六華 snow crystal 7

なごみ

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茉理の秘密

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「すみませーん! 爪切りってどこですか?」


はぁー、あいつはどこまで図々しく出来てるんだ。


緊急の用でもないのに、普通はこんな時間に寝室をノックなどしないだろう。


イライラしながらベッドから這い出てドアを開けた。



「あ、もしかして、もう休んでました?」


少しも悪びれたところなく、平然とした様子で言った。



ーーわざとか?


テレビの横にあるリビングボードの小引き出しから爪切りを取り出し、無言で茉理に渡した。



「ありがとう。ねぇ、寝るの早くない? まだ十時過ぎよ。三人で仲よくおしゃべりしようよ~~   茉理、こんな時間に眠れないもん」


「うるさい! 俺たちはおまえに付き合えるほど暇人じゃない!  さっさと寝ろっ!!」



寝室のドアをバシッと閉めたが、再びノックされるような気もして、もう美穂とイチャつく気にはなれなかった。







そんな奇妙な俺たちの同居生活だったが、特に問題もなく五日が過ぎた。


茉理はまだ頭痛がすると言って、学校へ行かずにダラダラと過ごしていたようだが、高校はレオンがドイツに帰ってからでいいと思った。


何事もなく、一週間が過ぎてくれれば、また元の日常に戻れる。






午前の外来があと一人で終わるというとき、最後の患者がレオンだった。


「レオン・ルートヴィッヒ・シュミットさーん!」


看護師に呼ばれたレオンが診察室に入って来た。


もしかして、匿っていることを嗅ぎつけたのか?


だとすると、場合によっては俺の命も狙われかねない。


一見、落ち着いた好青年のように見えるレオンだけに、一層不気味な恐怖を感じた。



ナイフでも隠し持っているかもしれない。


「どうしました?」


パソコンの画面を見つめたまま、向かい側の椅子に腰を下ろしたレオンに儀礼的に話しかけた。


「茉理ハドコデスカ? アナタハ居ドコロヲ知ッテイルデショウ?」


確信でもしているかのようにレオンは俺の顔を凝視した。



「なんの話だ?  病気じゃないなら出てってくれ」


パソコンの画面から目を離さずに、平静を装って答えた。


「アナタハ嘘ヲツイテイル。ワタシノ目ヲ見ヨウトモシナイ。茉理ハドコデス?」


「俺が知ってるわけないだろう。とにかく、ここはそんな話をするところじゃない。早く出てってくれ!」



なぜ、俺だとわかるのか?


証拠でもあるのか?


まさか、茉理が喋ったんじゃないだろうな。


「ココデ話セナイナラ、違ウトコロデ話マショウ」


「話なんかない!  俺は何も知らない!」



とっととドイツへ帰れ!!



「ソウデスカ。ソレデハ警察ニ捜索願イヲ出シマス」



「………… 」



ーー捜索願いはマズイ。


レオンに告訴でもされたら、未成年者監禁拘束罪にでも問われかねない。



……どうすればいいのか。



「まったく心当たりがないわけでもない。だけどここでは言えない」


椅子から立ち上がりかけたレオンに仕方なく告げる。


「ソレデハ仕事ガ終ワルコロニ待合ロビーデ待ッテマス」


レオンは少しも表情を変えずに診察室を出て行った。


まったく、あと二日だってのに。なんでこんな面倒に巻き込まれないといけないんだよ。








こんな日こそ急患でも運び込まれて、緊急手術にでもなればいいのに、仕事はキッチリと定時で終わった。


いつから待っていたのか、レオンは約束通りロビーの椅子に座って本を読んでいた。


何を考えているのかわからないストーカーのレオンと、車に乗るのは危険な気がして、病院から歩いて行ける近くのカフェがいいと思った。


「待たせたな。ここで話すわけにもいかないから、近くでコーヒーでも飲まないか?」


「OK」


読んでいた本を閉じてレオンが椅子から立ち上がった。







病院から徒歩で三分ほどのカフェは、昔懐かしい昭和を感じさせる純喫茶だった。


ダークブラウンを基調とした落ち着いた色合いの店内。レトロでモダンな椅子やテーブル。


高音質のクラシックが流れている。


中途半端な時間のせいもあってか、客はまばらで空いていた。


店内は狭く、客や店員たちに盗み聞きされないように、一番奥のテーブルへ進んだ。


オーダーを取りに来たウエイトレスにコーヒーを頼み、さっそく本題に入った。


「茉理を探し出してどうするつもりだ?」


二回も殺しそこねて、今度こそとどめでも刺そうってのか?


「茉理ヲドウシテモ、ドイツニ連レテ帰ラナケレバイケナイノデス」


「それは何故だ?」


「ソレガ私ノミッションダカラ」



「ミッション?  茉理を殺すこともおまえのミッションなのか?」


嫌味を言っても通じてないのか、レオンは表情ひとつ変えない。



なにがミッションだ!


アクション俳優にでもなったつもりか?



「アナタハ私ノコトヲ誤解シテイマス」


「誤解じゃない!  おまえが茉理を三階の窓から突き落とそうとしたのを見たんだぞ!!」


つい興奮して声が大きくなってしまい、斜め向こうでコーヒーを飲んでいた客と目が合った。


「アレハ茉理ガドイツに連レ戻スツモリナラ、ココカラ飛ビ降リルト脅シタノデス。私ガ止メナカッタラ、本当に落チテイタカモ知レマセン」


「適当なことを言うな!  前にも車で轢き殺そうとしただろう! このストーカー野郎!!」


この俺を騙そうとしているのか?


現行犯の殺人鬼のくせに。



「アナタハ茉理ノ嘘ヲ信ジテイルノデスネ。ストーカーヲシテイルノハ茉理ナノデスヨ」


「茉理がストーカーだって? バカバカしい。おまえの言うことなど信じられるか! 」


「信ジナクテモイイ。デモ、ソレガ真実ナノデス」


感情を出さずに、淡々と話すレオンの話が、なぜか真実味を帯びて聞こえてくる。


「じゃあ、一体誰が茉理を轢き殺そうとしたんだ?  おまえだろう!!」


物騒な俺たちの会話に聞き耳でも立てているのか、客たち全員の視線を感じる。



「茉理ハ、アマチュアロックバンドノボーカル、浩輝《ひろき》ヲ追イカケテイルノデス」


「ロックバンドのボーカル? なんだ、それは?」


茉理からも川崎からも、そんな話は聞いたこともない。


レオンの言うことなど信用できないが、俺が茉理のことを何も知らないのも事実だ。


茉理の話だけを鵜呑みにしていたのは、間違いだったかも知れない。


「茉理がスイスの寄宿舎から逃げ出したというのも、そいつを追いかけるためだったのか?」


「ソウデス。彼ラハ、ソノ寄宿舎デ知リ合ッタノデ。茉理ガ怪我ヲシタノハ、車デ逃ゲヨウトシタ浩輝ニ、シガミツイタカラ。ソレデ、引キズラレテ頭ヲ打ッタ」


「嘘だ!!  そんなデタラメ信じられるか」


「嘘ジャナイ。茉理ハ浩輝ヲ庇ッテ、警察ニモ真実ヲ伝エテイナイノデス」


「………」


これが全部作り話だとしたら、こいつには相当な詐欺師の才能がある。



「信ジナクテモイイ。茉理ヲ返シテクレレバソレデイイ。茉理ノ母親ガ病気ナノデス。早ク会ワセテヤリタイノデス」


「とにかく、その話を全部信じるわけにはいかないだろう。茉理に直接聞いてみる。今の話が真実なら茉理を返してもいい」


「ワカッタ。明日ノ夕方ドイツニ帰ルノデ、今夜中ニ茉理ヲ返シテクダサイ。夜十時マデニ連絡ガナイ時ハ警察ニ知ラセル」


腑に落ちない話だが、茉理にしても信頼に足りるような人物とは言えない。


レオンとは取り敢えず、そこの純喫茶で別れた。


茉理の奴、俺を騙していたのか?






腹をすかせて家へ帰るとなぜか美穂はいなくて、茉理だけがソファに寝そべってテレビを見ていた。


「美穂はどこに行ったんだ?」


「さぁね、茉理は知らないよ~~  帰ってきたらもう居なかったもん」


この五日の間、何事もなく過ぎ去っていたように思っていたのは俺だけだったのか。


美穂と茉理の間にどんな諍いがあったのか。


「美穂になにを言った!!」


「な~に~? 茉理のせいだって言うの? 」


ソファに寝そべりながら、うんざりしたような目を向けた。


「おまえ以外にいないだろ!」


「そんなこと言われてもね。茉理は普通の会話をしてたつもりだよ。美穂さんはつまらない事を気にしすぎるんだよ。もしかしたら何か気にさわることがあったのかもしれないけど、茉理にはそれがなんなのか分からないもん」


視線をそらせて弁解した言い訳に不信感を覚えたが、茉理の言うことにも一理ある。美穂はコンプレックスが強いせいか些細なことで傷つく。


それにしても黙って出て行くなよ、まったく。


たぶん、真駒内の幽霊屋敷にでも戻ったのだろう。どのみち、もうすぐ茉理は居なくなる。美穂は茉理が出て行ってから連れ戻せばいいだろう。



「腹へった。晩飯はなんだ?」


脱いだジャケットを食卓椅子の背もたれに掛けて聞いた。


「茉理は冷蔵庫の残り物を食べたけど、目玉焼きでも作る?」


テレビを見ながら面倒くさそうに呟いた。


「目玉焼きしか作れないのか? それでも女か!」


「だって、すぐに作れるものって他にある? まさかこれからカレーとか作れってこと?」


驚いたように非難めいた目で俺を見た。


「俺が帰って来る前に作っておけよ! じゃあ、目玉焼きでもいいからサッサと作れ!」


「わぁー、エラそー!」


茉理はため息を吐きながらソファから起き上がると、キッチンへ向かった。


まったく、役に立たない居候め!








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