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ゼノス領の広大な草原は、いまや「マッスル帝国」の精鋭たちと領民が入り乱れる、地獄のトレーニング場と化していた。
「師匠! 見てください! この『大魔岩』を担いでの片足スクワット、ようやく百回を超えました!」
バルザック将軍が、汗を滝のように流しながら雄叫びを上げる。
彼の背中には、以前よりもさらに力強い「鬼の顔」が刻まれつつあった。
「甘いわよ、バルザック! 膝の角度が甘い! あと五センチ深く沈み込みなさい! 筋肉との対話が足りなくてよ!」
私は仁王立ちで、彼の太ももの筋肉を厳しい目で見つめていた。
周囲では、バルク合衆国の兵士たちが領民に「正しいプロテインの飲み方」を教わり、和気藹々とバーベルを上げ下げしている。
「……リーナ。貴様、完全に将軍を飼い慣らしたな。もはや国境を守る必要すらない。彼らが最大の壁だ」
ギルベルト様が、自身の広背筋をピクピクと動かしながら私の隣に立った。
「ふふ、閣下。筋肉に国境はないと申し上げたでしょう? ……あら、あそこに土煙が。また誰か弟子入り志願かしら?」
街道の先から、一台のド派手な馬車が猛スピードで近づいてくる。
そこには、王家の紋章……ではなく、悪趣味なほど宝石を散りばめたカトレアの紋章が刻まれていた。
馬車が急停車し、中からボロボロのドレスを纏ったカトレアが飛び出してきた。
その後ろには、震えながら「何か」を抱えたジュリアン王子の姿もある。
「いたわ! このゴリラ令嬢! よくも私を、あんな恥ずかしい目に合わせてくれたわね!」
カトレアの指さす先で、私は優雅に……かつ、大胸筋を強調したポーズで一礼した。
「ごきげんよう、カトレア様。例の反省スクワット、順調のようですわね。以前より大臀筋のラインが引き締まって見えますわ」
「うるさいわよ! 私は、私は認めないわ! あんたが優勝するなんて、世界が狂ってるのよ! ……だから、これを買ってきたわ。古代魔導具『筋肉退化の鏡(マッスル・ディジェネレイター)』よ!」
カトレアが、ジュリアンの抱えていた不気味な紫色の鏡を奪い取った。
その鏡面からは、生き物の活力を奪うような、禍々しい波動が漏れ出している。
「ひっ、カトレア! これ、本当に使うのか!? これを使うと、対象者の筋肉は一瞬で萎縮し、二度と立ち上がれないほど衰弱するって……」
ジュリアンが震える声で止めるが、カトレアは狂気じみた笑みを浮かべた。
「いいのよ! この女から筋肉を奪えば、ただの生意気な小娘に戻るわ! ……さあ、消えなさい、その忌々しい筋肉ごと!!」
鏡から放たれたドス黒い光線が、私の全身を包み込んだ。
バルザック将軍やギルベルト様が「リーナ!」と叫んで駆け寄ろうとするが、光の壁に阻まれて近づけない。
(……あら。なんだか、全身の細胞が急激に『圧縮』されるような感覚……。これは、今までにない刺激ですわ!)
私は目を閉じ、内なる筋肉と対話した。
呪いの光は、私の強靭な筋繊維を一本一本、無理やり縮小させようとしている。
だが、私の筋肉はそれを「拒絶」した。
正確には、縮小を受け入れつつ、その「密度」を無限大に高めることで対抗したのだ。
数分後、光が収まった。
そこに立っていたのは……以前よりもずっと「細くなった」私だった。
「おーっほっほっほ!! やったわ! 見た、ジュリアン様!? あの女の筋肉が消えたわ! 元の、折れそうな細い腕に戻ったのよ!」
カトレアが狂喜乱舞し、地面を叩いて笑う。
確かに、見た目の私は、かつての「儚げな令嬢」そのものに見えた。
だが、バルザック将軍とギルベルト様は、私の姿を見て戦慄していた。
「……ば、馬鹿な。消えたんじゃない。……あれは……」
「……密度だ。筋肉が凝縮されすぎて、光さえも歪んでいる……」
私はゆっくりと目を開き、自身の細くなった腕を見つめた。
見た目は細い。だが、その内側には、以前の十倍以上の質量が詰め込まれている。
私は、足元の地面が「メキメキ」と音を立てて沈み込んでいくのを感じた。
「……カトレア様。感謝いたしますわ」
「はぁ!? 何よ、負け惜しみ?」
「いいえ。……私、以前から悩んでいたのです。筋肉が大きくなりすぎて、お気に入りのドレスの袖が通らなくなることに。……ですが、この『高密度筋肉(ハイデンシティ・マッスル)』なら、見た目は令嬢、中身は魔王。……これこそが私の求めていた究極の形ですわ!」
私は、細くなった指先で、カトレアが持っていた呪いの鏡を「ツン」と突いた。
パリンッ!!
