。この街の人たちは心に余裕があるようだから、そうした芸術も好きなはず」

 ぐるりと見て回った限り、この街の人間は決して気性が荒い訳ではない。良くも悪くも穏やかで平凡で、"普通"なだけだ。街をうろつく孤児たちを保護する人間も居ないようだが、進んで石を投げるような人間もそうたくさんはいないらしい。
 それに、芸術はどうやら好きな人間が多そうなのだ。実はユスティニアと街を見て回っているとき、小型の魔獣が現れて騒ぎになりかけた。ロレンスが魔法でそれを鎮静化させたのを見た街の人々は魔法に感激するよりも、ロレンスが持っていた竪琴に興味を示した。何か弾いてはくれないか、と頼まれもした。オニキスに近いこの街には最近楽団も劇団もろくには来ないのだと残念がっていた。
 娯楽に飢えているらしいこの街の人々にとって歌はきっと良い刺激になるはずだ。それを上手に使えばきっと良い商売になると、ロレンスは彼らに言う。

「そうすればきっとご飯を買うお金を集められるよ。仲間のみんなの手伝いにも、なるんじゃあないかな」
「ほんとう?」

 ロレンスの言葉に双子はぱっと顔を輝かせた。前のめりになる幼い二人に、ロレンスは真剣な声で言葉を続けた。

「キミたちだけで行くのは、駄目だよ。悪い大人も居るかもしれない。シャウラやエニフと一緒に行くのが絶対だ」

 そう言って、彼は眉を下げる。哀しいけれど、幼く可愛い、身寄りのない子供をかどわかそうとする者が絶対に居ないとは口が裂けても言えないのだ。だから決して幼い二人だけで、抵抗の術を持たない二人だけで行くのは駄目だとロレンスは教え込む。
 彼につられたように表情を硬くした二人を見つめ、ロレンスは言った。

「それが約束できるなら、ボクに教えられる限りの物語を、歌を教えるよ」

 それがボクにできることだ、とロレンスは言う。それを聞いた双子は顔を見合せて、真剣な表情でロレンスを見つめた。

「……出来るようになったら、みんなは喜ぶ?」
「みんなの役に、立てるかなあ?」

 ロレンスに問いかけるティミラとキラナ。二人の言葉にロレンスは大きく目を見開く。そして、自分を役立たずだと寂しく笑っていた楽士は、力強く頷いて見せた。

「きっと、喜ばれる。みんなのためになるよ」



***



 子供たちに様々なことを教える仲間達を見て回り、時折自分も体術を教えてやりながら、シュライクはきょろきょろと周囲を見渡した。一人、足りない。

「あれ? 彼奴は?」
「彼奴? ……あぁ、アルフェか」

 そうだ、あのそっけない態度の少年……アルフェラッツの姿がない。彼はどうしたのかとシュライクが問いかけると、リオニスとの打ち合いの合間、休憩していたエニフは困ったように答える。

「いつもどっかいっちゃうんだよ」

 エニフが言うには、いつものことだという。寧ろ、シュライクがリオニス達を連れて戻ってきたとき、あの場所に彼が居たのが珍しいくらいだ、と。

「飯の時とかは居るし、収穫がゼロって訳でもないから悪い奴じゃないとは思うんだけどさあ……なんか、いつも声かけてもそっけないんだよね」

 一緒に遊ぶことも、"仕事"をすることもない。ルクバトや双子が声をかけても自分に構うな、と言って姿を消してしまうのだとエニフは困ったように言った。一緒に過ごす仲間なのだ、せっかくならば一緒に過ごしたいと思っているのだけれど、と。

「……ふぅん」

 小さく唸ったシュライクはエニフに問いかけた。

「大体何処に居るか、とかはわかるか?」
「え? あー……大体わかるけど」

 エニフは少し考え込んで、幾つか候補の土地を挙げた。街はずれの広場、行き止まりの路地裏、森の入り口にある小川の傍……何処も人があまり来ない場所ばかりだった。

 それを聞いたシュライクは少し、眉を寄せた。そして。

「ちょっと、様子見てくる」

 放っておけない。そうシュライクは思った。あの時以来、あの少年……アルフェラッツには会っていないのだ。彼がどんな子供なのか、何が得意で何が苦手なのかもわかっていない。こうして姿を消してしまうのに理由があるのかないのかさえわからない。
 そんな状態で、姿が見えないなら仕方がないと諦めるようなシュライクではない。

「え、あ、シュライク?」

 すたすたと歩き出すシュライクを見て、エニフは戸惑った声を上げた。この後でシュライクから体術を習う約束をしていたからだろう。シュライクはすまなそうに笑って、エニフに言った。

「ごめん、また明日教えるよ。今日はリオに色々教えてもらってくれ! リオ、頼んだ!」
「あまり遅くなるなよー」

 そうリオニスに呼びかけられて、シュライクはひらひらと手を振って見せたのだった。

 
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