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二章 青藍の夢
砂時計
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時の概念のある世界
不吉な蛇によってサラリと告げられた言葉は殊の外重い。此処ではない何処かからか運ばれてきたとでも言うのか。
「同じ時、同じ事柄を延々と繰り返す。それがこの場所」
「何を言って…」
「信じられないか?では、お前は時を刻む鐘の音を聞いたことがあるか?」
村にあった教会。そこに鐘はあっただろうか?半ば朽ちていたから見当たらなかっただけではないか?戦禍に呑まれ、その姿を変えたのでは?事実、そう考えていた。
───鐘の音はない。
日の出日の入を基準とした、原始的な生活をしていた覚えはなく、ある程度の文化水準を満たしたものだったと思う。だが、時計もなく時を告げる鐘は存在しない。
『原始的な生活?』『ある程度の文化基準?』
「なんだ…これ?」
「本来ならば忘れるものだが…。これの記憶を持っているのは、お前と我等。そして」
「私達よ」
困惑するアレッシオの前に現れたのは、既知の少女。ただ、少しだけ雰囲気が違うように見える。
「クリス?」
何処か毒のある笑顔で微笑む。その傍らに、一人の男が立っている。目の前の蛇を闇の権化とするならば、光の権化とでも言おうか。蜜色の髪と瞳を持つ美しい男だ。合わせ鏡を見ているかのように、その容貌は蛇と似ている。
そういえば、とクリスに目を向けた。彼女もまた似ているのだ。もう一人の既知の少女に。この場に彼女がいたならば、色違いの2人組だと視覚的に感じたのだろう。
「ねぇ…あの子はお元気かしら?」
「…眠っている」
「あらあら…無能ね」
「さて…名に負けたお前がアレを蔑むとは、滑稽だな」
アレッシオが出会い頭の彼等を知っているのはここまでだ。突然放り込まれた闇の中に惑っていた。手の中に現れた硬い感触に気を取られた隙の事だった。同時に響く声が告げる。
『私が相手をしているうちに、その短剣でアレの胸を貫け』
『は!?』
『私がしたのでは、殺してしまう』
『何かよくわかんないけど…死なないんだな?』
セルペンテの声色に何処か情のある笑みを見た気がした。
『私はアレを殺せない。すべてのが花となり、すべての花が消えた』
そう、アレッシオの感じていた最大の違和感。過去から引っ張りだされてから、誰にも何にも会っていない。過去の終わりの森もそう。鳥も獣も見なかった。魔獣の1匹すらも。セルペンテの存在に萎縮したのかと思っていたが、そうではない。
世界が静寂に囚われていた。風も流れず、音も聞こえない。森の木々も空も、土塊や岩肌さえも、まるではめ込み合成の背景画像を見ているように味気ないものだった。
『わかった』
『…できれば、急いで欲しい』
“私が死ぬ前に”と言われた気がした。
急げと言われたが、と周りを見ると数多の扉があった。ゆらゆらと泳ぐ淡い光の提灯が、照らし翳る扉を片端から開けていたのでは、きっとセルペンテの求める時に間に合わないだろう。
「何処の扉かか言ってから行けよ!!!」
悪態も虚しく響く。焦れば焦るほど、無駄な時間を費やすのではないかと、兎にも角にも周囲をザッと見渡した所で気づいた。
柘榴色の提灯が留まる扉に。考える事を放棄して、その扉に向かって一目散に駆け、手を掛ける。ひやり、とした冷たさが拒絶するようだが、構っている暇はない。鍵の掛かっていない扉は、把手を回せば直ぐに開いた。そして、その光景に絶句する。
そこにあったのは氷だ。部屋全体を埋め尽くす分厚い氷。その真ん中に磔にされるように少女がいる。
───ネーヴェだ。
首筋に決して小さくはない傷を負う、稚い体を護る氷の棺のようにも見えた。氷から感じるのはセルペンテのかぎろい。何らかの理由で──恐らくはあのよく似た2人が関わっている──命を落とし掛けたのだろう。それを彼が拒絶したのだ。扉にあった拒絶の名残はその欠片、その発露。
「あいつ、よっぽどお前が大事なんだな」
零れたのは、何処か苦い笑みだった。
不吉な蛇によってサラリと告げられた言葉は殊の外重い。此処ではない何処かからか運ばれてきたとでも言うのか。
「同じ時、同じ事柄を延々と繰り返す。それがこの場所」
「何を言って…」
「信じられないか?では、お前は時を刻む鐘の音を聞いたことがあるか?」
村にあった教会。そこに鐘はあっただろうか?半ば朽ちていたから見当たらなかっただけではないか?戦禍に呑まれ、その姿を変えたのでは?事実、そう考えていた。
───鐘の音はない。
日の出日の入を基準とした、原始的な生活をしていた覚えはなく、ある程度の文化水準を満たしたものだったと思う。だが、時計もなく時を告げる鐘は存在しない。
『原始的な生活?』『ある程度の文化基準?』
「なんだ…これ?」
「本来ならば忘れるものだが…。これの記憶を持っているのは、お前と我等。そして」
「私達よ」
困惑するアレッシオの前に現れたのは、既知の少女。ただ、少しだけ雰囲気が違うように見える。
「クリス?」
何処か毒のある笑顔で微笑む。その傍らに、一人の男が立っている。目の前の蛇を闇の権化とするならば、光の権化とでも言おうか。蜜色の髪と瞳を持つ美しい男だ。合わせ鏡を見ているかのように、その容貌は蛇と似ている。
そういえば、とクリスに目を向けた。彼女もまた似ているのだ。もう一人の既知の少女に。この場に彼女がいたならば、色違いの2人組だと視覚的に感じたのだろう。
「ねぇ…あの子はお元気かしら?」
「…眠っている」
「あらあら…無能ね」
「さて…名に負けたお前がアレを蔑むとは、滑稽だな」
アレッシオが出会い頭の彼等を知っているのはここまでだ。突然放り込まれた闇の中に惑っていた。手の中に現れた硬い感触に気を取られた隙の事だった。同時に響く声が告げる。
『私が相手をしているうちに、その短剣でアレの胸を貫け』
『は!?』
『私がしたのでは、殺してしまう』
『何かよくわかんないけど…死なないんだな?』
セルペンテの声色に何処か情のある笑みを見た気がした。
『私はアレを殺せない。すべてのが花となり、すべての花が消えた』
そう、アレッシオの感じていた最大の違和感。過去から引っ張りだされてから、誰にも何にも会っていない。過去の終わりの森もそう。鳥も獣も見なかった。魔獣の1匹すらも。セルペンテの存在に萎縮したのかと思っていたが、そうではない。
世界が静寂に囚われていた。風も流れず、音も聞こえない。森の木々も空も、土塊や岩肌さえも、まるではめ込み合成の背景画像を見ているように味気ないものだった。
『わかった』
『…できれば、急いで欲しい』
“私が死ぬ前に”と言われた気がした。
急げと言われたが、と周りを見ると数多の扉があった。ゆらゆらと泳ぐ淡い光の提灯が、照らし翳る扉を片端から開けていたのでは、きっとセルペンテの求める時に間に合わないだろう。
「何処の扉かか言ってから行けよ!!!」
悪態も虚しく響く。焦れば焦るほど、無駄な時間を費やすのではないかと、兎にも角にも周囲をザッと見渡した所で気づいた。
柘榴色の提灯が留まる扉に。考える事を放棄して、その扉に向かって一目散に駆け、手を掛ける。ひやり、とした冷たさが拒絶するようだが、構っている暇はない。鍵の掛かっていない扉は、把手を回せば直ぐに開いた。そして、その光景に絶句する。
そこにあったのは氷だ。部屋全体を埋め尽くす分厚い氷。その真ん中に磔にされるように少女がいる。
───ネーヴェだ。
首筋に決して小さくはない傷を負う、稚い体を護る氷の棺のようにも見えた。氷から感じるのはセルペンテのかぎろい。何らかの理由で──恐らくはあのよく似た2人が関わっている──命を落とし掛けたのだろう。それを彼が拒絶したのだ。扉にあった拒絶の名残はその欠片、その発露。
「あいつ、よっぽどお前が大事なんだな」
零れたのは、何処か苦い笑みだった。
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