六華 snow crystal 2

なごみ

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クリスマスの夜に

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わたし、わたし、今なにをした?


た、谷さんと。


マンションの鍵をまわしてドアを開け、玄関にヘタリ込む。


ーーなんて、なんてことを。


玄関の上がりかまちに腰をおろして、頭をかかえ込んだ。


わたしが、わたしがあんなことをするなんて。


「おかえり。有紀、何してんだよ、早く入れよ」


遼介はまだ寝ずに待っていた。


午前一時を少し過ぎたくらいだ。


「ごめん、ごめんなさい……」


「いいよ、忘年会の日ぐらい飲んだって。
ほら、立てよ。風邪ひくぞ」


遼介が腕をつかんで引き上げた。


「遼介、ごめん。ゆるして……」


泣きながら謝ったけれど、さっきの出来事を伝える勇気はなかった。


「どうしたんだよ、今朝のことか?   いいよ、俺だって悪かったんだから。車は次の仕事が決まってからにするよ。有紀の言う通りだから」


「……わたし、わたし、悪いことした。遼介に」


そう言ってすすり泣く。


「俺の方がもっと悪いことしてるよ。ごめんな、有紀、おまえには嫌な思いばかりさせて」


遼介にギュッと強く抱きしめられた。



5分ほど前に、谷さんにこうして抱きしめられて、キスをされた。


遼介に決して言えない秘密を持ってしまった。





遼介
12月20日

ーーゆうり、


彩矢ちゃんは子どもをそう呼んでいた。


俺からのクリスマスプレゼントなど、たぶん受け取ってはくれないだろうな。


だけど、何もしてくれないというのも寂しく感じるものではないだろうか。


そんな風に思い、デパートで有紀へのクリスマスプレゼントを購入した後、7階のおもちゃコーナーをのぞいてみた。


あげていいものかどうかも決められず、迷いながらも、アンパンマンやトーマス、木のおもちゃなどにふれていた。


「お子様、おいくつなんですか?」


三十を過ぎたくらいの女店員が優しく微笑みかけて来た。


「あ、えっと、、まだ、一歳を過ぎたばかりなんだけど、」


「男の子ですか?  女の子?」


「お、男です」


おもちゃコーナーで女店員と子供の話をするということに、ひどく照れ臭さを感じる。


「そうなんですね。これなんかは今とっても人気なんですよ。三歳くらいまで楽しく遊べますし、こまかい指の作業が左脳を刺激して、、、」


話を聞いているうちに断りにくくなり、その知育おもちゃというものを買ってしまった。


こんなプレゼントをひとつ買ったくらいでも、なにか父親になったような気分になるから不思議なものだ。


クリスマスのラッピングをされた、このおもちゃを、どうやって渡したらいいのだろう。


郵送するには送り主を記入しなければいけないだろうし、それだと送り返されそうな気がする。


クリスマスの夜に玄関にそっと置いて来るのがいいように思う。


匿名でそんなことをするのは俺しかいないだろうからバレるとは思うけれど。


彩矢ちