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「……リコ様、マリエッタの顔が、見たこともない色の泥で塗り固められていますわ。これでは淑女ではなく、森に潜む土着の魔物ですわ!」
王宮の美容サロン。マリエッタは、顔面に深緑色の怪しげなパックを塗られ、身動きも取れずに叫んでいた。
「黙りなさい、魔物。それは隣国の火山地帯でしか採れない、最高級のミネラル泥ですわよ。一塗りで、あなたのその『安っぽい可愛さ』を『王妃の威厳』へと昇華させる魔法の泥ですわ」
リコは、シルクのナイトガウンを纏いながら、マリエッタの顔をピンセットでチェックしていた。
「あだだっ! リコ様、眉毛を抜かないでくださいまし! マリエッタの貴重な毛が!」
「一本の無駄な毛が、外交問題を招くこともあるのよ。……いい、マリエッタさん。よく聞きなさい。多くの女たちは、美しさを『愛されるための媚び』だと思っているけれど、それは大きな間違いよ」
リコは、鏡に映る自分とマリエッタを冷徹な目で見据えた。
「美しさとは、他者を平伏させるための『暴力』であり、隙を見せないための『武装』なの。完璧な肌、完璧な髪、隙のないドレス。それを見た相手に『ああ、この女性には一分の隙もない、侮れない』と思わせること。それが社交界という戦場での正しい美の在り方よ」
「美しさが、暴力……。マリエッタ、そんな物騒なこと考えたこともありませんでしたわ」
「だから、あなたは今まで誰にでもナメられていたんですの。……セバス、次のステップへ」
「はっ。こちら、特注の『姿勢矯正用・真鍮製コルセット』にございます」
セバスが、見るからに重厚で、まるで鎧のようなコルセットを恭しく差し出した。
「ひぃっ!? マリエッタ、それ、さっきの泥より怖いですわ! それを着けたら、マリエッタの肋骨が社交辞令を言って折れてしまいます!」
「安心なさい、私の指示通りに呼吸をすれば折れはしませんわ。……さあ、締めなさい。セバス!」
「御意。……ふんっ!」
「ぎ、ぎえぇぇぇぇぇ……っ! お、肺が、肺が三等分に……!」
マリエッタの叫び声がサロンに響くが、リコは微動だにしない。
「背筋を伸ばしなさい! 顎を引き、視線は常に相手の眉間へ。……いい? ドレスは着るものではなく、支配するものですわ。布切れ一枚に振り回されているようでは、国なんて治められません」
「……リ、リコ様……。苦しい……苦しいけれど、不思議ですわ……。背筋を真っ直ぐにしていると、なんだか自分が、とても強くなった気がします……」
「それが武装の力よ。……さあ、次は十五センチのヒールを履いて、その状態で剣舞を踊ってもらいますわ。揺れたら最初からやり直しよ」
「剣舞!? ヒールで!? マリエッタ、死ぬ気で美しくなりますわ!」
ボロボロになりながらも、マリエッタの瞳には、かつての「ふわふわ」とした甘えではなく、一人の女性としての「誇り」が宿り始めていた。
リコはその様子を冷たく、だが確かな満足感を持って眺めていた。
「……お嬢様。あのマリエッタ様が、ついに根性を見せ始めましたな」
「……ふん。ようやく泥人形から、少しはマシな彫刻になった程度よ。……でも、これでようやくレオン様と並んでも『置物』には見えないはずだわ」
リコは、鏡の中の自分をそっと撫でた。
彼女の教える「美しさ」は、誰よりも厳しく、そして誰よりも彼女自身を縛り付けてきた呪縛でもあった。
だが、それを武器に変えた時、道が開けることを彼女は知っている。
「さあ、マリエッタ。次は『微笑み一つで敵の戦意を喪失させる口角の角度』の練習よ。一ミリでもズレたら、明日の朝食は抜きですからね」
「マリエッタ、やりますわ! 微笑みで国を滅ぼしてみせますわよ!」
サロンには、美を研ぎ澄ます女たちの、凄まじい熱気が満ち溢れていた。
王宮の美容サロン。マリエッタは、顔面に深緑色の怪しげなパックを塗られ、身動きも取れずに叫んでいた。
「黙りなさい、魔物。それは隣国の火山地帯でしか採れない、最高級のミネラル泥ですわよ。一塗りで、あなたのその『安っぽい可愛さ』を『王妃の威厳』へと昇華させる魔法の泥ですわ」
リコは、シルクのナイトガウンを纏いながら、マリエッタの顔をピンセットでチェックしていた。
「あだだっ! リコ様、眉毛を抜かないでくださいまし! マリエッタの貴重な毛が!」
「一本の無駄な毛が、外交問題を招くこともあるのよ。……いい、マリエッタさん。よく聞きなさい。多くの女たちは、美しさを『愛されるための媚び』だと思っているけれど、それは大きな間違いよ」
リコは、鏡に映る自分とマリエッタを冷徹な目で見据えた。
「美しさとは、他者を平伏させるための『暴力』であり、隙を見せないための『武装』なの。完璧な肌、完璧な髪、隙のないドレス。それを見た相手に『ああ、この女性には一分の隙もない、侮れない』と思わせること。それが社交界という戦場での正しい美の在り方よ」
「美しさが、暴力……。マリエッタ、そんな物騒なこと考えたこともありませんでしたわ」
「だから、あなたは今まで誰にでもナメられていたんですの。……セバス、次のステップへ」
「はっ。こちら、特注の『姿勢矯正用・真鍮製コルセット』にございます」
セバスが、見るからに重厚で、まるで鎧のようなコルセットを恭しく差し出した。
「ひぃっ!? マリエッタ、それ、さっきの泥より怖いですわ! それを着けたら、マリエッタの肋骨が社交辞令を言って折れてしまいます!」
「安心なさい、私の指示通りに呼吸をすれば折れはしませんわ。……さあ、締めなさい。セバス!」
「御意。……ふんっ!」
「ぎ、ぎえぇぇぇぇぇ……っ! お、肺が、肺が三等分に……!」
マリエッタの叫び声がサロンに響くが、リコは微動だにしない。
「背筋を伸ばしなさい! 顎を引き、視線は常に相手の眉間へ。……いい? ドレスは着るものではなく、支配するものですわ。布切れ一枚に振り回されているようでは、国なんて治められません」
「……リ、リコ様……。苦しい……苦しいけれど、不思議ですわ……。背筋を真っ直ぐにしていると、なんだか自分が、とても強くなった気がします……」
「それが武装の力よ。……さあ、次は十五センチのヒールを履いて、その状態で剣舞を踊ってもらいますわ。揺れたら最初からやり直しよ」
「剣舞!? ヒールで!? マリエッタ、死ぬ気で美しくなりますわ!」
ボロボロになりながらも、マリエッタの瞳には、かつての「ふわふわ」とした甘えではなく、一人の女性としての「誇り」が宿り始めていた。
リコはその様子を冷たく、だが確かな満足感を持って眺めていた。
「……お嬢様。あのマリエッタ様が、ついに根性を見せ始めましたな」
「……ふん。ようやく泥人形から、少しはマシな彫刻になった程度よ。……でも、これでようやくレオン様と並んでも『置物』には見えないはずだわ」
リコは、鏡の中の自分をそっと撫でた。
彼女の教える「美しさ」は、誰よりも厳しく、そして誰よりも彼女自身を縛り付けてきた呪縛でもあった。
だが、それを武器に変えた時、道が開けることを彼女は知っている。
「さあ、マリエッタ。次は『微笑み一つで敵の戦意を喪失させる口角の角度』の練習よ。一ミリでもズレたら、明日の朝食は抜きですからね」
「マリエッタ、やりますわ! 微笑みで国を滅ぼしてみせますわよ!」
サロンには、美を研ぎ澄ます女たちの、凄まじい熱気が満ち溢れていた。
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