六華 snow crystal 4

なごみ

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癒されない傷

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**有紀**


あまりのショックでほとんど眠れなかった。


明け方少しだけウトウトした後、ベッドから出て鏡を見ると、まぶたの赤黒い腫れはさらに酷くなっていた。


これでは一週間どころか二週間過ぎても、内出血の色は引かないかも知れない。


職場に電話を入れなければいけないけれど、ギリギリの人数でローテーションが決まっているというのに、いきなり長期の休暇をくれなんて……。


スマホを開くと修二さんのお母様からLINEが入っていた。


『有紀ちゃん、修二が酷いことをしてごめんなさい。謝って済むことではないけれど、起きてしまったことはもう、どうすることも出来ません。仕事の方はしばらく休んでください。私から外科の師長に上手く伝えておきます。修二にあんなに良くしてくれたあなたに、配慮が足りなかったと深く反省しています。いずれお詫びに伺います。本当にごめんなさい』


昨夜の悪夢がよみがえり、また涙がこみ上げる。どんなに月日が経とうとも、この心の傷が癒えることはないと思った。


麗奈さんもきっと同じような目に遭ったのだろう。


修二さんに連れられて、西原家を訪問した時の、あの脅えた麗奈さんの叫び!


あの時は拒絶された修二さんがとても哀れに思えて、深く同情したけれど。


修二さんはこれからもずっと、あのままなの?


結局、逃げ出してしまった麗奈さんと同じだ。ずっと寄り添っていてあげるなんて約束したけれど。


お母様が気の毒だった。


どんなに目に遭おうと、逃げることが出来ないお母様が……。





ベッドに横たわったまま何もする気になれず、まどろんでいたら、お昼になっていた。


スマホが鳴って出てみると、同僚の理香だった。


『あ、有紀、大丈夫?  スキーで骨折したって聞いたけど』


『う、うん、ちょっと調子に乗り過ぎた。めっちゃ痛かった』


『 なんでうちの病院に来なかったの?』


『だってスキー場の近くの病院に運ばれたもの。ごめんね、忙しい時に』


『わざとじゃないんだから、仕方ないよ。そっか、ねえ、暇でしょ?   帰りにお見舞いに寄ってあげるわよ。どこの病院?  何号室?』


『ううん、いいわよ。手稲の病院だから、遠いし』


『発寒からはそんなに遠くもないでしょ。まだかなり痛いわけ?』


『そ、そうなの、木にぶつかっちゃって、顔が内出血してるの。見られたくなくて』


『えーっ、そうなんだ。それは痛かったね、うひゃあ~  最悪ね~』


理香との会話はいつも楽しいけれど、さすがに今はそっとしておいて欲しかった。


『ごめん、理香。まだ頭もガンガンしてるんだ。良くなったら電話するね』


『わかった、じゃあ、大事にしてね』


『うん、ありがとう。じゃあね』


理香たちと以前のように、楽しく笑って過ごせるような日がいつか来るのだろうか?



遼介に逢いたかった。


だけどこんな顔は見せられないし。


谷さんにレイブされたなんて、絶対に言えない。


それに会ってどうしようって言うのか?


突然会いに行ったりしたら、また遼介を傷つけることになるんだ。


遼介には人を包みこむような優しさがあった。今はその優しさに癒されたい。


潔癖で融通のきかない頑固さがある遼介は、落ち込んでいた私にひどく冷たかったけれど。


だけど、それも遼介の美点と言えなくもなかった。


彩矢とはその後どうなったのだろう。




目の腫れが引くまでは外出する気にもなれず、ご飯だけは炊いて、冷蔵庫にあるものですませた。わざわざ買い出しに行くほどの食欲もなかった。


忌まわしい出来事から5日も過ぎた頃、インターホンが鳴り、モニターを見ると、修二さんのお母様だった。


まだ、誰にも会いたくなくて、居留守を使いたかったけれど、お母様の辛さも分かるような気がしてドアをあけた。


お母様は、更にげっそりとやつれて見えた。


「あ、有紀ちゃん、突然ごめんなさい。もっと早く伺ったほうがいいのかどうか迷ったんだけど、、」


「ど、どうぞ」


狭い玄関に客用のスリッパを並べた。


殺風景な部屋の二人がけソファに座っていただき、お茶の用意をする。


「有紀ちゃん、何もいらないわ。座ってちょうだい」


落ち着かない様子でそう言われ、お茶ひとつ出さないのも失礼な気もしたけれど、指示どおりに隣に腰をおろした。


「なんてお詫びしていいのか分からないわ。いくら、脳を損傷していたからって、言い訳なんて出来ないわ。本当にごめんなさい」


お母様はソファから降りて土下座をした。


「そんなことなさらないでください。お母様は悪くないです。ちゃんとLINEで来なくていいと連絡を下さったのに……」


「じゃあ、どうして行ったの?」


「修二さん、ひどく咳をしていて、悪寒もするって電話が来たんです。行ってみたら元気だったので、すぐに帰ろうとしたんですけど。………ひとりだと不安になるからそばにいて欲しいって言われて」


状況を説明しているうちに悲しくなり涙がこぼれた。



「ごめんなさい。私も八方塞がりだったものだから、有紀ちゃんを頼り過ぎてしまったんだわ。不二子があんな事になって危険なことを十分知っていたのに」


「私も自分の力を過信していたんだと思います。私がなんとかしてあげようなんて自惚れでした」


「本当に有紀ちゃんが来てくれて、以前より随分穏やかになったものだから、私も油断していたのね。どんどん良くなってくれるとばかり思い込んでいて」


「……修二さん今は?」


「……申し訳ないんだけど、反省をしているようには見えないの。もう忘れているのかもしれないわ。本当にごめんなさい」


「仕方がないです。そんな怪我を負わせたのは私にも責任があるんです」


「無理に誘った修二が悪いの。有紀ちゃんのせいではないわ」


お母様はそう言うと、バッグから包まれたものを出した。


「こんなものを渡しても、返って気を悪くするかもしれないけど、こんなことしか出来ないものだから」


風呂敷から出されたものは、包装紙のようなもので包まれてはいたが、札束であるに違いない。


大きさからいって百万や二百万ではない事はあきらかだった。



こういった犯罪の賠償金の相場など知っているわけもないけれど、どう考えても多すぎるような気がした。


だからと言って、こんなにもらえるなら得をしたなどと、思えるはずもない。


だけど、私の場合はまだいい方なのだと、なんとなくそう思えて、今までの怒りと悲しみがほんの少し和らいだ。


お金を渡されたからではない。


酷いことをしたのは偽物の修二さんで、あの体の中に眠っている本当の修二さんがいる。


あんな風になってしまった修二さんだけれど、いつかきっと精神の昏睡から目を覚ましてくれるはずだから。


そう信じよう。そうでなかったら、ずっとこの忌まわしい記憶が無くならない。


早く、早く本物の修二さんに逢いたい。


「あ、お母様、やっぱり頂けません。私、明日からまた修二さんのところに行ってみます」


「有紀ちゃん、遠慮なんかする事ないわ。こんなことで許してもらおうなんて思ってないけど、受け取ってくれないと私たちも辛すぎるの」


「あの人は本当の修二さんではないから。本物の修二さんが現れるの待ちたいんです。修二さんだって、早く戻りたいのに戻れなくて苦しんでいるから、少しでも助けてあげたくて。だって、私を命がけで守ってくれた人ですから。私もそのくらいのことはしてあげないと」


「お気持ちは嬉しいわ。だけど、何度もあなたを危険な目に遭わせるわけにはいかないから。とにかく、これはもらって頂戴」


「いえ、これ頂くと本当に被害者になってしまうから。そう思いたくなくて……」


「有紀ちゃん……」


さっきまであんなにどん底だったのに、なぜか気持ちは晴れ晴れとしていた。


考え方ひとつで、こんなにも気持ちが平安になれるなんて思ってもみなかった。


アパートに引きこもっていても気持ちは塞ぐばかりだ。仕事に戻れるようになるまでは、修二さんのお世話をしよう。


もう負けない。


いつか修二さんが元に戻ったら、たっぷりと仕返しをしてやろう。


修二さんが戻れるまで、全力でサポートをする。


それが今、私のすべきこと。











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