婚約破棄?結構ですが、その前に殿下の隣を片付けても?

夏乃みのり

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明日に建国記念舞踏会を控え、公爵邸は嵐の前の静けさに包まれておりました。


私は自室で、明日の「戦闘服」……もとい、夜空色のドレスの最終チェックをしていたのですが。


そこへ、ノックの音と共に、随分と神妙な面持ちのエドワード様が姿を現しました。


「……夜分にすまない、カタリナ。少し、話ができるかな?」


私は鏡の前で扇子を構えたまま、振り返ることもなく答えました。


「あら、エドワード様。明日のダンスのステップでも確認しにいらしたのかしら? もしそうなら、今の私はドレスの重みで回し蹴りを放つのが精一杯ですわよ」


「……いや、そうじゃない。君と、静かに話がしたくてね」


王子は、セバスチャンが差し出した椅子に力なく腰を下ろしました。


以前の彼なら、私のこの不遜な態度に「婚約者の自覚を持て!」と怒鳴っていたはずですが……。


今の彼は、まるで雨に打たれた子犬のようにシュンとしておりますわね。


「セバスチャン、殿下に温かいミルクを。それから、少しだけ二人にしてちょうだい。この王子、放っておくと今にも泣き出しそうですもの」


「承知いたしました。では、扉のすぐ外で待機しております。お嬢様が殿下を物理的に教育し始めたら、すぐに救急箱を持って駆けつけますので」


セバスチャンが退室し、室内にはパチパチとはぜる暖炉の音だけが残りました。


「……カタリナ。僕は、本当に馬鹿だったな」


エドワード様が、絞り出すような声で言いました。


「あら、お気づきになりました? 三日前までは『馬鹿の極み』でしたが、今は『自覚のある馬鹿』へと昇格なさいましたわ。おめでとうございます」


「皮肉を言わないでくれ。……君が一人で、あんな恐ろしいスパイと対峙し、騎士団まで動かしていたなんて。僕は、君がただ嫉妬に狂っているだけだと思い込んでいた」


王子は、組んだ自分の指先を見つめたまま、苦しげに言葉を続けました。


「……君は、僕のことなんて、もう心底愛想が尽きているんだろう? 明日の舞踏会が終われば、君なら僕を切り捨てて、もっと有能な男を選ぶこともできるはずだ」


私は、ようやく手に持っていた「鈍器」……もとい、扇子をテーブルに置きました。


そして、ゆっくりと彼の方へ歩み寄りました。


「エドワード様。貴方は、私がそんなに『情け深い』女だと思っていて?」


「え……?」


「もし私が貴方を見限るなら、とっくに隣国へ貴方の情報を売り払って、高跳びしておりますわ。……でも、私はそうしなかった。なぜだかお分かり?」


私は、彼の顎を指先でクイと持ち上げ、その情けない瞳を覗き込みました。


「貴方が、私の『所有物』だからですわ」


「しょ、所有物……?」


「ええ。私が丹精込めて育て、マナーを叩き込み、将来の王としての投資を続けてきた最高級の株券。……それを、隣国の小娘ごときにかすめ取られてなるものですか」


私は、彼の鼻先を一突きしました。


「愛だの恋だの、そんな不確かな感情で動いていると思ったら大間違いですわよ。私は、私の人生を最高のものにするために、貴方を『完璧な王』にする義務があるのです」


「……カタリナ。君は、本当に……」


「それに、殿下。……貴方、ミーナ様に鼻の下を伸ばしていた時より、今の情けない顔の方が、少しだけマシな顔をしていますわよ?」


エドワード様は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした後、ふっ……と力なく笑いました。


「はは……。君に経営される、というのは、相当にスパルタな人生になりそうだね」


「覚悟なさい。私のハッピーエンドに、貴方の怠惰な時間は一秒も含まれておりませんの」


私は彼の手を取り、その手の甲にわざとらしく、けれど少しだけ優しく口づけを落としました。


「さあ、殿下。明日は、貴方が『王』として目覚める夜ですわ。ミーナ様に最後の別れを告げ、貴方の国を救うのは、私ではなく、貴方自身なのです」


「……ああ。分かった。僕は、君が誇れるような男になってみせるよ。カタリナ」


王子の瞳に、ようやく「マシュマロ」ではない、鋼の光が宿りました。


これなら、明日の舞台で私のエスコートを任せても、足を踏まれることはなさそうですわね。


「よろしい。……では、今夜はもうお休みになって。あ、そうだ、殿下。……明日、万が一、騎士団長様がパフェの話をし始めても、全力でスルーして差し上げてね」


「……え? パフェ? バークレイ卿が?」


「いいのですわ、知らなくて。……さあ、セバスチャン! 殿下をお送りして!」


嵐の前の静けさは、王子の少しだけ頼もしくなった背中を見送ることで、終わりを告げました。


明日、世界で一番華やかで、世界で一番物騒な舞踏会が始まります。


カタリナ・フォン・公爵令嬢。


私の「経営」の真髄、とくとご覧に入れましょう。
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