Heart

星蘭

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第四十二章 勇者と仲間の消えない絆

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「……は?」
  
 掠れた声が、リオニスの口から零れた。それと同時に、視界に入り込んでくる銀髪の少年の顔。リオニスの前でひらひらと手を振る彼を見て、リオニスはぽかんと口を開ける。状況が、わからない。飲み込めない。脳が情報処理を拒否してしまったかのように、眼前に映るものだけをただ目が追いかけた。
 
「リオ! 目ぇ覚めたのか!」
 
 おいユスティ、リオが起きたぞ! 響く上機嫌な声と同時、もう一つ覗き込んでくる顔。さらさらとした白金の髪が首筋に当たって、擽ったい。心配そうに伸ばされた手が、そっと頬を撫でる。その冷たさにぴくりとリオニスが肩を跳ねさせれば、眼前の白金の髪の青年はほっと息を吐いた。
 
「良かった……」
 
 安堵の表情で微笑む青年の姿を見て、リオニスはゆっくりと瞬きを繰り返した。
 
「……ユスティ?」
 
 掠れた声で名を呼べば、眼前の少年……ユスティニアの瞳が潤んだ。はい、と返事をする声も、微かに震えている。
 
「あーもう! 心配させんなよな!」
 
 強い力で額を小突かれる。強い、とは言っても彼としては相当に手加減したのだとは思うが、それでも痛い。じんじんと痛む額に手を置くこともできないまま、リオニスは口を開いた。
 
「シュライク……だよな?」
 
 まだ茫然としているリオニスの問いかけに、銀髪の少年はにかっと笑って、おう! と短く返す。その声は、表情は、雰囲気は……よく知った、ずっと一緒に旅をしてきた仲間のそれに相違なくて。
 
「夢……」
 
 思わず、そんな言葉が漏れた。

 それも至極当然のこと。だって、仲間は皆……そう思い、頬をつねろうと腕を持ち上げかけるが、それだけでも体に痛みが走る。この痛みが現実だと教えてくれている……そう思いたいが、眼前で起きていることに説明がつかなくて、理解が出来なくて、リオニスは混乱したまま、ただ眼前にいる仲間をまじまじと見つめることしかできずにいた。
 目を閉じることもできない。したくない。……また目を閉じて眠ってしまえば、やはり夢が覚めて、彼らのいない現実に戻ってしまうのではないか……そう思ってしまうから。

 しかし。
 
「夢ではない」
 
 呆れたような、それでいて優しい声も、リオニスがよく知ったもの。冷静沈着な魔法使い、オズワルドのものだ。首を少し動かせば、リオニスのすぐ傍に膝をついている彼も、あまり表情の変わらない顔に微かな笑みを浮かべているようだった。それを見つめ、リオニスは混乱したように言葉を紡いだ。
 
「でも……みんな、死んで……」
 
 口に出したくなどない現実だった。自分の力が及ばず、守り切れなかった大切な仲間。彼らの躯を、自分は確かに見たのだ。それなのに、何故?

 混乱した表情でそう問いかけるリオニスを、そっと誰かが抱き起こした。そのまま、ふわりと頭を撫でられる。
 
「大丈夫、生きてるよ、ちゃんと」
 
 柔らかなそんな声と同時、そっと手を握られる。リオニスを抱き起した張本人……ロレンスは、穏やかに微笑んでいた。

 体を起こして、漸く全員の姿が見えた。シュライクが、ユスティニアが、オズワルドが、ロレンスが居る。……笑って、自分を見ている。皆、無傷という訳ではない。レナードの居る広間を目指して戦いながら駆け抜けたあの時に負った傷はそのままで、あちらこちらに血が滲んでいる。しかし……確かに生きている。間違いなく、生きている。

 夢ではない。それは、理解できた。……理解できたけれど。 

「でも、なんで……」
 
 何故、彼らは無事なのか。無事であったことは良いことなのだけれど、一体何が起きたのか。
 リオニスは混乱した表情で、仲間たちの顔を見る。彼の言葉に、声音に、シュライクが肩を竦めた。
 
