Xloss/Dimension─クロス/ディメンション─

七瀬 恵凛

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第一章 赤毛の軍師

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  次の日の昼までロクサスは眠っていた。
  彼が目を開けたのは、太陽が空の一番高い場所にあって、懐中時計を見れば短針は十二を過ぎている時間だった。何とか重たい身体を起こす。
「起きたか」
横のベッドにはラシャドが腰掛けて剣の手入れをしていた。ラシャドは自分の剣だけでなくロクサスの剣の手入れまでしてくれているようだ。
  まだ寝ぼけ眼でラシャドをぼんやり見ていると、急にお腹が空いてきた。朝ごはん抜いたもんなぁ、なんて考えていると、ラシャドはそれに気づいたのか、剣の手入れをやめて、ビスケットとチーズをくれた。ビスケットは普段持ち歩いているもので、チーズは今朝の宿屋の朝食に出たものらしい。
「それ軽く食ったらちゃんとしたもの食いに行くか」
ロクサスは頷いて、受け取ったビスケットとチーズを口に運んだ。
  それからラシャドは、ササンとアレクは先に情報を集めに行っていることを教えてくれた。
「そうか、なら俺達も情報を集めたいところだな」
「ああ。飯食ったら、とりあえず塔を見に行ってみよう。なにか分かるかもしれん」
  相談しながら二人は宿屋を出ると、とりあえず昼食にありつける場所を探した。
  昨日の夜の喧騒が嘘のように、街は静かで穏やかだった。
  暖かな日差しの下を歩く人々には、程度は違えど赤系の色の髪が多い。朱色や桃色に近い色の人もいる。
「この世界のこの国では赤色の髪が普通なんだな」
ロクサスは街を観察しながら呟いた。
「ああ。俺たちの世界では赤髪は珍しいからな。少し不思議だ」
宿屋から少し歩いた所にある食堂に入ると、早速ロクサスは暖かいスープとパンを頼んだ。ラシャドはこの国の麺類らしき物を頼んだ。お昼時で活気のある食堂だが、直ぐに注文の物が届いた。ロクサスは白い牛乳ベースのスープを熱いうちに口に運ぶ。温かさが空腹に染みる。
  ラシャドも珍しい麺類を食べ始める。随分太めの麺が面白い。
  昨日の酒場同様、ここでもやはり神子の話がところどころから聞こえてきた。
  ロクサス達の隣の席から、親子らしき人の会話が聞こえる。
「明日が楽しみだなぁ、俺は神子様なんて初めてお目にかかるよ」
「お前の小さい頃は前の神子様が行方不明になってたからな。今度の神子様はちゃんと務めを果たしてくれるといいんだが……」
「そうだなあ」
  この世界では神子というのは、文字通り神のように扱われているように聞こえる。しかし、その務めというのが昨日聞いた“血を抜き続ける事”であるならば、それはとてもつらい立場ではないだろうかとロクサスは思った。
  早々に食事を終えると、心配になって神子の居るという塔を目指すことにした。
  塔は街の中央に位置しているようだ。
  塔の前に来ると、見慣れた二人組の姿があった。
「や、ロクサス君。元気になったかい?」
にこやかに話しかけてきたのはササンだ。相変わらず片手をひらひらさせての軽い挨拶をしてくる。
「殿下達もこちらに来たのですね」
一方でしっかりとした口調は年下のアレクだ。
  どうやらこの二人もこの塔がどういう物か気になって見に来たらしい。
「ああ。恐らくリアムはここに居るだろうし……せめて少し会うくらい出来ないかなって」
ロクサスは少し考える。リアムに会いたいと言って
、万が一レジーが出てきたら顔を知られている自分ではきっと通して貰えないだろう。
そこでこんな提案をした。
「ラシャドとアレクで、なんとか顔を見せて貰えないか頼んでくれないか?」
「えっ、俺たちですか?」
驚いたのはアレクだ。ラシャドも驚いた顔になっていた。そして少し口角を上げる。
「……少し考える力が戻ったみたいだな、昨日は殆どなにも考えられなかったのが嘘みたいだ」
「そうだな、やっぱり休まないと駄目だったみたいだ。みんな、ありがとう。俺とササンは物陰に隠れて見てるから、ちょっと二人で塔の警備員に聞いてきてみてくれ」
「分かりました。行きましょう、ラシャド殿」
ラシャドはアレクの言葉に頷き、二人は一般の旅人として警備員に近寄っていく。
ロクサスとササンは近くの花壇に身を潜めて見守っていることにした。
「なあ、なんで俺は待機なんだい?」
ササンが疑問と不満をロクサスに漏らす。
「だって、お前軽すぎてなんか不安なんだよ」
「ひでぇ」
にべも無く断られたササンである。


塔の警備員らしき人物が、扉の前に二人並んでいる。アレクはその片方に話しかけた。
  「あの、すみません、この塔の警備員の方ですよね」
「そうだが」
警備員は突然アレクに話しかけられても全く動じなかった。
「俺、神子様に会ってみたいんですけど駄目ですか?」
ここでラシャドが付け足す。
「俺達、旅をしているんですけど今日にはここを発たなきゃならなくなりまして、できたら相棒のこの子にも神子様を見せてやりたいのですが……」
警備員は顰め面で首を横に振った。
「駄目だ。ここは基本的に関係者以外立ち入り禁止だ。レジー様の許可のない者は通せない」
「では、神子様に降りてきて頂くことは……?」
アレクが食い下がる。しかし、またもや警備員は首を横に振った。
「神子様はお勤めの最中でもある。まして明日は式典がある。とても無理だ」
「そうですか……」
しゅんと肩を落とす仕草をしてみせるアレクにも、警備員は厳しかった。
「次の機会を待つといい。タイミングさえ良ければ年に一度は神子様の姿を拝めるのだ」
「はい……」
「分かりました、ありがとうございました。行こうか、アレク」
ラシャドがそれで話を締めくくり、アレクを促す。少し歩いてからロクサス達の隠れる花壇に向かった。
一連の会話を、聞こえないにしろ遠くから見ていたロクサスはやっぱり駄目だったか、と肩を落とした。
「すみません、お力になれず……」
アレクも釣られて肩を落とす。さっきの演技とは違い、本当に申し訳なさそうにしている。
「なんでお前が謝るんだよ。俺の代わりに行ってくれてありがとな」
ロクサスがアレクを励ます。
「うーん、そうなると、やっぱり明日の式典まで待った方が良いかもねぇ」
ササンが言う。ラシャドも頷いた。
「そうだな。式典の様子次第ではレジーと話し合うか、強行突破になりそうだ」
それはつまり、ここに居るのがリアムだと確信が持てて、更にリアムの様子を見てから判断ということになる。ロクサスは塔を見上げた。
「……強行突破になる可能性もあるんだな」
「ああ」
「ラシャド、少しだけ、前のように木剣で稽古をしてくれないか?万が一に備えたい」
「……いい心がけだ。場所を移そう」
  再びササンとアレクと別れ、彼らには引き続き情報収集を頼んだ。ササンとアレクが街の人混みに消えていくと、ロクサスとラシャドは一度、木剣を取りに宿屋へ戻った。
  宿から少し歩いた所に空き地がある。そこは人通りもなく、誰も周りに居ない。丁度いいということでそこで稽古をすることになった。
ロクサスが腕を回しながら言う。
「前回よりは腕は上がったと思うぜ」
「まあ、あれだけ魔物と戦ったんだ。強くなってなければ困る」
  二人はそれぞれ木剣を持ち、構えた。
「行くぞ!」
先に打って出たのはやはりロクサスだった。以前よりも速さが上がったな、とラシャドが感心しながら、しかしそれ以上の速さでロクサスの攻撃を躱す。
「速くなったな。だが、お前の剣の強みはそこじゃないとも教えたはずだ」
躱した体を直ぐに捻りラシャドはロクサスに剣撃を入れる。これをロクサスは木剣で受け止めた。
「分かってる!」
そしてラシャドの剣撃が止んだ隙に、思いっきり剣を振りかぶって相手の腰を狙った。
「おっと!」
これにもラシャドは素早く反応し、飛び退いて躱す。
「今のはなかなか良い動きだが、隙が大きすぎる。相手に警告してやってるもんだ」
「そうだな」
「……今日はここまでだ」
「えっ!?」
突然のラシャドの打ち切りの言葉にロクサスは驚いた。
「なんでだよ、まだほんの少ししかやってないのに!」
「今日はお前の成長を見るだけだ。今ので十分分かった。本番は明日になるかもしれん。今日は体力温存だ」
「確かにそうか」
ラシャドは空き地の脇に置いておいた荷物を持ち上げて、ロクサスを促した。
「ほら、俺達ももう少し情報収集、するんだろ」
「!  ああ!  今行く!」



