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「……バキッ、という嫌な音がしましたわね、アンナ」
朝の爽やかな陽光が差し込む食堂で、私は絶望と共に静止していた。
お気に入りの、公爵家から持ち込んだマホガニー製の椅子が、私の臀部が触れた瞬間に粉々に砕け散ったのだ。
「お嬢様。これで今朝、三脚目です。……床の石畳も、心なしかお嬢様の周囲だけ沈み込んでいますよ」
アンナが、無表情のままティーカップを差し出してきた。
私はそれを指先でつまもうとしたが、その瞬間、陶器のカップが「メキッ」と悲鳴を上げた。
「いけませんわ……。カトレア様の呪いの鏡のおかげで、私の筋肉は極限まで圧縮されてしまった。見た目は以前より細いくらいなのに、推定体重が……魔物の大型種並みになっていますの」
私は、空中で「空気椅子」の姿勢を保ちながら呟いた。
今の私には、普通の椅子など綿飴(わたあめ)も同然。
座るという行為そのものが、家具に対する暴力になってしまうのだ。
「……リーナ。困っているようだな」
食堂に、上半身裸のギルベルト様が姿を現した。
彼は私の足元の陥没した石畳を見て、満足げに喉を鳴らした。
「素晴らしい密度だ。貴様が歩くたびに、屋敷が地震のように揺れる。……だが、これではまともに睡眠も取れまい」
「ええ、閣下。昨夜はベッドのバネが弾け飛び、危うく床を突き抜けて一階まで落ちるところでしたわ」
「ガハハハ! 流石は師匠だ! 存在そのものが重力(グラビティ)!」
後ろから、バルザック将軍が元気よく入ってきた。
彼もまた、私の高密度化した肉体に心酔している一人だ。
「ならば、リーナ。この地にある『深淵の洞窟』へ向かおう。そこには、数千年前の魔物『アダマント・タイタン』の遺骨が眠っている。……その骨を建材にすれば、貴様の重さにも耐えうる椅子とベッドが作れるはずだ」
「アダマント・タイタン……。金剛石(ダイヤモンド)並みの硬度を持つという伝説の骨ですわね。……いいでしょう、今の私の『密度』を試すには絶好の相手ですわ!」
私たちは早速、屋敷の裏手に広がる険しい山脈の奥、深淵の洞窟へと向かった。
私が一歩踏み出すたびに「ドスッ……ドスッ……」と重厚な地響きが鳴る。
「……リーナ、貴様が走ると山が崩れそうだな。……おい、バルザック! 遅れるなよ!」
「分かっております、閣下! 師匠の足跡をトレースするだけで、最高のレッグ・トレーニングになります!」
洞窟の最深部に辿り着くと、そこには巨大な、それこそ城門のような骨が散乱していた。
そしてその中央には、骨を守るようにして巨大なゴーレムが鎮座していた。
「グルオォォォォ……!」
「……来ましたわね、今日のトレーニング相手。……皆さん、下がっていて。こいつに触れたら、今の私の『重み』がどう作用するか、確かめてみたいの」
私はゆっくりと、ゴーレムに向かって歩み寄った。
ゴーレムが巨大な岩の拳を振り下ろす。
私はそれを避けることなく、指一本で受け止めた。
ピシィッ……!!
「……あら?」
私の指が触れた瞬間、ゴーレムの岩の拳に亀裂が入り、そのまま砂のように崩れ去った。
攻撃したのではない。ただ、そこに「在る」だけで、私の密度の圧力がゴーレムの構造を破壊したのだ。
「……凄い。……リーナ、貴様はもう、動くブラックホールだな」
ギルベルト様が、戦慄と歓喜の入り混じった表情で呟く。
「……はっ!」
私は軽く、その場を跳ねた。
着地の衝撃だけで、洞窟全体が激しく揺れ、守護者であったゴーレムは粉々に砕け散った。
これが高密度筋肉の真骨頂。
ただの質量が、最強の武器へと昇華した瞬間だった。
「さあ、閣下。このアダマント・タイタンの骨を持ち帰りましょう。……バルザック、手伝ってくださる?」
「はい! ……って、重っ!? これ、一本で一トンはあるぞ!?」
「まあ、軽いほうですわ。……私、三本まとめて担いで帰りますわね」
私は巨大な骨を三本、まるで薪(まき)でも背負うように軽々と担ぎ上げた。
私の足が地面に深くめり込むが、強靭な心肺機能がそれを苦ともさせない。
帰り道、私はギルベルト様に尋ねた。
「閣下。この骨で家具を作ったら、……ようやく、閣下と同じ目線でゆっくりとお話ができますわね」
「ああ。……リーナ。貴様がどれほど重くなろうとも、私がその全てを受け止められる男になってみせる。……だから、安心して座れ」
ギルベルト様の言葉に、私の胸が熱くなった。
これは、筋肉の熱量(サーモゲネシス)のせいだけではないはずだ。
「……ありがとうございます。……でも閣下、まずは私の膝の上に座っても壊れない、頑丈なテーブルも必要ですわね」
「……膝の上、だと? ……フッ、望むところだ。私の大臀筋で、貴様の密度の全てを支えてやろうじゃないか」
二人の間に、プロテインよりも濃密な空気が流れる。
バルザック将軍だけが、「……あの、骨が重すぎて……膝が笑ってるんですけど……」と震えていたが、誰も気にしなかった。
ゼノス領に、最強の家具が完成する日は近い。
