断罪中、味方が多すぎて王子が孤立している件について

夏乃みのり

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王城の地下牢。
そこは、ジメジメとした湿気とカビの臭いが充満する、絶望の空間だった。


「出してよぉ! ここ臭い! 服が汚れるぅ!」


鉄格子の向こうで、ミナが喚き散らしている。
その隣の独房では、廃嫡された元王子ジェラルドが、膝を抱えてブツブツと何かを呟いていた。
完全に心が壊れてしまったようだ。


「うるさいわね! ちょっと、ジェラルド! あんた何とかしなさいよ! 王子なんでしょ!?」


ミナが格子越しに怒鳴るが、ジェラルドは反応しない。
「ラミリア……ごめん……アップルパイ……」とうわ言を繰り返すのみだ。


カツ、カツ、カツ。


そこへ、冷たく響く足音が近づいてきた。
アレクセイ様と、私だ。
私たちは鉄格子の前に立ち、哀れな二人を見下ろした。


「……元気そうだな、ミナ」


アレクセイ様が氷点下の声で告げると、ミナはビクリと震え、すぐに猫撫で声を作った。


「あっ、アレクセイ様ぁ! 助けに来てくれたんですね!? 私、反省してますぅ! もう二度としませんから、ここから出して……」


「演技はもういい」


私が遮った。
手には、いつものファイルを持っている。
ただし、今回のファイルは黒色だ。
極秘事項が記されている印である。


「ミナ・フォン・ロードヴィッヒ。……いえ、本名は『ミレーヌ・V・ガルシア』工作員ですね?」


「……は?」


ミナの動きが止まった。
可愛らしい瞳から、スッと色が消える。
そして、今までとは別人のような、鋭く冷徹な光が宿った。


「……いつから気づいていた?」


声のトーンが変わった。
甘ったるい媚びた声ではない。
低く、ドスの利いた声だ。
隣のジェラルドが「ヒッ」と驚いて顔を上げるほどの変貌ぶりだった。


「ミ、ミナ……? どうしたんだ、その声……」


「チッ。うるさいのよ、無能王子」


ミナ――いや、ミレーヌは、ジェラルドを一瞥して吐き捨てた。


「あんたみたいなお花畑な馬鹿、操るのが簡単すぎて欠伸が出たわ。……『華がない』? 笑わせるんじゃないわよ。あんたの脳みそが空っぽなだけじゃない」


「な、な……っ!?」


ジェラルドが絶句する。
愛していた恋人の本性に、思考が追いつかないようだ。


「ふふ、バレたなら仕方ないわね」


ミレーヌは不敵に笑い、鉄格子越しに私を睨みつけた。


「そうよ。私は隣国ガルドニア帝国の特務工作員、コードネーム『ハニー・トラップ』。この国の中枢に入り込み、内部から崩壊させるために送り込まれたエリートよ」


「スパイ……!?」


ジェラルドが泡を吹いて倒れそうになる。
そう、彼女はただの悪女ではなかった。
計画的に王子に近づき、優秀な補佐役である私を排除し、王子の浪費を助長させて財政を破綻させる……すべては計算された破壊工作だったのだ。


「でも、残念だったわね。私の正体がバレたところで、もう手遅れよ」


ミレーヌはニヤリと笑った。


「私はすでに、この国の軍事機密、騎士団の配置図、そして王城の隠し通路の情報を本国に送ったわ。今頃、帝国の軍隊が国境に向かっているはずよ。……あんたたちが私を処刑するより先に、この国は火の海になるのよ!」


彼女は高らかに勝利宣言をした。
普通なら、ここで顔面蒼白になり、緊急事態を宣言するところだ。


しかし。


「……ふぅ」


私は小さくため息をつき、ファイルをめくった。
アレクセイ様も、「やれやれ」といった顔で肩をすくめている。


「な、なによその反応! 怖くないの!?」


「いえ、別に。……その『送った情報』って、これのことですか?」


私はファイルから数枚の紙を取り出し、ミナに見せた。
それは、暗号で書かれた密書だった。


「なっ……!? なんであんたがそれを持ってるのよ!?」


「昨日の朝、王城の郵便集荷場で見つけました」


「はあ!? あれは完璧に偽装して、一般郵便に紛れ込ませたはずよ!?」


「ええ。でも、封筒の宛名の書き方が雑で、郵便番号の桁が一つ間違っていたので」


私は眼鏡(伊達)をクイッと上げた。


「『郵便番号の記載ミスは配達遅延の元です』と思って、私が検閲……いえ、仕分け修正をしていた時に中身を確認しました。暗号文でしたが、パターンが古臭い換字式だったので、お茶を飲みながら解読させていただきました」


「解読……!? 帝国の最新暗号を!?」


「はい。内容が『王子が馬鹿すぎて笑える』という愚痴半分、機密情報半分でしたので、機密部分だけ黒塗りに修正して、代わりに『美味しいアップルパイのレシピ』を書いて送っておきました」


「書き換えたのぉぉぉ!?」


ミレーヌが絶叫した。
スパイとしてのプライドがズタズタだ。


「それに、軍事機密とおっしゃいますが、貴女が盗んだのは『旧・騎士団配置図』ですよね?」


「えっ?」


「私が公爵邸に移った後、騎士団のシフトと配置はすべて私が組み直しました。効率化のために全面的に変更したので、貴女の情報はすでにゴミです」


「そ、そんな……」


「隠し通路の情報も無駄です。先日の大掃除で、『防犯上よろしくない』と判断して、私がすべて埋め立てさせましたから」


私は淡々と事実を告げた。
彼女が必死に集めた情報は、私の「業務改善」によって、すべて過去の遺物と化していたのだ。


「う、嘘よ……。じゃあ、私の協力者は? 街で情報を集めてくれていた情報屋たちは!?」


ミレーヌが縋るように叫ぶ。


「ああ、彼らですか」


私はニッコリと微笑んだ。


「彼らなら、今ごろ公爵邸の庭で草むしりをしていますよ」


「は?」


「下町の情報屋、酒場のマスター、路地裏の浮浪者たち……。貴女が金で雇っていた彼らは、全員私の『顔見知り』でしたから」


以前、ミナ様が悪評を流そうとして失敗した時と同じだ。
この国の下町ネットワークは、私の慈悲活動(という名の趣味)によって、完全に私の支配下にあった。


「彼らに『怪しい女から仕事を受けた?』と聞いたら、『へい、ラミリア様のために二重スパイとして動いてました』と白状しましたよ。貴女の行動パターン、潜伏先、帝国の連絡係の顔……すべて筒抜けでした」


「な、なんなのよあんた……!」


ミレーヌは後ずさり、腰を抜かした。
恐怖に顔が歪んでいる。


「あんた、本当にただの伯爵令嬢なの!? 特殊訓練を受けたスパイの私が、手も足も出ないなんて……!」


「私はただの事務屋です。……ですが」


私は一歩前に近づき、鉄格子越しに彼女を見下ろした。


「人の繋がりと、情報の管理をおろそかにする者は、組織を壊すことはできません。……貴女は孤独に動きすぎました。それが敗因です」


「ひっ……!」


「終わりだ、ハニー・トラップ」


アレクセイ様が冷酷に告げた。
その手から、冷気が溢れ出す。


「帝国の本国には、すでに私が『抗議文』を送っておいた。……『貴国のスパイがお粗末すぎて迷惑している。引き取りたければ、賠償金として国家予算の三年分を持参せよ』とな」


「そ、そんな……。私、国に捨てられる……」


「当然だ。役立たずのスパイに帰る場所などない」


ミレーヌはガクリと項垂れた。
今度こそ、本当の絶望が彼女を襲った。
スパイとしての使命も、悪女としての地位も、すべて失ったのだ。


「あ、あ、あ……」


隣の牢屋では、ジェラルドが完全に幼児退行していた。
「ラミリア……怖いよぉ……」


「さあ、行こうかラミリア。ここは空気が悪い」


アレクセイ様が私の肩を抱く。
私たちは、廃人と化した元王子と、抜け殻になった元スパイを残して、地下牢を後にした。


地上に出ると、眩しいほどの朝日が差し込んでいた。


「……お見事だったな、ラミリア」


「いえ。彼女がもう少し優秀なら、危なかったかもしれません」


「謙遜するな。お前の情報網は、我が国の諜報部隊より優秀だ。……これからは、公爵家の情報部門も任せようかな」


「ふふ、お給料アップを要求しますよ?」


「望むところだ。……支払いは、私の愛でいいか?」


「それは……過払いになりそうですね」


私たちが笑い合っていると、王城の門の向こうから、大きな荷物を背負った男が走ってきた。
先日助けた情報屋の男だ。


「ラミリア姐さーん! 草むしり終わりました! 次は何しましょうか!?」


「ああ、次は帝国の動きを監視してちょうだい。報酬は特製シチューよ」


「うひョー! 一生ついていきます!」


どうやら、私の「最強の武器」である人脈は、まだまだ広がり続けているようだった。
特別な力がなくても、スパイに勝てる。
それが証明された一日だった。
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