  ササンが歩く横で、アレクは何となく不思議な顔をしていた。
「どうしたの?」
ササンは何となく気になって聞いてみる。
「あ、いえ……この世界の、少なくともこの地域の人達は神子の力に頼りきってるんだなって。本来なら病気は薬や魔法で治せるのに不思議だなって思ったんです」
「んー、確かに」
魔法や薬は確かに万能では無いにしろ、ある程度の病ならそれで良くなるはずなのだ。先日の聞き込みでは普通の風邪ですら神子の血に頼ってきたとも聞いた。
「……ちょっと異常かもね」
珍しくササンも考える形になる。
「どうしてそうなったのか、誰か知ってる人居ないでしょうか」
「それなら図書館に行くのはどう?本に何か書いてあるかも」
「なるほど!  そうしましょう!」
そうして二人は図書館で調べ物をすることになった。



  夜になって、四人はロクサスの部屋に集まっていた。情報交換をするためだ。
「駄目だ、俺たちの方は進展無しだった。昨日と同じでみんな神子の儀式の話しかしない」
ラシャドが報告する。ロクサスも少しがっかりしていた。ササンが相槌をうつ。
「やっぱり儀式は注目の的なんだね」
「ちょっとリアム殿と関係あるか分かりませんが、俺たちはこの世界の成り立ちを調べていました」
「ほう?」
「何か分かったのか?」
「はい、この世界の“神子”と呼ばれる存在は、文字通りこの世界の神の血を引いた者でした」
「どういう事だ?」
ロクサスが聞き返す。
「ここから少し長い話になります。
  大昔、この地には鳥神様がいらしたそうです。鳥神様は生命を司り、昔の人々の病を全て治していたそうです。しかし、鳥神様の力は年々衰え、鳥神様は眠りにつかなくてはならなくなりました。しかし、そうなるとこの世界が心配だと、鳥神様は人間の一人に自分の血を分け与えたそうです。それが神子の始まりだったと……」
「何世代も前の話らしいけどね、昔からこの世界の人達は鳥神様と神子に頼りっきりで、ろくに薬の開発も治癒魔法も習得してこなかったみたい」
「なるほどな……」
人間は楽な方を覚えてしまうとそれに流されてしまう。そういう事のようだ。
「でも、それだとリアムが帰りたがっても返してくれなさそうだな……」
「そうだね……」
部屋が一瞬、沈黙に包まれた。
「でも、そんなのおかしくないか?」
沈黙を破ったのはロクサスだった。
「このままだと神子は永遠に好きな所に行けないじゃないか。まるで人質だ」
「それは、言えてますね」
「だねぇ」
ロクサスは立ち上がる。
「とにかく明日はリアムだということを確かめるけど……もしリアムじゃなかったとしても、この世界の仕組みは何とかして変えなきゃならない」
「うん」
「はい」
ササンとアレクは同意したが、ラシャドはちょっと複雑な顔で質問した。
「気持ちは分かるが……リアムじゃなかった場合、リアムとこの世界、どっちを優先するんだ?」
「あっ、それは、えーと」
これには大きなため息の出たラシャドだった。
「やっぱりか。お人好しはいいけど、元の目的を見失うなよ」
「ああ……」
「まぁ、お前の勘もあるんだ。十中八九リアムだろう。リアムに会うチャンスがあれば、リアムがどうしたいかだけは聞くんだぞ」
「分かった」
「それと……神子がリアムだと仮定して、俺たちはその神子に代わる案を出さなければならないだろう」
ラシャドが考えながら慎重に言う。
「代わる案って?」
ロクサスが尋ねる。
「このままだとこの世界は鳥神や神子に頼りっぱなしになる。だけどそれではおかしいと、お前は言ったな?  ならば、鳥神にも頼らず、神子にもなるべく頼らない世界を目指したほうがいいと思う」
「そうですね」
アレクも同意していた。
すると王子は手を叩いた。
「それならいい方法がある!  俺の友達の国が薬学と治療魔法に凄く特化してるんだ!  そこの王様とこの国の偉い人を会わせたらどうだろう?」
ラシャドが頷いた。
「なるほど、それでその国の知識や経験をこの国に提供してもらうんだな?」
「ああ、勿論無償でって訳にはいかないだろうけど、この国特有の強みを見つければ何とかなるかもしれない!」
「そうだね、異世界同士の交流は今となっては不可欠だし、いい案だと俺も思うよ」
ササンも同意してくれた。

この日はこれでお開きになり、あとは翌日の儀式を待つだけになった。
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