「そこは、俺たちも良くわからないんだよなぁ」
「無事で済まなかったのは、きっと間違いないのですが……」
 
 ユスティニアも困ったように眉を下げる。曰く、あの魔力に飲み込まれた後の記憶はないらしい。多分ほんとに一度は死んだんだと思うけどな、とシュライクがあまりに軽い調子で言うものだから、リオニスの表情が引き攣った。
 
「真っ白な空間の夢を見ていた。その夢から覚めたら、此処に居た」
 
 そんなオズワルドの言葉に、リオニス以外の仲間たちは息を呑み……それから、小さく頷いた。
 
「そうだな、それは確かだ」
「皆もだったのですね」
「ボクだけかと思った」
 
 皆一様に、夢を見ていたのだと言う。そう語る彼らの表情は切なげなものだった。
 


***


 
 ゆっくりと、目を開ける。闇に飲み込まれ、吐き出されたその先で。小さく呻き、銀髪の少年は瞬きを繰り返した。霞んだ視界が、ゆっくりと瞬く間に鮮明になっていく。真っ白い空間。あぁ、自分は死んだのだろうか? そんなことを考え、辺りを見渡した。
 
「シュライク」
 
 良く知った声で、名を呼ばれた。良く知っている、けれど……聞こえるはずのない声。それを聞いて大きく目を見開いたネモフィラ色の瞳の少年は顔をその声の主の方へ向けた。
 
「っ……イーグル?」
 
 そこに立っているのは、一人の男だった。老人と言うにはまだ若い、鋭く険しい目をした男性。シュライクにとっては父親代わりだった、賢く強い人。
 二年前に死んだはずの彼が目の前に居るのは、やはり……自分は死んだのだろう。そう思いながら、シュライクは苦笑する。魔王にはやはり、自分ごときでは勝ち目がなかったかぁ……などと思っていれば。
 
「良く頑張ったな」
 
 伸びてきたイーグルの手が、そっと頭に乗った。そのままぐしゃりと頭を撫でる。昔、よくそうされていたように。乱暴に、けれど優しく。シュライクはネモフィラの瞳を大きく見開いた。
 

―― この手が、大好きだった。

 
 居場所のない、行き場のない自分を拾い、育ててくれた大切な人。家族として、自分と兄弟たちを守り、育ててくれた人。憧れた。自分も彼のようになりたいと思っていた。身寄りのない、行き場のない、棄てられた子供たち。彼らが幸せに、暖かく暮らせる場所を作りたいとそう思って、旅に出たのだ。
 
 良くやった。よく頑張った。そう言って、イーグルは黄金の瞳を細めている。記憶の彼方の、けれども良く知った、大きく温かい手は心地よくて、つい甘えたくなってしまう。もう子供じゃあない、とその手を拒んだことは、一度や二度ではなかったのに。

 シュライクはゆっくりと瞬きをした。そして、ふっと息を吐き出して。
 
「あぁ……」
 
 
 
*** 
 
 

 外の世界を知らずにいたならば、今頃自分はどうなっていただろうか。闇に沈みながら、そんなことを考えた。星明りどころか光一つ見えないその空間で思ったのは、自分が生まれ育ったあの教団。自分の信仰は全て紛い物であったとわかったけれど、それでも憎むことが出来ない、あの場所。

 ふと気がつけば、真っ白な空間にいた。
 
「ユスティニア」
「ユスティ」
 
 甘く、優しく名を呼ぶ声は、遠い昔に失ったもの。かけがえのない、愛しい両親のそれだ。久しく聞いていなかった、けれど忘れるはずのない、暖かい声。
 
「父様、母様……」
 
 真白の空間の中、何故吹き抜けていく風に柔らかな白金の髪が揺れている。空間全てを埋めるような柔らかく、暖かな魔力は良く知ったものだ。優れた治癒術師として、魔術師として認められた、自慢の父母。
 
