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告白をしてしまって
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有紀
11月26日
夜の12時近くになってから、スマホが鳴った。
こんな時間に電話って誰かな? 開くと佐野さんだった。
「佐野さん? どうしたの、こんなに遅く?」
「おー、有紀かぁ、おまえ、男ができた途端に冷たくなったよなぁ」
酔っているとすぐにわかった。
「佐野さん、大丈夫? 飲みすぎじゃない?」
「大丈夫?って、おまえ俺のことなんか全然心配してないだろう。 なにが友達だよっ、冷たいな、俺がなにしたって言うんだよ」
クダを巻いて客の誰かともめているような声がしている。
「佐野さん? 今どこ? 誰といるの?」
「あのう、ご家族の方?」
突然、中年のおばさんの声に切り替わった。
「い、いえ。友人です」
「この人、飲みすぎちゃったみたいなの。家はすぐそこっていうんだけど、一人で帰れるか心配だし、ここで寝られても困るのよ。悪いけど迎えに来てあげてくれないかしら。いつもはそんなに飲む人じゃないんだけど、なにかあったのかしらね」
店主にお店の場所を聞き、パジャマを脱いで洋服に着替えた。
静かに階段を降りると、母がまだリビングでテストの採点をしていた。
「お母さん、ちょっとお友達が飲みすぎて具合が悪くなっちゃったみたいなの。助けに行ってあげてもいいかな?」
「あら、酔っ払いの介抱は大変よ。お母さんもついて行ってあげようか?」
「ううん、一人で大丈夫だと思う。家のすぐそばで飲んでるらしいの。もしダメそうなら電話する」
「そう、じゃあ、気をつけてね。何かあったら遅くてもいいから電話して」
「うん、わかった。じゃあ、ちょっと行ってくる。車借りるね」
妹の遥香よりは信頼があるから、母もクドクドと干渉はしないけれど、きっと女友達だと思っているだろうな。少しだけ気が咎めた。
ナビを使ったので、目的地には10分で到着した。
お店の暖簾をくぐり、戸を開けた。
五人ほど客がいて、テーブル席がふたつとカウンターだけの小さなお店だった。
カウンターの一番端で佐野さんがうつ伏せに突っ伏していた。
「あら、お客さん、もうすぐ閉めますけど」
電話で話したと思われる、60過ぎに見えるおばさんが顔を上げた。
「あ、あの、さっき電話で話した者です」
おでんのような煮物や、焼き魚などの匂いが染みついた庶民的な小料理屋だ。
手書きで貼られている短冊のメニューも、昔懐かしい感じがする。
「あらあら、すみませんねぇ、ほら佐野さん、可愛い彼女が迎えに来てくれたわよ。起きて、ほら起きなさいよ!」
ママが突っ伏している佐野さんの肩を揺さぶった。
「佐野さん、帰ろう。送ってあげるから、ねっ、ねぇってば!」
佐野さんの腕を引っ張ってみる。
「おおっ、有紀かぁ、遅いなおまえ。ここに座れよ。ママ、ビール!」
とろんとした目で顔を上げた。
「もう、飲み過ぎだって、帰るよ!」
「谷さんはどうした? 今日は一緒じゃなかったのか?」
「今何時だと思ってるの? 帰るよ、早く立って!」
脇に手を入れて体を持ち上げる。
入院患者の介護で慣れているけれど、長身の佐野さんはかなり重い。
「わかったよ、帰るよ、帰ればいいんだろ」
フラフラしながら歩く佐野さんの腕を掴んで支えた。
支払いを済ませて、店を出ると雪が降って来そうなほど寒く、キーンと澄みきった空の向こうにオリオン座が輝いていた。
佐野さんの腕をつかんで、母に借りたセレナの助手席に乗せ、アパートへ向かう。
「アパートはすぐそこなんだぞぉ。歩いたほうが早いだろう」
ブツブツ言っている佐野さんを無視してアパートを探した。
昼と違って暗いので、道に迷いそうだった。
「ごめん、有紀・・・」
