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「カレン…! カレン…!」
王宮、カレン姫の私室。
その空気は、絶望的なまでに、重く、冷え切っていた。
「(ゲホッ…! ゲホッ…! ひゅ…っ)」
寝台に横たわるカレンの呼吸は、昨日よりも、さらに浅く、か細くなっている。
高価な薬草も、侍医たちの不眠不休の看病も、まるで効果がない。
熱は下がらず、カレンの白い肌は、病的な赤みを帯びていた。
「侍医長…! 次の手は! 次の手はないのか!」
エドワード王子は、すっかり生気を失った顔で、侍医長の肩を掴んだ。
だが、侍医長は、力なく首を振るばかりだった。
「もう…王子。王宮薬局の、秘蔵の薬草は、すべて…」
「(!!)」
「姫様の、お命は…もって、あと、三日かと…」
「(なっ…!)」
三日。
エドワードは、よろめき、壁に手をついた。
(嘘だ…! カレンが…俺の、真実の愛が…こんな、訳の分からない病で…!)
彼の頭の中で、密偵の報告が、何度も、何度も、反響する。
『ルーシュ様が、ただの風邪薬を…』
『咳が、ピタリと止まった、と…』
『女神様、と崇められて…』
(馬鹿げている! あの女が! 俺が捨てた、あの悪役令嬢が!)
(あいつが、この王宮の、国一番の薬師たちにも治せない病を、治せるというのか!)
(だが…!)
エドワードは、苦しそうなカレンの寝顔を見る。
(だが、もう、これしか、ない…!)
(プライドなど、どうでもいい。公爵家への体面など、知ったことか!)
エドワードは、狂気じみた決意を、その青い瞳に宿した。
彼は、寝室を飛び出すと、控えていた近衛騎士に、怒鳴りつけた。
「来い! 至急だ! 王命書を用意しろ!」
「はっ! いかがなさいましたか、王子!」
「(ゴクリ…)…北の辺境。クライスト辺境伯領へ、使者を出す」
「(!)…辺境、でございますか」
騎士は、一瞬、戸惑った。
そこは、王子が『追放』した、ルーシュ様の謹慎先である。
今、王宮で、その名を口にすることは、半ば、タブーと化していた。
「そうだ! あの地にいる、ルーシュ・フォン・ヴァインベルグを、王都へ連れ戻す!」
「(なっ…!?)」
騎士は、絶句した。
「お、お待ちください、王子! ルーシュ様は、王家と公爵家の取り決めの上、無期限の謹慎処分に…! それを、今、覆すなど…!」
「うるさい!!」
エドワードの、ヒステリックな声が、廊下に響いた。
「(ハッ…!)」
「カレンが、死にかけているんだぞ!」
(あ…)
エドワードは、思わず漏れた本音に、慌てて口を噤んだ。
「(…やはり)」
騎士は、すべてを察した。
王子の目的は、王都を救うことではない。
ただ、新しい婚約者を救うため。
その、身勝手な理由だけで、一度は捨てた元婚約者を、今度は、利用しようというのだ。
「(ゴホン…!)」
エドワードは、咳払いをして、取り繕う。
「…この、王都の、未曾有の危機だ。非常事態である」
「は、はあ…」
「ルーシュが、辺境で、奇妙な薬草学に精通し、今回の咳病に似た症状を、治している、という報告が入った」
「(奇妙な、薬草学…)」
「あいつの、その『知識』が必要だ! 王都へ連れ戻し、カレンを…いや、王都の民を救うための、薬を作らせるのだ!」
「……」
騎士は、何も言えなかった。
あまりにも、身勝手な論理。
だが、それは、王子の「命令」だった。
「…しかし、王子。監視役の、クライスト辺境伯が、素直に応じるとは…」
「(チッ…!)」
エドワードは、あの『氷の騎士』の、融通の利かない顔を思い出し、舌打ちした。
アラン・クライストは、法と契約に、異常なまでに忠実な男だ。
『謹慎中』のルーシュを、王子の私情で連れ出すなど、彼が許可するはずがない。
(だが、構わん!)
