悪役令嬢は、婚約破棄の瞬間を食い気味で承諾する!

夏乃みのり

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ハイラント城、領主の寝室。

重厚な天蓋付きベッド。

間接照明のムーディーな光。

そして、最高級のワインとフルーツ。

完璧なシチュエーションの中、私は……ガチガチに緊張していた。

(ど、どうしよう……。ついにこの時が来てしまった……)

シャワーを浴び、薄手のネグリジェ(シルク製)に着替えた私は、ベッドの端で小さくなっていた。

戦場や畑ならどんと来いだが、こういう「乙女の戦場」は経験値ゼロだ。

ガチャリ。

バスルームの扉が開き、ジェラルド様が出てきた。

彼はバスローブ姿で、濡れた銀髪をタオルで拭いている。

その胸板の厚さ、腹筋の割れ具合……彫刻のような肉体美に、私は思わずゴクリと喉を鳴らした。

(す、凄い……。三角筋の盛り上がりが芸術的だわ……)

「……待たせたな」

ジェラルド様がベッドに近づいてくる。

甘い香りが漂う。

彼は私の隣に腰を下ろし、肩に腕を回した。

「……震えているのか?」

「は、はい……。その、初めてなもので……」

「安心しろ。俺もだ」

「えっ?」

「実戦経験なら豊富だが……こういうのは、な」

ジェラルド様が照れくさそうに視線を逸らす。

氷の辺境伯も、夜の戦場では新人兵士だった。

その事実に、少しだけ肩の力が抜ける。

「ジェラルド様……」

「マルグリット……」

彼の手が、私のネグリジェの肩紐に触れる。

滑らかな指先が、私の鎖骨をなぞり、そして背中へ。

「……っ!」

ドレス(ネグリジェ)が少しずり落ち、私の背中が露わになる。

ジェラルド様の熱い視線が、私の肌を焦がす。

ああ、なんて甘い雰囲気。

これから愛の言葉が囁かれるのだろうか。

「……綺麗だ」

ジェラルド様が呟いた。

「……僧帽筋が」

「はい?」

「この僧帽筋から三角筋にかけてのライン……完璧だ。以前よりカットが深くなっている」

「え?」

ジェラルド様の指が、私の肩甲骨のあたりをグイグイと押し始めた。

「ここの広背筋下部もいい。鍬を振るう時の回旋運動が効いているな」

「あ、あの、ジェラルド様?」

「脊柱起立筋の溝も深い。……素晴らしい。まるで峡谷のようだ」

彼の目は、いやらしい意味ではなく、純粋に「良い筋肉を見た時のトレーナーの目」になっていた。

「触ってもいいか?」

「ええ、まあ……」

「失礼する」

ジェラルド様は、大きな手で私の背中の筋肉を揉みしだき始めた。

「くぅぅ……! そこ、凝ってたんです!」

「やはりな。岩芋の収穫で菱形筋が張っている。……ほぐしてやる」

「あぁ~、効くぅ~……」

いつの間にか、ロマンチックな初夜は「本格マッサージ大会」に変貌していた。

「貴様の体は、本当に美しい」

ジェラルド様はマッサージを続けながら、真剣な声で言った。

「ただ細いだけじゃない。生きるための機能美が詰まっている。……俺は、この筋肉に惚れたのかもしれん」

「……ムードがないです」

「すまん。だが、嘘はつけん」

彼は私の体を反転させ、正面から向き合った。

そして、私の両手を握りしめた。

「だが、一番好きなのは……この手だ」

彼が私のマメだらけの手のひらにキスをする。

「俺のために働き、俺のために戦い、俺を選んでくれた手。……一生、離さん」

その言葉と眼差しに、私の胸がキュンと高鳴った。

マッサージの心地よさと、愛される喜びで、体中が溶けそうだ。

「ジェラルド様……私も、貴方の筋肉が大好きです」

「……筋肉だけか?」

「いいえ。その不器用な優しさも、全部」

私は彼の首に腕を回し、自分からキスをした。

今度は、お腹は鳴らなかった。

「……マルグリット」

ジェラルド様のスイッチが入ったようだった。

彼は私を優しく押し倒した。

「ここからは……トレーニングではないぞ」

「はい……お手柔らかにお願いします」

「……善処する」

部屋の灯りが消される。

月明かりだけが、重なる二人のシルエットを映し出していた。

翌朝。

私は全身の筋肉痛(いつもとは違う箇所)で目が覚めることになるのだが、その顔はかつてないほど幸せに満ちていたという。

こうして、私たちの結婚式と初夜は、騒がしくも幸せに幕を閉じた。
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