酔っ払っていたのが嘘だったみたいに、急に真面目な顔で佐野さんがうなだれた。
「佐野さん・・・」
「おまえには迷惑かけてばっかりだな」
「そんなこといいけど・・・彩矢からはまだ何も言ってこない?」
「だから松田先生の子だったんだろう。良かったよ、それで。彩矢ちゃんだって安心しただろう」
「・・・」
「もう、やめた。もう、いい。本当にうんざりする。女なんかもう懲り懲りだ。ずっとそうだったのに、バカだな、俺。ほんとにバカだ・・・」
佐野さん・・・。
まだ、全然立ち直れてなかったんだ。
助手席のシートにもたれて目を閉じている佐野さんの目に涙が光っていた。
もう、とっくにアパートの前に着いていたけれど、ひとりアパートに帰すのがかわいそうに思えて何も言えなくなる。
「あっ、もう着いてたんだな。じゃあ、帰るよ、帰る。悪かったな、こんな遅くに。本当にごめんな、有紀」
助手席のドアを開けて降りたので、一緒に降りてついていった。
頭はしっかりとしているようでも、千鳥足だ。階段でも踏み外したら大変なことになる。
「佐野さん、危ないよ。ちゃんと手すりにつかまって登らないと」
出入り口の引き戸を閉めて、階段を登る佐野さんの後ろをついていった。
「そんなに酔ってねぇよ。酔えないんだよ、どんなに飲んだって。バカヤロー!」
突然、大きな声で怒鳴った。
「やめてよ! 夜中なんだよ。みんな起きちゃうじゃないの」
小声で注意したけれど、益々調子にのって、わめき始めた。
「チクショー! 女なんかいらないよ。もう、たくさんだ、バカヤロー!!」
「やめてってば、お願いだから。鍵は? 鍵貸してよ、早く!」
ポケットから出した鍵ですぐにドアを開け、佐野さんの背中を押した。
「ほら、早く入って!」
「嫌なんだよ、このアパートは。もう忘れたいんだよ。助けてくれ、助けてくれよぉ!」
小学生みたいにすすり泣いていている佐野さんを見て、彩矢に対する怒りが湧いてくる。
佐野さんを思っての怒りなのか、嫉妬から来るものなのかがよくわからない。
玄関口で座り込んでいる佐野さんの靴を脱がせ、なんとかベッドまで連れて行った。
部屋の電気とストーブをつける。
掛け布団の上に倒れ込んでいる佐野さんをどうしたらよいものか。
いくらアルコールが入っていても、このまま寝ちゃったら、風邪を引くだろうな。
「佐野さん、お布団かけて寝ないと、風邪ひくよ。佐野さんってば!」
「わかってるよ、ちゃんとやるよ」
うつ伏せのままグズグズして全く動こうとしない。
「ダメダメ、すぐにやらないと寝ちゃうんだから。ほら、ちゃんと掛けなきゃダメだって」
「わかったよ、有紀、もう帰っていいぞ。ほんと悪かった、じゃあな」
突っ伏したまま、顔もあげずにそう言った。
今は一人で泣きたい気分なのかな。一人にしてあげたほうがいいのかも知れない。
8ヶ月前とほとんど変わりのないこの部屋。
彩矢に去られ、マイコプラズマ性肺炎に感染して、どん底だった佐野さんの介護をしていた頃が、私にとっては一番幸せなときだった。
使われてなさそうなキッチンを見て、なつかしさで涙が出る。
「帰らないのか?」
佐野さんがうつ伏せのまま呟いた。
「あ、今、帰る。ちゃんとお布団被ってよ。じゃあね」
「有紀、おまえ綺麗になったな。谷さんが羨ましいよ、そんなにまで想われて」
そう言うと、顔をあげて見つめた。
「どうして・・・どうしてそんなこと言うの? 谷さんのためじゃない・・・佐野さんが、・・・ずっと佐野さんが好きだった! 佐野さんだって私に忘れさせてくれないじゃないの!」
バッグをつかんで、部屋を飛び出した。
「有紀!」
泣きながら階段を駆け降り、すぐに車を走らせた。
しばらく車道を走って、やっと気持ちが落ちついた。
とうとう言ってしまった・・・。
あんなこと言うつもりなかったのに。
だけど、傷ついてるのは佐野さんだけじゃないって知って欲しかった。
