崖っぷち令嬢、婚約破棄されました!

夏乃みのり

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王都を蝕む原因不明の魔力暴走は、日に日に深刻さを増し、その混乱はついに、王宮の中枢をも揺るがし始めていた。

「西の商業区で、倉庫に保管されていた魔道具が一斉に暴走!衛兵団が出動し、鎮圧にあたっております!」
「北の貴族街では、水道管を管理する魔術結界が破損!街路が水浸しとの報告が!」
「王立アカデミーの地下からも、異常な魔力値が観測されたと…!原因は、依然として不明であります!」

玉座の間で開かれた緊急対策会議では、大臣たちが次々と報告される被害状況に、頭を抱えていた。
国王陛下は、玉座から険しい表情で、息子である王太子アレスに問い詰める。

「アレスよ!この非常事態に、何か打つ手はないのか!王宮付きの魔術師たちは、一体何をしておるのだ!」

「も、申し訳ありません、父上…!彼らも、全力で原因の特定にあたっておりますが、魔力の流れが複雑すぎて、発生源を絞りきれないとのことで…」

アレスは、額に脂汗を浮かべ、しどろもどろに答えることしかできない。
有効な対策を何一つ示せない彼に、大臣たちからの失望のため息が漏れる。
その視線が、アレスのプライドを容赦なく突き刺した。

(くっ…!このままでは、王太子としての私の威信が…!)

焦りに駆られたアレスは、一つの結論に飛びついた。
いや、彼に残された、唯一の希望だった。

「父上!皆様、ご安心ください!」

アレスは、わざとらしく、自信に満ちた声で言い放った。

「私には、神に選ばれし聖女、リリアナがおります!彼女の清浄なる聖なる力をもってすれば、この邪悪で、不浄な魔力の乱れなど、必ずや鎮めてみせましょう!」

それは、具体的な解決策など何もない、ただの精神論だった。
しかし、他に頼るもののない大臣たちは、「おお、聖女様が…!」と、藁にもすがる思いでその言葉に飛びついた。

その日の午後。
アレスは、純白のドレスを身にまとったリリアナを伴い、王都で最も魔力の乱れが激しいとされる、中央広場へと向かった。
広場には、不安な面持ちの王都の民衆が、聖女の奇跡を一目見ようと、大勢詰めかけている。

「リリアナ、頼んだぞ。君の力で、民の不安を取り除いてやってくれ」

「はい、アレス様…!わたくし、頑張ります!」

リリアナは、アレスの言葉にこくりと頷くと、広場の中央に設けられた祭壇に進み出て、静かに目を閉じ、祈りを捧げ始めた。

すると、彼女の華奢な体から、温かく、清らかな光が、ふわりと放たれた。
その神々しい光景に、民衆から「おお…!」という感嘆の声が上がる。

光は、波紋のように広がり、周囲の空間を荒れ狂うように渦巻いていた、濁った紫色の魔力に触れていく。
光が触れた部分の魔力は、確かに、その勢いを弱め、わずかに安定を取り戻していくように見えた。

「やったぞ!さすがは聖女様だ!」
「これで、この街も元通りになるんだ!」

民衆から、歓声が上がる。
アレスも、その光景を見て、ほっと胸をなでおろした。

しかし。
その安堵は、長くは続かなかった。

リリアナの聖なる力は、確かに邪悪な魔力を浄化する。
だが、今、この王都に満ちている魔力の奔流は、彼女一人の力でどうにかできる、生易しい規模ではなかったのだ。

鎮めても、鎮めても。
まるで底なし沼のように、地面の奥深く、そのさらに奥深くから、次から次へと、濁った魔力が無限に湧き出してくる。
それは、コップ一杯の水で、燃え盛る大火事を消そうとするような、あまりにも無謀な試みだった。

「はぁ…っ、はぁ…っ…」

リリアナの額には、玉のような汗が浮かび、その顔色は、見る見るうちに青ざめていく。
彼女から放たれる光も、徐々に、その輝きを失い始めていた。

「だ、だめです…アレス様…!魔力の量が、あまりにも、多すぎて…!」

悲鳴のような、か細い声。
そして、次の瞬間。
ぷつり、と糸が切れるように、リリアナから放たれていた光は、完全に消え失せた。

「…あ…」

力を使い果たしたリリアナは、そのまま、ぐらりと体を傾かせ、祭壇の上に倒れ込んでしまった。

聖女の光が消えた途端、それまで僅かに抑え込まれていた魔力は、堰を切ったように、以前にも増して激しく暴れ始める。
広場の石畳が、バキバキと音を立ててひび割れ、噴水の水が、天高く吹き上がった。

民衆の歓声は、恐怖の絶叫へと変わっていた。

「聖女様の力が…効かない!?」
「嘘だろ…!もう、おしまいだ…!」
「王太子殿下は、何もしてくださらないのか!」

アレスは、祭壇に駆け寄り、倒れたリリアリナを抱きかかえることしかできなかった。
民衆からの非難と、絶望に満ちた視線が、彼の背中に突き刺さる。
彼の、なけなしのプライドは、完全に打ち砕かれた。

(なぜだ…!なぜ、何もできない…!)

無力感と焦燥感に苛まれる彼の脳裏に、皮肉にも、かつて自分が捨てた婚約者の姿が、鮮明に浮かび上がっていた。
王宮の夜会で、複雑な魔道具システムを、たった一人で完璧に制御していた、あの凛とした横顔。
王妃陛下からの、絶対的な信頼。
そして、あの変人公爵の、庇護。

(もし、彼女がいたなら…何か、違ったのだろうか…?)

そんな、ありえない仮定が、アレスの心を締め付けた。

その頃、王都の片隅にある小さなカフェでは。
この未曾有の危機に対し、王宮の誰よりも、聖女の誰よりも、その「真実」に近い場所にいる、二人の天才が、独自の調査を開始しようとしていた。

王国の運命は、もう、王太子と聖女の手の中には、なかったのである。
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