悪役令嬢は、こってり濃厚すぎて婚約破棄されました。

夏乃みのり

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「王都からの招待状ですって?」

私が巨大トマト(品種名:『公爵の愛人』)の収穫作業を終えて執務室に戻ると、セロリが一通の封筒を差し出した。

金色の箔押しがされた、やたらと豪華な封筒だ。

「はい。来週開催される建国記念パーティーへの招待状です。本来なら追放された身であるお嬢様に届くはずがないのですが……」

「宛名が『ソルティ・ブイヨン公爵、及びその同伴者』となっているな」

ソルティ公爵が、私の肩越しに封筒を覗き込む。

相変わらず距離が近い。

最近の彼は、私の半径1メートル以内から離れると「禁断症状(空腹と寒気)」が出ると言って、どこへ行くにもついてくる。

おかげで私はトイレに行く時も「ドアの前で待て」と躾けるのに苦労しているのだ。

「なるほど。つまり、ソルティの『おまけ』として来いということですのね」

私は封筒を指先で弾いた。

「どうします? 欠席でも構わんぞ。あんな味のしない場所に行っても、腹が減るだけだ」

「いいえ、行きますわよ!」

私は鼻息荒く宣言した。

「逃げ隠れしていると思われたら癪ですもの! それに、見せてやるのですわ。私が『捨てられて惨めな女』ではなく、『極上の優良物件を手に入れた勝ち組』であることを!」

「勝ち組……。私が物件扱いなのは納得いかんが、お前が行くなら私も行く」

公爵は私の腰に手を回し、引き寄せた。

「ただし、条件がある。向こうでの食事は一切口にしない。お前が弁当を作れ」

「遠足ですの!? ……まあ、いいですわ。最高に『濃い』幕の内弁当を持参して、パーティー会場の片隅で食べましょう」

こうして、私たちは再び王都へ向かうことになった。

移動はもちろん、超高速狼カキゴオリ号である。

当日。

王宮の大ホールは、着飾った貴族たちでごった返していた。

煌びやかなシャンデリア、生演奏の音楽、漂う香水の匂い。

かつての私なら、この空気に合わせて「無難な」振る舞いを心がけていただろう。

だが、今の私は違う。

「……ご覧あそばせ。あれがボルドレー家の……」

「ああ、婚約破棄されたっていう……」

「よくのこのこと顔を出せたものね」

私たちが会場に足を踏み入れた瞬間、さざ波のような嘲笑と噂話が広がった。

扇子で口元を隠し、冷ややかな視線を送ってくる貴族たち。

しかし、その視線はすぐに「驚愕」へと変わった。

「お待ちなさい。……隣にいるのは?」

「まさか、北の『氷の公爵』か!?」

「あんなに血色が良かったか? それに、あの顔……あんなに美形だったか?」

どよめきが走る。

無理もない。

今日のソルティ公爵は、私の「濃厚料理療法」によって健康的な肌色を取り戻し、銀髪を艶やかに輝かせ、黒の礼服を完璧に着こなしている。

その姿は、かつての「死神」のような印象とは程遠い、正真正銘の「絶世の貴公子」だった。

そして私もまた、彼に負けない装いだった。

ノース・ブイヨン特産の毛皮をあしらった、深紅のベルベットのドレス。

胸元には大粒のルビー(公爵家の蔵から適当に持ってきた)。

以前のような厚化粧ではなく、健康的な肌艶を活かしたメイク。

「……ふん。相変わらず派手な女だ」

どこからか、聞き覚えのある声がした。

人だかりが割れ、コンソメ王子が現れた。

隣にはもちろん、プリン・ア・ラ・モード男爵令嬢がへばりついている。

「ごきげんよう、殿下。お久しぶりですわね」

私は優雅にカーテシーをした。

余裕たっぷりに。

「デミグラス。まさか本当に来るとはな。しかも、そんな男を連れて」

コンソメ王子がソルティ公爵を睨む。

「噂は聞いているぞ、公爵。デミグラスを誘拐したそうだな? こんなあくの強い女、すぐに胃もたれして捨てたくなるだろうが」

王子が嘲笑うと、周囲の取り巻きたちもクスクスと笑った。

しかし、ソルティ公爵は無表情のまま、王子を一瞥もしなかった。