そして、リーナの「重すぎる愛」もまた、着実にビルドアップされていた。
朝の爽やかな陽光が差し込む食堂で、私は絶望と共に静止していた。
お気に入りの、公爵家から持ち込んだマホガニー製の椅子が、私の臀部が触れた瞬間に粉々に砕け散ったのだ。
「お嬢様。これで今朝、三脚目です。……床の石畳も、心なしかお嬢様の周囲だけ沈み込んでいますよ」
アンナが、無表情のままティーカップを差し出してきた。
私はそれを指先でつまもうとしたが、その瞬間、陶器のカップが「メキッ」と悲鳴を上げた。
「いけませんわ……。カトレア様の呪いの鏡のおかげで、私の筋肉は極限まで圧縮されてしまった。見た目は以前より細いくらいなのに、推定体重が……魔物の大型種並みになっていますの」
私は、空中で「空気椅子」の姿勢を保ちながら呟いた。
今の私には、普通の椅子など綿飴(わたあめ)も同然。
座るという行為そのものが、家具に対する暴力になってしまうのだ。
「……リーナ。困っているようだな」
食堂に、上半身裸のギルベルト様が姿を現した。
彼は私の足元の陥没した石畳を見て、満足げに喉を鳴らした。
「素晴らしい密度だ。貴様が歩くたびに、屋敷が地震のように揺れる。……だが、これではまともに睡眠も取れまい」
「ええ、閣下。昨夜はベッドのバネが弾け飛び、危うく床を突き抜けて一階まで落ちるところでしたわ」
「ガハハハ! 流石は師匠だ! 存在そのものが重力(グラビティ)!」
後ろから、バルザック将軍が元気よく入ってきた。
彼もまた、私の高密度化した肉体に心酔している一人だ。
「ならば、リーナ。この地にある『深淵の洞窟』へ向かおう。そこには、数千年前の魔物『アダマント・タイタン』の遺骨が眠っている。……その骨を建材にすれば、貴様の重さにも耐えうる椅子とベッドが作れるはずだ」
「アダマント・タイタン……。金剛石(ダイヤモンド)並みの硬度を持つという伝説の骨ですわね。……いいでしょう、今の私の『密度』を試すには絶好の相手ですわ!」
私たちは早速、屋敷の裏手に広がる険しい山脈の奥、深淵の洞窟へと向かった。
私が一歩踏み出すたびに「ドスッ……ドスッ……」と重厚な地響きが鳴る。
「……リーナ、貴様が走ると山が崩れそうだな。……おい、バルザック! 遅れるなよ!」
「分かっております、閣下! 師匠の足跡をトレースするだけで、最高のレッグ・トレーニングになります!」
洞窟の最深部に辿り着くと、そこには巨大な、それこそ城門のような骨が散乱していた。
そしてその中央には、骨を守るようにして巨大なゴーレムが鎮座していた。
「グルオォォォォ……!」
「……来ましたわね、今日のトレーニング相手。……皆さん、下がっていて。こいつに触れたら、今の私の『重み』がどう作用するか、確かめてみたいの」
私はゆっくりと、ゴーレムに向かって歩み寄った。
ゴーレムが巨大な岩の拳を振り下ろす。
私はそれを避けることなく、指一本で受け止めた。
ピシィッ……!!
「……あら?」
私の指が触れた瞬間、ゴーレムの岩の拳に亀裂が入り、そのまま砂のように崩れ去った。
攻撃したのではない。ただ、そこに「在る」だけで、私の密度の圧力がゴーレムの構造を破壊したのだ。
「……凄い。……リーナ、貴様はもう、動くブラックホールだな」
ギルベルト様が、戦慄と歓喜の入り混じった表情で呟く。
「……はっ!」
私は軽く、その場を跳ねた。
着地の衝撃だけで、洞窟全体が激しく揺れ、守護者であったゴーレムは粉々に砕け散った。
これが高密度筋肉の真骨頂。
ただの質量が、最強の武器へと昇華した瞬間だった。
「さあ、閣下。このアダマント・タイタンの骨を持ち帰りましょう。……バルザック、手伝ってくださる?」
「はい! ……って、重っ!? これ、一本で一トンはあるぞ!?」
「まあ、軽いほうですわ。……私、三本まとめて担いで帰りますわね」
私は巨大な骨を三本、まるで薪(まき)でも背負うように軽々と担ぎ上げた。
私の足が地面に深くめり込むが、強靭な心肺機能がそれを苦ともさせない。
帰り道、私はギルベルト様に尋ねた。
「閣下。この骨で家具を作ったら、……ようやく、閣下と同じ目線でゆっくりとお話ができますわね」
「ああ。……リーナ。貴様がどれほど重くなろうとも、私がその全てを受け止められる男になってみせる。……だから、安心して座れ」
ギルベルト様の言葉に、私の胸が熱くなった。
これは、筋肉の熱量(サーモゲネシス)のせいだけではないはずだ。
「……ありがとうございます。……でも閣下、まずは私の膝の上に座っても壊れない、頑丈なテーブルも必要ですわね」
「……膝の上、だと? ……フッ、望むところだ。私の大臀筋で、貴様の密度の全てを支えてやろうじゃないか」
二人の間に、プロテインよりも濃密な空気が流れる。
バルザック将軍だけが、「……あの、骨が重すぎて……膝が笑ってるんですけど……」と震えていたが、誰も気にしなかった。
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