天国列車の窓から

相内亮

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入試

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第1章 入試
その日私は絶望していた。今までの模試でずっとA判定であった第一希望の天翔高校の入学試験をサボった。特に体調が悪いとか、そう言ったことは何もない。ただ、何か行きたくない気がしたのである。
 正直その学校に本当に行きたいのかというのは微妙なところだった。今も昔も特にやりたいことの無い私は、取り敢えず偏差値の高い高校に行けばいいという周りの声に流され、中1から塾に入った。幸い家庭は金持ちで、良い環境で勉強でき、帰宅部で時間が豊富にあったこともあって、成績は全国でも上位をキープし続けた。しかし、勉強が楽しいと思ったことは一度もない。
 中3の春、塾の先生から県で1番偏差値が高い天翔高校を受けてみないかと言われた。その学校は管理型な校風で、あまり魅力的には思えなかったが、大学受験の実績が大変いいと親や塾から激しく勧められ、そこに行くことにした。まぁ、悪い高校ではなさそうだったから。
 天翔高校を受験すると決まった時から、必然的に勉強量は格段に増えた。ゲームをしたら受からなくなるとスマホをガラケーに変更され、友達と遊ぶ時間を極限まで減らし、休日にはいつも8時から22時まで塾にいるという生活は大変だったが、模試の結果でA判という文字を見ると大分楽になった。最後の模試こそB判だったが、ずっとA判だったのだ。まぁ、行けば受かってたであろう。
 行ってらっしゃいと言った時の期待に満ち溢れた母の表情を思い出す。あぁ、家に帰りたくない。。。
 突如自責の念が降り掛かる。なぜ俺は今日受験に行かなかったのだろう。行けば必ず受かっていたのに。なぜ今日家を出て天翔高校の最寄り駅である海東駅についてから、入試会場でなく反対方向の海に向かったのか。よく1人で半日以上も暇を潰せたものだ。もう太陽はすっかり海に沈んで見えなくなっている。ガラケーを開くと母親からの不在着信が5件ほど表示されていた。思わず電源を消した。
 家に帰って今日のことを告げたら母親はなんと言うだろう。怒り狂うだろうか。泣き叫ぶだろうか。それとも罵るだろうか。でも俺はそもそもその学校があまり好きではなかったのだ。行きたくない高校を受けないとダメなのか?俺は何も悪いことはしていない。そう自分に言い聞かせたが、罪悪感が消えることはなかった。
雨がポツポツと降ってきた。取り敢えず帰らなければ。重い足取りで海東駅に向かった。夜の海東駅周辺は本当に静かで暗く、少し怖かった。
 駅に着いたら丁度家方向の電車が来たので乗ろうとした。だが、乗る寸前でけたたましい音で発車ベルが鳴ったので思わずビックリして乗るのをやめてしまった。時計を見ると、もう20時を回っている。次の電車は1時間後だ。もうどうにでもなれと自分はベンチに座り、目を閉じた。
 ふと目が覚めると、見たことの無い電車がこの駅に停まっていた。特別急行かもめ。目的地は天国駅と書いてある。天国駅ってどこだ?なんだこの電車は?と思っているうちに、ふと何処か遠くに行って消えてしまおうという考えが浮かんだ。もちろんそんなことをしたことは今まで一度もない。「危ない、よした方がいい」と自分の中の誰かが言う。だが、帰りたくはない。葛藤した。すると発車ベルがけたたましく鳴った。考える時間はもう無い。私は震える足で電車に飛び乗った。直ぐに扉が閉まった。。。
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