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遥香ちゃんになじられて
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*遼介*
いくら軽傷でも、昨夜は有紀に対してあまりに冷たかったかも知れない。
身体の傷は浅くても、精神的にはかなりのダメージを受けているのだから。
だけど俺には、あと数日後に迫っていた結婚披露宴を台無しにされた婚約者の方が、ずっと哀れに思えた。
有紀は絶対に谷さんの車になど乗ってはいけなかったのだ。靴擦れなどなんの言い訳にもならない。
それほど痛いなら、タクシーで帰ったらよかったんだ。
あの二人は単なる職場の同僚などではない。
” 結婚の邪魔をしないでって言ったじゃないですか ,,
そう言って泣き崩れた婚約者を思い出す。
あの婚約者はふたりの関係に気づいて警戒し、有紀に忠告までしていたのだ。
それなのに……。
そんな有紀がどうしても許せなかった。
ボロボロに泣いている有紀に、同情よりも、どうしようもないほどの腹立たしさを感じた。
昨夜、なぜ病室へ寄らなかったと詰る有紀が、どこまでも配慮の足りない無神経な女に見えた。
だけど、ボロボロに傷ついた有紀に、あんな言葉を投げかけた自分もかなり配慮の足りない人間だったように思えて、昨夜はあまり眠れなかった。
そんな後悔もあって、今朝はおかゆを作り、卵も焼いて、簡単な朝食の用意をした。
「有紀、おかゆを作っておいたからな」
壁をむいて寝ている有紀にそう言ったけれど、返事はなかった。
なだめたり、機嫌を取ったりするほどには、まだ許せてなかった。朝食の準備で手間どり、グズグズもしていられないので、慌てて職場へ向かった。
仕事を終えて帰宅すると、テーブルにメモがあった。
『しばらく、実家の方で療養してます。
有紀』
実家に行ってくれた方がこちらとしても気が楽だった。ひどく落ち込んでいる有紀にはどんな態度で接していいのかわからない。
俺自身の心の葛藤も解決されてない状況では、とても献身的な介護など出来そうもなかった。
やかんでお湯を沸かし、カップ麺にお湯を注いだ。
気ままな一人暮らしをしていた頃を思い出す。
いがみあって暮らすよりは、一人暮らしの方がよっぽどマシだ。
だけど、有紀はいつまで実家にいるつもりだろう。怪我の具合では来週からだって、職場復帰はできそうだけれど。
今の職場に戻れるのだろうか?
谷さんの意識は回復したのか?
精神的なことを考えると、今月いっぱい職場復帰は無理かも知れない。
日曜の午後、床にワイパーをかけたあと、久しぶりに棚やサッシの埃なども念入りに拭く。
ついでに赤カビで所々ピンクに染まっていたお風呂場をみがいた。
夕方になって、明日は9月20日で悠李の誕生日だったことを思い出し、慌てて出かけた。
翌日の月曜日、仕事を終え、悠李に買ったオモチャをどうやって彩矢ちゃんに渡そうかと考えていた。
小さな子がいる彩矢ちゃんは、手荷物が多いから、本当は宅配で送った方が良かったのだろうけれど。
今日が誕生日だから、昨日送っても間に合わないし。出来ることなら車で送ってあげたいけれど……。
とにかく彩矢ちゃんが帰ってしまわないうちに渡さないと。
オモチャの入った紙袋を持ってレントゲン室を出ようとガチャっとドアを開けると、
「キャーッ!」
ちょうど入って来ようとした北村がドアの前でつんのめった。
「あ、ごめん。大丈夫か?」
「大丈夫じゃな~い、ぶつけた。ここ痛~い!」
北村が肘をおさえて痛そうに顔を歪めた。
「大袈裟だな。そんなに強くぶつけてないだろう」
急いでいるときに、とんだ邪魔が入った。
「あ、なにそれ? 私へのプレゼント?」
北村が目ざとく、手にさげた紙袋のプレゼントをみつめた。
「なんでおまえにプレゼントなんか渡さなきゃならないんだよ」
「トイザらス? なーんだ、子供のおもちゃじゃない」
北村は紙袋のロゴマークを見て落胆したように言った。
「悪いけど、ちょっと急用ができたんだ。急いでるから、じゃあ、またな!」
まだ、話したそうにしている北村を残して、職員通用口へ向かうと、売店で買い物をしている彩矢ちゃんを見つけた。
周りに職員の姿はなかったので、思いきって彩矢ちゃんに話しかけた。
悠李の誕生日を覚えていたことが、やはり彩矢ちゃんには嬉しいことだったようで、プレゼントも喜んで受け取ってくれた。
