婚約破棄? ああ、そうですか。それより料理がが冷めるので失礼します。

夏乃みのり

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「……病める時も、健やかなる時も。富める時も、貧しき時も」

王宮に隣接する大聖堂。
ステンドグラスから七色の光が降り注ぐ中、厳かな結婚式が執り行われていた。

祭壇の前に立つのは、タキシード姿のシズルと、純白のドレス(ウエスト限界突破)に身を包んだメモリー。

老司祭が問いかける。

「新郎シズル・ド・クリムゾン。汝、この者を妻とし、死が二人を分かつまで愛し抜くことを誓いますか?」

「誓います。……彼女の胃袋が尽きるまで」

「えっ、胃袋?」

司祭が二度聞きするが、シズルは真顔だ。
続いて、メモリーへの問いかけ。

「新婦メモリー・ガストロ。汝、この者を夫とし、愛し、敬い、慰め、助けることを誓いますか?」

メモリーは大きく息を吸い込んだ。
コルセットがミシミシと悲鳴を上げる。

「誓います! 彼が破産しない限り、共に食卓を囲み、美味しいものをシェアし、最後の一個のから揚げを譲り合うことを誓います!」

「……随分と具体的な誓いですね」

司祭は冷や汗を拭い、コホンと咳払いした。

「では、誓いのキスを」

シズルがベールを上げ、メモリーの顔を覗き込む。
その瞳は熱く、甘い。

「メモリー。……愛している」

「私もです、シズル様(と、その財力とシェフ)」

二人の唇が重なろうとした、その瞬間。

ズズズズズズ……ッ!!

地響き。
ステンドグラスがガタガタと震え、聖堂全体が大きく揺れた。

「じ、地震か!?」
「キャアアアア!」

参列者たちが悲鳴を上げる。
最前列で号泣していたアラン王子(「ううっ、メモリー幸せになれよバカヤロー!」と泣いていた)が、真っ先に飛び上がった。

「なんだ!? 敵襲か!?」

ドガァァァン!!

聖堂の天井が弾け飛んだ。
瓦礫と共に降り注ぐ太陽光。そして、その光を遮る巨大な影。

「グオォォォォォン!!」

そこにいたのは、先日食べたエンシェント・ドラゴンよりもさらに巨大な、黄金の鱗を持つ『竜王』だった。

「り、竜王バハムート!?」

アラン王子が絶叫する。
伝説の中の伝説。神話級の怪物が、なぜか結婚式場に降臨したのだ。

竜王は長い首を伸ばし、祭壇の上の二人……ではなく、その横に置かれた『5段重ねの特製ウェディングケーキ』を凝視した。

『……イイ匂イダ』

重低音の声が、直接脳内に響く。

『我ガ眠リヲ妨ゲ、鼻腔ヲ刺激スル甘美ナ香リ……。ヨコセ。ソノ白イ山ヲ、我ニ捧ゲヨ』

竜王の鼻息だけで、参列者のカツラが飛ぶ。
誰もが死を覚悟した。
竜王の機嫌を損ねれば、国ごと灰にされる。

シズルがメモリーを庇って前に出ようとした。

「下がっていろ、メモリー! くっ、丸腰で竜王相手とは……!」

しかし。
シズルの前に、一人の花嫁が立ちはだかった。

「お断りです!!」

メモリーである。
彼女はドレスの裾を捲り上げ、隠し持っていた『ケーキ入刀用ナイフ(特大)』を構えた。

「なっ……メモリー!?」

「そのケーキは! 私とシズル様が愛を誓い合い、ファーストバイトで口いっぱいに頬張るための神聖なケーキです! 貴方のようなトカゲにくれてやるクリームは1ミリグラムもありません!」