(カレンの命には、代えられん!)
「これは、王命である!」
エドワードは、机の上の羊皮紙を掴むと、震える手で、自らのサインを書き殴った。
「これを持って行け! 最速の馬を用意しろ!」
「はっ!」
「クライスト辺境伯には、こう伝えろ! 『これは、第二王子エドワードとしての、正式な召喚命令である』と!」
「(召喚…!)」
「『ルーシュ・フォン・ヴァインベルグを、即刻、王都へ連行せよ』!」
「で、ですが、もし、辺境伯が、公爵家との契約を盾に、拒んだ場合は…」
エドワードは、一瞬、ためらった。
だが、寝室の奥から聞こえてきた、カレンの、か細い咳払いが、彼に、最後の一線を、越えさせた。
「…(ふん)。もし、逆らうようなら」
エドワードは、冷酷な声で、言い放った。
「…『王家への反逆と見なす』と、そう伝えろ!」
「(ひぃっ…!!!)」
騎士は、顔面蒼白になった。
反逆!
それは、戦争を意味する言葉だ。
辺境を守る、国境の要である、アラン・クライストに対して、なんという暴言。
(王子は…! カレン姫のために、正気を、失っておられる…!)
「…わかったな! 行け!」
「は、はい! ははーーっ!」
騎士は、その、恐ろしい命令が書かれた王命書を、震える手で受け取ると、転がるように、その場を去った。
数十分後。
一人の使者が、王都の最速馬に乗り、王宮の門を駆け抜けていった。
その懐には、エドワード王子の、狂気と私情に満ちた、身勝手な『王命』を携えて。
目指すは、北の辺境。
「(待っていろ、カレン…!)」
エドワードは、カレンの冷たくなり始めた手を握りしめ、暗い目で、呟いた。
「(必ず、あいつを…あいつの『薬』を、お前の元へ、連れてきてやる…!)」
王宮、カレン姫の私室。
その空気は、絶望的なまでに、重く、冷え切っていた。
「(ゲホッ…! ゲホッ…! ひゅ…っ)」
寝台に横たわるカレンの呼吸は、昨日よりも、さらに浅く、か細くなっている。
高価な薬草も、侍医たちの不眠不休の看病も、まるで効果がない。
熱は下がらず、カレンの白い肌は、病的な赤みを帯びていた。
「侍医長…! 次の手は! 次の手はないのか!」
エドワード王子は、すっかり生気を失った顔で、侍医長の肩を掴んだ。
だが、侍医長は、力なく首を振るばかりだった。
「もう…王子。王宮薬局の、秘蔵の薬草は、すべて…」
「(!!)」
「姫様の、お命は…もって、あと、三日かと…」
「(なっ…!)」
三日。
エドワードは、よろめき、壁に手をついた。
(嘘だ…! カレンが…俺の、真実の愛が…こんな、訳の分からない病で…!)
彼の頭の中で、密偵の報告が、何度も、何度も、反響する。
『ルーシュ様が、ただの風邪薬を…』
『咳が、ピタリと止まった、と…』
『女神様、と崇められて…』
(馬鹿げている! あの女が! 俺が捨てた、あの悪役令嬢が!)
(あいつが、この王宮の、国一番の薬師たちにも治せない病を、治せるというのか!)
(だが…!)
エドワードは、苦しそうなカレンの寝顔を見る。
(だが、もう、これしか、ない…!)
(プライドなど、どうでもいい。公爵家への体面など、知ったことか!)
