22 / 28
22
静まり返った大広間。床にはミーナ様が頭をぶつけて刻んだ、見事なヒビだけが残されていましたわ。
私は、少しだけ歪んでしまった扇子の骨を指先でなぞりながら、隣でガタガタと震えているエドワード様を横目で見ました。
「……さて。エドワード様。会場の皆様も、そして私も、貴方の口から『重要な一言』が出るのを、今か今かと待ちわびておりますのよ?」
「ひっ、重要な一言……!? か、カタリナ、今のは正当防衛……だよね? あんな音がする扇子、どこで売っているんだい?」
「そんな瑣末なことはどうでもよろしいのです。……先程、バルコニーで仰りかけていたことの続きですわ。私との『婚約破棄』、今ここで盛大に宣言なさりたくて?」
私は、にっこりと微笑みました。もちろん、瞳の奥には北極圏のブリザードを隠し持っておりますけれど。
エドワード様は、一瞬で顔を青ざめさせ、激しく首を横に振りました。
「と、とんでもない! 破棄なんて、誰がそんなバカげたことを! 僕はただ、君という名の『正義』に一生ついていくと誓おうとしていたんだ!」
「あら、随分と記憶が都合よく改ざんされましたわね。……でも、よろしいわ。皆様、お聞きになりまして? 殿下は、私との婚約をこれまで以上に強固なものにしたいと仰っておりますの!」
私が扇子を広げて高らかに告げると、会場の貴族たちは、顔色を窺いながらも「おおお……!」と拍手を送り始めました。
誰がどう見ても、この国の主導権が「王子」から「公爵令嬢」へと完全に移った瞬間でしたわ。
「エドワード様。貴方は今日、ミーナ様という毒を退け、真の英雄となられました。……ですが、それはあくまで『スタートライン』ですのよ?」
「ス、スタートライン……。まだ続くのかい、このスパルタ教育が……」
「当然ですわ。国庫の赤字、隣国との外交問題、そして何より殿下の『お人好しすぎる性格』の矯正。……やることは山積しておりますの」
私は一歩近づき、彼の耳元で、会場の誰にも聞こえない低い声で囁きました。
「……いいですこと、殿下。もし今後、一度でも他の女性に鼻の下を伸ばしたり、私に黙って怪しいパフェを食べに行ったりしたら……。今度は扇子ではなく、私の『ドレスそのもの』でプレスして差し上げますわよ?」
「……っ! わ、分かった。約束するよ。僕は君以外の女性は見ないし、パフェ……もとい、不審な誘いには一切乗らない!」
エドワード様は、私の迫力に押されて、まるで部下が上官に忠誠を誓うかのような敬礼を見せました。
(おーっほっほ! やはり恐怖政治……失礼、徹底した経営管理は最高ですわね!)
私は満足げに頷くと、改めてエドワード様の手を取りました。
「さあ、殿下。騒動でお腹が空きましたわ。……セバスチャン! 私の戦闘服を脱がせる前に、まずは特製のステーキを三人前、テラスに用意してちょうだい!」
「畏まりました。殿下には、精神を安定させつつ筋肉を育てる『高タンパク低カロリー』の特別メニューを用意いたしましょう」
セバスチャンが、いつの間に用意したのか、王子のための「教育カリキュラム」と書かれた分厚い書類を抱えて現れました。
「えっ、ステーキじゃないのかい!? 僕も肉が食べたいんだが……!」
「殿下。甘えは禁物ですわ。貴方はこれから『私の完璧な夫』になるための修行に入るのですから。……ほら、まずはその震える足を止めて、私をエスコートなさいな」
私は、重厚な金属音を響かせながら、王子を引きずるようにして会場を後にしました。
背後では、貴族たちが「なんという情熱的な愛……」「カタリナ様、流石だ……」と、勘違いの称賛を送り続けていましたわ。
愛、ですわか。
まあ、私が手に入れたいハッピーエンドの形は、人とは少し違うかもしれませんけれど。
私の「経営」に不備などございませんの。……ええ、一分一秒の隙もなく。
こうして、ベルフェルド王国の「最恐の婚約者」による、実質的な統治が幕を開けたのでした。
私は、少しだけ歪んでしまった扇子の骨を指先でなぞりながら、隣でガタガタと震えているエドワード様を横目で見ました。
「……さて。エドワード様。会場の皆様も、そして私も、貴方の口から『重要な一言』が出るのを、今か今かと待ちわびておりますのよ?」
「ひっ、重要な一言……!? か、カタリナ、今のは正当防衛……だよね? あんな音がする扇子、どこで売っているんだい?」
「そんな瑣末なことはどうでもよろしいのです。……先程、バルコニーで仰りかけていたことの続きですわ。私との『婚約破棄』、今ここで盛大に宣言なさりたくて?」
私は、にっこりと微笑みました。もちろん、瞳の奥には北極圏のブリザードを隠し持っておりますけれど。
エドワード様は、一瞬で顔を青ざめさせ、激しく首を横に振りました。
「と、とんでもない! 破棄なんて、誰がそんなバカげたことを! 僕はただ、君という名の『正義』に一生ついていくと誓おうとしていたんだ!」
