上 下
26 / 31

塩2

しおりを挟む
「やっぱり男の子っていいわねー。いい食べっぷりだわぁ。調兎つきとも来ると思って沢山準備しちゃったの。いーっぱい、食べてね」

お母さんは磨百瑠まもるの食べっぷりを喜んだ。

「そういえば、お兄さん来ないんですか?」

「今朝までは来れるって言ってたんだけど、急なバイトが入っちゃったとか言ってたわ。久しぶりに会いたかったのに」

普段は一人暮らしをしながら大学に通っている。お兄ちゃんの住まいの近くで駆除の仕事が入ると、行って貰ったりしているのだ。

「任せてください。お兄さんのお肉は責任をもって俺が処理をしましょう」

磨百瑠まもるはキラリと目を光らせた。現金なやつである。

「食べ過ぎると明日の朝辛いよ」

「早いんだっけ?」

肉を頬いっぱいに詰め込みながら話す。

「早朝ランニングがあるんだけど、山頂にある分社の鳥居まで走るっていう基礎体力訓練だよ」

「山道だよ。登るんじゃなくて走るの?」

「駆け登るんだよ。わたしは正座より辛い」

兎杜ともりは体力がないからなぁ』

狐仙にがんばれよ、とポフポフと尻尾で励まされた。

「小学校のお掃除の時、ヘロヘロだったもんね」

「力を連続で使ったりするから消耗が激しいだけで、体力は同世代の女子よりはあるの!」

「でも俺よりないよね」

ふんだ。けもの道を駆け登る辛さを、明日とくと味わうがいい。

そんな恨みをこめて、余裕を見せる磨百瑠を睨んだ。



***

次の日。
磨百瑠は楽しみにしていた海水浴の時間を目前に、畳にへばりついたままだった。

「お母さん朝ご飯におにぎり作ってくれたから、それ食べたら海行けるよ。めちゃくちゃ楽しみにしてたじゃん」

お味噌汁と漬物、梅干しのおにぎりと、味噌を塗った焼きおにぎりが用意されている。

「二人ともー朝ごはん食べて少し休憩したら、海まで乗せていってやるからなー」

庭で浮き輪を膨らましてくれているお父さんから呼び掛けられた。

「はーい!ほらほら、起きて!」

「無理~」

磨百瑠まもるはぐったりとしたままで、腕を引っ張るが、びくともしない。

「詐欺だ……何あれしんどすぎる。兎杜ともり俺をだましたでしょ」

「わたしはちゃんと山頂まで駆け登るって言ったよ?」

ーーーただし、"神使達を憑けて"というのは黙っていた。


磨百瑠まもるがね、なるべく早く大きな力を使えるようになりたいから、ハードコース希望だって言ってたよ」

今朝方、こっそりお父さんに告げ口をしておいたのはわたしだ。磨百瑠に見えないように、べっと舌を出す。

やる気を出してくれたのだとお父さんは喜んだ。
ただ走れば良いのではない。わたしは神使を三人憑けて走り、ーーー磨百瑠まもるは七人憑けた。
憑けると、疲れるのだ。
そのまま山を登るというのは、削がれる体力は並大抵のものではない。
わたしは三人でも死にそうだった。
神使達も、昨日の味見の恨みも伴って、代わる代わる磨百瑠まもるに憑いて面白がった。

鯉なんて『ほれ、しっかりせんか!』といびるのを楽しんでいた節がある。撫牛なでうしはわざと体重をかけ途中で押し潰していた。

さすがに七人も憑いていたのは可哀想だったが、饗応役を甘くみていた磨百瑠まもるには、まぁいい薬になっただろう。
七人も憑けて、わたしとほぼ同着だったのは悔しい限りではあったが……。

怠そうな磨百瑠を遊びに誘うのをあきらめ、シャワーを浴び先に朝ごはんを食べおえていたわたしは、水着に着替えることにした。
せっかく今年は友達と海で遊べると思ってたのに。

狐仙こせんもそっちで待っててね」

いそいそと襖を閉めて、新調した水着を取り出す。
ビスチェ型のビキニだ。
お腹がちょっとだけ顔を出すが、肩にはヒラヒラのフリルがついていて、スカートもハイウエストタイプで体型カバーをしてくれる優れものだ。

