婚約破棄?結構ですが、その前に殿下の隣を片付けても?

夏乃みのり

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静まり返った大広間。床にはミーナ様が頭をぶつけて刻んだ、見事なヒビだけが残されていましたわ。


私は、少しだけ歪んでしまった扇子の骨を指先でなぞりながら、隣でガタガタと震えているエドワード様を横目で見ました。


「……さて。エドワード様。会場の皆様も、そして私も、貴方の口から『重要な一言』が出るのを、今か今かと待ちわびておりますのよ?」


「ひっ、重要な一言……!? か、カタリナ、今のは正当防衛……だよね? あんな音がする扇子、どこで売っているんだい?」


「そんな瑣末なことはどうでもよろしいのです。……先程、バルコニーで仰りかけていたことの続きですわ。私との『婚約破棄』、今ここで盛大に宣言なさりたくて?」


私は、にっこりと微笑みました。もちろん、瞳の奥には北極圏のブリザードを隠し持っておりますけれど。


エドワード様は、一瞬で顔を青ざめさせ、激しく首を横に振りました。


「と、とんでもない! 破棄なんて、誰がそんなバカげたことを! 僕はただ、君という名の『正義』に一生ついていくと誓おうとしていたんだ!」


「あら、随分と記憶が都合よく改ざんされましたわね。……でも、よろしいわ。皆様、お聞きになりまして? 殿下は、私との婚約をこれまで以上に強固なものにしたいと仰っておりますの!」


私が扇子を広げて高らかに告げると、会場の貴族たちは、顔色を窺いながらも「おおお……!」と拍手を送り始めました。


誰がどう見ても、この国の主導権が「王子」から「公爵令嬢」へと完全に移った瞬間でしたわ。


「エドワード様。貴方は今日、ミーナ様という毒を退け、真の英雄となられました。……ですが、それはあくまで『スタートライン』ですのよ?」


「ス、スタートライン……。まだ続くのかい、このスパルタ教育が……」


「当然ですわ。国庫の赤字、隣国との外交問題、そして何より殿下の『お人好しすぎる性格』の矯正。……やることは山積しておりますの」


私は一歩近づき、彼の耳元で、会場の誰にも聞こえない低い声で囁きました。


「……いいですこと、殿下。もし今後、一度でも他の女性に鼻の下を伸ばしたり、私に黙って怪しいパフェを食べに行ったりしたら……。今度は扇子ではなく、私の『ドレスそのもの』でプレスして差し上げますわよ?」


「……っ! わ、分かった。約束するよ。僕は君以外の女性は見ないし、パフェ……もとい、不審な誘いには一切乗らない!」


エドワード様は、私の迫力に押されて、まるで部下が上官に忠誠を誓うかのような敬礼を見せました。


(おーっほっほ! やはり恐怖政治……失礼、徹底した経営管理は最高ですわね!)


私は満足げに頷くと、改めてエドワード様の手を取りました。


「さあ、殿下。騒動でお腹が空きましたわ。……セバスチャン! 私の戦闘服を脱がせる前に、まずは特製のステーキを三人前、テラスに用意してちょうだい!」


「畏まりました。殿下には、精神を安定させつつ筋肉を育てる『高タンパク低カロリー』の特別メニューを用意いたしましょう」


セバスチャンが、いつの間に用意したのか、王子のための「教育カリキュラム」と書かれた分厚い書類を抱えて現れました。


「えっ、ステーキじゃないのかい!? 僕も肉が食べたいんだが……!」


「殿下。甘えは禁物ですわ。貴方はこれから『私の完璧な夫』になるための修行に入るのですから。……ほら、まずはその震える足を止めて、私をエスコートなさいな」


私は、重厚な金属音を響かせながら、王子を引きずるようにして会場を後にしました。


背後では、貴族たちが「なんという情熱的な愛……」「カタリナ様、流石だ……」と、勘違いの称賛を送り続けていましたわ。


愛、ですわか。


まあ、私が手に入れたいハッピーエンドの形は、人とは少し違うかもしれませんけれど。


私の「経営」に不備などございませんの。……ええ、一分一秒の隙もなく。


こうして、ベルフェルド王国の「最恐の婚約者」による、実質的な統治が幕を開けたのでした。
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