彼の視線は、私のうなじあたりに固定されている。

「……デミグラス。いい匂いがする」

「は?」

「今日の香水は、バニラエッセンスか? それともココナッツオイルか?」

「違いますわ! 普通の香水です!」

「……美味そうだ。今すぐ齧りたい」

公爵が公衆の面前で、私の首筋に顔を埋めようとする。

「ちょっと! やめなさい! 場所をわきまえて!」

私が慌てて彼を引き剥がすと、コンソメ王子が顔を真っ赤にして叫んだ。

「む、無視をするな! それに何だそのふしだらな態度は! 王族の前だぞ!」

ようやく、ソルティ公爵が王子の方を見た。

その目は、ゴミを見るような冷たさだった。

「……誰だ? この味の薄そうな男は」

「ぶっ……!」

私は吹き出しそうになった。

「ソルティ、元婚約者のコンソメ殿下ですわ」

「ああ、お前が言っていた『白湯(さゆ)』か」

「き、貴様……っ!!」

王子が絶句する。

ソルティ公爵は、さらに追い打ちをかけるように言った。

「感謝するぞ、殿下とやら。貴殿がこの極上の『メインディッシュ』を廃棄してくれたおかげで、私は飢えずに済んだ」

彼は私の腰を強く引き寄せ、見せつけるように宣言した。

「彼女は重い? くどい? とんでもない。彼女こそが、世界で唯一『味』のある女だ。貴殿のようなお子様舌には、この芳醇さは理解できまい」

シーン……。

会場が静まり返った。

あの冷徹で人嫌いの公爵が、ここまで熱烈に愛を語る(※食欲含む)とは。

「な、な……っ!」

王子はパクパクと口を開閉させるだけだ。

そこへ、プリン嬢が割り込んできた。

「失礼ですわ! 殿下を侮辱するなんて! それにデミグラスお姉様、そんな野蛮な方のどこがいいんですの? 北の田舎で、芋でも掘らされているんじゃありませんこと?」

彼女は勝ち誇ったように言った。

「かわいそう。私なら耐えられませんわぁ」

私は扇子を開き、口元を隠して笑った。

「あら、田舎暮らしも悪くなくてよ? 空気は美味しいし、何より……」

私はソルティ公爵を見上げた。

「私の料理を、残さず綺麗に食べてくださる方がいますもの。作り甲斐がありますわ」

「当然だ。皿まで舐めたいくらいだ」

「それはお行儀が悪いですわよ」

私たちがアイコンタクトで見つめ合うと、その間には誰も入り込めないほどの「濃厚な空気」が流れた。

それはまさに、二人だけの世界。

甘いプリンも、薄味のコンソメも入り込む余地のない、こってりとした愛の空間だ。

「……くっ、行こうプリン! こんな連中と話していると、また胸焼けがしてくる!」

コンソメ王子は捨て台詞を吐いて、逃げるように去っていった。

その背中が、以前よりも小さく、そして痩せているように見えたのは気のせいではないだろう。

「……勝ったな」

ソルティ公爵がボソリと言った。

「勝ち負けではありませんわ。……まあ、気分はいいですけど」

私はニヤリと笑った。

周囲の貴族たちの反応も変わっていた。

「あんなに愛されているなんて……」

「やはり公爵家の女は格が違うわね」

「ソルティ公爵、あんなに素敵な方だったかしら」

嘲笑は消え、代わりに羨望と嫉妬が渦巻いている。

「さて、デミグラス。義務は果たした」

ソルティ公爵が、私の耳元で囁く。

「帰ろう。そして弁当を食べさせてくれ。……いや、その前に」

「その前に?」

「お前を食べたい」

「却下です!」

私は公爵の腕を引いて、会場の出口へと向かった。

これにて、私の社交界復帰は成功(?)したと言えるだろう。

しかし、去り際に見えたプリン嬢の目が、笑っていなかったことだけが、少し気にかかった。

彼女の瞳の奥には、ドロリとした粘着質な何かが渦巻いていたからだ。

(まあ、いいわ。かかってきなさい。返り討ちにして、ジャムにしてやるわ!)

私はドレスの裾を翻し、堂々と王宮を後にした。
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