だけど、膨らんだトートバックを持って、これから託児所に預けている雪花ちゃんを抱っこしなければいけないのだ。
自己満足のために、余計なことをしてしまったようで気が咎めた。
車の中で彩矢ちゃんと子供が出てくるのを待った。
悠李の手をつなぎ、雪花ちゃんを抱っこした彩矢ちゃんが、職員通用口から出てきた。
車を発進させ、地下鉄駅にむかう彩矢ちゃんたちを尾行する。
悠李の誕生日なんだ。
今日くらいはどうしても送ってあげたくて、思わずクラクションを鳴らした。
松田先生もアメリカに行っている。
そんなことも今の自分を大胆にさせていた。
驚いて振り返った彩矢ちゃんは、俺の誘いを断ったけれど、悠李は喜んで車に乗ってくれた。
悠李に信頼されているということが、本当に嬉しい。
本当の親子でも、相性の良し悪しがあるけれど、俺と悠李はとてもウマが合うと思う。
彩矢ちゃんの実家まであっという間についてしまい、名残惜しい気持ちでいっぱいになる。
とにかくうまくプレゼントが渡せて、家まで送れて、今日はとてもいい一日だった。
そう思っていたけれど。
帰りにコンビニに寄って、夕飯の弁当を買い、テレビを見ながら食べていたら、玄関のブザーが鳴った。
インターホンの画面には有紀の妹の遥香ちゃんが映っていた。
あきらかに不機嫌な様子が、インターホンの画面からでもはっきり伝わった。
憂鬱な気持ちで玄関のドアを開けた。
もう社会人の遥香ちゃんは今、札幌駅そばの都市銀行に勤めている。仕事から帰って、すぐにこっちに向かったのか、リクルートスーツを着ていた。
「やぁ、久しぶりだな」
遥香ちゃんは可愛い義妹だけれど、正義感が強くて、思ったことはいつも遠慮なくハッキリと言う子だ。
その性格はとてもサバサバしていて好きではあったけれど……。
「なにが久しぶりよ! よくそんな呑気なことが言ってられるわね」
思っていた通り、すごい剣幕で怒りだした。
「有紀がどうかしたのか? とにかく上がれよ」
遥香ちゃんは言われた通り、ズカズカと中へ入り、リビングのソファーにどさりと座った。
「お姉ちゃんがあんなに落ち込んでるのに、お兄さんは平気なの? なんの連絡もくれないし、あまりにも冷たすぎやしない? それでも夫婦? お兄さんがそんな冷たい人だとは思わなかったわ!」
興奮してそう語った遥香ちゃんの目に涙が光った。
「ごめん……。有紀、そんなにひどいのか?」
「あんなに落ち込んでるお姉ちゃん、今まで見たことないわよ。ご飯だってなんにも食べないし、そんなこと考えられる? お兄さんはどうしてそんなに平気でご飯なんか食べていられるのよっ!」
遥香ちゃんには本当のことを言わないかぎり、納得はしてもらえそうになかった。
「遥香ちゃんにまで心配かけて悪かったよ。だけど、俺と有紀はもう以前とは違う。どこからどうやって説明したらいいのかな。さかのぼって話すと長くなるんだけど……」
「何があったの? あんなに仲よかったじゃない。もう、お姉ちゃんのこと好きじゃないって言うの?」
「……俺はずっと有紀と、一生有紀と生きていきたいって思ってたよ。本当にそう思ってたんだ。だけど、、」
「だけど、どうしたの?」
「結婚して四ヶ月をすぎた頃、有紀と大型スーパーで買い物をしていたら、俺が以前付き合っていた娘と偶然会ったんだ。その娘は俺たちと同じ病院で働いていたナースで、有紀とも仲が良かった。その娘には一歳になる男の子がいた。その男の子は俺にそっくりで……つまりその、、俺の子だったんだ」
「ど、どういうこと?」
呆然とした遥香ちゃんに、本当にうちあけてよかったのだろうかと、少し自信がなくなった。
「その娘、まぁ元カノだけど、彼女は同じ病院のドクターと結婚したんだ。だけど、まぁ、生まれたのが俺の子だったこともあって、当然うまくいかなくなって、実家に身を寄せていた」
「俺、その彼女にはひどいことを言って別れてしまったこともあって、すごく責任を感じて、、でも俺は有紀と結婚したことを後悔なんてしなかった。有紀と別れたいなんて一度も思わなかったよ。だけど、それから、有紀も元気がなくなって、俺たち前のような幸せな生活を送れなくなってしまったんだ」
「……お姉ちゃんも、お兄さんもお互いにまだ好きなんじゃないの? もうやり直せないの? どうしてお兄さんはお姉ちゃんにそんなに冷たくなったのよ!」
「有紀も俺と付き合う前に仲の良かった男性がいた。同じ職場の薬剤師をしている人で、この間の事故で一緒に同乗していた男性なんだけど……」
遥香ちゃんの顔が青ざめた。
「じゃあ、なに? お姉ちゃんが不倫をしてたってことなの?」
「不倫まではしていないと思う。有紀はそんなことして平気でいられる女じゃないだろう。だけど、好きだったことは確かだ。その薬剤師の彼は今月結婚することになっていたけれど、今回の事故で披露宴は台無しだ。意識不明の重体になってしまって、婚約者の女性が有紀の病室へやって来て、泣きながら訴えてた。 ” 結婚の邪魔をしないでって言ったじゃないですか、ひどすぎる ,, って。俺、それを聞いたらたまらなくなってしまって、どうしても有紀が許せなかったんだ。靴擦れを起こしたから送ってもらおうとしたって言ってたけど、そんなバカバカしい言い訳が通用するかよって……」
「そんな、そんなこと、、……」
さすがの遥香ちゃんも言葉を失って、怒りをどこにぶつけていいのか分からないようだった。
「だけど、それでも確かにひどく落ち込んでいる有紀に冷たすぎたよ、ごめん。軽傷だったこともあって、安心した分、つい辛くあたってしまって……」
「……まだ、まだお姉ちゃんとやり直せる? やり直せそう?」
「こんなことを言ったら怒られるんだけど、心変わりをしてしまったのは有紀だけじゃないんだ。俺、宅配業をしていたとき、その元カノの家に配達があって、偶然再会した。それで自分の子供とも会うことになって、LINEを交換なんかもして、、。有紀にそのことがバレてからは、俺たち益々険悪になっていく一方だった」
「そう、そんなことがあったのね」
遥香ちゃんもどうしていいのか分からないのだろう。すっかり意気消沈してしまって、怒る元気もなくしてしまったように見えた。
誰にもわかるはずもない。俺と有紀がまだやり直せるかどうかなど。
ただ、有紀には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。あんなに明るい有紀に、少しも幸せな結婚生活を送らせてあげられなかったのは、やっぱり俺の責任だったから。
いくら軽傷でも、昨夜は有紀に対してあまりに冷たかったかも知れない。
身体の傷は浅くても、精神的にはかなりのダメージを受けているのだから。
だけど俺には、あと数日後に迫っていた結婚披露宴を台無しにされた婚約者の方が、ずっと哀れに思えた。
有紀は絶対に谷さんの車になど乗ってはいけなかったのだ。靴擦れなどなんの言い訳にもならない。
それほど痛いなら、タクシーで帰ったらよかったんだ。
あの二人は単なる職場の同僚などではない。
” 結婚の邪魔をしないでって言ったじゃないですか ,,
そう言って泣き崩れた婚約者を思い出す。
あの婚約者はふたりの関係に気づいて警戒し、有紀に忠告までしていたのだ。
それなのに……。
そんな有紀がどうしても許せなかった。
ボロボロに泣いている有紀に、同情よりも、どうしようもないほどの腹立たしさを感じた。
昨夜、なぜ病室へ寄らなかったと詰る有紀が、どこまでも配慮の足りない無神経な女に見えた。
だけど、ボロボロに傷ついた有紀に、あんな言葉を投げかけた自分もかなり配慮の足りない人間だったように思えて、昨夜はあまり眠れなかった。
そんな後悔もあって、今朝はおかゆを作り、卵も焼いて、簡単な朝食の用意をした。
「有紀、おかゆを作っておいたからな」
壁をむいて寝ている有紀にそう言ったけれど、返事はなかった。
なだめたり、機嫌を取ったりするほどには、まだ許せてなかった。朝食の準備で手間どり、グズグズもしていられないので、慌てて職場へ向かった。
仕事を終えて帰宅すると、テーブルにメモがあった。
『しばらく、実家の方で療養してます。
有紀』
実家に行ってくれた方がこちらとしても気が楽だった。ひどく落ち込んでいる有紀にはどんな態度で接していいのかわからない。
俺自身の心の葛藤も解決されてない状況では、とても献身的な介護など出来そうもなかった。
やかんでお湯を沸かし、カップ麺にお湯を注いだ。
気ままな一人暮らしをしていた頃を思い出す。
いがみあって暮らすよりは、一人暮らしの方がよっぽどマシだ。
だけど、有紀はいつまで実家にいるつもりだろう。怪我の具合では来週からだって、職場復帰はできそうだけれど。
今の職場に戻れるのだろうか?
谷さんの意識は回復したのか?
精神的なことを考えると、今月いっぱい職場復帰は無理かも知れない。
日曜の午後、床にワイパーをかけたあと、久しぶりに棚やサッシの埃なども念入りに拭く。
ついでに赤カビで所々ピンクに染まっていたお風呂場をみがいた。
夕方になって、明日は9月20日で悠李の誕生日だったことを思い出し、慌てて出かけた。
翌日の月曜日、仕事を終え、悠李に買ったオモチャをどうやって彩矢ちゃんに渡そうかと考えていた。
小さな子がいる彩矢ちゃんは、手荷物が多いから、本当は宅配で送った方が良かったのだろうけれど。
今日が誕生日だから、昨日送っても間に合わないし。出来ることなら車で送ってあげたいけれど……。
とにかく彩矢ちゃんが帰ってしまわないうちに渡さないと。
オモチャの入った紙袋を持ってレントゲン室を出ようとガチャっとドアを開けると、
「キャーッ!」
ちょうど入って来ようとした北村がドアの前でつんのめった。
「あ、ごめん。大丈夫か?」
「大丈夫じゃな~い、ぶつけた。ここ痛~い!」
北村が肘をおさえて痛そうに顔を歪めた。
「大袈裟だな。そんなに強くぶつけてないだろう」
急いでいるときに、とんだ邪魔が入った。
「あ、なにそれ? 私へのプレゼント?」
北村が目ざとく、手にさげた紙袋のプレゼントをみつめた。
「なんでおまえにプレゼントなんか渡さなきゃならないんだよ」
「トイザらス? なーんだ、子供のおもちゃじゃない」
北村は紙袋のロゴマークを見て落胆したように言った。
「悪いけど、ちょっと急用ができたんだ。急いでるから、じゃあ、またな!」
まだ、話したそうにしている北村を残して、職員通用口へ向かうと、売店で買い物をしている彩矢ちゃんを見つけた。
周りに職員の姿はなかったので、思いきって彩矢ちゃんに話しかけた。
悠李の誕生日を覚えていたことが、やはり彩矢ちゃんには嬉しいことだったようで、プレゼントも喜んで受け取ってくれた。
だけど、膨らんだトートバックを持って、これから託児所に預けている雪花ちゃんを抱っこしなければいけないのだ。
自己満足のために、余計なことをしてしまったようで気が咎めた。
車の中で彩矢ちゃんと子供が出てくるのを待った。
悠李の手をつなぎ、雪花ちゃんを抱っこした彩矢ちゃんが、職員通用口から出てきた。
車を発進させ、地下鉄駅にむかう彩矢ちゃんたちを尾行する。
悠李の誕生日なんだ。
今日くらいはどうしても送ってあげたくて、思わずクラクションを鳴らした。
松田先生もアメリカに行っている。
そんなことも今の自分を大胆にさせていた。
驚いて振り返った彩矢ちゃんは、俺の誘いを断ったけれど、悠李は喜んで車に乗ってくれた。
悠李に信頼されているということが、本当に嬉しい。
本当の親子でも、相性の良し悪しがあるけれど、俺と悠李はとてもウマが合うと思う。
彩矢ちゃんの実家まであっという間についてしまい、名残惜しい気持ちでいっぱいになる。
とにかくうまくプレゼントが渡せて、家まで送れて、今日はとてもいい一日だった。
そう思っていたけれど。
帰りにコンビニに寄って、夕飯の弁当を買い、テレビを見ながら食べていたら、玄関のブザーが鳴った。
インターホンの画面には有紀の妹の遥香ちゃんが映っていた。
あきらかに不機嫌な様子が、インターホンの画面からでもはっきり伝わった。
憂鬱な気持ちで玄関のドアを開けた。
もう社会人の遥香ちゃんは今、札幌駅そばの都市銀行に勤めている。仕事から帰って、すぐにこっちに向かったのか、リクルートスーツを着ていた。
「やぁ、久しぶりだな」
遥香ちゃんは可愛い義妹だけれど、正義感が強くて、思ったことはいつも遠慮なくハッキリと言う子だ。
その性格はとてもサバサバしていて好きではあったけれど……。
「なにが久しぶりよ! よくそんな呑気なことが言ってられるわね」
思っていた通り、すごい剣幕で怒りだした。
「有紀がどうかしたのか? とにかく上がれよ」
遥香ちゃんは言われた通り、ズカズカと中へ入り、リビングのソファーにどさりと座った。
「お姉ちゃんがあんなに落ち込んでるのに、お兄さんは平気なの? なんの連絡もくれないし、あまりにも冷たすぎやしない? それでも夫婦? お兄さんがそんな冷たい人だとは思わなかったわ!」
興奮してそう語った遥香ちゃんの目に涙が光った。
「ごめん……。有紀、そんなにひどいのか?」
「あんなに落ち込んでるお姉ちゃん、今まで見たことないわよ。ご飯だってなんにも食べないし、そんなこと考えられる? お兄さんはどうしてそんなに平気でご飯なんか食べていられるのよっ!」
遥香ちゃんには本当のことを言わないかぎり、納得はしてもらえそうになかった。
「遥香ちゃんにまで心配かけて悪かったよ。だけど、俺と有紀はもう以前とは違う。どこからどうやって説明したらいいのかな。さかのぼって話すと長くなるんだけど……」
「何があったの? あんなに仲よかったじゃない。もう、お姉ちゃんのこと好きじゃないって言うの?」
「……俺はずっと有紀と、一生有紀と生きていきたいって思ってたよ。本当にそう思ってたんだ。だけど、、」
「だけど、どうしたの?」
「結婚して四ヶ月をすぎた頃、有紀と大型スーパーで買い物をしていたら、俺が以前付き合っていた娘と偶然会ったんだ。その娘は俺たちと同じ病院で働いていたナースで、有紀とも仲が良かった。その娘には一歳になる男の子がいた。その男の子は俺にそっくりで……つまりその、、俺の子だったんだ」
「ど、どういうこと?」
呆然とした遥香ちゃんに、本当にうちあけてよかったのだろうかと、少し自信がなくなった。
「その娘、まぁ元カノだけど、彼女は同じ病院のドクターと結婚したんだ。だけど、まぁ、生まれたのが俺の子だったこともあって、当然うまくいかなくなって、実家に身を寄せていた」
「俺、その彼女にはひどいことを言って別れてしまったこともあって、すごく責任を感じて、、でも俺は有紀と結婚したことを後悔なんてしなかった。有紀と別れたいなんて一度も思わなかったよ。だけど、それから、有紀も元気がなくなって、俺たち前のような幸せな生活を送れなくなってしまったんだ」
「……お姉ちゃんも、お兄さんもお互いにまだ好きなんじゃないの? もうやり直せないの? どうしてお兄さんはお姉ちゃんにそんなに冷たくなったのよ!」
「有紀も俺と付き合う前に仲の良かった男性がいた。同じ職場の薬剤師をしている人で、この間の事故で一緒に同乗していた男性なんだけど……」
遥香ちゃんの顔が青ざめた。
「じゃあ、なに? お姉ちゃんが不倫をしてたってことなの?」
「不倫まではしていないと思う。有紀はそんなことして平気でいられる女じゃないだろう。だけど、好きだったことは確かだ。その薬剤師の彼は今月結婚することになっていたけれど、今回の事故で披露宴は台無しだ。意識不明の重体になってしまって、婚約者の女性が有紀の病室へやって来て、泣きながら訴えてた。 ” 結婚の邪魔をしないでって言ったじゃないですか、ひどすぎる ,, って。俺、それを聞いたらたまらなくなってしまって、どうしても有紀が許せなかったんだ。靴擦れを起こしたから送ってもらおうとしたって言ってたけど、そんなバカバカしい言い訳が通用するかよって……」
「そんな、そんなこと、、……」
さすがの遥香ちゃんも言葉を失って、怒りをどこにぶつけていいのか分からないようだった。
「だけど、それでも確かにひどく落ち込んでいる有紀に冷たすぎたよ、ごめん。軽傷だったこともあって、安心した分、つい辛くあたってしまって……」
「……まだ、まだお姉ちゃんとやり直せる? やり直せそう?」
「こんなことを言ったら怒られるんだけど、心変わりをしてしまったのは有紀だけじゃないんだ。俺、宅配業をしていたとき、その元カノの家に配達があって、偶然再会した。それで自分の子供とも会うことになって、LINEを交換なんかもして、、。有紀にそのことがバレてからは、俺たち益々険悪になっていく一方だった」
「そう、そんなことがあったのね」
遥香ちゃんもどうしていいのか分からないのだろう。すっかり意気消沈してしまって、怒る元気もなくしてしまったように見えた。
誰にもわかるはずもない。俺と有紀がまだやり直せるかどうかなど。
ただ、有紀には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。あんなに明るい有紀に、少しも幸せな結婚生活を送らせてあげられなかったのは、やっぱり俺の責任だったから。
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