「良く頑張りましたね。これからは、ずっと一緒ですよ」
 
 そう言って、母は優しくユスティニアの頭を撫でた。よく似た柔らかなプラチナブロンドの髪を指先で漉いて、愛し気に目を細める。父はその隣で穏やかに微笑みながら、ユスティニアを見つめていた。

 ……思えば、こんな風に父母と過ごした時間は決して長くなかった。物心ついたときにはすでにポラリス候補として認められていた父は、母は、幼いユスティニアを他の信徒たちに預け、祈りを捧げにいっていることも多かったから。それがユスティニアにとっては当たり前だったから、寂しいと思っても泣くことはしなかったけれど……やはり、こうして触れてみれば、家族の温もりと言うのは愛しく、恋しいもので。
 もう子供ではない。そう思っても、優しく自分の頭を撫でる手を払いのけようとは思わない。……思えない。
 
「……ありがとう」
 
 そう言って、ユスティニアは微笑んだ。柔らかく、穏やかに。そして……寂しげに。
 
「嗚呼、でも……――」
 
 
 
***
 
 

 ずっと、謝りたいと思っていた。ずっと、伝えたいと思っていた。
 未熟な自分の所為で彼の未来を閉ざしてしまったこと。自分を守ってくれた彼を忘れてしまったこと。全て、全てに詫びて……ありがとう、と伝えたいと、そう思い続けていた。封じられていた記憶が戻ってから、ずっと。
 
「オズ」
 
 真っ白の空間で優しい声が、名を呼んだ。世界最強の魔法使いとして名を馳せる彼の名を呼ぶには、恐れも畏れもない柔らかい声が。

 良く知ったその声に、オズワルドは振り返る。そこには、封じられていた記憶の奥底でもいつも穏やかに微笑んでくれていた、かけがえのない師の姿があった。
 
「キサナ……」
 
 名を呼べば、彼は穏やかに微笑んだ。長い白髪がふわりと風に揺れる。その様を見て、オズワルドは顔を歪めた。別れたのがまだ幼い頃だったからだろう。背が高いと思っていた彼に、すっかり背丈は追いついてしまっていて。
 ずっと忘れてしまっていた、かけがえのない家族。降ったばかりの雪のように真白の髪と、鮮やかな蒼色の瞳。大好きだった、大切だった彼を見つめ、オズワルドは言葉を失う。
 
「すまなかったね」
 
 先に詫びたのは、何故かキサナの方だった。悲し気に、けれど何処か嬉しそうに微笑む彼は、そっとオズワルドを抱き寄せた。まるで、幼い子供にそうするように。……幼い頃、共に生きていた頃にいつもそうしていたように。

 体を強張らせるオズワルドを抱き寄せ、彼は言った。
 
「そして、良く頑張った」
  
 魔法の訓練の時にも告げられた、その優しい言葉がオズワルドは好きだった。上手くいかないときは焦らずに助言をして、上手くいったときはいつでも穏やかに笑って、彼はそう言ってくれていた。よく頑張ったよ、えらいな、と。

 オズワルドを抱きしめたまま、世界最強"だった"魔法使いは言う。
 
「流石は私の弟子だ。よく頑張った。もう頑張らなくても良いんだよ」
 
 その言葉は、ずっとずっと欲しかったもの。
 オズワルドは榛の瞳を大きく見開いて、泣きそうに笑った。
 
「……嗚呼」
 
 
 
*** 
 
 

 何もできないと思っていた。役立たずの自分にただ一つできたこと。それが音楽だった。皆が演じる劇の中、それを盛り上げるために、或いは情景を一層鮮明にするために、幾度も幾度も奏でてきた、音色。
役立たずと言われても、光の当たらない馬車の奥に繋がれていても、演奏しているときだけは、"仲間"だと、そう思えた。役に立てると、そう思えていた。

 酷い扱いをされていた自覚はある。仲間達と共に旅をするようになってからは、一層その自覚が明確になった。

 そんな扱いをした雪華劇団の人々を恨んだか? 憎んだか? そう、幾度となく自分自身で問いかけた。いつも答えは一つだった。否、憎んでなどいなかった。利用されている形だとわかっても、それでも……自分にとってはあの場所が確かに"居場所"だった。彼らは、その居場所をくれていたのだ。それだけで、十分だとロレンスは思っていた。
 
「ロレンス」
 
 真っ白な空間で名を呼ばれる。公演が終わった後の宴会のように歌い、踊り、笑い合う仲間たち。その中心で揺れる影が、ロレンスに向かって手招きをした。
 
「みんな……」
 
 ゆらゆら揺れる影を、ロレンスは見つめた。かつて、いつもそうしていたように。
 
「こっちにこいよ、一緒に歌え」
 
 余興の一環か、誰かがそう呼んだ。ロレンスはその言葉に目を細めた。自分の大切な武器であり、商売道具である竪琴に指を這わせて。
 
「……うん」
 
 
*** 
 

 それぞれの夢の中、それぞれの思いの中。 
 
「……嗚呼、でも」
「これは、夢だ」
「優しい夢」
「優しくて……残酷な、夢だな」
 
 そう、彼らは思った。
 


―― だって、これが本当だったなら。


 
 イーグルはきっと、叱咤しただろう。諦めるな、と。最後の最後まで諦めず、羽ばたき続けろと。例え嵐で翼が折れそうになろうとも、飛ぶ先が見えなくとも、仲間の待つ場所を目指して、自分の目的地を目指して飛び続けろと。共に行くと決めた勇者リオニスと共に。

 父母はきっと背中を押してくれただろう。星の導きに従って決めた道なのだから、最後までそこを照らし続けなさい、と。人が道に迷わぬように輝き続けるポラリスのように煌めき続けなさいと。勇者リオニスが迷わないように、と。

 師匠キサナはもう頑張らなくて良いだなんて、きっと言わない。苦しくても、辛くても、寂しくても……人のためにと立ち上がった勇者リオニスのためにその力を尽くすオズワルドを見て、それでこそ"私の自慢の弟子だ"と、そう言って笑うのだろう。

 雪華劇団の仲間達はあんな優しいことを言ってはくれないだろう。だって自分は不要な子だったから。……そんな自分の価値を見出してくれたのは他でもない、勇者リオニスだったから。
 
 だから、これは夢だ。
 そう思うと同時に、真白の空間に罅が入った。まるで、卵の殻が割れ、砕けるかのように。
 
 パラパラと砕けたその欠片の向こうには、ぼろぼろになりながら魔王に向き合う勇者の姿があった。強く強く剣を握り、荒く息を吐きながら、ライラックの瞳に強い意志の光を灯して戦う、唯一無二の勇者の姿が。リオニスによく似た顔の魔王と必死に戦う、大切な仲間の姿が。

 その姿を見て、ユスティニアは微笑んだ。嗚呼、彼の心はまだ折れていないのだと。
 その姿を見て、ロレンスは色違いの双眸を細めた。きっと君ならば大丈夫だと。
 その姿を見て、オズワルドは頷いた。大丈夫、自信を持って戦えと思いながら。
 その姿を見て、シュライクは叫んだ。ただ一言、行け! と。



―― 嗚呼、やっとわかった。



 と誰かの声が聞こえた。彼らのよく知った、勇者によく似た声が。


 
―― 離れてもなお消えないその絆は、本物だ。


 
 続く呟くような声は、まるで泣いているようにも聞こえた。
 
 
*** 
 

 彼らの話を聞いて、リオニスはゆっくりと瞬いた。仲間たちが見ていたという、夢。甘く優しく、残酷な夢。その中に浸ることを拒み、抜け出した彼らは最後に声を聞いたという。その想いは本物だ、という声を。

