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王立学院の卒業式を間近に控えた、ある午後のサロン。
かつてはミーナ様と殿下が密会を繰り返していた呪わしい場所ですが、現在は私の「出張執務室」として機能しております。
山積みにされた公爵領の報告書と、王宮からの予算案を片付けていた私の前に、一束の真っ赤なバラが差し出されました。
「……お疲れ様、カタリナ。少し休憩しないかい?」
そこに立っていたのは、以前のだらしない鼻の下を完全に卒業し、精悍な顔立ちに銀縁の眼鏡を光らせたエドワード様でした。
私はペンを置かず、眼鏡越しにそのバラを鋭く一瞥いたしました。
「あら、エドワード様。そのバラ、茎に毒針は仕込まれていなくて? あるいは、花びらの中に隣国からの暗号文が隠されているとか」
「……いや、ただのバラだよ。街で一番の評判の花屋で、僕が自分で選んできたんだ。暗号も毒も、ましてや放屁薬も入っていない。誓っていい」
エドワード様は苦笑いしながら、私の隣の席に腰を下ろしました。
私はようやくペンを置き、彼から差し出されたバラを受け取って、鼻先に近づけました。
「……確かに、ただの花の香りがいたしますわね。逆になんだか物足りないくらいですわ」
「君という人は、本当に……。でも、そこがいいんだ」
エドワード様は、私の手をそっと握りしめました。
以前のような、ミーナ様の偽りの涙に流される力なき手ではありません。しっかりと、一国の王としての責任を負う覚悟を決めた、温かくて力強い手です。
「……カタリナ。僕は、最近ようやく気づいたんだ」
「何にかしら? 計算機を使わなくても三桁の掛け算ができるようになったこと?」
「違うよ。……僕は、君に経営されるのが、心地よくてたまらないんだ」
エドワード様は、私の目を真っ直ぐに見つめて、とんでもないことを口にいたしました。
「かつての僕は、誰かに甘やかされ、おべっかを使われるのを『愛』だと思っていた。でも、君に冷酷な正論で叩きのめされ、地獄のような勉強を強いられる日々の中で、僕は初めて自分が『生きている』と実感できたんだ」
「……殿下。それ、世間一般では『愛』ではなく『重度の依存』、あるいは『Mっ気』と呼ぶのではありませんこと?」
「呼び方はなんだっていい。僕は、君のその絶対零度の瞳で見つめられると、胸の鼓動が激しくなる。ミーナの時のような薬のせいじゃない。これは、僕の魂が君を求めている証拠なんだ」
エドワード様が、グイと顔を近づけてきました。
あのおバカ王子が、いつの間にこれほど情熱的な口説き文句を吐くようになったのかしら。
私は、冷静に彼を分析いたしました。
(……顔立ちは百点。姿勢も改善された。知性も平均以上。そして、何より私の言うことを何でも聞く、扱いやすい優良物件……。ふむ、悪くありませんわね)
「……殿下。貴方のその『恋の自覚』、私にとってはどれほどの資産価値があるのかしら?」
「資産価値……?」
「ええ。貴方のその情熱が、我が公爵家への配当金や、将来の私の贅沢三昧な生活を保証する『担保』になるのであれば、検討の余地はございますけれど」
私は、彼の手を振り払うことなく、不敵に微笑みました。
「エドワード様。私は貴方に、甘い囁きなんて求めておりませんの。私が欲しいのは、世界一幸せで、世界一権力を持った王妃の椅子だけですわ」
「分かっているよ。……君をその椅子に座らせ、一生、君の掌の上で転がされることが、僕のハッピーエンドだ」
エドワード様は、今度こそ私の手の甲に、偽りではない心からの口づけを落としました。
「……あ、あー。お楽しみのところ失礼いたします、お嬢様」
絶妙なタイミングで、扉の影からセバスチャンが姿を現しました。
「……セバスチャン。見ていましたの?」
「いいえ。殿下がどのタイミングで『愛の告白』という名の降伏宣言をするか、騎士団の皆様と賭けていただけです。……私は、お嬢様が『資産価値』と言い出す方に賭けておりましたので、一人勝ちでございますな」
「……君の家の執事は、本当に隙がないね」
エドワード様が溜息をつきましたが、その顔には穏やかな笑みが浮かんでいました。
「さて、殿下。惚気(のろけ)はそれくらいにして、お仕事に戻りましょうか。……惚れた女への誠意は、言葉ではなく『税制改革の完了』で見せていただきたいものですわ」
「……はは、仰せのままに、僕の女王陛下」
エドワード様は席に戻り、猛然とペンを動かし始めました。
私は、彼が持ってきたバラを花瓶に生け、それから自分の机に戻りました。
恋、ですわか。
まあ、これだけ有能で扱いやすい駒が、自ら鎖を求めて寄ってくるのであれば、それを「愛」と呼んであげるのも、経営者としての度量かもしれませんわね。
「おーっほっほっほ! さて、私の最終決算、いよいよ大詰めですわよ!」
私は、さらに輝きを増した瞳で、未来の王座を見据えました。
かつてはミーナ様と殿下が密会を繰り返していた呪わしい場所ですが、現在は私の「出張執務室」として機能しております。
山積みにされた公爵領の報告書と、王宮からの予算案を片付けていた私の前に、一束の真っ赤なバラが差し出されました。
「……お疲れ様、カタリナ。少し休憩しないかい?」
そこに立っていたのは、以前のだらしない鼻の下を完全に卒業し、精悍な顔立ちに銀縁の眼鏡を光らせたエドワード様でした。
私はペンを置かず、眼鏡越しにそのバラを鋭く一瞥いたしました。
「あら、エドワード様。そのバラ、茎に毒針は仕込まれていなくて? あるいは、花びらの中に隣国からの暗号文が隠されているとか」
「……いや、ただのバラだよ。街で一番の評判の花屋で、僕が自分で選んできたんだ。暗号も毒も、ましてや放屁薬も入っていない。誓っていい」
エドワード様は苦笑いしながら、私の隣の席に腰を下ろしました。
私はようやくペンを置き、彼から差し出されたバラを受け取って、鼻先に近づけました。
「……確かに、ただの花の香りがいたしますわね。逆になんだか物足りないくらいですわ」
「君という人は、本当に……。でも、そこがいいんだ」
エドワード様は、私の手をそっと握りしめました。
以前のような、ミーナ様の偽りの涙に流される力なき手ではありません。しっかりと、一国の王としての責任を負う覚悟を決めた、温かくて力強い手です。
「……カタリナ。僕は、最近ようやく気づいたんだ」
「何にかしら? 計算機を使わなくても三桁の掛け算ができるようになったこと?」
「違うよ。……僕は、君に経営されるのが、心地よくてたまらないんだ」
エドワード様は、私の目を真っ直ぐに見つめて、とんでもないことを口にいたしました。
「かつての僕は、誰かに甘やかされ、おべっかを使われるのを『愛』だと思っていた。でも、君に冷酷な正論で叩きのめされ、地獄のような勉強を強いられる日々の中で、僕は初めて自分が『生きている』と実感できたんだ」
「……殿下。それ、世間一般では『愛』ではなく『重度の依存』、あるいは『Mっ気』と呼ぶのではありませんこと?」
「呼び方はなんだっていい。僕は、君のその絶対零度の瞳で見つめられると、胸の鼓動が激しくなる。ミーナの時のような薬のせいじゃない。これは、僕の魂が君を求めている証拠なんだ」
エドワード様が、グイと顔を近づけてきました。
あのおバカ王子が、いつの間にこれほど情熱的な口説き文句を吐くようになったのかしら。
私は、冷静に彼を分析いたしました。
(……顔立ちは百点。姿勢も改善された。知性も平均以上。そして、何より私の言うことを何でも聞く、扱いやすい優良物件……。ふむ、悪くありませんわね)
「……殿下。貴方のその『恋の自覚』、私にとってはどれほどの資産価値があるのかしら?」
「資産価値……?」
「ええ。貴方のその情熱が、我が公爵家への配当金や、将来の私の贅沢三昧な生活を保証する『担保』になるのであれば、検討の余地はございますけれど」
私は、彼の手を振り払うことなく、不敵に微笑みました。
「エドワード様。私は貴方に、甘い囁きなんて求めておりませんの。私が欲しいのは、世界一幸せで、世界一権力を持った王妃の椅子だけですわ」
「分かっているよ。……君をその椅子に座らせ、一生、君の掌の上で転がされることが、僕のハッピーエンドだ」
エドワード様は、今度こそ私の手の甲に、偽りではない心からの口づけを落としました。
「……あ、あー。お楽しみのところ失礼いたします、お嬢様」
絶妙なタイミングで、扉の影からセバスチャンが姿を現しました。
「……セバスチャン。見ていましたの?」
「いいえ。殿下がどのタイミングで『愛の告白』という名の降伏宣言をするか、騎士団の皆様と賭けていただけです。……私は、お嬢様が『資産価値』と言い出す方に賭けておりましたので、一人勝ちでございますな」
「……君の家の執事は、本当に隙がないね」
エドワード様が溜息をつきましたが、その顔には穏やかな笑みが浮かんでいました。
「さて、殿下。惚気(のろけ)はそれくらいにして、お仕事に戻りましょうか。……惚れた女への誠意は、言葉ではなく『税制改革の完了』で見せていただきたいものですわ」
「……はは、仰せのままに、僕の女王陛下」
エドワード様は席に戻り、猛然とペンを動かし始めました。
私は、彼が持ってきたバラを花瓶に生け、それから自分の机に戻りました。
恋、ですわか。
まあ、これだけ有能で扱いやすい駒が、自ら鎖を求めて寄ってくるのであれば、それを「愛」と呼んであげるのも、経営者としての度量かもしれませんわね。
「おーっほっほっほ! さて、私の最終決算、いよいよ大詰めですわよ!」
私は、さらに輝きを増した瞳で、未来の王座を見据えました。
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