『……ホウ? 人間風情ガ、我ニ逆ラウカ』

竜王の黄金の瞳が、面白そうに細められる。
圧倒的な魔力のプレッシャー。
だが、メモリーの食欲(ケーキへの執着)は、竜の威圧すら凌駕していた。

「逆らいますとも! 横入り禁止です! 食べたければ最後尾に並んで、ご祝儀を持ってきなさい!」

『祝儀……? 我ニ対価ヲ求メルノカ』

「当然です! タダ飯食らいは許しません! ……そうですね、貴方のその『黄金の鱗』、一枚につきケーキ一切れと交換なら考えてあげてもいいですよ?」

会場が静まり返る。
竜王の鱗。それは万病を治し、不老不死の秘薬ともなる国宝級の素材だ。
それをケーキ一切れと交換しろと言う、強欲すぎる花嫁。

竜王はポカンと口を開け、次の瞬間、腹を抱えて(前足で押さえて)笑い出した。

『グハハハハハ!! 愉快、愉快ナリ! 我ヲ食材デハナク、客トシテ扱ウ人間ハ初メテダ!』

ドスン。
竜王は巨大な前足を祭壇に置いた。

『ヨカロウ。取引ダ、花嫁』

竜王が身を震わせると、黄金の鱗がパラパラと剥がれ落ち、山のように積み上がった。

『コレデ、ソノ白イ山ヲ全部寄越セ。……実ハ、甘イ物ニ目ガナクテノウ』

「……商談成立です!」

メモリーは即座にナイフを下ろし、満面の笑みで手招きした。

「シズル様! ケーキ入刀です! お客様(竜王様)をお待たせしてはいけません!」

「……君の適応能力には呆れるな」

シズルは深いため息をついたが、その顔は笑っていた。
彼はメモリーの隣に立ち、共にナイフを握った。

「では、初めての共同作業だ。……竜の餌やりだがな」

「共同作業です!」

ザクッ。
ナイフが入る。
それと同時に、竜王が待ちきれずに大口を開けた。

「あーん!」

パクッ。

5段ケーキの上半分が、竜王の口へと消えた。

『美味ァァァァイ!!!』

竜王の咆哮(喜びの舞)で、残っていたステンドグラスが全て割れた。

『濃厚ナクリーム、芳醇ナスポンジ! コレゾ至高! ……人間ヨ、礼ヲ言ウ。祝イニ、我ガ加護ヲ授ケヨウ』

竜王が光を放つ。
その光はメモリーとシズルを包み込み、温かな力となって体に染み込んでいった。

『コレハ【健啖の加護】。ドンナニ食ベテモ太ラズ、ドンナニ食ベテモ腹ヲ壊サヌ、永遠ノ健康ヲ約束スルモノナリ』

「!!!」

メモリーが今日一番の衝撃を受けた。

「太らない……? いくら食べても……?」

彼女は震える手で自分のウエストを触った。
キツかったコルセットが、心なしか緩くなっている気がする。

「ありがとうございます! 神様! 仏様! 竜王様! これが欲しかったのです! 愛より欲しかった能力(スキル)です!」

「……愛より、と言うのは聞き捨てならないが」

シズルが苦笑する。

「まあ、いいだろう。これで君は、心置きなく私の領地の食料を食べ尽くせるわけだ」

「はい! シズル様、覚悟してくださいね!」

廃墟となった聖堂(天井なし)で、竜王に見守られながら、二人は改めて向き合った。

「では、続きを」

シズルがメモリーの顎を持ち上げる。

「……いただきます」

「はい、召し上がれ」

重なる唇。
それはケーキのように甘く、そして未来永劫続く「美味しい生活」の始まりの味がした。

アラン王子「うおおおおん! 竜王まで手なずけるなんてぇぇぇ!」
リリナ「あの鱗、一枚でいくらになるかしら……(計算中)」

騒がしくも幸せな結婚式は、こうして幕を閉じた。

そして数年後。
二人の間に生まれた子供が、離乳食を拒否して「ステーキを出せ」と泣き叫ぶのは、また別の話である。
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