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二章 青藍の夢
鈍色
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かつて存在した祖国は、内側から見れば悪い国などではなかった。貧富の差はあれど、それなりに良く治めていたと思う。尤も、騎士というある意味特権階級から見たものではあるが。生家とて貧困層ではなかったから、然とは言い切れない部分は否めない。それでも、大きな内乱は起きなかったと記憶している。
ただ、それはあくまでも『内側から』の話だ。外から見れば答えは真逆になる。何故なら、我が国は侵略される側ではなく、する側だったから。祖国を奪われた者にとって、これ以上ない悪だろう。
行くべきではなかった任務は、小さな内乱の鎮圧だった。大きなものはなくとも、郊外で小競合いくらいは発生する。多民族・多宗教ともなれば、当然とも言えるだろうか。
併呑した国には、必ず監視のための間者を潜ませていた。ゆっくりと静かに蝕む病巣のように、自浄作用を無力化し、牙を腐らせ爪を剥ぐ。そうして家畜に変えてしまうのだ。
そうした役目を担った者からの報告があった。西方の僻地にて反乱の気配あり、と。
「ふーん…なるほどね」
命令を聞いた団長の一言が、それだった。つい、と目を細めて更に呟いた一言は、側にいた俺と参謀殿にしか届いていなかっただろう。
「栄枯盛衰は世の常か」
こんな時の団長は、どこかを見ていてこちらをみていないのだ。薄く紗の掛かった瞳が見ているのが何なのか、知っているのは恐らく公私に関わりの深い参謀殿くらいだろう。
「さて、あたしとしては正直気は進まないんだ。行きたくない者は行かなくて良いと思う」
「いつにも増して雑な上に、命令違反を誘うな」
参謀との漫才が始まったようだ。実際のところ、彼女の出自から騎士団長とされている部分があった。団長なんか嫌だと涙目で抗議し、現副団長を推挙して本人に断られた経緯を知るものは多い。だが、彼女の戦闘能力の異常な高さと戦地に於けるカリスマ性が、最前線の死の淵で骨身削る者達に存分な士気を与えていた。
少々猛進しがちな彼女を支え、最大限に活かす事ができる参謀がいてこその側面はあるが。
「最後の夢を見る場所くらい、自分で選びたいじゃない?」
凍り付いた空気をものともせずに笑う顔は、いっそ無邪気でさえあった。
「…」
馬鹿げた事だというのに、何故か参謀は何も言わない。ただ、静かに団長を見つめていた。その目には泡立つような感情もなく、凪いだ湖面のように静かだった。
この暑苦しく血の気の多い騎士の集まる場にはそぐわない、耳の痛くなるような静寂が続く中、団長が再び口を開いた。
「お前たちには2つの選択肢がある。家族の元に戻り、夢の訪れを待つのか。それとも、このまま出陣し、西の僻地であたしと心中するのか」
「念の為確認するが、逃げるという選択肢は?」
「ナシかな。あれはいっそ呪いのようなもんだから、マーキングされてりゃ逃れられない。それに…あたしは一応王族の端っこに座ってるんだし、逃げるわけにもいかないでしょ」
「そうか。なら、私も行くとしよう」
まるで、晩餐にでも同行するような気軽さで決めてしまった。そんな参謀を見る団長の目は、少々複雑だった。
「えぇ…。付いてくるの?」
「随分嫌そうだな?」
穏やかだった目の色が、少々剣呑になったのはご愛嬌だ。
余命宣告の後とは思えないダラッとした空気の中、その場にいた全ての騎士たちは己の装備を検めた後に行軍の列に加わった。
ただ、それはあくまでも『内側から』の話だ。外から見れば答えは真逆になる。何故なら、我が国は侵略される側ではなく、する側だったから。祖国を奪われた者にとって、これ以上ない悪だろう。
行くべきではなかった任務は、小さな内乱の鎮圧だった。大きなものはなくとも、郊外で小競合いくらいは発生する。多民族・多宗教ともなれば、当然とも言えるだろうか。
併呑した国には、必ず監視のための間者を潜ませていた。ゆっくりと静かに蝕む病巣のように、自浄作用を無力化し、牙を腐らせ爪を剥ぐ。そうして家畜に変えてしまうのだ。
そうした役目を担った者からの報告があった。西方の僻地にて反乱の気配あり、と。
「ふーん…なるほどね」
命令を聞いた団長の一言が、それだった。つい、と目を細めて更に呟いた一言は、側にいた俺と参謀殿にしか届いていなかっただろう。
「栄枯盛衰は世の常か」
こんな時の団長は、どこかを見ていてこちらをみていないのだ。薄く紗の掛かった瞳が見ているのが何なのか、知っているのは恐らく公私に関わりの深い参謀殿くらいだろう。
「さて、あたしとしては正直気は進まないんだ。行きたくない者は行かなくて良いと思う」
「いつにも増して雑な上に、命令違反を誘うな」
参謀との漫才が始まったようだ。実際のところ、彼女の出自から騎士団長とされている部分があった。団長なんか嫌だと涙目で抗議し、現副団長を推挙して本人に断られた経緯を知るものは多い。だが、彼女の戦闘能力の異常な高さと戦地に於けるカリスマ性が、最前線の死の淵で骨身削る者達に存分な士気を与えていた。
少々猛進しがちな彼女を支え、最大限に活かす事ができる参謀がいてこその側面はあるが。
「最後の夢を見る場所くらい、自分で選びたいじゃない?」
凍り付いた空気をものともせずに笑う顔は、いっそ無邪気でさえあった。
「…」
馬鹿げた事だというのに、何故か参謀は何も言わない。ただ、静かに団長を見つめていた。その目には泡立つような感情もなく、凪いだ湖面のように静かだった。
この暑苦しく血の気の多い騎士の集まる場にはそぐわない、耳の痛くなるような静寂が続く中、団長が再び口を開いた。
「お前たちには2つの選択肢がある。家族の元に戻り、夢の訪れを待つのか。それとも、このまま出陣し、西の僻地であたしと心中するのか」
「念の為確認するが、逃げるという選択肢は?」
「ナシかな。あれはいっそ呪いのようなもんだから、マーキングされてりゃ逃れられない。それに…あたしは一応王族の端っこに座ってるんだし、逃げるわけにもいかないでしょ」
「そうか。なら、私も行くとしよう」
まるで、晩餐にでも同行するような気軽さで決めてしまった。そんな参謀を見る団長の目は、少々複雑だった。
「えぇ…。付いてくるの?」
「随分嫌そうだな?」
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余命宣告の後とは思えないダラッとした空気の中、その場にいた全ての騎士たちは己の装備を検めた後に行軍の列に加わった。
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