婚約破棄された悪役令嬢、沈黙を破って絶叫する。

夏乃みのり

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「本日は、晴天なり! 絶好の結婚日和……いや、決戦日和だわ!」

雲ひとつない青空の下。

魔王城の広大な中庭に建設された、鋼鉄製の特設ステージ『ラブ・コロシアム』。

その控室で、私は鏡に向かって最終チェックを行っていた。

「ドレス、よし。スタッズの鋭さ、よし。背中の翼、展開可能。……そして」

私は左手の薬指に嵌められた『拡声の指輪』を撫でた。

魔力が充填され、怪しく虹色に輝いている。

今日の私は、ただの花嫁ではない。

『歌う最終兵器』だ。

「姉御、そろそろ出番っすよ」

ドアが開き、介添人(兼バックコーラス隊長)のミナが入ってきた。

彼女は黒いタキシード風のドレスを着こなし、髪をリーゼント気味にセットしている。

「……その髪型、どうにかなんなかったの?」

「何言ってんすか。ロックな結婚式には、これくらい気合入れねぇと」

ミナはニカッと笑った。

かつてのブリっ子令嬢の面影はゼロだ。

今の彼女は、魔王城の使用人たちの間でも『姉御』と呼ばれ、そのドスの効いた声で掃除班を統率するリーダーになっていた。

「参列者も全員、配置につきましたぜ。全員、『耐衝撃防御結界』と『特製耳栓』を装備済みっす」

「OK。死人は出したくないものね」

私は立ち上がった。

ドレスの裾についた数百個のスタッズが、ジャラリと金属音を立てる。

「いくわよミナ。先導頼むわ」

「任せとけって! 最高の入場曲(アンセム)をぶちかましてやるよ!」

***

「新婦、入場ォォォォォッ!!」

司会進行役のセバスチャン(拡声器持ち)が叫ぶと同時に、鋼鉄の扉が左右に開いた。

ドンドコドンドコドンドコドンドコ!!

激しいドラムロール。

そして、ミナ率いる『元ヤン聖歌隊(メイドたち)』の合唱が始まった。

「パーパパパーッ! パーパパパーッ!」

「(デスボイスで)けっこぉぉぉぉん! おめでとぉぉぉぉぉッ! ヒャッハァァァァァッ!!」

厳かな『結婚行進曲』のメロディラインを跡形もなく粉砕した、重厚なデスメタル・アレンジ。

私はそのリズムに合わせて、バージンロード(レッドカーペットではなく、鉄板の道)を闊歩した。

「キャーッ! ローレライ様ーッ!」

「カッコいいーッ! 踏んでくれーッ!」

「俺の鼓膜を捧げます!」

参列席には、領民、兵士、そして招待された近隣諸国の貴族たち(全員ガクガク震えている)がひしめき合っている。

彼らは手にしたペンライト(魔導灯)を振り回し、熱狂の渦の中にいた。

ステージの中央。

そこには、純白の衣装に身を包んだ魔王、クラウスが待っていた。

彼は私を見ると、愛おしそうに目を細め、手を差し伸べた。

「待っていたぞ、俺の歌姫」

「遅くなってごめんね、魔王様。ちょっと気合入れすぎて、廊下の壁を一枚破壊してきちゃった」

「構わん。退屈しのぎに、俺も天井を吹き飛ばしておいたところだ」

私たちは手を取り合い、祭壇の前に立った。

祭壇の奥には、全身フルプレートアーマーに身を包み、盾を構えた神父様が震えながら立っていた。

「あ、あー……。で、では……誓いの儀式を……行います……」

神父様の声が、兜の中にこもって聞こえにくい。

「えっ!? なんだって!?」

私が聞き返すと、拡声の指輪が反応して「なんだってェェェェ!?」と爆音になった。

ガガガガッ!

神父様が音圧で数歩後ずさる。

「ひぃぃッ! ち、誓いの言葉ですッ! まずは新郎から!」

神父様は盾の裏に隠れながら叫んだ。

クラウスが私に向き直る。

彼の赤い瞳が、真剣な光を宿して私を射抜いた。

「ローレライ。……俺は、誓う」

彼はマイクを使わなかった。

けれど、彼自身の魔力が言葉に乗り、会場の空気をビリビリと震わせた。

「病める時も、健やかなる時も。富める時も、貧しき時も。……そして、どんなに静かな夜も、どんなに騒がしい朝も」

彼は私の手を取り、指輪にキスをした。

「俺は君を愛し、君の声を愛し、君の立てる騒音のすべてを、生涯かけて聞き続けることを誓う!」

「おおおおおおおッ!!」

会場から歓声が上がる。

「なんて男前なんだ……!」

「鼓膜ごと愛する宣言キタコレ!」

クラウスの誓いは、変化球だが彼らしい、最高の愛の言葉だった。

胸が熱くなる。

涙が出そうだ。

でも、泣いたらメイクが崩れる。

私はグッと堪えて、彼の瞳を見つめ返した。

「次は……新婦……!」

神父様が恐る恐る告げる。

「ど、どうぞお手柔らかに……!」

「……フッ」

私はニヤリと笑った。

お手柔らかに?