私だって、私だって、ずっと、ずっと苦しかったんだよ。
11月26日
夜の12時近くになってから、スマホが鳴った。
こんな時間に電話って誰かな? 開くと佐野さんだった。
「佐野さん? どうしたの、こんなに遅く?」
「おー、有紀かぁ、おまえ、男ができた途端に冷たくなったよなぁ」
酔っているとすぐにわかった。
「佐野さん、大丈夫? 飲みすぎじゃない?」
「大丈夫?って、おまえ俺のことなんか全然心配してないだろう。 なにが友達だよっ、冷たいな、俺がなにしたって言うんだよ」
クダを巻いて客の誰かともめているような声がしている。
「佐野さん? 今どこ? 誰といるの?」
「あのう、ご家族の方?」
突然、中年のおばさんの声に切り替わった。
「い、いえ。友人です」
「この人、飲みすぎちゃったみたいなの。家はすぐそこっていうんだけど、一人で帰れるか心配だし、ここで寝られても困るのよ。悪いけど迎えに来てあげてくれないかしら。いつもはそんなに飲む人じゃないんだけど、なにかあったのかしらね」
店主にお店の場所を聞き、パジャマを脱いで洋服に着替えた。
静かに階段を降りると、母がまだリビングでテストの採点をしていた。
「お母さん、ちょっとお友達が飲みすぎて具合が悪くなっちゃったみたいなの。助けに行ってあげてもいいかな?」
「あら、酔っ払いの介抱は大変よ。お母さんもついて行ってあげようか?」
「ううん、一人で大丈夫だと思う。家のすぐそばで飲んでるらしいの。もしダメそうなら電話する」
「そう、じゃあ、気をつけてね。何かあったら遅くてもいいから電話して」
「うん、わかった。じゃあ、ちょっと行ってくる。車借りるね」
妹の遥香よりは信頼があるから、母もクドクドと干渉はしないけれど、きっと女友達だと思っているだろうな。少しだけ気が咎めた。
ナビを使ったので、目的地には10分で到着した。
お店の暖簾をくぐり、戸を開けた。
五人ほど客がいて、テーブル席がふたつとカウンターだけの小さなお店だった。
カウンターの一番端で佐野さんがうつ伏せに突っ伏していた。
「あら、お客さん、もうすぐ閉めますけど」
電話で話したと思われる、60過ぎに見えるおばさんが顔を上げた。
「あ、あの、さっき電話で話した者です」
おでんのような煮物や、焼き魚などの匂いが染みついた庶民的な小料理屋だ。
手書きで貼られている短冊のメニューも、昔懐かしい感じがする。
「あらあら、すみませんねぇ、ほら佐野さん、可愛い彼女が迎えに来てくれたわよ。起きて、ほら起きなさいよ!」
ママが突っ伏している佐野さんの肩を揺さぶった。
「佐野さん、帰ろう。送ってあげるから、ねっ、ねぇってば!」
佐野さんの腕を引っ張ってみる。
「おおっ、有紀かぁ、遅いなおまえ。ここに座れよ。ママ、ビール!」
とろんとした目で顔を上げた。
「もう、飲み過ぎだって、帰るよ!」
「谷さんはどうした? 今日は一緒じゃなかったのか?」
「今何時だと思ってるの? 帰るよ、早く立って!」
脇に手を入れて体を持ち上げる。
入院患者の介護で慣れているけれど、長身の佐野さんはかなり重い。
「わかったよ、帰るよ、帰ればいいんだろ」
フラフラしながら歩く佐野さんの腕を掴んで支えた。
支払いを済ませて、店を出ると雪が降って来そうなほど寒く、キーンと澄みきった空の向こうにオリオン座が輝いていた。
佐野さんの腕をつかんで、母に借りたセレナの助手席に乗せ、アパートへ向かう。
「アパートはすぐそこなんだぞぉ。歩いたほうが早いだろう」
ブツブツ言っている佐野さんを無視してアパートを探した。
昼と違って暗いので、道に迷いそうだった。
「ごめん、有紀・・・」
酔っ払っていたのが嘘だったみたいに、急に真面目な顔で佐野さんがうなだれた。
「佐野さん・・・」
「おまえには迷惑かけてばっかりだな」
「そんなこといいけど・・・彩矢からはまだ何も言ってこない?」
