婚約破棄を待っていた!異議なし高笑いさせていただきますわ!

夏乃みのり

文字の大きさ
7 / 28

7

「キース様。この領地の塩の価格、異常ですわよ」

午後の執務中、私は一枚の報告書をひらりと掲げた。

「そうか? 内陸部にしては安いつもりだが」

「いいえ。隣国との関税撤廃協定が結ばれてから半年。本来なら市場価格は三割下落しているはずです。それが高止まりしているということは……」

私は目を細め、ペン先で机を叩いた。

「中間業者が不当に利益を貪っているか、あるいは『カルテル』を組んで価格操作をしているか。どちらかですわね」

「……ほう」

キースが興味深そうに身を乗り出した。

「実は俺も怪しいと思っていた。だが、商業ギルドの古狸どもが『輸送費の高騰』だの『天候不順による不作』だのと、もっともらしい言い訳をしてくるのでな。証拠が掴めなかった」

「言い訳など無用ですわ。数字は嘘をつきませんもの」

私は立ち上がり、コートを羽織った。

「行きますわよ、キース様」

「どこへ?」

「現場(市場)へです。私の領地経営において、私よりあくどい商売をする輩は許しませんわ。この目で実態を暴いて差し上げます」

「……面白い。お忍びデートといこうか」

キースも悪戯っ子のような笑みを浮かべ、黒いマントを羽織った。

          ◇

ドラグーン公国の城下町は、活気に満ちていた。

だが、市場の一角にある塩の専門店だけは、どこか重苦しい空気が漂っていた。

庶民たちが値札を見ては、溜息をついて去っていく。

「高いねぇ……これじゃあスープの味付けもできないよ」

「また値上がりしたのかい? ギルド長様は鬼だよ」

そんな会話が聞こえてくる。

私たちはフードを深く被り、その様子を観察していた。

「……民の声が聞こえましたか? 『ギルド長』という単語が出ましたわね」

「ああ。商業ギルドの長、ボルマンだ。代々この街の物流を牛耳っている男だ」

「なるほど。元凶はそこにいますのね」

私は迷わず、市場の奥にある立派な石造りの建物──商業ギルド本部へと歩き出した。

「おい、ルミナス。正面から行く気か?」

「裏口から入る趣味はありませんわ。悪役はいつだって、正面玄関から堂々と乗り込むものです」

私はギルドの重厚な扉を、衛兵が止める間もなく蹴り……もとい、力強く押し開けた。

バンッ!!

「な、なんだ!?」

ロビーにいた職員たちが驚いて振り返る。

私はフードを外し、金色の髪をなびかせて言い放った。

「ギルド長ボルマンに会いましてよ。公爵閣下の代理人として、査察に参りました」

その一言で、場が凍りついた。

数分後。

私たちはギルドの最上階、豪華な調度品で飾られた応接室に通された。

ソファには、脂ぎった禿頭の男──ボルマンが、葉巻をふかしながら座っていた。

「へぇ、公爵様の代理人ですか。見ない顔ですなぁ」

ボルマンは私を値踏みするようにジロジロと見た。

「それに、お連れの方は?」

私の後ろに立つ、フード姿のキース(護衛役という設定だ)に目を向ける。

「私の護衛ですわ。気にしないでくださいまし」

「ほうほう。で、何の御用で? うちは忙しいんですがねぇ」

「単刀直入に申し上げますわ。塩の価格を、適正価格まで下げなさい」

私は市場調査のメモをテーブルに叩きつけた。

「現在の価格は、仕入れ値の五倍。輸送費や人件費を差し引いても、三倍の暴利を貪っていますわね?」

ボルマンの目が一瞬泳いだが、すぐに下卑た笑みを浮かべた。

「お嬢ちゃん、商売ってものを知らないようですな。物価というのは需要と供給で決まるんですよ。今は塩が不足してましてねぇ」

「不足? おかしな話ですわね。港の倉庫には、山のような塩樽が積み上げられているという報告がありますけれど?」

「なっ……なぜそれを!?」

「私の情報網を甘く見ないことですわ」

私は冷ややかに告げた。

「品薄を装って価格を釣り上げ、市民を困窮させる。……古典的すぎて欠伸が出ますわ。もっと知能を使った悪事は働けませんの?」

「き、貴様……!」

ボルマンは顔を真っ赤にして立ち上がった。

「どこの馬の骨か知らんが、この街で商売ができるのは誰のおかげだと思っている! 私が流通を止めたら、この街は干上がるんだぞ!」

「脅しですか? ……いい度胸ですわ」

私は優雅に扇を開き、口元を隠した。

「ですが、貴方こそ勘違いしていましてよ? この街で商売ができるのは、誰のおかげか」

「な、なんだと?」

「治安を守り、街道を整備し、他国との貿易協定を結んでいるのは誰ですの? 全てドラグーン公爵家ですわ。貴方はその恩恵(インフラ)にただ乗りして、私腹を肥やしている寄生虫に過ぎません」

「き、寄生虫だとぉ!?」

ボルマンが激昂し、手を叩いた。

すると、隠し扉から武装した荒くれ者たちが数人現れた。

「やっちまえ! この生意気な女を黙らせろ!」

「やれやれ……暴力に訴えるとは、悪役としての品格もありませんのね」

私は溜息をついた。

そして、背後の「護衛」に声をかけた。

「キース、出番ですわよ。……『掃除』をお願いできます?」

「人使いが荒いな、うちの補佐官は」

フードの下で、キースが楽しそうに笑った。

次の瞬間。

ドォォォォォン!!

