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3章 黒炎の破滅
毒
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我が主は私に命ぜられた。
「壊せ」
と。だから、私はそれを完遂しなければならない。だが同時に彼の方はこうも告げられた。
「人の世の営みを害してはならない」
だから、私は人の世にあるもので毒を練ろうと考えたのだ。その材料も術も全てをこの世のもので見繕った。
人の世は遷ろうものだ。瞬きの間に季節が巡って時は過ぎ行き、人は生まれ死んで逝く。材料として最も適した者が生まれ育つのに、然程の時は必要としなかった。
アレの影響が少し進んでいはするが、誤差程度だろう。些末な問題だった。
ただ、一つ問題があるとするならば、人の命がとても儚い点だ。淡雪のように直ぐに溶け消えてしまう。これでは困る。
仕方なく、私は箱庭を作った。空間を区切り、必要なものを選定して中に放つ。そうして、少しだけ肉体の強度も上げておいた。その上で、数多ある世界の一つの聖典から最上と最悪の名を抜き取り、選び抜いた2つの個体に焼付けて固定した。各々に戯れに与えた玩具の名は好きにさせておこう。
これは私が与えた慈悲。だって、私は…私こそが神なのだから。この場所では、私こそが主神。私こそが創造主。私が私の望むように作り変え、私が生み出した世界。この地にあるものは全て私のもの。私の下僕。私の慈悲無くしては、存在すら許されない儚き幻想。
私は、正しくこの世界の主神。だというのに…何故…。
「こんにちは。女神様?」
女の顔にあるのは、明らかな嘲弄。あの魔物の王の玩具。伴っているのは、贄として用意した筈の者達だ。何故、立っている…?
「随分のんびりだったねぇ…。手加減するの、それなりに面倒なんだよ?」
「ごめんなさい、寝過ぎたみたいね」
彼女らの会話を聞くともなく聞いていたアレッシオは違和感と共に脱力した。先刻思い出したアレコレソレの口調が“逆”なのだ。どうやら、記憶に干渉されていたらしい。必要とあらば、平然と嘘を吐く女なのは知っていたが、よもや仮にも聖女と呼ばれた女までとは…。
「あのー」
空気を壊すとわかっていても、これは訊かずにいられるものか、とアレッシオは挙手をして発言権を求めた。
「何?」
「いやー、俺の記憶…弄られてる気がするなーと…」
「ああ…」
なんでもないことのように『ああ』である。
「あの女神はあんたの目を通して色々見てたからねぇ。あんたの記憶にあるものも、盗み見してたのさ。あたしらの行動を読ませるわけにはいかなかったから、ちょいと弄ったよ。あたしが作ってた薬、ありゃここを破壊するためのもんだったけど、まさか突っ掛かってくるとはね」
村ごと焼く短絡思考で、綻びが生じたのだから、怪我の功名だね。
そう嘯いて見せた女は、聖女というより魔女だった。
曰く、この空間は創られた模造品で、外とは比べ物にならないくらい狭いらしい。そして、なかで暮らす者は引きずり込まれた生者や死者、その模倣品。箱の中で喰い合うようにできているのだと。
「いやいやいや。箱の中で“喰い合う”って…何処かで聞いたことあるぞ!?」
「言っただろう?お前の記憶も見ていると。でなければ、あんな悪趣味で一部にしか伝わっていない外法が、この程度の存在に知られるものか」
「だからこその、あんたの名前だよ」
「そこの軍師様を景気良く殴ってたのは?」
「抑えないと暴走するんだよ」
言われて視線をずらせば、金色のよく似た風貌の男の脇で膝を付く見知った男の体から、黒い焔が揺らめいている。ぬるり、ぬるりと動くそれは、光を食うかの如くそこの見えない闇だった。
「壊せ」
と。だから、私はそれを完遂しなければならない。だが同時に彼の方はこうも告げられた。
「人の世の営みを害してはならない」
だから、私は人の世にあるもので毒を練ろうと考えたのだ。その材料も術も全てをこの世のもので見繕った。
人の世は遷ろうものだ。瞬きの間に季節が巡って時は過ぎ行き、人は生まれ死んで逝く。材料として最も適した者が生まれ育つのに、然程の時は必要としなかった。
アレの影響が少し進んでいはするが、誤差程度だろう。些末な問題だった。
ただ、一つ問題があるとするならば、人の命がとても儚い点だ。淡雪のように直ぐに溶け消えてしまう。これでは困る。
仕方なく、私は箱庭を作った。空間を区切り、必要なものを選定して中に放つ。そうして、少しだけ肉体の強度も上げておいた。その上で、数多ある世界の一つの聖典から最上と最悪の名を抜き取り、選び抜いた2つの個体に焼付けて固定した。各々に戯れに与えた玩具の名は好きにさせておこう。
これは私が与えた慈悲。だって、私は…私こそが神なのだから。この場所では、私こそが主神。私こそが創造主。私が私の望むように作り変え、私が生み出した世界。この地にあるものは全て私のもの。私の下僕。私の慈悲無くしては、存在すら許されない儚き幻想。
私は、正しくこの世界の主神。だというのに…何故…。
「こんにちは。女神様?」
女の顔にあるのは、明らかな嘲弄。あの魔物の王の玩具。伴っているのは、贄として用意した筈の者達だ。何故、立っている…?
「随分のんびりだったねぇ…。手加減するの、それなりに面倒なんだよ?」
「ごめんなさい、寝過ぎたみたいね」
彼女らの会話を聞くともなく聞いていたアレッシオは違和感と共に脱力した。先刻思い出したアレコレソレの口調が“逆”なのだ。どうやら、記憶に干渉されていたらしい。必要とあらば、平然と嘘を吐く女なのは知っていたが、よもや仮にも聖女と呼ばれた女までとは…。
「あのー」
空気を壊すとわかっていても、これは訊かずにいられるものか、とアレッシオは挙手をして発言権を求めた。
「何?」
「いやー、俺の記憶…弄られてる気がするなーと…」
「ああ…」
なんでもないことのように『ああ』である。
「あの女神はあんたの目を通して色々見てたからねぇ。あんたの記憶にあるものも、盗み見してたのさ。あたしらの行動を読ませるわけにはいかなかったから、ちょいと弄ったよ。あたしが作ってた薬、ありゃここを破壊するためのもんだったけど、まさか突っ掛かってくるとはね」
村ごと焼く短絡思考で、綻びが生じたのだから、怪我の功名だね。
そう嘯いて見せた女は、聖女というより魔女だった。
曰く、この空間は創られた模造品で、外とは比べ物にならないくらい狭いらしい。そして、なかで暮らす者は引きずり込まれた生者や死者、その模倣品。箱の中で喰い合うようにできているのだと。
「いやいやいや。箱の中で“喰い合う”って…何処かで聞いたことあるぞ!?」
「言っただろう?お前の記憶も見ていると。でなければ、あんな悪趣味で一部にしか伝わっていない外法が、この程度の存在に知られるものか」
「だからこその、あんたの名前だよ」
「そこの軍師様を景気良く殴ってたのは?」
「抑えないと暴走するんだよ」
言われて視線をずらせば、金色のよく似た風貌の男の脇で膝を付く見知った男の体から、黒い焔が揺らめいている。ぬるり、ぬるりと動くそれは、光を食うかの如くそこの見えない闇だった。
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