「うん。可愛い」

一目惚れで即買いしちゃったから、買ってからもう少し色々見て回った方がよかったかなあなんて思ったりしたが、夜子ちゃんも絶賛してくれたし、やっぱりこのタイプにして良かった。

「おかーさーん!見てみて!新しい水着!」

縁側を突っ切り、裸足のまま庭に飛び出す。

くるくる回って見せると「あら~可愛いわぁ」と誉めてくれた。
お母さんもちゃっかり水着に着替えていて、羽織り物の隙間から羨ましいほどの谷間が見えた。

「でしょー?今年はこの形が流行ってるんだって!」

よおし。沢山遊ぶぞぉ。

狐仙こせん~。海いこーっ」

部屋に戻って仕切っていた襖をガラッとあけると、磨百瑠まもるがわたしを見て飛び起きた。

「あ、起きた。海行ってくるから磨百瑠まもるはゆっくりしててね」

「何それ」

「ほ?」

「水着じゃん」

「そりゃ海なんだから」

「毎年それで泳いでたわけ?」

「これはこの間、夜子ちゃんとお買い物に行って手に入れた新しい水着!可愛いでしょー」

んふふ、とスカートの裾をつまんで見せる。

「俺も行く」

磨百瑠は目を据わらせて立ち上がった。

「……無理しなくていいよ?」

「俺も泳ぐの!着替えるからあっち行ってて」

狐仙と共に襖の反対側へ追いやられ、首をかしげた。

「なんで急に怒りだしたの?」

「さあな。あいつにも色々あるんだろうよ」

狐仙は理由をわかってそうなのに教えてくれなかった。



車で5分も走れば海水浴場が見えてきた。
まだ午前中にも関わらず、すでに駐車場は満車に近い。さすが夏休みだ。
神使は、わたしには当たり前のごとく狐仙が憑き、磨百瑠まもるにはたこ、お父さんには亀がへばり憑いてきた。

海が由来の神使達は、海へ来ると力が漲るらしいので、今日は優先的に憑いてきて貰った。
お兄ちゃんのところには現在、狼、蟹、烏、が行っているのだが、蟹は来れなくて残念がっていないかなぁと考えた。
パラソルを張り休憩場所を確保すると、さっそく遊びに行くことになった。
日焼け止めを塗り、浮き輪を腰にはめるとビーチサンダルを脱いだ。

「あっつ、足の裏火傷しそう」

「そうだね、早く海に入ろう」

「あ、兎杜ともり、後でハマゴウを見に行くから」

走り出すとお父さんに呼び止められ、その場で足踏みをした。

「今年もあるかなぁ」

「まぁ、あれは中々無くならないだろうね。休憩時間に見に行こう。長く遊ばずに戻っておいで」

「はあい」

返事をすると、磨百瑠まもると熱い熱いと砂浜を飛び跳ねながら走った。
やっと波打ち際にたどり着くと、思い切りばしゃんと足を入れる。

「うひゃー気持ちいい!」

「あー海、最高ー」

二人して手を繋いで、そろりそろりと深いところまで歩いて行った。お腹を浸けるとひやっとして身震いをする。波を楽しみながら、はぐれないようにお互いの浮き輪を掴んだ。

「ハマゴウってなに?」

「砂浜に咲いてる花の名前だよ。ほら、あの青紫の」

わたしは砂浜の丘の上の方に密集して咲いている花を指差した。

「ああ、あれハマゴウって名前なの」

「うん。正確には低木らしいけどね。いい匂いがするんだ。あとでき磨百瑠《まもる》も一緒に見に行こう」

「なんかあるの?」

「ハマゴウを媒介して負の人外が現れるんだよね」

「え、植物を媒介にしてるの?」

「うん。珍しいかも。呼び寄せる不幸はそんなに強いものじゃないから、大した力を持たずに生まれて来ちゃうんだけどね。いくら弱くても放置は出来ないから、毎年恒例って感じで」

「毎年現れるんだ。なんか原因があるの?」

「ーーーうん。あのね……」




しおりを挟む

処理中です...