婚約破棄を待っていた!異議なし高笑いさせていただきますわ!

夏乃みのり

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「……君は、見ていて飽きないな」

その言葉が落ちてきたのは、執務室での夕食時だった。

本日のメニューは、領内の特産品を使った仔羊のロースト。

私はナイフとフォークを優雅に操りながら、顔を上げた。

「私の顔にソースでもついていますの?」

「いや。君の『悪辣さ』に見惚れていただけだ」

キースはワイングラスを揺らしながら、熱っぽい視線を向けてくる。

「昨日の商人への対応、そして今日の新税制の立案。……どれも俺の予想を超えてくる。正直、ここまで優秀だとは思わなかった」

「お褒めいただき光栄ですわ。ですが、給与の増額交渉なら来月の査定までお待ちください」

「金の話ではない」

キースが席を立ち、私の椅子の背後に回った。

肩に置かれた手のひらから、ほんのりと体温が伝わってくる。

「ルミナス。俺は君が欲しい」

「……はい?」

私は仔羊肉を喉に詰まらせそうになった。

慌ててワインで流し込む。

「い、今なんと仰いました?」

「君が欲しいと言ったんだ。君のような悪女は、世界中どこを探してもいないだろうからな」

キースは私の耳元で囁いた。

低く、甘く、そしてどこか危険な響き。

これは、いわゆる愛の告白だろうか?

普通の令嬢なら、ここで頬を染めて「まあ、嬉しい!」と答えるのが正解なのだろう。

だが、私はルミナス・ヴァン・ローゼン。

感情よりも計算が先に立つ女だ。

私はナプキンで口元を拭い、冷静に問い返した。

「……それは、労働力としての『人材』が欲しいという意味ですか? それとも、生物学的な意味での求愛行動ですか?」

「ククッ……あくまで色気のない返答だな」

キースは楽しそうに笑い、私の前の椅子に戻った。

そして、真剣な眼差しで私を見据えた。

「両方だ」

「両方?」

「ああ。俺には野望がある。このドラグーン公国を基盤に、大陸全土の経済圏を支配することだ。武力による征服は時代遅れだ。これからは金と情報が世界を回す」

彼の瞳が、野心でギラギラと輝いている。

それは、私と同じ「同類」の目だった。

「だが、俺一人では手が足りない。背中を預けられ、あわよくば俺の代わりに汚れ仕事を喜んでやってくれる、最高の共犯者(パートナー)が必要なんだ」

「……なるほど。共犯者、ですか」

「そうだ。どうだ、ルミナス。俺と手を組まないか? 俺の妻となり、公爵夫人という権力を手に入れ、二人で世界を(経済的に)牛耳るんだ」

プロポーズ。

間違いなく、これはプロポーズの言葉だ。

ただし、「愛してる」ではなく「世界征服しようぜ」という誘い文句だが。

私は目を閉じて、頭の中でそろばんを弾いた。

キース・ドラグーン。

顔よし、家柄よし、財力よし。

性格に難はあるが、私とは波長が合う。

何より、彼と共にいれば退屈することは一生ないだろう。

(メリットは計り知れないわね。デメリットは……敵が増えることくらいかしら?)

敵が増える?

上等だ。

叩き潰す相手が多いほど、人生は輝くというもの。

私は目を開け、ニヤリと笑った。

「悪くありませんわね。その話、乗りましたわ」

「ほう、即決か」

「ええ。ただし、条件があります」

私は指を一本立てた。

「結婚はあくまで『業務提携』です。私の自由を束縛しないこと。そして、私の稼いだ金は私のもの。貴方の稼いだ金は……半分は私のものです」

「ジャイアンか、お前は」

キースが呆れたようにツッコミを入れる。

「ですが、それくらいの対価は払っていただきますわ。魔王公爵の妻なんて、激務必至のブラック案件ですもの」

「違いない」

キースは笑い、懐から指輪を取り出した。

巨大な魔石が埋め込まれた、見るからに高価そうな指輪だ。

「ならば契約成立だ。これを受け取れ」

「契約金(エンゲージリング)ですわね」

私は左手を差し出した。

キースはその薬指に指輪をはめると、甲に口付けを落とした。

「誓おう。俺は君を誰よりも尊重し、君の悪行を全力で支援すると」

「ええ。私も誓いますわ。貴方が破産しない限り、お側にいて差し上げると」

「現金な誓いだ」

「愛よりも金の方が信用できますから」

私たちは顔を見合わせ、声を上げて笑った。

甘い雰囲気など欠片もない。

あるのは、悪だくみをする共犯者同士の連帯感だけ。

だが、不思議と心地よかった。

アラン王子との婚約期間中には一度も感じたことのない、「対等なパートナー」としての高揚感。

「さて、ルミナス。契約も済んだことだし、夜のデザートといこうか」

キースが意味深な笑みを浮かべる。

「あら、まだ何か?」

「これから夜会へ行く」

「は?」

「隣国の使節団が来ているんだ。俺たちの婚約発表と、彼らへの『ご挨拶(威圧)』を兼ねてな」

キースは立ち上がり、私に手を差し伸べた。

「さあ、着飾れ悪役令嬢。今夜は俺たちのデビュー戦だ。思う存分、周囲を震え上がらせてやろう」

「ふふ……望むところですわ」

私は彼の手を強く握り返した。

(見ていなさい、アラン王子、そしてお父様。私は貴方たちが捨てたこの身で、隣国の頂点に立ってみせますわ!)

新たな人生の幕開け。

魔王公爵夫人としての私の毎日は、きっとバラ色(と血の色)に染まることだろう。

「参りましょう、あなた」

「ああ、行こうか、マイ・レディ」

私たちは夜の闇へと繰り出した。

最強にして最凶のカップルが、ここに誕生したのである。
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