「あら、随分と記憶が都合よく改ざんされましたわね。……でも、よろしいわ。皆様、お聞きになりまして? 殿下は、私との婚約をこれまで以上に強固なものにしたいと仰っておりますの!」
私が扇子を広げて高らかに告げると、会場の貴族たちは、顔色を窺いながらも「おおお……!」と拍手を送り始めました。
誰がどう見ても、この国の主導権が「王子」から「公爵令嬢」へと完全に移った瞬間でしたわ。
「エドワード様。貴方は今日、ミーナ様という毒を退け、真の英雄となられました。……ですが、それはあくまで『スタートライン』ですのよ?」
「ス、スタートライン……。まだ続くのかい、このスパルタ教育が……」
「当然ですわ。国庫の赤字、隣国との外交問題、そして何より殿下の『お人好しすぎる性格』の矯正。……やることは山積しておりますの」
私は一歩近づき、彼の耳元で、会場の誰にも聞こえない低い声で囁きました。
「……いいですこと、殿下。もし今後、一度でも他の女性に鼻の下を伸ばしたり、私に黙って怪しいパフェを食べに行ったりしたら……。今度は扇子ではなく、私の『ドレスそのもの』でプレスして差し上げますわよ?」
「……っ! わ、分かった。約束するよ。僕は君以外の女性は見ないし、パフェ……もとい、不審な誘いには一切乗らない!」
エドワード様は、私の迫力に押されて、まるで部下が上官に忠誠を誓うかのような敬礼を見せました。
(おーっほっほ! やはり恐怖政治……失礼、徹底した経営管理は最高ですわね!)
私は満足げに頷くと、改めてエドワード様の手を取りました。
「さあ、殿下。騒動でお腹が空きましたわ。……セバスチャン! 私の戦闘服を脱がせる前に、まずは特製のステーキを三人前、テラスに用意してちょうだい!」
「畏まりました。殿下には、精神を安定させつつ筋肉を育てる『高タンパク低カロリー』の特別メニューを用意いたしましょう」
セバスチャンが、いつの間に用意したのか、王子のための「教育カリキュラム」と書かれた分厚い書類を抱えて現れました。
「えっ、ステーキじゃないのかい!? 僕も肉が食べたいんだが……!」
「殿下。甘えは禁物ですわ。貴方はこれから『私の完璧な夫』になるための修行に入るのですから。……ほら、まずはその震える足を止めて、私をエスコートなさいな」
私は、重厚な金属音を響かせながら、王子を引きずるようにして会場を後にしました。
背後では、貴族たちが「なんという情熱的な愛……」「カタリナ様、流石だ……」と、勘違いの称賛を送り続けていましたわ。
愛、ですわか。
まあ、私が手に入れたいハッピーエンドの形は、人とは少し違うかもしれませんけれど。
私の「経営」に不備などございませんの。……ええ、一分一秒の隙もなく。
こうして、ベルフェルド王国の「最恐の婚約者」による、実質的な統治が幕を開けたのでした。
あなたにおすすめの小説
偽聖女として私を処刑したこの世界を救おうと思うはずがなくて
奏千歌
恋愛
【とある大陸の話①:月と星の大陸】
※ヒロインがアンハッピーエンドです。
痛めつけられた足がもつれて、前には進まない。
爪を剥がされた足に、力など入るはずもなく、その足取りは重い。
執行官は、苛立たしげに私の首に繋がれた縄を引いた。
だから前のめりに倒れても、後ろ手に拘束されているから、手で庇うこともできずに、処刑台の床板に顔を打ち付けるだけだ。
ドッと、群衆が笑い声を上げ、それが地鳴りのように響いていた。
広場を埋め尽くす、人。
ギラギラとした視線をこちらに向けて、惨たらしく殺される私を待ち望んでいる。
この中には、誰も、私の死を嘆く者はいない。
そして、高みの見物を決め込むかのような、貴族達。
わずかに視線を上に向けると、城のテラスから私を見下ろす王太子。
国王夫妻もいるけど、王太子の隣には、王太子妃となったあの人はいない。
今日は、二人の婚姻の日だったはず。
婚姻の禍を祓う為に、私の処刑が今日になったと聞かされた。
王太子と彼女の最も幸せな日が、私が死ぬ日であり、この大陸に破滅が決定づけられる日だ。
『ごめんなさい』
歓声をあげたはずの群衆の声が掻き消え、誰かの声が聞こえた気がした。
無機質で無感情な斧が無慈悲に振り下ろされ、私の首が落とされた時、大きく地面が揺れた。
報われなかった姫君に、弔いの白い薔薇の花束を
さくたろう
恋愛
その国の王妃を決める舞踏会に招かれたロザリー・ベルトレードは、自分が当時の王子、そうして現王アルフォンスの婚約者であり、不遇の死を遂げた姫オフィーリアであったという前世を思い出す。
少しずつ蘇るオフィーリアの記憶に翻弄されながらも、17年前から今世まで続く因縁に、ロザリーは絡め取られていく。一方でアルフォンスもロザリーの存在から目が離せなくなり、やがて二人は再び惹かれ合うようになるが――。
20話です。小説家になろう様でも公開中です。
私が嫌いなら婚約破棄したらどうなんですか?