エドワードは、狂気じみた決意を、その青い瞳に宿した。
彼は、寝室を飛び出すと、控えていた近衛騎士に、怒鳴りつけた。
「来い! 至急だ! 王命書を用意しろ!」
「はっ! いかがなさいましたか、王子!」
「(ゴクリ…)…北の辺境。クライスト辺境伯領へ、使者を出す」
「(!)…辺境、でございますか」
騎士は、一瞬、戸惑った。
そこは、王子が『追放』した、ルーシュ様の謹慎先である。
今、王宮で、その名を口にすることは、半ば、タブーと化していた。
「そうだ! あの地にいる、ルーシュ・フォン・ヴァインベルグを、王都へ連れ戻す!」
「(なっ…!?)」
騎士は、絶句した。
「お、お待ちください、王子! ルーシュ様は、王家と公爵家の取り決めの上、無期限の謹慎処分に…! それを、今、覆すなど…!」
「うるさい!!」
エドワードの、ヒステリックな声が、廊下に響いた。
「(ハッ…!)」
「カレンが、死にかけているんだぞ!」
(あ…)
エドワードは、思わず漏れた本音に、慌てて口を噤んだ。
「(…やはり)」
騎士は、すべてを察した。
王子の目的は、王都を救うことではない。
ただ、新しい婚約者を救うため。
その、身勝手な理由だけで、一度は捨てた元婚約者を、今度は、利用しようというのだ。
「(ゴホン…!)」
エドワードは、咳払いをして、取り繕う。
「…この、王都の、未曾有の危機だ。非常事態である」
「は、はあ…」
「ルーシュが、辺境で、奇妙な薬草学に精通し、今回の咳病に似た症状を、治している、という報告が入った」
「(奇妙な、薬草学…)」
「あいつの、その『知識』が必要だ! 王都へ連れ戻し、カレンを…いや、王都の民を救うための、薬を作らせるのだ!」
「……」
騎士は、何も言えなかった。
あまりにも、身勝手な論理。
だが、それは、王子の「命令」だった。
「…しかし、王子。監視役の、クライスト辺境伯が、素直に応じるとは…」
「(チッ…!)」
エドワードは、あの『氷の騎士』の、融通の利かない顔を思い出し、舌打ちした。
アラン・クライストは、法と契約に、異常なまでに忠実な男だ。
『謹慎中』のルーシュを、王子の私情で連れ出すなど、彼が許可するはずがない。
(だが、構わん!)
(カレンの命には、代えられん!)
「これは、王命である!」
エドワードは、机の上の羊皮紙を掴むと、震える手で、自らのサインを書き殴った。
「これを持って行け! 最速の馬を用意しろ!」
「はっ!」
「クライスト辺境伯には、こう伝えろ! 『これは、第二王子エドワードとしての、正式な召喚命令である』と!」
「(召喚…!)」
「『ルーシュ・フォン・ヴァインベルグを、即刻、王都へ連行せよ』!」
「で、ですが、もし、辺境伯が、公爵家との契約を盾に、拒んだ場合は…」
エドワードは、一瞬、ためらった。
だが、寝室の奥から聞こえてきた、カレンの、か細い咳払いが、彼に、最後の一線を、越えさせた。
「…(ふん)。もし、逆らうようなら」
エドワードは、冷酷な声で、言い放った。
「…『王家への反逆と見なす』と、そう伝えろ!」
「(ひぃっ…!!!)」
騎士は、顔面蒼白になった。
反逆!
それは、戦争を意味する言葉だ。
辺境を守る、国境の要である、アラン・クライストに対して、なんという暴言。
(王子は…! カレン姫のために、正気を、失っておられる…!)
「…わかったな! 行け!」
「は、はい! ははーーっ!」
騎士は、その、恐ろしい命令が書かれた王命書を、震える手で受け取ると、転がるように、その場を去った。
数十分後。
一人の使者が、王都の最速馬に乗り、王宮の門を駆け抜けていった。
その懐には、エドワード王子の、狂気と私情に満ちた、身勝手な『王命』を携えて。
目指すは、北の辺境。
「(待っていろ、カレン…!)」
エドワードは、カレンの冷たくなり始めた手を握りしめ、暗い目で、呟いた。
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