『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ

夏乃みのり

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領境の森に到着した私たちは、目の前に広がる惨状に息を呑んだ。
数本の巨木がなぎ倒され、その中心で、月明かりを背に巨大な影が暴れ回っている。

「グオオオオオオッ!!」

鼓膜を破らんばかりの咆哮。
身長は五メートルほどだろうか。全身が岩のような硬質の皮膚に覆われ、丸太のように太い腕を振り回している。
「ギガント・オーガ」。この辺境でも滅多に見られない、災害級の魔物だ。

「ひるむな! 盾を構えろ! 側面から回り込むんだ!」

先着していた騎士たちが必死に応戦しているが、オーガの圧倒的なパワーの前にジリジリと後退を余儀なくされている。
一人の騎士が吹き飛ばされ、私たちの馬の前まで転がってきた。

「ぐあっ……! か、閣下! 申し訳ありません、奴の皮膚が硬すぎて、剣が通りません!」

ギルベルト様が馬から飛び降り、愛用の大剣を引き抜いた。

「下がっていろ。……フン、いい面構えだ。私のストレッチの成果を試すには、ちょうどいい相手だな」

ギルベルト様の全身から、凄まじい闘気が立ち上る。
だが、私はその横で、別の視点から魔物を観察していた。

(……素晴らしいわ。あの僧帽筋の盛り上がり、そして上腕二頭筋の血管の走り。野生の肉体美そのものね)

私はうっとりとオーガを見つめた。
奴が振り回しているのは、樹齢百年はありそうな樫の巨木だ。あれを片手で扱うとなれば、推定される握力は……。

「リーナ、貴様は後方で支援を……いや、貴様のことだ。前衛に出るつもりだろう?」

ギルベルト様がニヤリと笑いかけてくる。

「ええ、もちろんですわ。あんな極上のサンドバッグ……いえ、強敵を前にして、指をくわえて見ているなんて淑女の名折れです」

私は馬から降り、オーガの正面へと歩み出た。
オーガが新たな獲物に気づき、ギョロリとした巨大な目玉で私を睨みつける。

「グルルァァァッ!」

オーガが巨木を振り上げ、私めがけて叩きつけようとした、その瞬間。

――ビリィッ!!

小気味よい音が、戦場に響き渡った。

「……え?」
「なっ……!」

騎士たちの動きが止まった。
オーガさえも、一瞬動きを止めたように見えた。

私が、着ていた夜会用のドレスのスカート部分を、両手で豪快に引きちぎった音だ。

「……やはり、このフリルは邪魔ね。スクワットの深さを制限してしまうわ」

私が脱ぎ捨てたドレスの下から現れたのは、伸縮性に優れた素材で作られた、漆黒のスパッツとタンクトップ型の訓練着だった。
月光に照らされ、鍛え上げられた私の四肢の筋肉が露わになる。

「お、お嬢様……!? その格好は……!」

騎士たちが顔を赤くして目を逸らす中、ギルベルト様だけが「ほう……」と感嘆の声を漏らした。

「機能性を追求した、無駄のない戦闘服……。美しい。貴様の筋肉のカットが、これ以上ないほど鮮明に見えるぞ」

「お褒めに預かり光栄です、閣下。さあ、トレーニング開始と参りましょうか!」

私は地面を蹴った。
ドレスの重みから解放された私の体は、弾丸のように加速する。

「グガァッ!?」

オーガが慌てて巨木を振り下ろす。
普通の人間ならミンチになるところだが、私はその軌道を完全に見切っていた。
巨木が地面に激突し、土煙が舞い上がる。その隙だらけの懐に、私は滑り込んだ。

「遅いわね。広背筋の使い方がなっていないから、初動がバレバレよ!」

私はオーガの丸太のような足首を、両腕でガシッとホールドした。
タックル? いいえ、違う。

「……ふんぬッ!」

私は全身の筋肉を連動させ、オーガの巨体を「持ち上げた」。

「グ、グオッ!?」

五メートルの巨体が、宙に浮く。
騎士たちが信じられないものを見る目で絶句している。

「はぁぁぁぁっ!!」

私はそのまま、柔道の「一本背負い」の要領で、オーガを地面に叩きつけた。

ズドォォォォン!!

局地的な地震のような衝撃が走り、周囲の木々がビリビリと震えた。
オーガは白目を剥き、ピクリとも動かなくなった。

「……ふぅ。ナイス・バルク(良い筋肉)でしたわ」

私は額の汗を拭い、呼吸を整えた。心拍数は百八十。いい有酸素運動だ。
土煙が晴れると、そこには完全に沈黙した災害級の魔物と、その横で仁王立ちする筋肉質の令嬢(スパッツ姿)がいた。

「……ば、化け物だ……」
「あんな巨大なオーガを、素手で……?」
「俺たちは夢を見ているのか……?」

騎士たちが腰を抜かしている。
その中で、ギルベルト様だけが、ゆっくりと私に歩み寄ってきた。

「……見事だ、リーナ。まさか、奴を物理的に投げ飛ばすとはな」

「閣下のストレッチのおかげで、股関節の可動域が広がっていたのが勝因ですわ」

ギルベルト様は、倒れたオーガと、私の筋肉を交互に見て、満足げに頷いた。

「貴様のその力、そして美しさ。……やはり、辺境(ここ)に骨を埋める気はないか? 私の隣で」

その言葉は、先ほどの夜の続きのようにも聞こえた。
月明かりの下、スパッツ姿の令嬢と、半裸の辺境伯が見つめ合う。
ロマンチックのかけらもない状況だが、私たちの間には、確かに熱い何かが通い合っていた。

「……前向きに検討させていただきますわ、閣下。ここのトレーニング環境は、最高ですから」

私たちが互いの健闘を称え合っている(主に筋肉の仕上がり具合について)と、遠くから馬蹄の音が近づいてきた。
アンナが乗った馬車と、増援の騎士たちだ。

「お嬢様! ご無事ですか!? ……って、まあ! なんですかその格好は!」

馬車から飛び出してきたアンナが、私の姿を見て卒倒しかけた。

「アンナ、無事よ。ちょっとドレスが破れてしまったけれど」

「破れたレベルではありません! もう、王都の淑女録から完全に抹消されますよ!?」

アンナの嘆きをよそに、私は清々しい気分だった。
重いドレスも、貴族社会のしがらみも、全て投げ捨てたこの体。
今、私はかつてないほど「自由」だった。
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