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ゼノス城の大広間は、いつになく熱気に包まれていた。
先日の巨大オーガ討伐を祝う宴が、盛大に催されているのだ。
並み居る屈強な騎士たちがジョッキを片手に「筋肉万歳!」「リーナ様万歳!」と叫び、私が伝授した「マッスル婦人会」の奥様方が、以前よりひと回り太くなった腕で優雅にグラスを傾けている。
「……はぁ。結局、またドレスを着る羽目になるなんて」
私は会場の隅で、重厚なベルベットのドレスの裾を気にしながら溜息をついた。
アンナが「スパッツで宴に出るなんて言語道断です!」と鬼の形相で着せた、最新流行のドレスだ。
総重量は十キロ近いだろうか。
「まあいいわ。この重みも、僧帽筋への常時加重トレーニングだと思えば悪くない」
私がポジティブに捉え直していると、人垣が割れ、本日の主役の一人であるギルベルト様が現れた。
「……リーナ。待たせたな」
漆黒の礼服に身を包んだギルベルト様は、野性味が少し抑えられ、洗練された大人の男の色気を放っていた。
だが、私の目は誤魔化されない。
その完璧な姿勢を支えているのが、鋼のような脊柱起立筋と腹直筋の黄金比であることを、私は知っている。
「閣下。皆様、大変な盛り上がりようですね」
「ああ。皆、貴様のあの豪快な『一本背負い』の話で持ちきりだ。……ところで、リーナ」
ギルベルト様が、恭しく右手を差し出した。
「一曲、願えるか? 討伐の功労者同士、ファーストダンスを踊るのが習わしでな」
「喜んで。……ですが閣下、ただのダンスではつまらないと思いませんか?」
私はニヤリと笑い、その大きな手を取った。
瞬間、バチィッ! と静電気のような火花が散った気がした。
「ほう? では、どうするつもりだ?」
「このドレスの重負荷(ウェイト)と、閣下のリードという名の圧力。それに私がどこまで耐えられるか、その限界を試すというのはいかがでしょう」
「ククク……。面白い。貴様の体幹が悲鳴を上げるまで、振り回してやろう」
私たちはフロアの中央へと進み出た。
楽団が優雅なワルツを奏で始める。
ギルベルト様の右手が、私の腰に添えられた。
――熱い。そして、硬い。
まるで熱した鉄板を腰に当てられたような感覚だ。
「……失礼。少し強く引き寄せすぎたか? 広背筋に力が入りすぎたようだ」
「いいえ、お気になさらず。この程度の圧迫感、コルセットよりマシですわ。……それよりも閣下、上腕二頭筋の緊張が甘いのではなくて?」
私は彼の肩に置いた左手に、グッと力を込めた。
私の握力(推定六十キロ)が、彼の肩の筋肉を鷲掴みにする。
「……ッ! なるほど、そう来るか。ならば私も本気を出そう」
ギルベルト様が、さらに強く私を引き寄せた。
私たちの体は密着し、互いの筋肉の熱と鼓動がダイレクトに伝わり合う。
傍から見れば、情熱的に見つめ合い、体を密着させて踊る美男美女だろう。
会場からは「おお……」「なんてお似合いなのだ」という感嘆の声が漏れる。
だが、実態は違う。
これは、ダンスという皮を被った「筋力耐久テスト」だ。
「(くっ……! なんて強靭な体幹! 私のリードに逆らって、重心を常にセンターに保とうとしている!)」
「(ふふっ……! 素晴らしい圧力! 気を抜けば腰椎が持っていかれそう! 腹斜筋、頑張って!)」
曲が盛り上がるにつれ、私たちの動きは激しさを増していった。
優雅なステップは、いつしか床板を軋ませるほどの力強い踏み込みに変わっていた。
「リーナ! 次はスピンだ! ついてこられるか!」
「望むところですわ、閣下! 遠心力という負荷を、この身で受け止めてみせます!」
ギルベルト様が私を回転させる。
その速度は、通常のワルツの三倍はあっただろう。
重いドレスが遠心力で広がり、花のように舞う。
私は強烈なGに耐えながら、体幹を一直線に保ち続けた。
もしここで軸がぶれれば、二人まとめて吹っ飛んで会場の壁に穴を開けることになる。
ジャンッ!
曲が終わると同時に、私たちはビシッと最後のポーズを決めた。
二人の額には汗が滲み、肩で息をしている。
「……はぁ、はぁ。……素晴らしい、スタビリティ(安定性)だったぞ、リーナ」
「……ふぅ、ふぅ。閣下こそ、……見事な、パワーでしたわ」
会場が割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
壁際で見ていたアンナが、両手で顔を覆って「もう、お嫁に行けない……」と呟いていたが、今の私には聞こえない。
私とギルベルト様は、互いの健闘を称え合うように、熱く見つめ合った。
ダンスを通して、私たちの「筋肉の絆」は、より一層深まったのだった。
その時である。
祝宴の喧騒を切り裂くように、一人の伝令が慌ただしく駆け込んできた。
「ほ、報告します! 王都より、早馬が到着しました!」
伝令が差し出した手紙を見て、ギルベルト様の眉がピクリと動いた。
その手紙には、見覚えのある王家の紋章が押されていたのだ。
「……ジュリアン王子からだ。リーナ、貴様への『帰還命令』らしいぞ」
会場の空気が一瞬にして凍りついた。
私は、汗を拭いながら冷ややかに笑った。
「帰還命令? 今さら何を寝言を。……この筋肉の聖地(パラダイス)から、私が帰るとでも思っているのかしら」
王都からの不穏な風が、熱い辺境の夜に吹き込もうとしていた。
先日の巨大オーガ討伐を祝う宴が、盛大に催されているのだ。
並み居る屈強な騎士たちがジョッキを片手に「筋肉万歳!」「リーナ様万歳!」と叫び、私が伝授した「マッスル婦人会」の奥様方が、以前よりひと回り太くなった腕で優雅にグラスを傾けている。
「……はぁ。結局、またドレスを着る羽目になるなんて」
私は会場の隅で、重厚なベルベットのドレスの裾を気にしながら溜息をついた。
アンナが「スパッツで宴に出るなんて言語道断です!」と鬼の形相で着せた、最新流行のドレスだ。
総重量は十キロ近いだろうか。
「まあいいわ。この重みも、僧帽筋への常時加重トレーニングだと思えば悪くない」
私がポジティブに捉え直していると、人垣が割れ、本日の主役の一人であるギルベルト様が現れた。
「……リーナ。待たせたな」
漆黒の礼服に身を包んだギルベルト様は、野性味が少し抑えられ、洗練された大人の男の色気を放っていた。
だが、私の目は誤魔化されない。
その完璧な姿勢を支えているのが、鋼のような脊柱起立筋と腹直筋の黄金比であることを、私は知っている。
「閣下。皆様、大変な盛り上がりようですね」
「ああ。皆、貴様のあの豪快な『一本背負い』の話で持ちきりだ。……ところで、リーナ」
ギルベルト様が、恭しく右手を差し出した。
「一曲、願えるか? 討伐の功労者同士、ファーストダンスを踊るのが習わしでな」
「喜んで。……ですが閣下、ただのダンスではつまらないと思いませんか?」
私はニヤリと笑い、その大きな手を取った。
瞬間、バチィッ! と静電気のような火花が散った気がした。
「ほう? では、どうするつもりだ?」
「このドレスの重負荷(ウェイト)と、閣下のリードという名の圧力。それに私がどこまで耐えられるか、その限界を試すというのはいかがでしょう」
「ククク……。面白い。貴様の体幹が悲鳴を上げるまで、振り回してやろう」
私たちはフロアの中央へと進み出た。
楽団が優雅なワルツを奏で始める。
ギルベルト様の右手が、私の腰に添えられた。
――熱い。そして、硬い。
まるで熱した鉄板を腰に当てられたような感覚だ。
「……失礼。少し強く引き寄せすぎたか? 広背筋に力が入りすぎたようだ」
「いいえ、お気になさらず。この程度の圧迫感、コルセットよりマシですわ。……それよりも閣下、上腕二頭筋の緊張が甘いのではなくて?」
私は彼の肩に置いた左手に、グッと力を込めた。
私の握力(推定六十キロ)が、彼の肩の筋肉を鷲掴みにする。
「……ッ! なるほど、そう来るか。ならば私も本気を出そう」
ギルベルト様が、さらに強く私を引き寄せた。
私たちの体は密着し、互いの筋肉の熱と鼓動がダイレクトに伝わり合う。
傍から見れば、情熱的に見つめ合い、体を密着させて踊る美男美女だろう。
会場からは「おお……」「なんてお似合いなのだ」という感嘆の声が漏れる。
だが、実態は違う。
これは、ダンスという皮を被った「筋力耐久テスト」だ。
「(くっ……! なんて強靭な体幹! 私のリードに逆らって、重心を常にセンターに保とうとしている!)」
「(ふふっ……! 素晴らしい圧力! 気を抜けば腰椎が持っていかれそう! 腹斜筋、頑張って!)」
曲が盛り上がるにつれ、私たちの動きは激しさを増していった。
優雅なステップは、いつしか床板を軋ませるほどの力強い踏み込みに変わっていた。
「リーナ! 次はスピンだ! ついてこられるか!」
「望むところですわ、閣下! 遠心力という負荷を、この身で受け止めてみせます!」
ギルベルト様が私を回転させる。
その速度は、通常のワルツの三倍はあっただろう。
重いドレスが遠心力で広がり、花のように舞う。
私は強烈なGに耐えながら、体幹を一直線に保ち続けた。
もしここで軸がぶれれば、二人まとめて吹っ飛んで会場の壁に穴を開けることになる。
ジャンッ!
曲が終わると同時に、私たちはビシッと最後のポーズを決めた。
二人の額には汗が滲み、肩で息をしている。
「……はぁ、はぁ。……素晴らしい、スタビリティ(安定性)だったぞ、リーナ」
「……ふぅ、ふぅ。閣下こそ、……見事な、パワーでしたわ」
会場が割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
壁際で見ていたアンナが、両手で顔を覆って「もう、お嫁に行けない……」と呟いていたが、今の私には聞こえない。
私とギルベルト様は、互いの健闘を称え合うように、熱く見つめ合った。
ダンスを通して、私たちの「筋肉の絆」は、より一層深まったのだった。
その時である。
祝宴の喧騒を切り裂くように、一人の伝令が慌ただしく駆け込んできた。
「ほ、報告します! 王都より、早馬が到着しました!」
伝令が差し出した手紙を見て、ギルベルト様の眉がピクリと動いた。
その手紙には、見覚えのある王家の紋章が押されていたのだ。
「……ジュリアン王子からだ。リーナ、貴様への『帰還命令』らしいぞ」
会場の空気が一瞬にして凍りついた。
私は、汗を拭いながら冷ややかに笑った。
「帰還命令? 今さら何を寝言を。……この筋肉の聖地(パラダイス)から、私が帰るとでも思っているのかしら」
王都からの不穏な風が、熱い辺境の夜に吹き込もうとしていた。
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