 その声は、リオニスによく似ていたという。恐らくレナードの声だ、と言ったのはオズワルドだった。



―― お前たちの絆が本物だというのなら。


 
「……あぁ、そうか」

 そんな、魔王の言葉を思い出して、リオニスは呟く。

レナードの力か」
 
 そう思えば納得がいく。死んだはずの仲間たちが今こうして自分の目の前にいる理由。それは、強い魔力を持った魔王レナードの干渉。自分リオニス魔王レナードも使った、やり直しの魔法。彼は、それを使ったのだろう。

「リオの力?」

 お前がやったのか? とシュライクはきょとんとする。あぁそうか、とリオニスは今更のように思った。彼らがレナードの魔法に呑まれたのは彼の仮面が割れる前。自分以外の仲間達は、レナードの正体を知らないのだよな、と。
 ほんの少しだけ、迷うように視線を揺らす。それからそっと息を吸い込んで、リオニスは口を開いた。

「レナードは……魔王は、俺自身だったんだよ」

 隠していても仕方がない。リオニスはそう思い、仲間達に説明した。
 レナードの正体と、自分との関連。人の温もりを求め、道を誤った愚かなかつての自分の話を。それを仲間達は何も言わず、静かに聞いていた。

「……だから、言うなら俺の所為、と言うか……ほんと、ごめん……」

 最後まで語ったリオニスはそう言って、目を伏せた。自分で説明していて思ったが……仲間達からすれば、良い迷惑どころの話ではない。巻き込まれ、危険な目に……文字通り、死ぬ目に遭ったのだ。何と詫びれば良いのか、もはやわからない。

 目を伏せ、黙り込むリオニス。暫し沈黙がその場を埋めた。……その後。

「ばぁか!」

 呆れたような、怒ったような声と同時、ばしんっと背中を叩かれた。かなりの強さで、リオニスはげほげほと咳き込む。

「ちょっとシュライク!? リオニスは怪我人なのですよ!?」 

 慌てたようにユスティニアが背を擦ってくれた。大丈夫だ、とひらひら手を振ったリオニスは、自分の背を叩いた張本人……シュライクを見る。彼は呆れたような顔をして、リオニスを見つめていた。

「馬鹿だろリオ。リオはリオ、レナードはレナードだ。
 俺たちが旅をしてきたリオニスは間違いなく勇者で、世界を混乱させていた魔王を倒した。
 その魔王が何だったとしても、魔王を倒して、正しい道を選んだのは間違いなくリオだ!
 ……お前自身もそう思ったから、魔王レナードを倒した、そうだろ?」

 違うか? そう言って首を傾げるシュライクを見て、リオニスはライラックの瞳を瞬かせる。そのまま仲間達の顔を見れば……誰ひとり、リオニスを責める者は居なかった。

「始まりは確かに貴方の過ちだったのかもしれません。けれど、何も間違えない人など居ません。間違えたと思い、その過ちを正せた……弱い自分を倒した貴方は"正しい"ですよ」

 ユスティニアはそう言って、微笑んだ。嘘をつけない、つかない彼の言葉は、暖かく胸に染みわたる。

「キミは優しい勇者だ。きっと、心を痛めただろう。」

 頑張ったね、とロレンスはそっとリオニスの手を撫でた。優しくて暖かい手だった。

「ユスティも言っていた通り、始まりは君の過ちだったのは事実なのだろう。魔王が……レナードが君の一部だということも。
 それが露見すれば、君のことを否定する者が居ないとは言い切れない。怨む者も、蔑む者も居るかもしれない。
 だが……私たちは、絶対に君を否定しない。君の歩んできた道のりを良く知っている。君の想いも、優しさも、全て知っているから」

 オズワルドはそう言って、榛色の瞳を細めた。全てをただ赦すのではない。本当のことを伝えながら、それでも自分たちは傍に居ると告げてくれる。その言葉が、とても頼もしかった。

