28 / 28
28
しおりを挟む
「……九万九千九百九十八、九万九千九百九十九、……十万! 良し、今日も絶好調ですわね!」
朝日が昇るゼノス領のバルコニーで、私は最後の一回を丁寧に、かつ爆発的なスピードで終えた。
私が一歩踏み出すたびに、アダマント製の床が「ズン、ズン」と重低音を響かせる。
もはやこの振動は、領民たちにとっての『目覚まし時計』代わりとなっていた。
「お嬢様、……いえ、閣下夫人。おはようございます。本日の『筋肉巡礼者』は、過去最多の五万人を記録しましたよ」
アンナが、プロテインと特製サプリメントを配合した黄金のドリンクを持って現れた。
彼女の足取りも、以前より格段に力強くなっている。
「五万人? まあ、世界中から私の筋肉を拝みに来るなんて、皆様もよっぽど『負荷』に飢えていらっしゃるのね」
「王都の令嬢たちの間では、『リーナ様の二の腕を拝めば、どんな悪い縁も物理的に断ち切れる』という伝説が広がっていますから」
アンナが差し出したドリンクを一気に飲み干すと、私の高密度な筋肉が歓喜の悲鳴を上げた。
あれから数年。
辺境ゼノス領は、今や世界中からマッスル志願者が集う『筋肉の聖地』へと変貌を遂げていた。
「リーナ、今日もキレてるな。……その広背筋、まるで朝焼けの翼のようだぞ」
背後から、地響きのような低い声が響いた。
振り返ると、そこには以前よりも二回りは大きくなったギルベルト様が、上半身裸で立っていた。
彼の肌は黄金色に輝き、動くたびに周囲の空気が熱波となって押し寄せる。
「おはようございます、閣下。……ふふ、あなたの大胸筋も、今日は一段と猛々しいですわ」
私たちは自然と歩み寄り、互いの筋肉の硬度を確かめ合うように固い抱擁を交わした。
二人の高密度な質量が合わさる瞬間、周囲に重力異常が発生し、テーブルの上の銀食器がふわりと浮き上がった。
「パパ! ママ! 見て! 僕、逆立ちで歩けるようになったよ!」
足元から、元気な少年の声が聞こえてきた。
私たちの愛の結晶、長男のレオくんだ。
まだ三歳だというのに、彼の腹筋は見事なエイトパックに割れ、歩くよりもスクワットを好むという、将来が楽しみすぎる逸材である。
「まあ、レオ! 見事な体幹ですわね。……良し、そのまま屋敷を一周してきなさい。それが終わったら、一緒に魔物の骨でジャグリングをしましょうね」
「わーい! パパ、ママ、大好き!」
レオくんが猛烈なスピードで逆立ち走りを披露しながら去っていく。
その後ろ姿を見送りながら、私はふと、門の方へと目をやった。
そこでは、立派な髭を蓄え、全身が鋼のようになった男が、巨大な門の扉をベンチプレスの要領で開閉していた。
「……九百……九十九、……千! ゼノス領の門、開門ッ!!」
「ジュリアン殿下、お疲れ様ですわ。今日もいい汗をかいていますわね」
私が声をかけると、ジュリアンは満面の笑みでこちらを向いた。
かつての軟弱な王子の面影はない。今の彼は『不動の門番』として、領民たちから絶大な信頼を得ている。
「ああ、リーナ様! 今日も素晴らしい重圧をありがとうございます! ……あ、カトレア! 今日のプロテインの配合はどうだ?」
「もう、急かさないでくださいまし! 今はプロテイン・バーの焼き加減を調整しているんですから!」
カトレアもまた、以前の計算高い令嬢ではなく、『筋肉食堂』の総責任者として、日々栄養学の追求に励んでいた。
彼女の作る高タンパク・クッキーは、今や王都の宝石よりも高値で取引されているという。
「……平和ですわね、閣下」
私はギルベルト様の肩に頭を預けた。
婚約破棄され、悪役令嬢として追放されたあの頃の私に、教えてあげたい。
「真の美しさは宝石ではなく、己の中に築き上げるものだ」と。
「ああ。……リーナ、貴様がこの地に来てから、全てが変わった。……かつては死を待つだけの魔境だったここが、今では世界で最も生命力に溢れる場所だ」
ギルベルト様が、私の手を優しく握り締めた。
「これからも、共に歩んでいこう。……重力が尽き、世界が終わりを迎えるその時まで」
「ええ。……私の密度がどれだけ上がっても、あなたが支えてくださる限り、私はどこまでも強くなれますわ」
私たちは、地平線の向こうから昇る太陽を背に、最高のポージングを決めた。
私たちの放つ熱量が、ゼノス領全体を包み込み、新たな一日の始まりを告げる。
「さあ、皆さん! 本日の全体朝礼、『一斉ジャンピング・スクワット』を開始しますわよ!!」
私の号令とともに、五万人の巡礼者、領民、そして騎士たちが一斉に跳び上がった。
ズゥゥゥゥゥン……!!