鋼鉄よりも硬い鏡が、私の指先が触れた瞬間に粉々に砕け散った。
「……え?」
「あら、失礼。少し自重(といっても数トン分くらいの密度ですが)がかかってしまいましたわ。……バルザック、見ていて。これが、真の『マッスル・レボリューション』よ!」
私は地を蹴った。
細い脚からは想像もつかない爆発的な力が生まれ、私は一瞬でカトレアの目の前に移動した。
速すぎて、空気の壁が衝撃波となって周囲をなぎ倒す。
「ひっ……!? な、何よ、その速さ……!」
「カトレア様。筋肉は、見た目の大きさだけではないのです。……さあ、お礼に私の『凝縮されたハグ』を受けていただけますか?」
「嫌ぁぁぁぁ! 来ないでぇぇぇぇ!!」
カトレアとジュリアンは、私の放つ圧倒的な「重力」に耐えきれず、そのまま馬車に飛び乗って逃げ出していった。
……しかし、あまりに急いでいたため、彼らの馬車は私の足跡(地面が陥没している)に車輪を取られ、派手に横転してしまった。
「……ふぅ。いい密度になりましたわね、閣下」
私はギルベルト様の方を向き、微笑んだ。
見た目は可憐な令嬢。だが、彼女が歩くたびに、地面には深い足跡が刻まれていく。
「……リーナ。貴様、もう人間を辞めているのではないか?」
「失礼ね。私はどこまでも、筋肉を愛する一人の淑女ですわ。……さて、密度が上がった分、消費カロリーも増えました。……閣下、特大のステーキを十枚、用意していただけますか?」
「……ああ、喜んで。貴様のその、目に見えない筋肉に最高の栄養を与えよう」
リーナの筋肉は、呪いさえも「進化の糧」として取り込み、ついには次元を超えた密度へと到達した。
王都の陰謀など、もはや彼女の「一指し」で粉砕される運命にあるのであった。
「師匠! 見てください! この『大魔岩』を担いでの片足スクワット、ようやく百回を超えました!」
バルザック将軍が、汗を滝のように流しながら雄叫びを上げる。
彼の背中には、以前よりもさらに力強い「鬼の顔」が刻まれつつあった。
「甘いわよ、バルザック! 膝の角度が甘い! あと五センチ深く沈み込みなさい! 筋肉との対話が足りなくてよ!」
私は仁王立ちで、彼の太ももの筋肉を厳しい目で見つめていた。
周囲では、バルク合衆国の兵士たちが領民に「正しいプロテインの飲み方」を教わり、和気藹々とバーベルを上げ下げしている。
「……リーナ。貴様、完全に将軍を飼い慣らしたな。もはや国境を守る必要すらない。彼らが最大の壁だ」
ギルベルト様が、自身の広背筋をピクピクと動かしながら私の隣に立った。
「ふふ、閣下。筋肉に国境はないと申し上げたでしょう? ……あら、あそこに土煙が。また誰か弟子入り志願かしら?」
街道の先から、一台のド派手な馬車が猛スピードで近づいてくる。
そこには、王家の紋章……ではなく、悪趣味なほど宝石を散りばめたカトレアの紋章が刻まれていた。
馬車が急停車し、中からボロボロのドレスを纏ったカトレアが飛び出してきた。
その後ろには、震えながら「何か」を抱えたジュリアン王子の姿もある。
「いたわ! このゴリラ令嬢! よくも私を、あんな恥ずかしい目に合わせてくれたわね!」
カトレアの指さす先で、私は優雅に……かつ、大胸筋を強調したポーズで一礼した。
「ごきげんよう、カトレア様。例の反省スクワット、順調のようですわね。以前より大臀筋のラインが引き締まって見えますわ」
「うるさいわよ! 私は、私は認めないわ! あんたが優勝するなんて、世界が狂ってるのよ! ……だから、これを買ってきたわ。古代魔導具『筋肉退化の鏡(マッスル・ディジェネレイター)』よ!」
カトレアが、ジュリアンの抱えていた不気味な紫色の鏡を奪い取った。
その鏡面からは、生き物の活力を奪うような、禍々しい波動が漏れ出している。
「ひっ、カトレア! これ、本当に使うのか!? これを使うと、対象者の筋肉は一瞬で萎縮し、二度と立ち上がれないほど衰弱するって……」
ジュリアンが震える声で止めるが、カトレアは狂気じみた笑みを浮かべた。
「いいのよ! この女から筋肉を奪えば、ただの生意気な小娘に戻るわ! ……さあ、消えなさい、その忌々しい筋肉ごと!!」
鏡から放たれたドス黒い光線が、私の全身を包み込んだ。
バルザック将軍やギルベルト様が「リーナ!」と叫んで駆け寄ろうとするが、光の壁に阻まれて近づけない。
(……あら。なんだか、全身の細胞が急激に『圧縮』されるような感覚……。これは、今までにない刺激ですわ!)
私は目を閉じ、内なる筋肉と対話した。
呪いの光は、私の強靭な筋繊維を一本一本、無理やり縮小させようとしている。
だが、私の筋肉はそれを「拒絶」した。
正確には、縮小を受け入れつつ、その「密度」を無限大に高めることで対抗したのだ。
数分後、光が収まった。
そこに立っていたのは……以前よりもずっと「細くなった」私だった。
「おーっほっほっほ!! やったわ! 見た、ジュリアン様!? あの女の筋肉が消えたわ! 元の、折れそうな細い腕に戻ったのよ!」
カトレアが狂喜乱舞し、地面を叩いて笑う。
確かに、見た目の私は、かつての「儚げな令嬢」そのものに見えた。
だが、バルザック将軍とギルベルト様は、私の姿を見て戦慄していた。
「……ば、馬鹿な。消えたんじゃない。……あれは……」
「……密度だ。筋肉が凝縮されすぎて、光さえも歪んでいる……」
私はゆっくりと目を開き、自身の細くなった腕を見つめた。
見た目は細い。だが、その内側には、以前の十倍以上の質量が詰め込まれている。
私は、足元の地面が「メキメキ」と音を立てて沈み込んでいくのを感じた。
「……カトレア様。感謝いたしますわ」
「はぁ!? 何よ、負け惜しみ?」
「いいえ。……私、以前から悩んでいたのです。筋肉が大きくなりすぎて、お気に入りのドレスの袖が通らなくなることに。……ですが、この『高密度筋肉(ハイデンシティ・マッスル)』なら、見た目は令嬢、中身は魔王。……これこそが私の求めていた究極の形ですわ!」
私は、細くなった指先で、カトレアが持っていた呪いの鏡を「ツン」と突いた。
パリンッ!!
鋼鉄よりも硬い鏡が、私の指先が触れた瞬間に粉々に砕け散った。
「……え?」
「あら、失礼。少し自重(といっても数トン分くらいの密度ですが)がかかってしまいましたわ。……バルザック、見ていて。これが、真の『マッスル・レボリューション』よ!」
私は地を蹴った。
細い脚からは想像もつかない爆発的な力が生まれ、私は一瞬でカトレアの目の前に移動した。
速すぎて、空気の壁が衝撃波となって周囲をなぎ倒す。
「ひっ……!? な、何よ、その速さ……!」
「カトレア様。筋肉は、見た目の大きさだけではないのです。……さあ、お礼に私の『凝縮されたハグ』を受けていただけますか?」
「嫌ぁぁぁぁ! 来ないでぇぇぇぇ!!」
カトレアとジュリアンは、私の放つ圧倒的な「重力」に耐えきれず、そのまま馬車に飛び乗って逃げ出していった。
……しかし、あまりに急いでいたため、彼らの馬車は私の足跡(地面が陥没している)に車輪を取られ、派手に横転してしまった。
「……ふぅ。いい密度になりましたわね、閣下」
私はギルベルト様の方を向き、微笑んだ。
見た目は可憐な令嬢。だが、彼女が歩くたびに、地面には深い足跡が刻まれていく。
「……リーナ。貴様、もう人間を辞めているのではないか?」
「失礼ね。私はどこまでも、筋肉を愛する一人の淑女ですわ。……さて、密度が上がった分、消費カロリーも増えました。……閣下、特大のステーキを十枚、用意していただけますか?」
「……ああ、喜んで。貴様のその、目に見えない筋肉に最高の栄養を与えよう」
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