「魔王を倒しても相変わらず卑屈なのな、リオ!」

 しゃんとしろよ! と言って笑うシュライク。いつでも、何度も自分を励まし、背中を押し続けてくれた幼い仲間は、まるで太陽のように笑ってくれている。全てを知ってなお、変わることなく。

 それを見て、瞬きを繰り返したリオニスは、くしゃりと顔を歪めた。

「っ、……ああ、もう」

 レナードにはああいったが、正直怖かった。否定されること。弾劾されることが。けれど、死んだはずの仲間達は今もこうして傍に居てくれて、尚且つ自分の話を聞いて猶、拒まずにいてくれたことが。

 そこで、ふと思う。

「レナードは何でそこを"やり直し"たんだろ……」

 頭に浮かぶのはそんな疑問。
 死んだはずの仲間がこうして今生きていることはリオニスにとっては幸福なことだったが、魔王(レナード)には全く利点がない。そんな魔法を使えるのなら、自分(リオニス)との戦いをやり直せばよかっただろうに……わざわざ、敵の仲間を蘇らせたのは一体何故か、とリオニスは眉を下げる。

「それは確かに、そうだな」

 オズワルドはそう呟いて、考え込む。事象の書き換えなどと言う高度な魔法は、そう何度も使えるものではあるまい。もしかしたら、制限すらあるかもしれない。それをわざわざ使うなら、普通は自分の有利になるように使うだろう、と最強の魔法使いは考察していた。

「ううん……不思議だね」

 ボクたちにとってはありがたかったけれど、と言ってロレンスは苦笑する。難しいことは良くわからないけれど、レナードが自分たちを蘇らせる理由は確かに浮かばない、と思いながら。

「それが、彼の望みだったのではありませんか?」

 ふと言葉を零したのは、静かに考え込んでいたユスティニアだった。きょとんとするリオニスを見つめ、彼は微笑みながら、言った。

「本当は誰よりも、彼が願っていたのではないでしょうか。リオニスが本当の勇者であることを。僕たちが本当の仲間であることを」
「レナードの、願い」

 ユスティニアの言葉をリオニスは繰り返す。小さく頷いたユスティニアは推測ですけれど、と前置いて言葉を続けた。

「だって、リオニスも憧れていたのでしょう? 幼い頃から読み続けた、英雄譚に。ならば、きっと彼も同じはず。
 何度も読み続けた物語のような結末を誰より望んでいたのは、レナードだったのではありませんか?」

 レナードはリオニスの力の一端だという。人に愛されたくて、愛されなくて、切り離されて恨みを積もらせてしまった魔王が何より望んだのは、きっと幼い頃から何度も憧れ続けた英雄譚だっただろう。だから、彼は勇者と仲間の絆を確かめるため、そして……最高の結末ハッピーエンドのために、魔法を使ったのではないかと、ユスティニアはそう言った。

 彼の推測を聞いて、リオニスはぱちりと、ライラックの瞳を瞬かせる。そして、笑った。

「……はは。なんだ、そりゃ」

 でも、そうなのだろうな、とリオニスは思う。確信はない。けれど、きっとそれが、あの言葉の意味なのだろう。

 自分が何度も何度も読んだ、憧れ続けた物語。仲間に恵まれ、何度も躓きながらも歩み続け、魔王を倒した勇者の結末は、いつだってハッピーエンドだったから。


―― なぁ、そうなのか?


 心の中でそう問うけれど、当然、レナードからの返事はない。けれど、きっと正解なのだろうなぁと、リオニスは笑った。

 ばんっと、また背中を叩かれる。噎せるリオニスを見て、明るく笑ったシュライクが笑う。

「さぁ、帰ろうぜ。勇者様の凱旋だ!」
 
 そんな言葉を紡ぐシュライクの横で、他の仲間達も穏やかに微笑み、頷いていた。
 
 
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