Heart

星蘭

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第三十九章 勇者の強さと果たすべき責任

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 生まれたときから、その男は異端だった。他の人間にはない強い力。他の人間にはない強い魔力。それを自在に操れる能力。教えられずとも読み書きができ、魔法を自在に操ることが出来た。
 そんな子供の両親おやはそんな彼を恐れ、棄てた。棄てられても一人で生きていけるだけの強い力を持っていた彼は、生き残った。

 異端の者が選ぶことが出来る道は少なかった。強い力を使い、獣を倒した。強い力を使い、悪人を捕らえた。
 そんな日々を送っていれば、強い力を頼って、人が集まってきた。街を守護してほしいと頼られた。恐ろしい魔獣を倒してほしいと望まれた。悪党に奪われた財を取り返してほしいと懇願された。

 彼にはそれが嬉しかった。だから、人にはないその力を使い続けた。

 彼は誰にも負けない存在だった。彼に倒せない獣はおらず、気が付けば世界を脅かす悪人も、彼の名を聞けば恐れ慄くようになっていた。
 それを彼は、得意に思った。幼い頃に読んだ古い伝説に語られるような英雄になれると彼は思っていた。強く、美しく、人々に讃えられ、愛される存在に。

 やがて彼は住居を与えられた。与えられたのは、人里から離れた場所……オニキスにある館。獣が多く、悪党が根城にすることも多いとされる、呪われた土地。そこに住み、周囲を守護してほしいのだと、彼を頼った人間たちはそう言った。
 彼は魔法を使えばすぐに他の街に行くことができた。故に、幾ら不毛の地に居ても、頼られればすぐに駆け付けることができた。他の人間が住まうことのできない不便な地に居を構えるのも強き者のすべきことであると理解した。

 けれど、実際は違っていた。それを理解したのは、何年も孤独にオニキスの居城で過ごした後だった。

 オニキスの周囲の獣もおおよそ狩り尽した。恐ろしい企てをする悪党たちは皆追い払い、或いは幾らか反省するまで痛めつけてから、然るべき機関に放り込んだ。することがなくなれば、流石に一人は暇である。だから彼は、誰に呼ばれた訳でもなく、その居城を離れ、人里へ向かった。

 不意に現れた彼を見た人々の表情は、歓迎のそれではなく……酷く引き攣ったものだった。驚き、不安、そして……恐怖。それが色濃く滲む顔を、繕ったような笑みで覆っていた。その姿を見て、彼は唐突に理解した。

―― 自分は体よく街から追放されたのだと。

 強い力を持つ者が近くに居るのは恐ろしい。復讐のためにかつて彼が倒した者の残党が襲ってこないとも限らない。だから、自分の居城はオニキスにあるのだと、彼は漸く理解した。

 これが、街を守る者への仕打ちだろうか。これが、獣を、悪党を狩り尽した人間への仕打ちだろうか。……強い者ならば、この孤独に耐えるのも宿命だというのだろうか?

―― 違う、違う!

 求めたのは、こんなものではない。彼は、そう思った。自分が憧れたのは、こんな……まるで怪物のような扱いではない、と。

 何故こうなってしまったのだ、と彼は悩んだ。どうすれば人に愛される勇者になれたのか、と。

 彼は決して、特別なものを願った訳ではなかった。人々と共に過ごす日々を送りたいだけだった。
 何度も何度も、手を伸ばした。誰かその手を取ってくれと、近くに居てくれと、ただそう願った。しかしそれは叶うことなく、人々は彼を恐れ、畏れて……

―― 嗚呼、こんなことならば。
 
「こんなことなら、強さなんていらない……!」
 
 あの時、彼はそう願った。"特別な存在"などでなくて良い、と。魔力も、腕力も、並みで良い。目立たない、特別でない存在で良い。そうありたいと、彼は強く強く願った。
 その切実な想いは、彼が持つ強い魔力と共鳴して、その願いを叶えた。人ならざる力を切り離し、周囲に恐れられた記憶を失い、平凡な人間としての生をやり直したのだ。

 切り離された"力"の中には無論、魔力も含まれていた。その魔力が干渉したのか、形を持たないはずの"力"は、感情を持ち、一つの形を取った。平凡なヒトとして生まれ直した、"リオニス・ラズフィールド"とよく似た、けれども明らかにヒトではない、怪物としての形を。

 その怪物は憤った。自分の在り方を棄て、過ちであったと踏み台にして、別の道を歩んでいこうとする"自分自身"を。
 自分つよさが誤りであったというのか。だから棄てるのか。なかったことにして、全てを消し去って、やり直しを選ぶのか。

―― そんなことは、赦さない。

 怪物は、魔王と言う形を取った。そして、平凡を歩もうとした"自分"を引っ張った。勇者として生きる道へと。

 
*** 
 
 
「俺はお前だ。強い力を持った勇者であったお前が恐れ、切り捨てた、お前の"強さ"だ」

 レナードは言う。リオニスはそれを聞き、目を伏せた。
 何を馬鹿なことを、と一蹴できなかった。それはきっと……レナードの言葉が真実だと、リオニス自身が感じ取っているからで。

 脳内に、記憶が蘇る。それは、何度も何度も夢で見た景色だった。周囲の人に伸ばされる手。誰にも取ってもらえないそれをだらりと下ろし、途方に暮れた顔をしているのは他でもない……自分自身だった。

 一人は寂しい。一人は怖い。誰か、誰か、傍に居て……そう願い、静かな部屋で一人涙を溢した。
 誰も拭ってはくれない涙が止まった時、自分は願ったのだ。強さなどいらない、普通になりたい、と。
 その願いは、叶ってしまった。強さを消し去るのではなく、自分の中から切り離し、追い出すという形で。……まさかその強さという概念が、形を保つことになろうとは一切考えていなかったけれど。
 夢の中の少年が浮かべていたあの笑みは、きっと"自分リオニスのものではない。復讐を誓った魔王レナードのものだったのだろう。見てもすぐに忘れてしまっていた夢が、今でははっきりと思い出せた。

 レナードはリオニスの顔を上向かせる。そして、真っ直ぐにリオニスを見つめながら、静かな声で言った。

「お前はずっと憧れていた。絵本で、伝説で語られる勇者に。人に愛され、讃えられる存在に」

それはリオニスに投げている言葉であり、尚且つ自分自身に告げるようなものでもあった。

 嗚呼、そうだ。ずっと、憧れていた。強く、美しく、勇ましい存在。悪を倒し、人々に愛される存在。それに憧れ続けていた。自分の力があればそうなれると、そう思っていた。リオニスはそう思い、ぐっと拳を握る。

 そんな彼を見つめながら、顔を歪め、レナードは言葉を紡いだ。

「けれど、人はお前を受け入れなかった。お前は異端だと、恐ろしいものだと隔離した。それを嘆いたお前は望んだんだ。"普通になりたい"と。強さなどなければ、と望んだ。
 お前の強い想いが、魔力が、"強さ"を引きはがした。そしてお前は生まれ変わったんだ。平凡な孤児のリオニス・ラズフィールドとして」
 
 金緑の瞳が、怒りに燃える。それはきっと、理不尽な怒りではない。不要であると切り捨てられたモノが持った、至極真っ当な怒りだ。

「お前は全てを置き去りにした。強大な魔力も、強靭な肉体も、強さという概念全てを置き去りにしたんだ」
 
 決して怒鳴る訳ではない。けれど確かな怒りを灯したその声は、リオニスを責めた。自分の有り様を無理矢理に曲げて、その一部分を不要であると切り捨てた。そして全てを忘れ、生きていこうとした。それを魔王レナードは赦せなかったのだ。
 ……理解は、しきれない。だが、納得はする。愛されたかった。誰かに傍に居て欲しいと願っていた。そんな想いの欠片がヒトに似た形を持ち、"自分自身"にすら捨てられたとしたら……きっと、酷く絶望する。

 黙ったままのリオニスを見つめたまま、レナードは言った。

「自分が置き去りにしたものが怪物となって、その怪物に復讐される気持ちはどうだ。強さを捨てた所為で漸くできた大切なものを全て奪われた気持ちはどうだ、勇者様!」

 彼は突きつけたいのだろう。強さを捨て、やり直しを選んだ自分は間違っているのだと。だから、嗤うのだ。自分が切り捨てたモノによって、漸く手に入れた大切なものを奪われた、平凡を望んだ勇者を。無様だと。愚かだと。
 
「……ああ、それで俺が"勇者"なんかに選ばれたのか」

 漸く、腑に落ちた。そっと、腕に刻まれた痣に触れる。
 これが浮かび上がった時、まるで呪いのようだと確かに思ったが……事実、これは呪いだった訳だ。切り離された自分自身がかけた、解けることのない呪い、復讐の誓いだったのだ。
  
「理解できただろう。強さがなければ何も守れない! 弱くなったお前は、やり直しの中で見つけた縁さえ、守ることはできなかった!」

 勝ち誇ったようにレナードは言う。その言葉にリオニスはもう一度、目を伏せた。

 冷たくなった、仲間の骸。守り抜けなかった、大切なもの。……守りたかった、大切なもの。それを想いながら、彼はそっと息を吸った。

「あぁ、それは認めるよ。俺の所為だ。俺が……俺が弱かったから、お前を生み出した。お前を怪物に、魔王にしてしまったのも俺だ」
 
 全て、全て、自分の所為だ。彼はそう認める。過去がどうだったとか、そんなことは一切関係ない。自分が取った行動で、魔王が生まれてしまった。その所為で、きっと奪われるはずのなかった命が幾つも奪われた。

 頭をよぎるのは、仲間と歩んできた道。
 シュライクたちに荷物を盗まれ、追いかけたときの驚きと焦り。ユスティニアの居た教団で向き合った悪魔との戦闘。オズワルドを炎の中から助け出した時の緊張感。ロレンスの涙を見たときの安堵。
 育った街を旅立った時は、全く想像していなかった。このまま世界が滅んだら流石に後味が悪いから、街でちらちらと向けられる人々の視線が鬱陶しかったから、そんな理由で旅立ったあの時には。こんなにも大切な仲間が出来ることも、彼らと楽しいことや苦しいことを味わいながら歩んで、その果てで……自分の無力さを痛感することなんて、全く想像していなかった。

「全部全部、確かに俺の所為だ。……だから」

 彼はそう言って、自分に触れているレナードを強く、突き飛ばした。よろめき、後退する彼を見据えたまま、強く剣を握り締めて、顔を上げた。そして、驚いた顔をしている自分によく似た魔王を見据え、静かな声で、彼は言った。
 
「終わりにしよう。俺が始めてしまったことなんだから」
 
 俺が決着をつけなきゃな。そう言いながら、リオニスは息を吐く。そのライラックの瞳には、もう迷いの色はなかった。

「俺は、お前を倒すよレナード。それが勇者おれの、責任だ」


 
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