凄まじい衝撃波が室内を駆け巡った。

キースが指を一本弾いただけだ。

それだけで、荒くれ者たちは壁に叩きつけられ、気絶していた。

「な、な、な……っ!?」

ボルマンが腰を抜かしてへたり込む。

キースはゆっくりとフードを外した。

現れたのは、誰もが恐れる魔王公爵の素顔。

「ひぃぃぃぃぃッ!? こ、公爵閣下!?」

「よう、ボルマン。俺のシマで、ずいぶんと派手に稼いでいるようだな」

キースがボルマンを見下ろす瞳は、絶対零度の冷たさだった。

「ひ、ひぃぃ! お許しを! これはその、魔が差したと申しますか……!」

「黙りなさい」

私が一歩前に出た。

「命乞いをする前に、やるべきことがあるでしょう?」

私は懐から、あらかじめ用意しておいた書類を取り出した。

「これにサインをなさい。『不当利益の全額返還』および『ギルド長解任届』。そして『今後、塩の価格決定権を公爵家に譲渡する』という誓約書です」

「そ、そんな……! そんなことをしたら破産だ!」

「破産? 結構なことですわ。貴方のような無能な商人が淘汰されることで、健全な市場競争が生まれますもの」

私はボルマンの顔の横に、ハイヒールの先を突き立てた。

「選ばせて差し上げますわ。ここで破産するか、それとも……公爵家の地下牢で、一生『塩漬け』になるか」

「か、書きます! 書かせていただきますぅぅ!」

ボルマンは涙と鼻水を垂れ流しながら、震える手でサインをした。

「商談成立ですわね」

私は書類を回収し、にっこりと微笑んだ。

「これに懲りたら、次はもっとマシな商売をなさい。……もっとも、貴方に次があればの話ですが」

          ◇

翌日。

城下町の掲示板に、塩の大幅値下げと、ボルマン商会の解体、そして押収された不当利益による市民への還付金配布が告知された。

市場は歓声に包まれていた。

「公爵様万歳!」「新しい補佐官様のおかげだ!」

城のバルコニーからその様子を見下ろしながら、私は満足げに紅茶を啜った。

「見事な手際だったな、ルミナス」

隣でキースが感心したように言う。

「だが、利益を全額市民に還付するとはな。お前、実は善人なんじゃないか?」

「とんでもない!」

私は心外だとばかりに否定した。

「これは『投資』ですわ。市民に金を配れば、彼らはそれを消費に回します。市場が活性化すれば、結果として公爵家の税収も増える。……長期的に見て、一番儲かる方法を選んだだけですわ」

「ククッ……なるほど。情けではなく、計算か」

「それに、民衆の人気を得ておけば、いざという時に私の盾……いえ、味方になってくれますもの」

「どこまでも強欲だな、お前は」

キースは可笑しそうに笑い、私の肩を抱き寄せた。

「だが、その強欲さが俺の国を富ませているのも事実だ。……礼を言うぞ、最高の悪役令嬢」

「お礼なら、ボーナスでお願いしますわ」

私はウィンクで返した。

こうして、私の「領地改革」第一弾は成功を収めた。

だが、これはほんの序章に過ぎない。

私の悪役理論(エコノミクス)が、この国をさらなる繁栄と混沌へ導くことになるのだから。

(さて、次はどこの利権に切り込みましょうか……ふふふ)

私の野望は、とどまるところを知らなかった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

追放された宮廷花師が辺境の荒野に花を咲かせたら、王都の庭園だけが枯れ続けているようです

歩人
ファンタジー
「花を飾るだけの令嬢は不要だ」——王城の庭園を十年守った伯爵令嬢フローラは追放された。 翌月、王城の庭園が一夜にして枯れ果てる。さらに隣国への外交花束を用意できず国際問題に—— フローラの花束に込められた花言葉が、実は外交メッセージそのものだったのだ。 一方、辺境の荒野に降り立ったフローラが地面に触れると花が芽吹き始める。 荒野を花畑に変えていくスローライフの中で、花の感情が色で見える加護が目覚めて——。

すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜

まりー
恋愛
   ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。  でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。 _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ 「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。    

捨てられたなら 〜婚約破棄された私に出来ること〜

ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
長年の婚約者だった王太子殿下から婚約破棄を言い渡されたクリスティン。 彼女は婚約破棄を受け入れ、周りも処理に動き出します。 さて、どうなりますでしょうか…… 別作品のボツネタ救済です(ヒロインの名前と設定のみ)。 突然のポイント数増加に驚いています。HOTランキングですか? 自分には縁のないものだと思っていたのでびっくりしました。 私の拙い作品をたくさんの方に読んでいただけて嬉しいです。 それに伴い、たくさんの方から感想をいただくようになりました。 ありがとうございます。 様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。 ただ、皆様に楽しんでいただけたらと思いますので、中にはいただいたコメントを非公開とさせていただく場合がございます。 申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。 もちろん、私は全て読ませていただきますし、削除はいたしません。 7/16 最終部がわかりにくいとのご指摘をいただき、訂正しました。 ※この作品は小説家になろうさんでも公開しています。