きららののん
恋愛
優しきおっとりでマイペースな令嬢は、太陽のように熱い王太子の側にいることを幸せに思っていた。
しかし、悪役令嬢に刃のような言葉を浴びせられ、自信の無くした令嬢は……
真実の愛を見つけた婚約者(殿下)を尊敬申し上げます、婚約破棄致しましょう
さこの
恋愛
「真実の愛を見つけた」
殿下にそう告げられる
「応援いたします」
だって真実の愛ですのよ?
見つける方が奇跡です!
婚約破棄の書類ご用意いたします。
わたくしはお先にサインをしました、殿下こちらにフルネームでお書き下さいね。
さぁ早く!わたくしは真実の愛の前では霞んでしまうような存在…身を引きます!
なぜ婚約破棄後の元婚約者殿が、こんなに美しく写るのか…
私の真実の愛とは誠の愛であったのか…
気の迷いであったのでは…
葛藤するが、すでに時遅し…
【完結】どうやら時戻りをしました。
まるねこ
恋愛
ウルダード伯爵家は借金地獄に陥り、借金返済のため泣く泣く嫁いだ先は王家の闇を担う家。
辛い日々に耐えきれずモアは自らの命を断つ。
時戻りをした彼女は同じ轍を踏まないと心に誓う。
※前半激重です。ご注意下さい
Copyright©︎2023-まるねこ
たいした苦悩じゃないのよね?
ぽんぽこ狸
恋愛
シェリルは、朝の日課である魔力の奉納をおこなった。
潤沢に満ちていた魔力はあっという間に吸い出され、すっからかんになって体が酷く重たくなり、足元はふらつき気分も悪い。
それでもこれはとても重要な役目であり、体にどれだけ負担がかかろうとも唯一無二の人々を守ることができる仕事だった。
けれども婚約者であるアルバートは、体が自由に動かない苦痛もシェリルの気持ちも理解せずに、幼いころからやっているという事実を盾にして「たいしたことない癖に、大袈裟だ」と罵る。
彼の友人は、シェリルの仕事に理解を示してアルバートを窘めようとするが怒鳴り散らして聞く耳を持たない。その様子を見てやっとシェリルは彼の真意に気がついたのだった。
婚約破棄されました。
まるねこ
恋愛
私、ルナ・ブラウン。歳は本日14歳となったところですわ。家族は父ラスク・ブラウン公爵と母オリヴィエ、そして3つ上の兄、アーロの4人家族。
本日、私の14歳の誕生日のお祝いと、婚約者のお披露目会を兼ねたパーティーの場でそれは起こりました。
ド定番的な婚約破棄からの恋愛物です。
習作なので短めの話となります。
恋愛大賞に応募してみました。内容は変わっていませんが、少し文を整えています。
ふんわり設定で気軽に読んでいただければ幸いです。
Copyright©︎2020-まるねこ
すみっこ婚約破棄同盟〜王子様による婚約破棄のすみっこで〜
まりー
恋愛
ある夜会で王子とその側近達の婚約破棄が行われた。腕に恋人をぶら下げて。所謂、王道断罪劇である。
でもこのお話の主役は麗しのヒロインでも、キラキラ王子でも、学園一の秀才や騎士団期待のホープでもない。これは王道のすみっこで行われた、弱小貴族と商人の子息たちの婚約破棄のお話である。
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
「もう俺ら、恋なんてしない!」と言う小学生の息子の話を参考に書きました。登場人物の男子たちの頭は小学生レベルだと思って読んでください。