ざまぁ不要の悪役令嬢!婚約破棄は想定内、むしろご褒美ですわ!

夏乃みのり

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きらびやかなシャンデリアが放つ光が、磨き上げられた大理石の床に乱反射している。

クライスト王国の建国記念パーティーは、年に一度の最も華やかな夜会だ。着飾った貴族たちがそこかしこで扇を片手に談笑し、グラスを重ねる音が優雅なワルツの調べに溶け込んでいく。

(あぁ、退屈。シャンパンのおかわりはまだかしら)

そんな喧騒の中心、ひときわ豪華な刺繍の施された真紅のドレスをまとう一人の令嬢、マリアン・フォン・アルトハイムは、完璧な淑女の笑みを浮かべながら、內心でため息をついた。

燃えるような赤い髪は夜会巻きに結い上げられ、勝ち気な印象を与える翠色の瞳は、今はつまらなそうに人々を観察している。

彼女の隣には、この国の王太子であり、マリアンの婚約者であるエドワード・フォン・クライストが立っていた。金髪碧眼の、絵に描いたような王子様。しかしその顔は、今にも世紀の大発見を発表する科学者のように、妙な高揚感と緊張に満ちている。

(さて、そろそろ始まるかしら? 今宵の茶番劇の主役は、どうやらあちらにご到着のようですわね)

マリアンの視線の先、ホールへの扉が開き、一人の可憐な少女が入ってくる。亜麻色の髪を揺らし、潤んだ瞳で不安げに周囲を見渡す姿は、まさに庇護欲をそそる小動物。男爵令嬢のリリアナ・ベル。王太子殿下が最近ご執心の、「真実の愛」のお相手だ。

その瞬間を待っていたかのように、エドワードが大きく一歩前に出た。

「皆、静粛に!」

張りのある声が、楽団の演奏を止めさせた。ホールにいたすべての視線が、一斉に王太子へと注がれる。ざわめきが波のように引いていき、シン、と静寂が訪れた。

エドワードは満足げに頷くと、人垣をかき分けるようにしてリリアナの元へ歩み寄り、その華奢な腕を取った。

「皆に紹介する! こちらはリリアナ・ベル男爵令嬢! 私が心から愛する、たった一人の女性だ!」

「まあ……!」
「王太子殿下、何を……?」

周囲から驚きと困惑の声が上がる。マリアンは扇で口元を隠し、その翠色の瞳を面白そうに細めた。

(さあ、ショータイムの始まりですわ)

エドワードは怯えるリリアナをぐっと抱き寄せると、今度はマリアンの方を鋭く指さした。その瞳には、正義の炎が燃え盛っている。

「そして、そこにいる悪女! 私の婚約者、マリアン・フォン・アルトハイム! 君が、このか弱きリリアナをいかに虐げてきたか、私はすべて知っているのだぞ!」

待ってました、とばかりの糾弾だった。

「君は学園で、リリアナの教科書を隠したそうだな! 彼女が困り果てて涙する姿を見て、さぞ愉快だったことだろう!」

(隠してはいませんわ。あの方がご自分で図書室に置き忘れただけです。むしろ親切な私が、後でこっそり教室の机に戻しておきましたのに)

「それだけではない! 階段でリリアナのドレスの裾をわざと踏みつけ、彼女を転ばせようとしたとも聞いている!」

(あれは事故です。あんなに必要以上に長い裾が悪いのですわ。それに、転ばせようとしたのではなく、よろけた彼女の腕を掴んで差し上げたはずですが? 感謝の言葉もありませんでしたけれど)

エドワードの演説は、ますます熱を帯びていく。リリアナは彼の腕の中で、か細く震えながらマリアンに怯えた視線を送っている。見事な演技だった。

「そして極めつけは、ティーパーティーでお茶に塩を入れたことだ! 純粋な彼女を笑いものにしようなど、公爵令嬢として、いや、人としてあるまじき行為だ!」

(それだけは断じてしておりませんわね。わたくしの淹れる紅茶は、最高級の茶葉に、お砂糖とミルクたっぷりでいただくのが至高ですのに。塩なんて、味覚がどうかしていますわ)

次から次へと繰り出される、身に覚えのない、あるいは事実が著しく捻じ曲げられた罪状の数々。周囲の貴族たちは、憐れみの視線をリリアナに、そして軽蔑の視線をマリアンに送っている。

完璧な舞台設定。完璧な脚本。そして、完璧な役者たち。

エドワードは天に拳を突き上げ、悲劇のヒーローさながらに叫んだ。

「もはや我慢ならん! マリアン・フォン・アルトハイム! 君のような嫉妬深く、心の醜い女は、この国の未来の王妃にふさわしくない!」

会場の誰もが固唾をのんで、次の言葉を待っていた。

「よって今この時をもって、君との婚約を破棄する!」

静寂。

まるで時が止まったかのようだった。

王太子に大勢の前で婚約を破棄される。それは公爵令嬢にとって、これ以上ないほどの屈辱。誰もが、マリアンが泣き崩れるか、あるいは怒りに震える姿を想像しただろう。

しかし。

マリアンは、扇で隠された口元で、誰にも気づかれぬよう、くっと口角を吊り上げた。翠色の瞳は悲しみに濡れるどころか、喜悦の光で爛々と輝いている。

(キターーーーーーッ! やりましたわ! 待ってました、その言葉!)

脳内で、高らかにファンファーレが鳴り響く。長かった。この日を迎えるまで、本当に長かった。面倒な王妃教育、窮屈な王宮での日々、そして何より、この思い込みの激しい王子様のお守り。そのすべてから、今、解放されるのだ。

これは屈辱ではない。断罪でもない。

(これは、わたくしへの最高のご褒美ですわ!)

マリアンは、内心で高々とガッツポーズを決めながら、ゆっくりと優雅に、淑女のカーテシーをしてみせた。

これから始まる自由な日々に、胸の高鳴りを抑えきれずに。
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