地球がわずかに軸をずらしたのではないかと思えるほどの衝撃。
だが、それは破壊の振動ではなく、未来へと踏み出す希望の鼓動であった。
悪役令嬢と呼ばれた少女、リーナ・フォン・アトラス。
彼女は今、最強の伴侶と、愛する家族、そして最高の筋肉に囲まれて、最高に『重い』幸せを噛み締めていた。
筋肉は裏切らない。
そして、鍛え抜かれた愛もまた、決して揺らぐことはないのである。
朝日が昇るゼノス領のバルコニーで、私は最後の一回を丁寧に、かつ爆発的なスピードで終えた。
私が一歩踏み出すたびに、アダマント製の床が「ズン、ズン」と重低音を響かせる。
もはやこの振動は、領民たちにとっての『目覚まし時計』代わりとなっていた。
「お嬢様、……いえ、閣下夫人。おはようございます。本日の『筋肉巡礼者』は、過去最多の五万人を記録しましたよ」
アンナが、プロテインと特製サプリメントを配合した黄金のドリンクを持って現れた。
彼女の足取りも、以前より格段に力強くなっている。
「五万人? まあ、世界中から私の筋肉を拝みに来るなんて、皆様もよっぽど『負荷』に飢えていらっしゃるのね」
「王都の令嬢たちの間では、『リーナ様の二の腕を拝めば、どんな悪い縁も物理的に断ち切れる』という伝説が広がっていますから」
アンナが差し出したドリンクを一気に飲み干すと、私の高密度な筋肉が歓喜の悲鳴を上げた。
あれから数年。
辺境ゼノス領は、今や世界中からマッスル志願者が集う『筋肉の聖地』へと変貌を遂げていた。
「リーナ、今日もキレてるな。……その広背筋、まるで朝焼けの翼のようだぞ」
背後から、地響きのような低い声が響いた。
振り返ると、そこには以前よりも二回りは大きくなったギルベルト様が、上半身裸で立っていた。
彼の肌は黄金色に輝き、動くたびに周囲の空気が熱波となって押し寄せる。
「おはようございます、閣下。……ふふ、あなたの大胸筋も、今日は一段と猛々しいですわ」
私たちは自然と歩み寄り、互いの筋肉の硬度を確かめ合うように固い抱擁を交わした。
二人の高密度な質量が合わさる瞬間、周囲に重力異常が発生し、テーブルの上の銀食器がふわりと浮き上がった。
「パパ! ママ! 見て! 僕、逆立ちで歩けるようになったよ!」
足元から、元気な少年の声が聞こえてきた。
私たちの愛の結晶、長男のレオくんだ。
まだ三歳だというのに、彼の腹筋は見事なエイトパックに割れ、歩くよりもスクワットを好むという、将来が楽しみすぎる逸材である。
「まあ、レオ! 見事な体幹ですわね。……良し、そのまま屋敷を一周してきなさい。それが終わったら、一緒に魔物の骨でジャグリングをしましょうね」
「わーい! パパ、ママ、大好き!」
レオくんが猛烈なスピードで逆立ち走りを披露しながら去っていく。
その後ろ姿を見送りながら、私はふと、門の方へと目をやった。
そこでは、立派な髭を蓄え、全身が鋼のようになった男が、巨大な門の扉をベンチプレスの要領で開閉していた。
「……九百……九十九、……千! ゼノス領の門、開門ッ!!」
「ジュリアン殿下、お疲れ様ですわ。今日もいい汗をかいていますわね」
私が声をかけると、ジュリアンは満面の笑みでこちらを向いた。
かつての軟弱な王子の面影はない。今の彼は『不動の門番』として、領民たちから絶大な信頼を得ている。
「ああ、リーナ様! 今日も素晴らしい重圧をありがとうございます! ……あ、カトレア! 今日のプロテインの配合はどうだ?」
「もう、急かさないでくださいまし! 今はプロテイン・バーの焼き加減を調整しているんですから!」
カトレアもまた、以前の計算高い令嬢ではなく、『筋肉食堂』の総責任者として、日々栄養学の追求に励んでいた。
彼女の作る高タンパク・クッキーは、今や王都の宝石よりも高値で取引されているという。
「……平和ですわね、閣下」
私はギルベルト様の肩に頭を預けた。
婚約破棄され、悪役令嬢として追放されたあの頃の私に、教えてあげたい。
「真の美しさは宝石ではなく、己の中に築き上げるものだ」と。
「ああ。……リーナ、貴様がこの地に来てから、全てが変わった。……かつては死を待つだけの魔境だったここが、今では世界で最も生命力に溢れる場所だ」
ギルベルト様が、私の手を優しく握り締めた。
「これからも、共に歩んでいこう。……重力が尽き、世界が終わりを迎えるその時まで」
「ええ。……私の密度がどれだけ上がっても、あなたが支えてくださる限り、私はどこまでも強くなれますわ」
私たちは、地平線の向こうから昇る太陽を背に、最高のポージングを決めた。
私たちの放つ熱量が、ゼノス領全体を包み込み、新たな一日の始まりを告げる。
「さあ、皆さん! 本日の全体朝礼、『一斉ジャンピング・スクワット』を開始しますわよ!!」
私の号令とともに、五万人の巡礼者、領民、そして騎士たちが一斉に跳び上がった。
ズゥゥゥゥゥン……!!
