追放先の厨房は幸せでした〜婚約破棄された食いしん坊悪役令嬢

夏乃みのり

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きらびやかなシャンデリアが眩い光を放ち、王立学園の卒業記念ホールは、着飾った若者たちの熱気と華やかな音楽で満ち溢れていた。

誰もが新たな門出を祝い、未来への希望に胸を膨らませている。

そんな中、公爵令嬢である私、ニナ・アルベールは、人々の輪から少し離れた場所で、ある一点に釘付けになっていた。

「素晴らしいですわ…」

私の視線の先にあるのは、友人でもなければ、憧れの殿方でもない。

長テーブルの上にずらりと並べられた、色とりどりの料理たちだ。

黄金色に輝くローストチキン、海の幸をふんだんに使った宝石のようなテリーヌ、そして七色に輝くフルーツをあしらった巨大なケーキ。

「あのソースは何かしら。きっと仔牛のお肉に違いありませんわ。ああ、でも鴨のコンフィも捨てがたい…」

口の中にじゅわっと広がる肉汁を想像し、私は思わずごくりと喉を鳴らした。

この日のために、ここ数日は食事を少しだけ控えてきたのだ。

このパーティーの主役は卒業生である私たちのはずだが、私にとっての真の主役は、まぎれもなくこの料理たちだった。

「ニナ様、あちらでエドワード王子がお呼びですわ」

侍女に声をかけられ、私は我に返る。

エドワード王子。

私の婚約者であり、この国の第一王子。

金色の髪を輝かせ、常に人々を惹きつける太陽のような男性だ。

「そうですわね。ご挨拶をしなければ」

私は名残惜しさを感じながらも、料理のテーブルに背を向けた。

しかし、私が彼のもとへ向かうより先に、向こうからこちらへ歩み寄ってくるのが見えた。

彼の表情は、いつもの輝くような笑顔ではなく、氷のように冷たく、厳しいものだった。

そのただならぬ雰囲気に、周りの学生たちもざわめき始める。

エドワード王子は私の目の前でぴたりと足を止めると、ホール中に響き渡るような大声で言い放った。

「ニナ・アルベール!貴様との婚約を、今この場を以て破棄させてもらう!」

シン、とホールから全ての音が消えた。

音楽も、人々の話し声も、何もかもが止まり、全ての視線が私と王子に突き刺さる。

私は突然のことに驚き、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。

「まあ、エドワード様。それはまた、急な話ですわね」

私ののんびりとした返答に、王子はさらに眉を吊り上げる。

「白々しいぞ!貴様が、男爵令嬢リリアナ嬢に、どれほど非道な嫌がらせをしていたか、私は全て知っているんだ!」

リリアナ嬢。

そう言われても、私の頭に浮かぶのは、先ほど見かけたクリームブリュレのことだけだった。

あのカラメルの焦げ具合は、きっと絶妙なほろ苦さに違いありませんわ。

「申し訳ありません、エドワード様。その…リリアナ嬢とは、どなたのことでしたかしら?」

私の純粋な問いに、今度こそホール中が凍り付いた。

エドワード王子はわなわなと拳を震わせ、顔を真っ赤にしている。

「まだとぼける気か!リリアナ、こちらへ!」

王子の声に応じ、彼の背後から一人の可憐な少女が姿を現した。

銀色の髪を揺らし、大きな青い瞳には涙をいっぱいに溜めている。

守ってあげたくなる、とはまさに彼女のような女性を言うのだろう。

「王子様…もう、おやめください。ニナ様は公爵令嬢…私のような者が、ニナ様を貶めるわけにはまいりません…!」

か細い声でそう言いながら、彼女は私のことを怯えたように見つめた。

ああ、思い出した。

確か、階段で転びそうになっていたから助け起こしたら、なぜか悲鳴を上げて走り去っていった方ですわね。

あの時は、私の持っていた焼き菓子の匂いにつられたのかと思っていましたわ。

「聞いただろう、ニナ!リリアナはこんなにも優しい心を持っているのだ!それなのに貴様は…彼女の教科書を隠し、ドレスを汚し、挙句の果てには階段から突き落とそうとした!悪役令嬢とは、まさに貴様のような女のことを言うのだ!」

王子の糾弾は続く。

しかし、私には身に覚えのないことばかりだ。

教科書を隠す時間があるなら、図書室で新しいレシピ本を探しますし、ドレスを汚すくらいなら、厨房でソースの味見をしていた方が有意義ですわ。

周囲の貴族たちは、私を非難するようにひそひそと囁き合っている。

「やはり噂は本当だったのね」

「恐ろしい方だわ、ニナ様は」

どうやら私は、いつの間にか学園一の悪役令嬢に仕立て上げられていたらしい。

けれど、そんなことよりも、私の心は別のことで占められていた。

婚約破棄、ですって…?

ということは、王子妃としての教育も、窮屈な作法も、もう必要なくなるということですわよね?

それはつまり、これからはもっと自由に、好きなものを、好きなだけ…!

私の思考が、ローストチキンから新作のパフェへと飛躍した、その時だった。

「よって、ニナ・アルベール!貴様を正式に断罪し、婚約を破棄する!そして、私が本当に愛する女性、リリアナこそが、私の隣に立つにふさわしい!」

エドワード王子はそう高らかに宣言すると、リリアナの肩を優しく抱き寄せた。

リリアナは王子の胸に顔をうずめ、か弱く震えている。

ホールは一瞬の静寂の後、大きな拍手に包まれた。

まるで、感動的な劇のクライマックスを見ているかのように。

その熱狂の中で、私は一人、全く別のことを考えていた。

(ああ、長話をしている間に、お料理が冷めてしまいますわ…!)

こうして、私の悪役令嬢としての物語は、あっけないほどの婚約破棄で幕を開けたのだった。
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