[完結]貴方なんか、要りません

シマ
恋愛
私、ロゼッタ・チャールストン15歳には婚約者がいる。 バカで女にだらしなくて、ギャンブル好きのクズだ。公爵家当主に土下座する勢いで頼まれた婚約だったから断われなかった。 だから、条件を付けて学園を卒業するまでに、全てクリアする事を約束した筈なのに…… 一つもクリア出来ない貴方なんか要りません。絶対に婚約破棄します。

誰もが我儘な私ではないお方が良かったようなので、悪役の私は残忍な猛将達に手酷く扱われに行きます。戻れ? 絶対に離れるなと脅されているのですが

迷路を跳ぶ狐
ファンタジー
 魔法もろくに使えない役立たずと言われ、婚約者にも彼の周りの人達にも馬鹿にされてきた私。ずっと耐えてきたつもりだったけど、誰もがこんな私よりも、もっと優秀な魔法使いがいたはずなのに、とため息をつく。  魔法によって栄え、王都にまでその名を知らしめた貴族の婚約者は、「なんでこんな役立たずが……」と私を蔑み、城の中で魔法使いたちを統率する偉大な魔法使いは、「こんな女がこの領地を任されるだなんて! なんて恐ろしく愚かなことだ!!」と嘆く。  貴族たちに囲まれ詰られて、婚約者には見放され、両親には罵声を浴びせられ、見せ物のように惨たらしく罰せられた。「なんでこんな役立たずがこの城に来たんだ……」そう落胆されながら。  魔法が苦手でここを出る手段はないけど……もうこんなところにいられるか!  そう決意した私に、私を虐げていた誰もが腹を立てる。激しくぶたれた私は、機嫌を損ねた残忍な竜たちに、枷をされて隣の領地まで連れて行かれることになった。  重労働を言いつけられ、魔物や魔獣、竜たちがうろつく森の城についてからは、暗く小さな部屋に放り込まれた。  たった一人で食事をして、何もない部屋から見窄らしい格好で窓の外を見上げる。  なんだこれ………… 「最高…………」  もう、私を踏み躙る奴らに好きに扱われることはないんだ! それだけで、何もかもが最高!!  金もなければ能力もまるでない! 魔法すらまともに使えない! だけど今は思いのままに身につけに行ける!! 何もないのでこれから欲しいもの全部、手に入れに行きます!  そんな風にして竜族の城に住むことになった私。気づいたらやけに皆さんとの距離が近い? 元婚約者も「戻って来い」なんてうるさいけど、知りません!! 私は忙しいので!

これが普通なら、獣人と結婚したくないわ~王女様は復讐を始める~

黒鴉そら
ファンタジー
「私には心から愛するテレサがいる。君のような偽りの愛とは違う、魂で繋がった番なのだ。君との婚約は破棄させていただこう!」 自身の成人を祝う誕生パーティーで婚約破棄を申し出た王子と婚約者と番と、それを見ていた第三者である他国の姫のお話。 全然関係ない第三者がおこなっていく復讐? そこまでざまぁ要素は強くないです。 最後まで書いているので更新をお待ちください。6話で完結の短編です。

さようなら、婚約者様。これは悪役令嬢の逆襲です。

パリパリかぷちーの
恋愛
舞台は、神の声を重んじる王国。 そこでは“聖女”の存在が政治と信仰を支配していた。 主人公ヴィオラ=エーデルワイスは、公爵令嬢として王太子ユリウスの婚約者という地位にあったが、 ある日、王太子は突如“聖女リュシエンヌ”に心を奪われ、公衆の場でヴィオラとの婚約を破棄する。 だがヴィオラは、泣き叫ぶでもなく、静かに微笑んで言った。 「――お幸せに。では、さようなら」 その言葉と共に、彼女の“悪役令嬢”としての立場は幕を閉じる。 そしてそれが、彼女の逆襲の幕開けだった。 【再公開】作品です。

【完結】婚約破棄された悪役令嬢、元婚約者を裏で裁きます

音無響一
ファンタジー
王城の大広間で、リリアーナ・エルヴァルトは婚約者である王太子から一方的に婚約破棄を言い渡される。罪を捏造され、断罪され、国外追放。誰も味方のいない中、彼女は一切の弁明をせず静かに受け入れた。 だがその夜。 彼女は別の顔を持つ。 王都の闇で依頼を受け、悪を裁く裏稼業の元締め。 今度の標的は――自分を断罪した元婚約者。 婚約は終わった。だが清算はまだ終わっていない。 表では悪役令嬢。裏では裁く側。 これは、断罪された令嬢が王都の闇を静かに切り裂く物語。