地球がわずかに軸をずらしたのではないかと思えるほどの衝撃。
だが、それは破壊の振動ではなく、未来へと踏み出す希望の鼓動であった。
悪役令嬢と呼ばれた少女、リーナ・フォン・アトラス。
彼女は今、最強の伴侶と、愛する家族、そして最高の筋肉に囲まれて、最高に『重い』幸せを噛み締めていた。
筋肉は裏切らない。
そして、鍛え抜かれた愛もまた、決して揺らぐことはないのである。
11
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた
22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。
ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?
ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。
一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?
悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!
たぬきち25番
恋愛
気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡
※マルチエンディングです!!
コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m
2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。
楽しんで頂けると幸いです。
※他サイト様にも掲載中です
悪役令嬢は断罪の舞台で笑う
由香
恋愛
婚約破棄の夜、「悪女」と断罪された侯爵令嬢セレーナ。
しかし涙を流す代わりに、彼女は微笑んだ――「舞台は整いましたわ」と。
聖女と呼ばれる平民の少女ミリア。
だがその奇跡は偽りに満ち、王国全体が虚構に踊らされていた。
追放されたセレーナは、裏社会を動かす商会と密偵網を解放。
冷徹な頭脳で王国を裏から掌握し、真実の舞台へと誘う。
そして戴冠式の夜、黒衣の令嬢が玉座の前に現れる――。
暴かれる真実。崩壊する虚構。
“悪女”の微笑が、すべての終幕を告げる。
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
私を見下していた婚約者が破滅する未来が見えましたので、静かに離縁いたします
ほーみ
恋愛
その日、私は十六歳の誕生日を迎えた。
そして目を覚ました瞬間――未来の記憶を手に入れていた。
冷たい床に倒れ込んでいる私の姿。
誰にも手を差し伸べられることなく、泥水をすするように生きる未来。
それだけなら、まだ耐えられたかもしれない。
だが、彼の言葉は、決定的だった。
「――君のような役立たずが、僕の婚約者だったことが恥ずかしい」
逆行した悪女は婚約破棄を待ち望む~他の令嬢に夢中だったはずの婚約者の距離感がおかしいのですか!?
魚谷
恋愛
目が覚めると公爵令嬢オリヴィエは学生時代に逆行していた。
彼女は婚約者である王太子カリストに近づく伯爵令嬢ミリエルを妬み、毒殺を図るも失敗。
国外追放の系に処された。
そこで老商人に拾われ、世界中を見て回り、いかにそれまで自分の世界が狭かったのかを痛感する。
新しい人生がこのまま謳歌しようと思いきや、偶然滞在していた某国の動乱に巻き込まれて命を落としてしまう。
しかし次の瞬間、まるで夢から目覚めるように、オリヴィエは5年前──ミリエルの毒殺を図った学生時代まで時を遡っていた。
夢ではないことを確信したオリヴィエはやり直しを決意する。
ミリエルはもちろん、王太子カリストとも距離を取り、静かに生きる。
そして学校を卒業したら大陸中を巡る!
そう胸に誓ったのも束の間、次々と押し寄せる問題に回帰前に習得した知識で対応していたら、
鬼のように恐ろしかったはずの王妃に気に入られ、回帰前はオリヴィエを疎ましく思っていたはずのカリストが少しずつ距離をつめてきて……?
「君を愛している」
一体なにがどうなってるの!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる