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ノワール公爵領の大聖堂。
そこは本来、厳かな静寂と歴史の重みに包まれた、神聖な祈りの場である。
しかし今、その聖域は「物理的な暴力」を伴う輝きの実験場と化していた。
「……キラリ。今すぐその、手にした建築図面を置きなさい。それと、床に敷き詰められたその銀盤を撤去しろ」
リュカオンは、特注の遮光ゴーグルを二重に装着し、視界を確保しながら必死に訴えた。
彼の目の前には、聖歌隊の席に仁王立ちし、金糸の巻尺を振り回しているキラリがいた。
「何を仰いますの、リュカオン様! わたくしたちの結婚式ですわよ!? この程度の輝きでは、わたくしの幸福度を表現しきれませんわ!」
キラリはバサリと扇子を広げ、聖堂の天井を指し示した。
「見てくださいませ、あの天井画! あんな色褪せたフレスコ画では、わたくしの歩みに影を落としてしまいます。ですから、天井も壁も、すべて『一面鏡張り』に改装いたしますわ!」
「鏡張りだと!? ただでさえ貴様が歩くたびに光線が飛び交うのに、全方位が鏡になったら……そこはもう、式場ではなく巨大な電子レンジだろうが!」
「まあ、素敵な表現ですわね! 参列者の皆様の情熱を、わたくしの輝きで『こんがり』と焼き上げて差し上げる……まさに愛の調理場ですわ!」
「死人が出るわ! いいか、参列者は人間なんだ。光ファイバーではないんだぞ!」
リュカオンの制止を完全にスルーし、キラリは次に、控えさせていた宝石商たちの山へ向かった。
「さあ、そこの方々! わたくしのウェディングケーキのデザイン案はできておりますわね!?」
「は、はい、お嬢様……。こちら、土台から装飾まですべてを『可食用の人工ダイヤモンド』で構成した、高さ十メートルのピラミッド型ケーキでございます……」
「……待て。食えるのか、それは」
リュカオンが横から口を挟む。
「当然ですわ! 噛み砕くたびに、口の中から七色の光が溢れ出す……これこそが、真の美食というものですわよ!」
「歯が折れるだろうが! 招待客に抜歯の予約をさせてから呼べというのか!」
キラリはオーッホッホッホ!と高笑いし、流れるような動作でセバスを呼び寄せた。
「セバスさん! 参列者に配布する『公式・超高密度溶接用ゴーグル』の数は足りておりますわね?」
「承知いたしました、お嬢様。すでに隣国の工房をすべて買収し、不眠不休で生産させております。なお、式場入り口には『失明に関する免責同意書』への署名コーナーも設置済みでございます」
「セバス……貴様、いつからキラリの信者になったんだ。主人を裏切って光の陣営に寝返るとは」
「閣下、もはや抗うのは無意味かと存じます。お嬢様の輝きは、もはや物理法則の域を超えておりますので」
リュカオンは、聖堂の中央で「ここに特大のサーチライトを設置して……」と独り言を呟く婚約者を見つめ、静かに悟った。
この結婚式は、社交界の伝説になるだろう。
ただし、「最も美しい式」としてではなく、「世界で最もまぶしい災害」として。
「……キラリ。演出については百歩譲って認めよう。だが、聖歌隊の件はどうなった。私の記憶が正しければ、貴様は『合唱曲は不要だ』と言っていたはずだが」
「あら、覚えていらしたのね? 当然ですわ! 聖歌隊の皆様には、歌の代わりに、わたくしの『オーッホッホッホ!』という高笑いを三部合唱で練習していただいておりますの!」
「…………」
リュカオンは絶句した。
聖堂に響き渡る、数十人による「オーッホッホ」の輪唱。
それはもはや呪いの儀式ではないか。
「見てくださいませ、リュカオン様。想像するだけで、わたくしの肌がさらなる発光を求めておりますわ! これこそ、わたくしの魂が望む最高の門出ですわよ!」
キラリが喜びのあまり魔力を解放すると、聖堂のステンドグラスが一斉にカタカタと震えだした。
彼女の内側から溢れ出るポジティブな魔力が、大気中の光の粒子を強制的に整列させていく。
「……わかった。もう好きにしろ。ただし、私の誓いのキスの瞬間だけは、光量を少し落とせ。貴様の顔が見えないどころか、私の唇が光線で蒸発しそうだ」
「まあ、リュカオン様。甘えたさんですわね! よろしいですわ、その一瞬だけは、わたくしの出力を『微光(びこう)』レベルにまで絞って差し上げますわ!」
「……微光と言いつつ、普通のロウソク百本分くらいはありそうだがな」
リュカオンは苦笑しながら、キラリの肩を抱き寄せた。
式場全体が鏡張りになり、全方位から自分の幸せな顔を拝むことができる。
キラリにとって、これ以上の楽園はない。
「あーっ、楽しみですわ! エリオット様やリリィさんにも、特等席をご用意して差し上げなくては! わたくしの輝きに、一生消えない後悔の焼き印を刻んで差し上げますわよ!」
「……貴様、案外執念深いな。だが、そういうところも嫌いではない」
光の洪水の中で、二人の(主にキラリの)準備は着々と進んでいった。
隣国の空が、結婚式の一週間前から不自然に明るくなり始めたのは、言うまでもない。
そこは本来、厳かな静寂と歴史の重みに包まれた、神聖な祈りの場である。
しかし今、その聖域は「物理的な暴力」を伴う輝きの実験場と化していた。
「……キラリ。今すぐその、手にした建築図面を置きなさい。それと、床に敷き詰められたその銀盤を撤去しろ」
リュカオンは、特注の遮光ゴーグルを二重に装着し、視界を確保しながら必死に訴えた。
彼の目の前には、聖歌隊の席に仁王立ちし、金糸の巻尺を振り回しているキラリがいた。
「何を仰いますの、リュカオン様! わたくしたちの結婚式ですわよ!? この程度の輝きでは、わたくしの幸福度を表現しきれませんわ!」
キラリはバサリと扇子を広げ、聖堂の天井を指し示した。
「見てくださいませ、あの天井画! あんな色褪せたフレスコ画では、わたくしの歩みに影を落としてしまいます。ですから、天井も壁も、すべて『一面鏡張り』に改装いたしますわ!」
「鏡張りだと!? ただでさえ貴様が歩くたびに光線が飛び交うのに、全方位が鏡になったら……そこはもう、式場ではなく巨大な電子レンジだろうが!」
「まあ、素敵な表現ですわね! 参列者の皆様の情熱を、わたくしの輝きで『こんがり』と焼き上げて差し上げる……まさに愛の調理場ですわ!」
「死人が出るわ! いいか、参列者は人間なんだ。光ファイバーではないんだぞ!」
リュカオンの制止を完全にスルーし、キラリは次に、控えさせていた宝石商たちの山へ向かった。
「さあ、そこの方々! わたくしのウェディングケーキのデザイン案はできておりますわね!?」
「は、はい、お嬢様……。こちら、土台から装飾まですべてを『可食用の人工ダイヤモンド』で構成した、高さ十メートルのピラミッド型ケーキでございます……」
「……待て。食えるのか、それは」
リュカオンが横から口を挟む。
「当然ですわ! 噛み砕くたびに、口の中から七色の光が溢れ出す……これこそが、真の美食というものですわよ!」
「歯が折れるだろうが! 招待客に抜歯の予約をさせてから呼べというのか!」
キラリはオーッホッホッホ!と高笑いし、流れるような動作でセバスを呼び寄せた。
「セバスさん! 参列者に配布する『公式・超高密度溶接用ゴーグル』の数は足りておりますわね?」
「承知いたしました、お嬢様。すでに隣国の工房をすべて買収し、不眠不休で生産させております。なお、式場入り口には『失明に関する免責同意書』への署名コーナーも設置済みでございます」
「セバス……貴様、いつからキラリの信者になったんだ。主人を裏切って光の陣営に寝返るとは」
「閣下、もはや抗うのは無意味かと存じます。お嬢様の輝きは、もはや物理法則の域を超えておりますので」
リュカオンは、聖堂の中央で「ここに特大のサーチライトを設置して……」と独り言を呟く婚約者を見つめ、静かに悟った。
この結婚式は、社交界の伝説になるだろう。
ただし、「最も美しい式」としてではなく、「世界で最もまぶしい災害」として。
「……キラリ。演出については百歩譲って認めよう。だが、聖歌隊の件はどうなった。私の記憶が正しければ、貴様は『合唱曲は不要だ』と言っていたはずだが」
「あら、覚えていらしたのね? 当然ですわ! 聖歌隊の皆様には、歌の代わりに、わたくしの『オーッホッホッホ!』という高笑いを三部合唱で練習していただいておりますの!」
「…………」
リュカオンは絶句した。
聖堂に響き渡る、数十人による「オーッホッホ」の輪唱。
それはもはや呪いの儀式ではないか。
「見てくださいませ、リュカオン様。想像するだけで、わたくしの肌がさらなる発光を求めておりますわ! これこそ、わたくしの魂が望む最高の門出ですわよ!」
キラリが喜びのあまり魔力を解放すると、聖堂のステンドグラスが一斉にカタカタと震えだした。
彼女の内側から溢れ出るポジティブな魔力が、大気中の光の粒子を強制的に整列させていく。
「……わかった。もう好きにしろ。ただし、私の誓いのキスの瞬間だけは、光量を少し落とせ。貴様の顔が見えないどころか、私の唇が光線で蒸発しそうだ」
「まあ、リュカオン様。甘えたさんですわね! よろしいですわ、その一瞬だけは、わたくしの出力を『微光(びこう)』レベルにまで絞って差し上げますわ!」
「……微光と言いつつ、普通のロウソク百本分くらいはありそうだがな」
リュカオンは苦笑しながら、キラリの肩を抱き寄せた。
式場全体が鏡張りになり、全方位から自分の幸せな顔を拝むことができる。
キラリにとって、これ以上の楽園はない。
「あーっ、楽しみですわ! エリオット様やリリィさんにも、特等席をご用意して差し上げなくては! わたくしの輝きに、一生消えない後悔の焼き印を刻んで差し上げますわよ!」
「……貴様、案外執念深いな。だが、そういうところも嫌いではない」
光の洪水の中で、二人の(主にキラリの)準備は着々と進んでいった。
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*カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております