六華 snow crystal 7

なごみ

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茉理の秘密

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*潤一*


翌朝も各病室の回診にまわる。


301から303を診て、305号の茉理の病室へ向かった。


スライドドアをノックして入り、「回診だから、入るぞ」と言って、入口のカーテンを開けた。



「おはようございまーす!」


どういうつもりなのか、昨日とは見た目も表情もまるで違う。


黒髪のロングヘヤーで、清楚な女子高生に変身していた。


「おまえ、バカか?  カツラなんか被って一体なんのマネだ?  人をおちょくるのもいい加減にしろよ」



可愛子ぶった悪戯っぽい上目遣いにムカついた。


「あら、気に入らなかった?  でもこっちがいつものわたしなのよ」


少しも喜ばない俺の反応が意外だったのか、茉理はきょとんとした顔をした。



美人で清楚なJKなら、どんな男も夢中になるとでも思っているのか。


「カツラを被っただけで、なんで気に入らなきゃいけないんだよ。俺はおまえの病気にしか関心はない。禿げてるわけでもないのに、病院でカツラなんか被るな」


この暇人は、まったく何を考えているんだ。


「だから、これがいつものわたしなの。ほら、これ見て!」


茉理は怒られたことなど気にもせず、手帳のようなものを差し出して見せた。


札幌M高校三年二組


森下 茉理


M高の生徒手帳だった。


確かに写真は今と同じロングヘヤーで、生真面目にさえ見えるような顔で写っている。



俺が卒業した高校。


ふーん、同じ高校の後輩か。


頭は悪くないんだな。



後輩と知り、少しだけ親近感が湧いたものの、何を企《たくら》んでいるのかわからないこの娘に、いい顔を見せる気にはならなかった。


「どっちが本物だろうと俺には関係ない。可愛いJKなら中年男はすぐに引っかかるとでも思ってるのか? 俺はずっとモデルより綺麗な女と付き合って来てるんだ。ただ若いだけのおまえみたいなイモは屁《へ》とも思わないね」


「随分なこと言ってくれるね。別に誘惑したわけでもないのに、なにムキになってるの? バッカみたい」


茉理はシラけたように言い放ち、軽蔑した目で俺をみた。


患者からバカと言われたのは初めてだ。


JKの言うことに一々反応などしていてどうする。



益々、バカにされるだけだ。



「そんなことより、具合はどうなんだ?  昨日のMRIでは特に問題なかったから、今週末、本当に退院できそうだな」


冷静さを装って、何事もなかったかのように言った。


「た、退院って、、マジで? ウソでしょう?  そんなのまだ早すぎるから。今すごく頭が痛いし、当分退院なんて無理!」


表情を暗く一変させて、茉理はこめかみに手を当てた。


「なんだよ、早く家に帰りたくないのか? 来年受験だろう?」


「受験より大切なことがあるでしょう。わたしはそれを守りたいだけ」


「受験より大切なことって?」


「それは、、今は言えない」


茉理は本当に頭痛がしてきたのか、青白い顔をして固まっていた。



家庭内のトラブルか?


まぁ、そんなことは俺とは関係ない。どうでもいいことだ。


「とにかく治療が終わった患者をいつまでも置いておくわけにはいかないんだ。ここはホテルじゃないからな。頭が痛いなら鎮痛剤を出しておく」


「頭痛薬なら持ってるわよ! お願い、もう少しだけここに居させて」


小生意気な茉理が、切羽詰まったようすで俺に懇願した。


「俺は別に意地悪したくて言ってる訳じゃない。あとは近所の医院でも通院してようすを見ればいいだろ」


「困る、そんなの、困るから、、」


茉理はひどく狼狽していた。


さっきまでは憎らしいほどにふてぶてしかったのに。


「まぁ、今週末じゃなくても、週が明けたら早々退院になるはずだ。こういうことは俺の一存で決められるわけでもないからな」


「………… 。」


青白い顔をしてうつむいている茉理に不思議な違和感を感じながら病室を出た。



………なんだ、あいつ。



一体なにに怯えてるんだ?


  


“ 先生を誘惑したわけでもないのに、なにムキになってるの? バッカみたい ”


冷めた目で茉理が俺に言ったセリフを思い出す。


確かに俺はムキになっていたのかも知れない。可愛らしい女子高生に変わっていた茉理に。



相手は17歳の女子高生だ。


深入りしたら身の破滅になる。


さすがに遊び人の俺でも、職を失ったり社会的制裁を受けるようなバカなマネはしたくない。


自分でも気づかぬうちに自重する気持ちが、どこかで働いていたのだろう。


それにしても、あんなに退院を拒むのはなぜかな?


そういえば、病室に家族が来ているところを見ていない。


母親はなにをしているのだろう。


かなり複雑な家庭なのか?


 



昼休み、川崎と食堂で飯を食いながら、茉理の家族のことを聞いてみた。


「僕も詳しい話は聞いてませんけど、両親は仕事でドイツに住んでるそうです。茉理ちゃんスイスの寄宿舎に居たらしいんですけど、そこを勝手に飛び出して、一人で日本に帰ってきたみたいです」


とんかつ定食に添えられたキャベツに、胡麻ドレッシングをかけながら川崎が言った。


食堂はざわめいて、院内のあらゆる職員で混み合っていた。


「ふん、やっぱりただのわがまま女だな。スイスの寄宿舎なんて、金持ちの上流階級しか入れないようなところだろう。せっかくのチャンスを無駄にしてバカな奴だ」


大金をドブに捨てるようなマネをする茉理に腹が立ち、ご飯をかき込んだ。


「あ、松田先生、食べる順番間違ってますよ、ご飯は最後ですよ」


今どきの人間は糖質は良くないだの、サラダから食べろだのとやたらうるさい。
 

「やかましい。なにから食ったって全部食ってりゃ同じだろ。とにかく親はそのわがままを直したくて寄宿舎に放り込んだんだろ。あいつはいかにも協調性に欠けてるからな」


「そうですかね。でも、あの年で一人暮らしってやっぱり心配ですよね」


川崎はムシャムシャと律儀に千キャベツから食べている。


「一人暮らしが楽しいのは、初めの1ヶ月くらいだろ。今じゃ寂しくて、ひとりアパートで泣いてるんじゃないのか? だから退院をあんなに拒んでるんだろ」


「さあ、僕は退院の話しをしてないから、その辺はよくわかりませんけど……もしかしてそこ、、出るんですかね?」


川崎が神妙な顔をして俺をみた。


「出るってなにがだ?」


「コレですよ」


川崎はおどけた顔で両手を前にだらりとさせ、幽霊のマネをした。


「バカ! 俺はまじめな話をしてるんだぞ。とにかく、あの鼻っ柱の強い女が妙に怯えてるのが気になってな」


「あ、、そういえば茉理ちゃんって、轢き逃げされてここに運ばれてきたんですよね。それと関係あるのかな?」


「えっ、轢き逃げ?」


単なる普通の交通事故だと思っていた。


「そうなんです。犯人まだ捕まってないはずですよ。もしかして、その時のトラウマなのかなぁ」



キャベツを食べ終えた川崎がそう言いながら、うまそうにカツを一切れ口に入れた。




ーーー轢き逃げだって?






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