婚約破棄!悪役令嬢の演技、お楽しみいただけました?

夏乃みのり

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商業ギルドの一件から数日、店は以前にも増して活気に満ちていた。あの出来事はかえって店の宣伝になったようで、私を「女傑店主」「戦うパティシエ」などと呼ぶ常連客まで現れる始末だ。私はそのたびに少し照れながらも、平和な日常が戻ってきたことに安堵していた。

だが、その平和は、長くは続かなかった。

店の前に、見慣れない柄の悪い男たちが、毎日屯するようになったのだ。彼らは大声で騒ぎ、店の悪口を言いふらし、入店しようとするお客様に絡んで威嚇する。あからさまな営業妨害だった。

(……あのマルスとかいう査察官の差し金ね、間違いなく)

衛兵を呼べば、騒ぎが大きくなり、店の評判に傷がつくかもしれない。かといって、このままでは客足が遠のいてしまう。どうしたものかと悩んでいると、セバスチャンが静かに私の前に立った。

「お嬢様、ここは私にお任せを。彼らには、少々お灸を据える必要があるようです」

「でも、セバスチャン……」

彼が有能なのは知っているが、相手は複数人。危険なことに巻き込むわけにはいかない。

私たちが膠着状態に陥っている、まさにその時だった。いつものように、ふらりとゼノンが店にやってきた。彼は店の前の騒ぎを一瞥すると、眉一つ動かさず、状況を瞬時に把握したようだった。

そして、チンピラたちの前に静かに立ちはだかった。

「そこをどけ」

地を這うような低い声だった。チンピラの一人が、ゼノンをただの旅人だと思って胸を小突く。

「ああん? なんだてめえ。この店に用か? 残念だが、今日は休業だぜ」

「……もう一度言う。そこをどけ」

ゼノンの瞳が、氷のように冷たい光を宿す。その尋常ではない覇気にチンピラたちが一瞬怯んだ。

リーダー格の男が前に出て、凄んでみせる。

「てめえ、何者だ! 俺たちが誰だか……」

その男の言葉を遮り、ゼノンはゆっくりと懐から何かを取り出した。それは、白銀の狼が刻印された小さな金属のプレートだった。

それを見た瞬間、リーダー格の男の顔から血の気が引いていくのがわかった。

「ひ……ひぃっ!?」

男は、まるで幽霊でも見たかのように震えながら後ずさった。

「そ、その紋章は……アークライト騎士団が誇る、白銀の狼……! ま、まさか……!」

他のチンピラたちも、その紋章が何であるかに気づき顔面蒼白になっている。

「"氷刃の騎士団長"……! なぜ、"氷刃のゼノン"様がこんな場所に……!?」

その名を聞いて、今度は私が息をのむ番だった。"氷刃のゼノン"。その異名は、大陸中に轟く、隣国アークライトが誇る最強の騎士団長のものだ。冷徹無比にして、敵には一切の容赦をしないことから、そう呼ばれていると聞く。

「お、お許しください! 何も知らずに大変なご無礼を!」

チンピラたちはその場で土下座すると、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。

あっという間の出来事だった。私は店の入り口で呆然と立ち尽くす。

静かに店の中へ入ってきたゼノンに、私は震える声で問いかけた。

「"氷刃の騎士団長"……ですって……? どういうことですの、ゼノンさん!」

彼は観念したように、深くため息をつくとまっすぐに私を見据えた。

「……すまない、黙っていて。俺の本当の名は、ゼノン・アークライト。隣国アークライトの騎士団長だ」

彼は、現在、両国間の友好のための非公式な視察で、この国を訪れていることを簡潔に説明してくれた。

衝撃の事実だった。あの無愛想な甘党の常連客が、まさかそんな大物だったなんて。頭がくらくらする。

だが、驚きよりも先に、私の中に湧き上がってきたのは、感謝の気持ちだった。

「……そうですか。あなたの事情は、わかりましたわ」

私は一度、心を落ち着けるように息を吐く。

「でも、事情はともかく私はあなたに二度も助けられました。だからちゃんとお礼をさせてください」

私はそう言うと厨房へ向かった。そして、彼のためだけに特別なデザートを作り始める。

それは、先日、彼の助言のおかげで完成した、『氷晶花』を使ったゼリー。透き通った青いゼリーの中に、まるで氷の中に咲くように、白い花が一輪閉じ込められている。見た目も涼やかな、芸術品のような一皿だ。

私はそのデザートを、彼の前にそっと置いた。

「どうぞ。お礼の気持ちですわ。名前は……『氷刃に捧ぐ花』」

私の言葉に、ゼノンは一瞬虚を突かれたように大きく目を見開いた。そして次の瞬間、ふっと息を漏らすように静かに笑った。

私が初めて見る、彼の心からの優しい笑みだった。

「……敵わないな、君には」

彼はそう呟くと、スプーンを手に取った。

ゼリーを口に運ぶ彼の横顔は、もはや"氷刃の騎士団長"でも、ただの堅物な男でもない。私が知っている、ただのゼノンという一人の男性のものに見えた。

彼の正体を知り、私たちの間に新しい空気が流れ始める。

ただの店主と客ではない、もっと特別な関係の始まりを私は確かに予感していた。
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