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甘辛

甘辛5

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愛実は先ずは自分の教室に来ていた。昨日も探したのだか、やっぱり自分の教室が一番確率が高い。

昇降口の鍵は開いていたし、職員室も電気がついていたのに、どこにも先生はいなかった。自分の教室までも誰にも会わなくて、首を傾げつつも、かえって良かったのかもと思う。
忘れ物をしました、とか言ってキーホルダーを探そうと思っていたから。先生に言い訳とかしなくていいし、もし駄目だとか言われたら隠れて探さなくてはいけなかったから。

クラス全員のロッカー、机の中、荷物を調べて、掃除用具いれまでひとつひとつ丁寧に探した。
先生の机の引き出しも見て、もう一度ゴミ箱を見たけれど、クジラのキーホルダーは見つからない。それはそうだ、昨日の分のゴミはもう捨ててしまった。
あとで女子トイレを見てみようか。他に隠せそうなところってどこだろう?

ない。無い。見つからない。

ーーああ、早くしないと。
気持ちはどんどん焦った。

なんだか身体が怠くて頭がクラクラとする。生ぬるい空気が体に纏わり付くようだった。早く見つけて帰りたい。どんどん気持が悪くなって吐きそうだった。

それに、掃除道具を持った人達が廊下を歩いていくのに遭遇した。
さっきは机の影に隠れてやりすごしたが、もしかしたら順番に教室を回るのかもしれない。バッタリ会ってしまわないように、早めにこの教室を出なくては。

時間がすぎるほど泣けてきた。

ーーーーああ、嫌だ。

もう見つからないのかもしれない。
誰かが持って帰ってしまったの?
なんで見つからないの?
どうしてこんな酷い事をするの?
わたしなにか悪いことしたかな?

悔しい。
悲しい。
涙が滝のように流れる。

ーーーーどうしてドウシテどうしてドウシテ。

ぐるんと目玉が回る感じがした。
空気が紫に見える。不思議だ。何でだろう。
水の中を漂ってるみたいに体はフワフワして、サウナにいるみたいに顔が熱くなって、今、自分がどこにいるのかわからなくなった。ああ、つらいなぁ。どうしてわたしがこんな思いをしなければならないのだろう。

わたしを苛めるあの子も、意地悪しかしない陸斗君も。

ーーーーみんな、居なくなればいい。

そんなことが頭を過った瞬間、どこからかバリバリバリっと大きな音がして、はっと意識を取り戻す。


「あ、あれ?わたし何をぼーっとしてたんだろう」

瞬きを繰り返す。

立ち尽くす自分の周りには、ロッカーの上に飾ってあったみんなの図工の作品が、ぐしゃぐしゃになって落ちていた。

「ーーえ?なに?」

状況が理解出来なかった。

「……これ、わたしがやったの……?」

呆然としていると教室のドアがガラッと開き、はっと入口に目を向けた。

「ーーーーえ、愛実?」

そこに立っていたのは陸斗君だった。




***

陸斗が教室のドアを開けると、後ろに並ぶロッカーの前に愛実まなみが立ち尽くしていた。
誰かがいるなんて思っていなかったから、一瞬、幽霊に見えてゾクッとした。普段と雰囲気が違って見えた。

教室を見回してその状況に戸惑う。

「ーー愛実?」

愛実の足元には、今週、図工の授業で作った作品がバラバラになって落ちていた。
作品だけじゃなくて、ロッカーも机の中の物も、すべてが床に落ちていた。置きっぱなしの習字道具や絵の具は、中身がぶちまけられていてバラバラだ。これじゃあ、どれが誰の物なのかわからない。壁に掲示してあった絵やプリントは、ビリビリに破かれ酷い状態だ。

これ、愛実がやったのか?
ゆらりと顔を上げた愛実は泣いていた。目が虚ろだった。
いつも愛実を苛めている奴らみたいに、変な目をしていた。

「愛実、どうし……」

どうしたんだって聞こうとした。こんなことする奴じゃないのに。
その時、ドガァンとまた大きな音がして、びっくりした俺は慌て教室へと入った。
この音はきっと、さっき光った教室からだ。なんだろう。大きな工事をしているのかな。

「見つからないの……」

愛実は呟いた。
キーホルダーを探しに来たのだと直ぐにわかった。

「……ご、ごめんな!俺も一瞬に探すから……!」

「どうしてなの」

「もうここには無いのかも。他のところ探しに行こうよ」

これだけめちゃくちゃにして出てこないなら、この教室にはないだろう。
話している間にも、ドガァンドガァンと凄い音が響いていた。

「わたしのクジラ見つからないの」

愛実は泣きながらそれだけを繰り返した。ちょっと様子がおかしかった。急いで駆けよって手を握る。

「とりあえずさ、なんか工事してるみたいだから、ちょっと移動しようよ。校庭とか体育倉庫とか…あ、プールの更衣室とかどうかな!まだ探してないだろ?あとさ、俺男子トイレ見てやるよ。絶対見つかるから……」

今までの悪い事を挽回でもするように、焦りながら話した。

大丈夫だよ。
俺は味方だよ。
一緒に探すよ。

ずっと酷い態度をとってきたから、信じてもらえるかわからないけれど、今の気持ちを伝えたくて。
ちゃんと謝りたくて。

本当は、ーーー本当は、俺……

陸斗りくと君のせいだ』

愛実の声がいきなり変わって、俺は繋いでいた手をばっと離した。

「……え?」

その声は、男の人の低い声やボイスチェンジャーで変えたような高い声がいつくも重なっていた。

『陸斗くんが悪いんだ』

「愛実!?」

『わたしのクジラ、返してよおおおおおおお』

悲鳴のような叫び声と共に、教室中のガラスがバリーンと割れて飛び散った。



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