婚約破棄された悪役令嬢、堅物騎士団長に胃袋と心を掴まれる

夏乃みのり

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王国最強の騎士、ゼノン・ヴァーミリオンが膝をつき、敵の刃が、無慈悲なとどめの一撃を振り下ろさんと天を仰ぐ。
闘技場を埋め尽くした観衆が息を飲み、王国の誰もが、歴史的な敗北を覚悟した。

「団長様っ!」

アリアの悲痛な叫びが、その静寂を切り裂いた。

次の瞬間だった。

ヒュンッ!

鋭い風切り音と共に、貴賓席から茶色い何かが、一筋の光となって飛翔した。
それは、見事な放物線を描き、ゼノンに振り下ろされようとしていた剣の軌道を逸らす――のではなく。

ゴツンッ!!!

という、実に鈍く、重い音を立てて、相手騎士が被っていた兜の、ちょうど眉間のあたりに寸分違わずクリーンヒットした。

「ぐふっ……」

屈強な肉体を誇る隣国の騎士団長は、カエルが潰れたような奇妙な声を漏らすと、その大きな瞳を白黒させ、まるで糸が切れた人形のように、ゆっくり、ゆっくりと後ろへ倒れていく。

ドッッッッッシーン!!!

凄まじい音を立てて、巨体が地面に叩きつけられた。
そして、そのままピクリとも動かなくなった。

しん、と。
あれほど熱気に満ちていた闘技場が、水を打ったように静まり返る。
何が起こったのか、誰にも理解ができなかった。

膝をついていたゼノンでさえ、目の前で突然大の字になって気絶した対戦相手を、呆然と見上げるしかない。

やがて、我に返った審判が、慌てて倒れた騎士に駆け寄る。

「だ、団長殿! 大丈夫か、団長殿!」

体を揺するが、反応はない。完全に意識を失っている。

「し、失神している! 試合続行は不可能!」

審判は立ち上がると、まだ混乱の渦中にある会場に向かって、少し裏返った声で、高らかに宣言した。

「よ、よって……勝者、ゼノン・ヴァーミリオン!!」

一瞬の沈黙の後、何が何だか分からないまま、王国側の観客席から、わああああっと、地鳴りのような大歓声が沸き起こった。
予期せぬ形での、劇的な逆転勝利。
しかし、その歓声の中、ほとんどの者の頭の上には、巨大な「?」が浮かんでいた。

「い、一体、何が起きたのだ……?」

「何かが、飛んでこなかったか、今……」

朦朧とする意識の中、ゼノンはふと、足元に転がっている見慣れない物体に気づいた。
それは、拳ほどの大きさの、ゴツゴツとした、非常に硬そうな、干からびた果物だった。兜の眉間の部分には、この果物によってできたと思われる、真新しいへこみがくっきりと残っている。

その頃、貴賓席の一角では。
アリア・フォン・クライネルトが、何かを投げきった美しいポーズのまま、完全に固まっていた。
彼女は、ゼノンが斬られそうになった瞬間、パニックになり、何を思ったか、応援(と称して食べるつもりだった)バスケットの中身を、無我夢中で投げつけてしまったのだ。

投げた物の正体は、先ほど屋台で買ったばかりの『隣国特産・日持ちするよう石のように干したカリンカの実』。
そのあまりの硬さから、武器としても使えると、もっぱらの評判の果物だった。

(あわわわわわ、わたくし、いったい何を……!)

アリアの顔から、さっと血の気が引いていく。

(た、ただ、あの剣を、ちょこっと弾いて軌道を逸らそうと思っただけなのに……! まさか、ご本人様の、頭に、当たってしまうなんて……!)

完全なる計算外。想定外の大事故である。

周囲の観客も、さすがに今の謎の飛来物が、アリアの席から放たれたことに気づき始めていた。

「おい、見たか、今の……」

「間違いなく、クライネルト公爵令嬢の席からだったぞ……」

「まさか、あの方が、魔法か何かを……?」

人々の視線が、じわじわと自分に集まってくるのを感じ、アリアは慌ててバスケットをスカートの影に隠すと、すっと立ち上がり、何食わぬ顔で拍手を送った。

「まあ! 団長様の見事なご勝利ですわね! さすがですわ! わたくし、信じておりました!」

そのあまりの白々しさに、近くの席にいた貴族たちは、逆にそれ以上何も言えなくなってしまった。

一方、この試合の陰の演出家であったリリアナは、自分の席でわなわなと震えていた。
完璧だったはずの計画が、またしても、この女の、規格外の、物理的な妨害によって、意味不明な形で打ち砕かれてしまったのだ。

こうして、歴史に残るであろう親善試合は、『謎の飛来物によるKO勝ち』という、前代未聞の結末を迎えた。
この『愛の一投(物理)』事件は、アリアの奇人変人伝説に、またしても燦然と輝く(?)新たな1ページを書き加えることになったのである。

そして、勝利者となったゼノンは自らの勝利を全く喜ぶことなく、ただ、手のひらの硬い果物と貴賓席で白々しい拍手を送るアリアの顔を、交互に見つめることしかできなかった。
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