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学園に、リリアナ・ブラウン男爵令嬢が編入してきたのは、そんな日々が続いていた春のことだった。
彼女は、私とは何もかもが正反対だった。ふわふわとした栗色の髪に、大きな茶色の瞳。いつも少し困ったように眉を下げて、庇護欲をかき立てる小動物のような少女。
貴族社会の厳格な階級など意に介さないのか、彼女は誰にでも物怖じせずに話しかけた。その天真爛漫さは、格式張った学園の中で、ある種異質な輝きを放っていた。
そして、その輝きに最も強く惹きつけられたのが、アレクシス殿下だった。
「まあ、殿下! そんな難しい顔をなさらないでくださいな。眉間にシワが寄ってしまいますわ」
中庭で公務の書類に目を通していたアレクシス様に、リリアナ嬢が屈託なく話しかけているのを、私は渡り廊下の影から見てしまった。
「ブラウン嬢か。……すまない、少し根を詰めすぎていたようだ」
いつもなら、公務中に話しかけられれば、たとえ相手が誰であろうと、やんわりと退けるはずの殿下が、彼女には柔らかな笑みを向けている。
「殿下は、いつも頑張りすぎです。たまには肩の力を抜かないと。ほら、あそこに綺麗な蝶がいますわ!」
リリアナ嬢が指さす先を、アレクシス様が穏やかな目で見つめている。その光景は、まるで一枚の絵画のようで。私の知らない、私の前では決して見せない、安らいだ王子の顔がそこにあった。
ずきり、と胸の奥が痛んだ。
それからというもの、アレクシス様がリリアナ嬢と過ごす時間は、目に見えて増えていった。最初は学園の中だけだったのが、いつしか王宮にまで彼女を招くようになった。
私は、何も言えなかった。
妃候補として、婚約者として、嫉妬などというみっともない感情を見せることは許されない。私はただ、完璧な『氷の令嬢』を演じ続けるしかなかった。
だが、私の心の中では、静かに、しかし確実に、ひび割れが広がっていた。これまで信じてきたものが、足元から崩れていくような、途方もない不安。
それは、私の完璧な世界に生じた、初めての亀裂だった。
彼女は、私とは何もかもが正反対だった。ふわふわとした栗色の髪に、大きな茶色の瞳。いつも少し困ったように眉を下げて、庇護欲をかき立てる小動物のような少女。
貴族社会の厳格な階級など意に介さないのか、彼女は誰にでも物怖じせずに話しかけた。その天真爛漫さは、格式張った学園の中で、ある種異質な輝きを放っていた。
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「まあ、殿下! そんな難しい顔をなさらないでくださいな。眉間にシワが寄ってしまいますわ」
中庭で公務の書類に目を通していたアレクシス様に、リリアナ嬢が屈託なく話しかけているのを、私は渡り廊下の影から見てしまった。
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いつもなら、公務中に話しかけられれば、たとえ相手が誰であろうと、やんわりと退けるはずの殿下が、彼女には柔らかな笑みを向けている。
「殿下は、いつも頑張りすぎです。たまには肩の力を抜かないと。ほら、あそこに綺麗な蝶がいますわ!」
リリアナ嬢が指さす先を、アレクシス様が穏やかな目で見つめている。その光景は、まるで一枚の絵画のようで。私の知らない、私の前では決して見せない、安らいだ王子の顔がそこにあった。
ずきり、と胸の奥が痛んだ。
それからというもの、アレクシス様がリリアナ嬢と過ごす時間は、目に見えて増えていった。最初は学園の中だけだったのが、いつしか王宮にまで彼女を招くようになった。
私は、何も言えなかった。
妃候補として、婚約者として、嫉妬などというみっともない感情を見せることは許されない。私はただ、完璧な『氷の令嬢』を演じ続けるしかなかった。
だが、私の心の中では、静かに、しかし確実に、ひび割れが広がっていた。これまで信じてきたものが、足元から崩れていくような、途方もない不安。
それは、私の完璧な世界に生じた、初めての亀裂だった。
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