婚約破棄後、優雅な引退ライフを目指すも、なぜか溺愛されまして!?~

夏乃みのり

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「熱いぃぃ! 助けてぇぇ! ロランド様ぁ!」

ステージ上で、リリーナが火だるま(正確にはボヤ程度だが、ドレスの裾が焦げて煙が出ている)になって走り回る。

「リ、リリーナ! 今助けるぞ!」

ロランドが慌てて舞台袖から飛び出してきた。

彼は手近にあったバケツを掴み、リリーナに向かって勢いよくぶちまけた。

バシャアッ!!

「きゃあっ!?」

水(だと思った液体)を浴びたリリーナ。

しかし、火は消えるどころか、ボッ! と勢いを増して燃え上がった。

「ぎゃああああ! 熱い! もっと燃えてるぅぅ!」

「な、なぜだ!? 水をかけたのに!」

ロランドが呆然とバケツを見る。

私は貴賓席のマイク(実況用)を手に取り、冷静にアナウンスした。

『解説します。ロランド殿下がかけたのは、演出用の『着火剤入りオイル』ですね。水と間違えたのでしょう。……まさに火に油を注ぐ、見事な連携プレーです』

「なっ……エミリエ!? 貴様、罠を仕掛けたな!」

ロランドが私を睨むが、自業自得である。

『罠ではありません。整理整頓ができていないだけです。……さて、皆様』

私は観客席に向かって声を張り上げた。

『ご覧ください。これが『聖女の奇跡』の正体です』

私は指をパチンと鳴らした。

それを合図に、アレクセイが指先から微弱な冷気を放ち、ステージ上の火を一瞬で鎮火させた。

「げほっ、ごほっ……」

黒焦げになったドレスでへたり込むリリーナ。

その周囲には、燃え尽きた魔石の残骸や、隠し持っていた小道具が散らばっていた。

私はステージへと降り立ち、その残骸の一つを拾い上げた。

「これは『発光石』の安物ですね。過剰な魔力を流すと発熱し、発火する危険な代物です。……リリーナ様、これで『神の光』を演出しようとしたのですか?」

「ち、違うわ! これは……その、悪魔の妨害よ! エミリエが呪いをかけたのよ!」

リリーナは煤けた顔で喚き散らす。

「往生際が悪いですね。では、こちらは?」

私は足元に転がっていた造花を拾った。

茎の部分に、バネ仕掛けのスイッチがついている。

「『一瞬で花を咲かせる奇跡』の種明かしは、この折りたたみ式造花ですか? 縁日で子供向けに売られているおもちゃと同じ仕組みですが」

「そ、それは……肥料よ! 最新式の肥料!」

「肥料にバネは入っていません」

私は淡々と事実を突きつける。

観客たちがざわめき始めた。

「おい、どういうことだ?」
「全部トリックだったのか?」
「俺たちの寄付金はどうなるんだ!」

不信感が会場を包み込む。

ロランドが焦って叫んだ。

「だ、騙されるな! これはエミリエの陰謀だ! リリーナは本物の聖女だ! ただ今日は調子が悪いだけなんだ!」

「調子が悪い? いいえ、彼女の本調子は『これ』です」

私はニヤリと笑い、懐から録音魔道具を取り出した。

「昨日、城の廊下でリリーナ様が熱く語っていらした『真実の言葉』を、皆様にお届けしましょう」

「や、やめて!」

リリーナが悲鳴を上げるが、もう遅い。

私は再生ボタンを押した。

増幅された音声が、大音量で会場に響き渡る。

『聖女なんて嘘っぱちの設定も、そのためにつけただけなのに!』
『ロランドみたいなバカ王子で妥協してあげてたのに』
『愛なんて一銭にもならないわよ! 私が欲しいのは贅沢な暮らしと、チヤホヤされる地位だけ!』

クリアな音質。

紛れもないリリーナの声。

そして、ロランドへの辛辣な悪口。

シーン……。

会場が静まり返った。

鳥のさえずりさえ聞こえそうな沈黙の中、ロランドだけが口をパクパクさせていた。

「……え?」

彼は、錆びついたブリキのおもちゃのように、ギギギ……と首をリリーナに向けた。

「リ、リリーナ……? 今のは……何だ?」

「ち、違うの! あれは……声真似よ! エミリエが私の声を真似して……!」

『ロランドなんかもう金欠でウンザリなのよ! プレゼントもケチり始めたし!』

追い打ちをかけるように、第二弾が再生される。

「……嘘だ」

ロランドが膝から崩れ落ちた。

「僕は……妥協されていたのか……? ケチだと……?」

「ロランド様! 信じて! 私は貴方だけを愛して……!」

リリーナがすがりつこうとするが、ロランドはその手を払いのけた。

「触るな! ……金欠でウンザリだと? 僕がどれだけ君に尽くしたと思っているんだ! 国庫を空にしてまで君の願いを叶えたのに!」

「だって! 足りないのよ!」

リリーナが逆ギレした。

「国庫が空? それが何よ! アンタがもっと稼げばいいじゃない! 王子のくせに甲斐性なし!」

「な、なんだと……!?」

「あーあ、もうバレちゃったからいいわ! そうよ、全部嘘よ! 聖女? 奇跡? あるわけないでしょ! 私が欲しいのは金とイケメンだけよ!」

リリーナは開き直り、観客に向かって叫んだ。

「アンタたちもアンタたちよ! あんな子供だましの手品に引っかかって、バッカみたい! お布施ごちそうさまー!」

その瞬間。

民衆の怒りが爆発した。

「ふざけるなー!!」
「金返せ!」
「詐欺師め! 石を投げろ!」

怒号とともに、観客席からゴミや野菜が投げ込まれ始める。

「きゃあ! 痛い! やめて!」

「僕に投げるな! 僕は被害者だ!」

ロランドとリリーナは逃げ惑うが、四方八方から飛んでくるトマトや卵の雨に、なす術もない。

「……見事な炎上(物理)ですね」

私は安全圏からその様子を眺め、感心したように頷いた。

「これほどの暴動、鎮圧するには追加の警備費がかかります。……もちろん、請求先はロランド殿下ですが」

「君はブレないな」

隣でアレクセイが笑った。

「だが、これで幕引きだ」

アレクセイが一歩前に出ると、スッと右手を挙げた。

その瞬間、会場全体を強烈な冷気が包み込んだ。

ヒュオオオオオ……!

投げ込まれた野菜が空中で凍りつき、地面に落ちて砕ける。

怒り狂っていた民衆も、あまりの寒さに動きを止めた。

「静粛に」

アレクセイの静かな、しかし絶対的な声が響く。

「我が国の庭を汚すな。……処罰は、私が下す」

彼は凍りついたステージ上の二人を見下ろした。

「アークライト王国、王太子ロランド。および男爵令嬢リリーナ」

「ひっ……!」

「貴様らは、我が国において『詐欺』『通貨偽造(に等しい募金活動)』『公衆衛生法違反(ゴミの散乱)』……その他もろもろの罪を犯した」

アレクセイは私の方を見た。

「エミリエ。被害総額は?」

「はい。会場の修繕費、観客への精神的慰謝料、および私の『耳の保養代』を含めまして……金貨5000枚になります」

「だそうだ」

アレクセイはニッコリと笑った。

「払えるな? 金ならあると言っていたしな」

「む、無理だ……そんな金、もうどこにも……」

ロランドが絶望的な顔で首を振る。

「払えない? ならば」

アレクセイの目が、怪しく光った。

「体で払ってもらおうか」

「えっ……?」

「我が国の北の果てに、万年雪に閉ざされた鉱山がある。そこでの労働は過酷だが、給料はいいぞ? ……100年ほど働けば、完済できるだろう」

「ひゃ、ひゃくねん……!?」

「連れて行け」

アレクセイが指を鳴らすと、屈強な衛兵たちが現れ、二人を両脇から抱え上げた。

「いやだぁ! 鉱山なんて行きたくない! ドレスが汚れるぅ!」
「待ってくれ! 僕は王太子だ! 父上に言いつけてやる!」
「お父上なら、すでにご存知ですよ」

私は冷たく告げた。

「先ほど、アークライト国王陛下から親書が届きました。『バカ息子は廃嫡とする。煮るなり焼くなり返済の足しにしてくれ』とのことです」

「そ、そんなぁぁぁ……父上ぇぇぇ!」

絶叫を残し、二人はズルズルと引きずられていった。

会場からは、「いい気味だ!」「皇帝陛下万歳!」「エミリエ様万歳!」という歓声が上がった。

私はクリップボードを抱え直し、アレクセイに微笑みかけた。

「さて、陛下。大掃除(債権回収)の始まりですね」

「ああ。……だがその前に、私への『成功報酬』を忘れずに頼むぞ?」

アレクセイは私の耳元で囁いた。

聖女の嘘は暴かれ、私の懐には正義と金貨が残る。
これこそが、悪役令嬢のハッピーエンド(第一部)である。
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