『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ

夏乃みのり

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「……はぁ。ようやく、落ち着いてお茶が飲めますわ」

私は今、深淵の洞窟から持ち帰った『アダマント・タイタン』の骨を加工して作った、特製の椅子に腰を下ろしていた。
石をも砕く私の高密度な臀部の圧力(プレッシャー)を、この椅子は見事に受け止めている。
ビクともしないこの安定感……。これこそが、私が求めていた『休息の質』だ。

「お嬢様、落ち着いている場合ではありませんよ。王都のジュリアン様が、近隣諸国に呼びかけて『リーナ包囲網』なるものを結成したそうです」

アンナが、いつものように無表情で、しかしどこか呆れたように報告書を読み上げた。
彼女の手にあるティーポットには、私のために特別に用意された「鉄分二倍、タンパク質三倍」の特製ハーブティーが入っている。

「包囲網? ……またジュリアン殿下が何か新しいレクリエーションを企画されたのかしら?」

「殿下は真剣ですよ。『リーナ・フォン・アトラスは重力を操る邪悪な魔女であり、放っておけば世界が彼女の質量に吸い込まれる』と、デタラメを吹聴して回っているそうです」

私はティーカップ(これもアダマント製)を口に運びながら、首を傾げた。
世界が私に吸い込まれる? ……まあ、私の魅力(バルク)に惹きつけられるという意味なら、あながち間違いではないかもしれない。

そこへ、ギルベルト様が巨大な鉄柱を担ぎながら入ってきた。
彼はニヤリと不敵な笑みを浮かべている。

「リーナ、聞いたか。領境の街道に、王都の騎士団だけでなく、近隣三国の連合軍が集結しているらしいぞ。その数、およそ五万」

「五万……。それは、かなりの人数ですわね」

「彼らは貴様を『世界の脅威』と呼び、武装してこちらに向かっている。……どうする、リーナ。受けて立つか?」

私は、最後の一口のティーを飲み干し、優雅に立ち上がった。
立ち上がった瞬間、アダマントの椅子がわずかに「ギシッ」と鳴った。私の密度の凄まじさが伺える。

「五万人の成人男性……。それだけの人数がいれば、一度にどれほどの効率で『マッスル・フェスティバル』を開催できるかしら」

「フェスティバル……? リーナ、彼らは戦争をしに来ているのだぞ?」

ギルベルト様の言葉に、私は最高の微笑みで返した。

「閣下、筋肉に争いは不要ですわ。ただ、圧倒的な『質量』を見せつければ、彼らも自ずと理解するはずです。……さあ、バルザック将軍も呼びなさい。五万人の『動く負荷』を迎えに行きましょう!」


領境の平原。
そこには、ジュリアン王子率いる王都騎士団と、彼にそそのかされた近隣諸国の軍勢が、地平線を埋め尽くすように展開していた。

「……見ろ! あそこだ! あの『重力魔女』が現れたぞ!」

ジュリアンが、震える指でこちらを指差した。
彼の横には、各国の王や将軍たちが、物珍しそうに、かつ恐ろしそうに私を見つめている。

「……殿下、あれがその魔女ですか? 見たところ、ただの可憐な令嬢にしか見えませんが……」

「騙されるな! あの細い体の内側には、一万頭の巨象を押し潰すほどの質量が隠されているんだ! ……総員、構えろ! 魔法兵、重力遮断の結界を!」

ジュリアンの号令と共に、数千人の魔導師が一斉に呪文を唱え始めた。
私の周囲に、紫色の魔法陣が幾重にも重なり、私を押し潰そうとする。

「……あら? なんだか、心地よいマッサージを受けているようですわ」

私は、魔法の圧力(プレッシャー)を全身で受け止めながら、ゆっくりと前進した。
魔法兵たちは目を見開いた。
本来なら、どんな巨漢の騎士でも平伏すはずの『重力魔法』の中を、私は鼻歌を歌わんばかりの足取りで歩いているのだ。

「ば、馬鹿な! 重力を増幅させているのに、なぜあんなに軽快に動けるんだ!?」

「いいえ、魔導師の皆様。……重力が重くなったのなら、それ以上に筋肉の出力を上げればいいだけのことですわ。……はっ!」

私は軽く、その場で一歩踏み出した。

ズゥゥゥゥン……!!

地響き。いや、局地的な地震だ。
私の高密度な足が地面に触れた瞬間、周囲の地面がクレーターのように陥没し、その衝撃波だけで最前列の騎士たちがバタバタと倒れ込んでいく。

「……あ、足踏みだけで、地面が……!」

「皆様、こんにちは。……せっかくこれほど大勢集まってくださったのですから、まずは『全員合同・空気椅子大会』から始めませんか?」

私は、五万人の軍勢のど真ん中に、悠然と歩み寄った。
私の周囲では、高すぎる密度ゆえに『局所的な引力』が発生し、飛んできた矢や魔法が吸い込まれるように私の足元に落ちていく。

「な、……なんだ……。彼女の周りだけ、物理法則が狂っている……!」

「さあ、皆さん! ジュリアン殿下のつまらないお話を聞くより、自分の肉体と対話しましょう! ……バルザック、見本を見せてあげて!」

「承知しました、師匠!!」

背後から現れたバルザック将軍とゼノス領の精鋭たちが、一斉に巨大な岩を担いでポージングを開始した。
その筋肉の威圧感と、私の放つ圧倒的な質量の前に、五万の軍勢は戦意を喪失するどころか、言葉を失って立ち尽くすしかなかった。

「……リーナ。……お前は、本当にもう……」

ジュリアンが、その場に膝をついた。
彼は悟ったのだ。
どれほどの軍勢を集めようとも、この『密度の塊』を動かすことは不可能であり、彼女に逆らうことは宇宙の真理に逆らうのと同じであると。

「……ふぅ。いいウォーミングアップになりましたわ。……さあ、そこの将軍さんたち。帰り道は、重い装備を背負って『うさぎ跳び』で帰るのですよ。それが、私を包囲しようとしたことへの、最高の『謝罪(ワークアウト)』ですわ!」

「「「は、はいっ! リーナ様!!」」」

各国の王や将軍たちは、なぜか清々しい顔をして、軍勢を引き連れてピョンピョンと飛び跳ねながら撤退していった。
後に残されたのは、半泣きのジュリアン王子と、満足げに微笑む私、そして私の足跡でボコボコになった大地だけだった。

「……リーナ。貴様、ついに五万人の軍隊を『健康習慣』に従わせたな」

ギルベルト様が、私の肩(硬度ダイヤモンド以上)を優しく叩いた。

「ええ。世界が平和になるには、まず適切な筋肉量が必要ですもの」

私たちの絆は、いまや物理的な質量を超えて、揺るぎないものとなっていた。
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