そんなことできるわけないじゃない。

これは結婚式であり、私の『再出発(リスタート)』の狼煙なのだから。

私はマイクスタンドを掴んだ。

会場が一瞬で静まり返る。

ミナも、兵士たちも、クラウスも、全員が私の一挙手一投足に注目している。

吸い込む。

世界の空気を。

魔力を。

喜びを。

「クラウス! あんた、覚悟はいいわね!?」

「いつでも来い!」

クラウスが両手を広げて待ち構える。

私は腹の底から、魂を込めて絶叫した。

「誓いますわァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!」

ドッッッッッッッッゴォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!!!!!

世界が揺れた。

比喩ではない。

マグニチュード級の振動が、ステージを中心に同心円状に広がった。

バリバリバリバリバリバリッ!!!!!

頭上に飾られていた、魔王城自慢の巨大ステンドグラス(修復したばかり)が、一瞬にして粉々に砕け散った。

キラキラと降り注ぐ、極彩色のガラスの雨。

「うわあああああッ! 屋根が飛んだぞーッ!」

「結界が! 結界にヒビがーッ!」

「すげぇ! これが花嫁の『誓い』か!」

参列者たちの悲鳴と歓声。

しかし、被害はそれだけではなかった。

ゴーン! ゴーン! ゴーン!

衝撃波が塔の鐘楼に直撃し、祝砲用の巨大な鐘が勝手に鳴り出したのだ。

しかも、あまりの勢いに鐘そのものが外れ、ゴロゴロと中庭に転がり落ちてきた。

ズズーン!

鐘が地面にめり込む。

土煙が舞い上がる。

完全なる破壊。

完全なるカオス。

しかし、その中心で。

私とクラウスは、ガラスの破片と土煙の中で見つめ合っていた。

「……やってくれたな、ローレライ」

クラウスが、顔についたガラス片を払いながら笑った。

「ステンドグラス全損、鐘楼崩壊、ステージ半壊だ。……修理費が莫大にかかるぞ」

「あら、ごめんなさい。……返品不可よ?」

私が悪戯っぽく返すと、彼は一層深く笑った。

「誰が返すか。……これほど縁起の良いスタートはない」

彼は私を引き寄せた。

「破壊は再生の始まりだ。……俺たちの未来は、この瓦礫の山から始まるんだ」

「……キザね」

「愛してるぞ、破壊神」

「私もよ、魔王様」

私たちは、降り注ぐガラスの雨の下でキスをした。

唇が触れ合った瞬間、またしても指輪が反応して「チュッ!」という音が爆音で響き渡り、会場の全員が「耳がああ!」とのたうち回ったが、そんなことはもうどうでもよかった。

「バンザーイ! バンザーイ!」

「お幸せにーッ! 鼓膜は犠牲になったけど最高だーッ!」

「姉御ー! 旦那様ー! 一生ついていきやすッ!」

ミナが号泣しながら旗を振っている。

セバスチャンも眼鏡を割りながら拍手している。

これが、私の結婚式。

淑やかな誓いも、静かな涙もない。

あるのは爆音と、破壊と、そして底抜けに明るい笑顔だけ。

「さあ、退場だ! パレードに行くぞ!」

クラウスが私をお姫様抱っこした。

「えっ、ちょっ、重いって!」

「軽いものだ。……それに、このまま新婚旅行(ハネムーン)まで飛んでいきたい気分だ」

「どこ行くのよ!」

「とりあえず、ギルバートの国の上空を通過して、嫌がらせの騒音を撒き散らしに行くか?」

「……最高ね、それ!」

私たちは大笑いしながら、瓦礫のバージンロードを後にした。

背後では、まだ鐘がゴーン、ゴーンと、壊れた目覚まし時計のように鳴り響いていた。

こうして、世紀の『騒音婚』は幕を閉じた。

……いや、幕が開いたと言うべきか。

これから始まる新婚生活が、どれほど騒がしく、どれほど大変なものになるか。

それは、砕け散ったステンドグラスの破片の数だけ、トラブルと幸せが待っていることを予感させていた。

「(あ、そういえば)」

クラウスの腕の中で、私はふと思った。

「(お父様たち、招待状送ったけど来なかったわね)」

まあ、当然か。

招待状の文面が『来たら耳栓なしで最前列に座らせる』だったから、恐れをなして逃亡したのかもしれない。

「ま、いっか!」

私はクラウスの首に腕を回し、青空に向かって叫んだ。

「幸せになるわよォォォォォォォッ!!!!!」

ドォォォン!!

城門が吹き飛んだ。

「……ローレライ、そこはまだ修理してなかったんだが」

「あはは! ごめーん!」

私たちの笑い声は、どこまでも高く、遠く、響き渡っていった。
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