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塩
塩6
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***
「これで見えると思うんだけど」
磨百瑠という男の子に数秒塞がれてから目を開けると、目の前には見たことも無いほど大きいタコが、男の子の頭にくっついていた。
「タコーーーっっ?!?!」
思わず叫び、尻餅をつく。
「な、何それぇ。でっかいし、青いタコって……」
蛸はうにょうにょと手足を動かした。
色も変わってるし、大きすぎるせいで大量にある吸盤がよく見えて、申し訳ないが気持ちが悪い。
「神使様ですよ。わたしたちを守って下さってます」
兎杜と呼ばれる女の子が言った。
わたしが酷い態度を取りすぎているせいか、控えめに話しかけてくる。振り向くと、彼女の肩に乗る白い狐がわたしを睨んでいた。まるで守り神のようだ。
「狐……」
ーーー本当に、いたんだ。
高貴な感じがして、ごくりと息を飲む。わたしの情けない行いをずっと見られていたのかと想うと、急に恥ずかしくなった。
「この子は狐仙っていいます」
兎杜は狐の頭を撫でると頬擦りした。
「……あなたも、なんかちょっと光ってる気がするんだけど」
「あ、力を使っているから。結界を張っているんです。このへんは淀みが酷いから、浴びるとまたカレンさんが具合悪くなってしまうと思うので」
それで、近くにいたというの?
わたしはずっと嫌な態度しかとっていないのに。知らずうちに守って貰っていたのかと思うと気まずい気持ちになった。
わたしばかり空回っていてバカみたいだ。
「……結界って、大変なの?」
「ずっとは大変ですけど、これも修行ですから」
息を切らし汗をだらだらと流しながらにこっと笑った。
ちょっとフラついているくせに、何を強がっているのか。
磨百瑠はさりげなく腕を支えてやっていて、それが当て付けみたいに感じた。
いい子なのはわかる。でも凄く腹が立った。八つ当たりだという自覚はあった。
自分ばかりが、心が汚い気がして嫌だった。
なんでこんなにも苛々として、なんでこの子にばかり当たってしまうのかがわからない。
自制が聞かない。
「カレンさん。もう少しあちらの方も探して……」
ーーードン!
苛々を抑えきれなくなって、話し掛けてくれているところを、思い切り突き飛ばした。
兎杜が倒れると同時に、狐と蛸と周囲の輝きが、パズルが崩れるようにザァっと見えなくなる。
ーーーーーーえ?消えた?
「あ、やべ、結界消えた」
磨百瑠が周囲を見回す。
途端に強い香りがぶあっと広がり、重たい空気が身体を叩きつけるように押し寄せてきた。
***
ーーーしまった!
兎杜が尻餅をついたときには結界が壊れていた。
うっかり力を抜いてしまった。噎せかえる花の香り。邪気が交じり、一息吸っただけで喉が痛んだ。
花吹雪が飛んで来る。視界が青紫に染められた。
『急げ!』
狐仙に急かされ、慌てて新しい御札を取り出だした。
ぐわーっと1本のつるが空に向かって伸び、軽々とわたし達の身長を越えた。
餌となる不幸の素を見つけた人外が、具現化してしまったようだ。結界で上手く隠していたのだが、神使の気配にも気がついたようで、花弁と共に鋭くなった葉が、手裏剣のように飛んで襲ってきた。
「"結"、障壁!」
出来上がった結界に、花弁と葉は次々ぶつかり落ちた。
「え、やだ、何?何が起こってるのっ?」
ゴウゴウと鳴る風と、目の前に叩きつける花にカレンさんが耳をふさいで蹲った。硬く伸びたつるが、結界を割ろうとしているのか、何度も叩きつけられる。
「兎杜!」
遠くからお父さんの声が聞こえた。お母さんと走ってくるのが見える。お父さんは両手にはかき氷を持っていた。
「はぁ?」
ーーーなんで?!
どうも近くに居ないと思ったら買い物に行っていたのか。
『磨百瑠お前も働け!結界の維持くらいしろ』
「出来たり出来なかったりするけど」
『つべこべ言わずにやれ!』
「もー失敗してもしらないよ。ダメージ与えればいいんでしょ」
「まっ磨百瑠っ結界っ……」
早く助けてほしい。
お父さんもかき氷は捨ててもっと速く走ってほしい。
「やだ。俺って守備より攻撃型だと思うんだよね」
「はい?」
『ああ?!』
狐仙と叫ぶ。何を言ってるんだ?
「えっと…これだ」
磨百瑠は御札を選ぶとペットボトルの中身を撒きながら一緒に投げた。
「"破"、滔滔!」
磨百瑠が唱えると、地面に落ちようとしていた水が四方にはぜ、襲ってきていた蔓をバラバラに刻んだ。勢いのついた水は本体にも当たり、人外はグネグネと幹を動かし後ろに倒れた。
「お、やった倒した。ほらチャンス。狐仙と蛸、早く掴まえて」
『あ?ああ…』
いえーいと喜ぶ磨百瑠に、蛸が巨大化し、浄化の炎を上げ人外を拘束した。
狐仙は磨百瑠の飯は喰わん、呟く。
「海で巨大蛸って絶景じゃない?これみんなに見えないの残念だよね」
「下らないこと行ってないで早く施しをして。美味しくね!しっかり発音して唱えてよ」
「はいはい」
磨百瑠は新しい御札を出すと子供向けアニメの魔法使いのように唱えた。
「"藜の羹、大饗と成れーっ"」
ちちんぷいぷい。痛いの痛いの飛んで行け~みたいだ。
ふざけた唱えかただったが、施しが出来たのを確認すると、蛸は迷いながらもパクッとひと飲みにした。
人外は消え失せ、宙を舞っていた葉と花弁が力を失って落ちる。その中で、きらりと光るものがストンと落ちた。
周囲が落ち着くと、なんだなんだとまた人が集まって来ていた。
「あ、すみません撮影中です。離れてくださーい」
お父さんが手を広げて人の波をせき止めた。
「え、撮影なの?カメラは?」
かき氷を持っていてなんの説得力もない。
見たことあるおばさんが、「さっきあの人お医者さんだった気が…」と首を傾げていた。
わたしは知らんぷりをしてハマゴウの中に手を突っ込む。
「確かこの辺に……」
指先に感じた硬いものに、はっと閃きを感じて掴んで持ち上げた。それは日光を浴びて反射する。
「ーーーあ、指輪……!」
カレンさんが叫んだ。
「おー見つかったかー良かったねぇ」
集まっていた野次馬を散らしたお父さんとお母さんが近寄ってきた。
「お疲れ様!大変だったわね。かき氷どうぞー」
溶けて三分の一ほどになったかき氷を渡される。食べ物というより飲み物になっていた。
「何これ。なんでかき氷なんか買いにいってるの」
「いやー兎杜が汗だくで頑張ってたから、労いのつもりで買いに言ったんだけど、タイミング悪かったみたいだねぇ。あははは」
あははじゃない。おかげで暑さと力の使いすぎでヘロヘロじゃないか。わたしばかり貧乏くじを引いたような気がした。
***
「どうぞ」
兎杜が、手のひらに指輪を乗せてくれた。
「……ありがとう。勢いで捨てちゃったから、本当は早まったかもって後悔してたの…」
古い指輪は、傷だらけで塗装は剥げ汚ならしかった。
でも初めてのプレゼントで、夏生が一生懸命選んでくれたデザイン。
大切な宝物だった。指輪を眺めていたら、会えなくなってから恨み言しか呟いていなかったことに気がつく。
ああ、まだ好きだな。大好きだな。
夏生の気持ちが冷めてしまったとしても、わたしは無理に嫌いになる必要なんて無いんじゃないかな。
「指輪も、ずっと大事にしてくれてたカレンさんが好きだから喜んでますよ」
「指輪の声も聞こえるの?」
「あ、いいえ声は聞こえません。ただ、発している熱量みたいのを感じます。カレンさんの手に乗せたらそれが大きくなりました。だから、喜んでいるのかなって」
良かったですねと笑う兎杜は、頬と腕、それに足にも小さな切り傷が沢山出来ていて、所々血がでていた。
さっきの花弁と葉にやられたのだろう。
「バカみたい」
「え?」
兎杜は、ば…ばか?と慌て出す。指輪の話をバカにされたと、勘違いしたかもしれない。
「わたし凄い意地悪だったのに、怪我までして守ってくれちゃってさ」
「すみません」
「なんで謝るのよ!」
「……怒らせてしまっている理由がわからなくて」
兎杜は小さくなった。
「だから、八つ当たりだって言ったでしょ!人が失恋旅行で打ちひしがられてんのに、彼氏とイチャイチャイチャイチャしちゃってさ!」
「い、イチャ……?」
「何よ。そうでしょ?その神様のお仕事の間だってベタベタしてさ。見せつけてるとしか思えなかったのよ……!」
大人げないのが恥ずかしくて、早口で捲し立てた。
「これで見えると思うんだけど」
磨百瑠という男の子に数秒塞がれてから目を開けると、目の前には見たことも無いほど大きいタコが、男の子の頭にくっついていた。
「タコーーーっっ?!?!」
思わず叫び、尻餅をつく。
「な、何それぇ。でっかいし、青いタコって……」
蛸はうにょうにょと手足を動かした。
色も変わってるし、大きすぎるせいで大量にある吸盤がよく見えて、申し訳ないが気持ちが悪い。
「神使様ですよ。わたしたちを守って下さってます」
兎杜と呼ばれる女の子が言った。
わたしが酷い態度を取りすぎているせいか、控えめに話しかけてくる。振り向くと、彼女の肩に乗る白い狐がわたしを睨んでいた。まるで守り神のようだ。
「狐……」
ーーー本当に、いたんだ。
高貴な感じがして、ごくりと息を飲む。わたしの情けない行いをずっと見られていたのかと想うと、急に恥ずかしくなった。
「この子は狐仙っていいます」
兎杜は狐の頭を撫でると頬擦りした。
「……あなたも、なんかちょっと光ってる気がするんだけど」
「あ、力を使っているから。結界を張っているんです。このへんは淀みが酷いから、浴びるとまたカレンさんが具合悪くなってしまうと思うので」
それで、近くにいたというの?
わたしはずっと嫌な態度しかとっていないのに。知らずうちに守って貰っていたのかと思うと気まずい気持ちになった。
わたしばかり空回っていてバカみたいだ。
「……結界って、大変なの?」
「ずっとは大変ですけど、これも修行ですから」
息を切らし汗をだらだらと流しながらにこっと笑った。
ちょっとフラついているくせに、何を強がっているのか。
磨百瑠はさりげなく腕を支えてやっていて、それが当て付けみたいに感じた。
いい子なのはわかる。でも凄く腹が立った。八つ当たりだという自覚はあった。
自分ばかりが、心が汚い気がして嫌だった。
なんでこんなにも苛々として、なんでこの子にばかり当たってしまうのかがわからない。
自制が聞かない。
「カレンさん。もう少しあちらの方も探して……」
ーーードン!
苛々を抑えきれなくなって、話し掛けてくれているところを、思い切り突き飛ばした。
兎杜が倒れると同時に、狐と蛸と周囲の輝きが、パズルが崩れるようにザァっと見えなくなる。
ーーーーーーえ?消えた?
「あ、やべ、結界消えた」
磨百瑠が周囲を見回す。
途端に強い香りがぶあっと広がり、重たい空気が身体を叩きつけるように押し寄せてきた。
***
ーーーしまった!
兎杜が尻餅をついたときには結界が壊れていた。
うっかり力を抜いてしまった。噎せかえる花の香り。邪気が交じり、一息吸っただけで喉が痛んだ。
花吹雪が飛んで来る。視界が青紫に染められた。
『急げ!』
狐仙に急かされ、慌てて新しい御札を取り出だした。
ぐわーっと1本のつるが空に向かって伸び、軽々とわたし達の身長を越えた。
餌となる不幸の素を見つけた人外が、具現化してしまったようだ。結界で上手く隠していたのだが、神使の気配にも気がついたようで、花弁と共に鋭くなった葉が、手裏剣のように飛んで襲ってきた。
「"結"、障壁!」
出来上がった結界に、花弁と葉は次々ぶつかり落ちた。
「え、やだ、何?何が起こってるのっ?」
ゴウゴウと鳴る風と、目の前に叩きつける花にカレンさんが耳をふさいで蹲った。硬く伸びたつるが、結界を割ろうとしているのか、何度も叩きつけられる。
「兎杜!」
遠くからお父さんの声が聞こえた。お母さんと走ってくるのが見える。お父さんは両手にはかき氷を持っていた。
「はぁ?」
ーーーなんで?!
どうも近くに居ないと思ったら買い物に行っていたのか。
『磨百瑠お前も働け!結界の維持くらいしろ』
「出来たり出来なかったりするけど」
『つべこべ言わずにやれ!』
「もー失敗してもしらないよ。ダメージ与えればいいんでしょ」
「まっ磨百瑠っ結界っ……」
早く助けてほしい。
お父さんもかき氷は捨ててもっと速く走ってほしい。
「やだ。俺って守備より攻撃型だと思うんだよね」
「はい?」
『ああ?!』
狐仙と叫ぶ。何を言ってるんだ?
