悪役令嬢は、婚約破棄の瞬間を食い気味で承諾する!

夏乃みのり

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翌朝。

小鳥のさえずり……ではなく、薪を割る快音でハイラント城の一日は始まった。

カーン! カーン!

裏庭には、純白のネグリジェの上に作業用エプロンを羽織り、爽やかな笑顔で斧を振るう新妻・マルグリットの姿があった。

「おはようございます、皆様! 今日も筋肉が喜ぶ素晴らしい朝ですね!」

「……お、おはようございます、奥様」

使用人たちが引きつった笑顔で挨拶する。

昨夜は初夜だったはずだが、この体力はどうなっているのか。

そこへ、少し眠そうな、しかし満ち足りた表情のジェラルド様が現れた。

「……朝から元気だな、マルグリット」

「あら、あなた(・・・)。おはようございます」

私が呼び方を変えると、ジェラルド様がピクリと反応し、耳を真っ赤にして口元を覆った。

「……その呼び方は、破壊力が高すぎる」

「ふふっ。慣れてくださいね、ダーリン」

新婚夫婦の朝のイチャイチャに、周囲の気温が上昇する。

そこへ、目の下にクマを作ったアルフレッドとリリナがやってきた。

「……朝から熱々ですわね。こちとら独り身の寒さが身に沁みますわ」

「僕なんて、昨日はジャグリングの夢を見てうなされたよ……」

二人はげっそりしている。

「さて、ジェラルド様。結婚式も終わりましたし、次はアレですね」

私は斧を置き、瞳を輝かせた。

「アレ?」

「新婚旅行(ハネムーン)です!」

「おお、そうか。……どこに行きたい? 南の島か? 温泉地か?」

ジェラルド様が優しい顔で問う。

普通の令嬢なら、ここでロマンチックなリゾート地を挙げるだろう。

だが、私はハイラントの女。

「北の果て、『氷結山脈』に行きましょう!」

「……は?」

「あそこには、まだ見ぬ『幻の香辛料』や、氷点下でも育つ『極寒キャベツ』が自生しているという噂を聞きました。それを採取しに行きたいのです!」

「……採取?」

「はい! 二人で未踏の地を踏破し、新種の野菜を発見する……これぞ愛の共同作業(アドベンチャー)だと思いませんか?」

私は力説した。

ジェラルド様は一瞬ポカンとしたが、すぐにクックッと喉を鳴らして笑った。

「……なるほど。貴様らしい」

彼は私の腰を引き寄せた。

「いいだろう。俺たちの愛の巣(テント)を、氷山に建てようじゃないか」

「ありがとうございます! 最高です!」

「待ってくださいましぃぃぃッ!」

リリナが悲鳴を上げて割って入った。

「氷結山脈って、魔物の巣窟ですわよ!? 自殺志願ですの!?」

「あら、大丈夫ですよリリナ様。……貴女たちも連れて行きますから」

「はい?」

私とジェラルド様は、同時にニヤリと笑った。

「荷物持ちが必要だからな」

「現地の調査員も必要ですし」

「……嫌な予感がしますわ」

「僕もだ……」

アルフレッドとリリナが抱き合って震える。

こうして、甘い新婚旅行……という名の『極寒サバイバル・ツアー』が決定した。

          ◇

数日後。氷結山脈。

猛吹雪の中を、一行が進んでいた。

「寒い……寒いよぉ……」

「鼻水が凍りますわ……!」

厚手の防寒具(毛皮三枚重ね)を着込んだアルフレッドとリリナが、重いリュックを背負って歩いている。

一方、先頭を行く私とジェラルド様は、比較的軽装だ。

「ジェラルド様、見てください! あそこの岩陰に『アイス・ラディッシュ』が!」

「おお、でかいな。俺が抜こう」

ジェラルド様が凍った地面に拳を叩き込み、氷を砕いて野菜を取り出す。

「素晴らしい! 今夜のスープの具材決定ですね!」

「貴様のためなら、氷河でも溶かしてみせよう」

「キャーッ♡ 熱いですわー!」

私たちは極寒の中でも平常運転だ。

愛の力(と基礎代謝の高さ)は、物理的な寒さを凌駕するらしい。

「……あの二人、バケモノですわ」

「うん……僕たちとは生物としての種族が違う気がする……」

後ろの二人がボヤいていると。

グルルルル……!

吹雪の向こうから、白い影が現れた。

全長五メートル級の魔獣『スノー・ベア』だ。

「ひぃっ! 熊! 熊が出たぁぁぁッ!」

アルフレッドが腰を抜かす。

リリナも鍬(護身用)を構える手が震えている。

「……おや、珍客だな」

ジェラルド様が前に出ようとした時、私が制した。

「待ってください、あなた。……あれは、私がやります」

「マルグリット?」

「新婚旅行の記念に、私の『愛の力』をお見せしたくて」

私はリュックを下ろし、軽くストレッチをした。

そして、熊に向かってニッコリと笑いかけた。

「くまさん、こんにちは。……その毛皮、暖かそうですね?」

『ガァァァァァッ!!』

スノー・ベアが襲いかかってくる。

鋭い爪が振り下ろされる。

私はそれを紙一重で回避し、熊の懷に飛び込んだ。

「必殺! 新妻式・掌底突き(ウェディング・パーム)!!」

ドンッ!!

私の掌が、熊の顎を正確に捉えた。

衝撃が脳を揺らす。

『グ、グフッ……!?』

巨大な熊が、白目を剥いて仰向けに倒れた。

ドスゥゥゥン……。

一撃必殺。

「……ふぅ。毛皮を傷つけずに仕留めました」

私が手を払うと、ジェラルド様が拍手してくれた。

「見事だ、マルグリット。体幹の使い方が結婚前より向上している」

「ええ。夜のトレーニング(意味深)のおかげかしら?」

「……コラ、外だぞ」

ジェラルド様が赤面する。

「……もう帰りたい」

アルフレッドが雪に顔を埋めて泣いた。

          ◇

その夜。

私たちは洞窟の中にテントを張り、野営をした。

焚き火の上には、鍋が吊るされている。

具材は、先ほど採取したアイス・ラディッシュと、スノー・ベアの肉(現地調達)。

「美味しい……! なんだこのスープは……!」

アルフレッドが涙を流して食べている。

「寒さと疲労が最高の調味料ですわね」

リリナもガツガツといっている。

「二人とも、よく頑張りましたね。明日は山頂アタックですよ」

「ま、まだ登るんですの!?」

「当然です。山頂にこそ、伝説の『スター・ハーブ』があるのですから」

私が言うと、ジェラルド様が私の肩を抱いた。

「俺が背負ってでも連れて行くさ。……二人きりの(後ろに二名いるが)朝日を見るためにな」

「あなた……♡」

焚き火の前でイチャつく私たち。

外の吹雪よりも、テントの中の温度差の方が激しい夜だった。

こうして、私たちの新婚旅行は、新たな食材の発見と、アルフレッドたちのサバイバル能力向上という成果を残し、無事に(?)幕を閉じた。

王都に帰ったアルフレッドが、国王に「辺境に比べれば王宮の仕事など遊びです」と報告し、バリバリと公務をこなし始めたのは、また別の話である。
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