「だから松田先生の子だったんだろう。良かったよ、それで。彩矢ちゃんだって安心しただろう」
「・・・」
「もう、やめた。もう、いい。本当にうんざりする。女なんかもう懲り懲りだ。ずっとそうだったのに、バカだな、俺。ほんとにバカだ・・・」
佐野さん・・・。
まだ、全然立ち直れてなかったんだ。
助手席のシートにもたれて目を閉じている佐野さんの目に涙が光っていた。
もう、とっくにアパートの前に着いていたけれど、ひとりアパートに帰すのがかわいそうに思えて何も言えなくなる。
「あっ、もう着いてたんだな。じゃあ、帰るよ、帰る。悪かったな、こんな遅くに。本当にごめんな、有紀」
助手席のドアを開けて降りたので、一緒に降りてついていった。
頭はしっかりとしているようでも、千鳥足だ。階段でも踏み外したら大変なことになる。
「佐野さん、危ないよ。ちゃんと手すりにつかまって登らないと」
出入り口の引き戸を閉めて、階段を登る佐野さんの後ろをついていった。
「そんなに酔ってねぇよ。酔えないんだよ、どんなに飲んだって。バカヤロー!」
突然、大きな声で怒鳴った。
「やめてよ! 夜中なんだよ。みんな起きちゃうじゃないの」
小声で注意したけれど、益々調子にのって、わめき始めた。
「チクショー! 女なんかいらないよ。もう、たくさんだ、バカヤロー!!」
「やめてってば、お願いだから。鍵は? 鍵貸してよ、早く!」
ポケットから出した鍵ですぐにドアを開け、佐野さんの背中を押した。
「ほら、早く入って!」
「嫌なんだよ、このアパートは。もう忘れたいんだよ。助けてくれ、助けてくれよぉ!」
小学生みたいにすすり泣いていている佐野さんを見て、彩矢に対する怒りが湧いてくる。
佐野さんを思っての怒りなのか、嫉妬から来るものなのかがよくわからない。
玄関口で座り込んでいる佐野さんの靴を脱がせ、なんとかベッドまで連れて行った。
部屋の電気とストーブをつける。
掛け布団の上に倒れ込んでいる佐野さんをどうしたらよいものか。
いくらアルコールが入っていても、このまま寝ちゃったら、風邪を引くだろうな。
「佐野さん、お布団かけて寝ないと、風邪ひくよ。佐野さんってば!」
「わかってるよ、ちゃんとやるよ」
うつ伏せのままグズグズして全く動こうとしない。
「ダメダメ、すぐにやらないと寝ちゃうんだから。ほら、ちゃんと掛けなきゃダメだって」
「わかったよ、有紀、もう帰っていいぞ。ほんと悪かった、じゃあな」
突っ伏したまま、顔もあげずにそう言った。
今は一人で泣きたい気分なのかな。一人にしてあげたほうがいいのかも知れない。
8ヶ月前とほとんど変わりのないこの部屋。
彩矢に去られ、マイコプラズマ性肺炎に感染して、どん底だった佐野さんの介護をしていた頃が、私にとっては一番幸せなときだった。
使われてなさそうなキッチンを見て、なつかしさで涙が出る。
「帰らないのか?」
佐野さんがうつ伏せのまま呟いた。
「あ、今、帰る。ちゃんとお布団被ってよ。じゃあね」
「有紀、おまえ綺麗になったな。谷さんが羨ましいよ、そんなにまで想われて」
そう言うと、顔をあげて見つめた。
「どうして・・・どうしてそんなこと言うの? 谷さんのためじゃない・・・佐野さんが、・・・ずっと佐野さんが好きだった! 佐野さんだって私に忘れさせてくれないじゃないの!」
バッグをつかんで、部屋を飛び出した。
「有紀!」
泣きながら階段を駆け降り、すぐに車を走らせた。
しばらく車道を走って、やっと気持ちが落ちついた。
とうとう言ってしまった・・・。
あんなこと言うつもりなかったのに。
だけど、傷ついてるのは佐野さんだけじゃないって知って欲しかった。
私だって、私だって、ずっと、ずっと苦しかったんだよ。
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