「えっと…これだ」
磨百瑠は御札を選ぶとペットボトルの中身を撒きながら一緒に投げた。
「"破"、滔滔!」
磨百瑠が唱えると、地面に落ちようとしていた水が四方にはぜ、襲ってきていた蔓をバラバラに刻んだ。勢いのついた水は本体にも当たり、人外はグネグネと幹を動かし後ろに倒れた。
「お、やった倒した。ほらチャンス。狐仙と蛸、早く掴まえて」
『あ?ああ…』
いえーいと喜ぶ磨百瑠に、蛸が巨大化し、浄化の炎を上げ人外を拘束した。
狐仙は磨百瑠の飯は喰わん、呟く。
「海で巨大蛸って絶景じゃない?これみんなに見えないの残念だよね」
「下らないこと行ってないで早く施しをして。美味しくね!しっかり発音して唱えてよ」
「はいはい」
磨百瑠は新しい御札を出すと子供向けアニメの魔法使いのように唱えた。
「"藜の羹、大饗と成れーっ"」
ちちんぷいぷい。痛いの痛いの飛んで行け~みたいだ。
ふざけた唱えかただったが、施しが出来たのを確認すると、蛸は迷いながらもパクッとひと飲みにした。
人外は消え失せ、宙を舞っていた葉と花弁が力を失って落ちる。その中で、きらりと光るものがストンと落ちた。
周囲が落ち着くと、なんだなんだとまた人が集まって来ていた。
「あ、すみません撮影中です。離れてくださーい」
お父さんが手を広げて人の波をせき止めた。
「え、撮影なの?カメラは?」
かき氷を持っていてなんの説得力もない。
見たことあるおばさんが、「さっきあの人お医者さんだった気が…」と首を傾げていた。
わたしは知らんぷりをしてハマゴウの中に手を突っ込む。
「確かこの辺に……」
指先に感じた硬いものに、はっと閃きを感じて掴んで持ち上げた。それは日光を浴びて反射する。
「ーーーあ、指輪……!」
カレンさんが叫んだ。
「おー見つかったかー良かったねぇ」
集まっていた野次馬を散らしたお父さんとお母さんが近寄ってきた。
「お疲れ様!大変だったわね。かき氷どうぞー」
溶けて三分の一ほどになったかき氷を渡される。食べ物というより飲み物になっていた。
「何これ。なんでかき氷なんか買いにいってるの」
「いやー兎杜が汗だくで頑張ってたから、労いのつもりで買いに言ったんだけど、タイミング悪かったみたいだねぇ。あははは」
あははじゃない。おかげで暑さと力の使いすぎでヘロヘロじゃないか。わたしばかり貧乏くじを引いたような気がした。
***
「どうぞ」
兎杜が、手のひらに指輪を乗せてくれた。
「……ありがとう。勢いで捨てちゃったから、本当は早まったかもって後悔してたの…」
古い指輪は、傷だらけで塗装は剥げ汚ならしかった。
でも初めてのプレゼントで、夏生が一生懸命選んでくれたデザイン。
大切な宝物だった。指輪を眺めていたら、会えなくなってから恨み言しか呟いていなかったことに気がつく。
ああ、まだ好きだな。大好きだな。
夏生の気持ちが冷めてしまったとしても、わたしは無理に嫌いになる必要なんて無いんじゃないかな。
「指輪も、ずっと大事にしてくれてたカレンさんが好きだから喜んでますよ」
「指輪の声も聞こえるの?」
「あ、いいえ声は聞こえません。ただ、発している熱量みたいのを感じます。カレンさんの手に乗せたらそれが大きくなりました。だから、喜んでいるのかなって」
良かったですねと笑う兎杜は、頬と腕、それに足にも小さな切り傷が沢山出来ていて、所々血がでていた。
さっきの花弁と葉にやられたのだろう。
「バカみたい」
「え?」
兎杜は、ば…ばか?と慌て出す。指輪の話をバカにされたと、勘違いしたかもしれない。
「わたし凄い意地悪だったのに、怪我までして守ってくれちゃってさ」
「すみません」
「なんで謝るのよ!」
「……怒らせてしまっている理由がわからなくて」
兎杜は小さくなった。
「だから、八つ当たりだって言ったでしょ!人が失恋旅行で打ちひしがられてんのに、彼氏とイチャイチャイチャイチャしちゃってさ!」
「い、イチャ……?」
「何よ。そうでしょ?その神様のお仕事の間だってベタベタしてさ。見せつけてるとしか思えなかったのよ……!」
大人げないのが恥ずかしくて、早口で捲し立てた。
応援ありがとうございます!
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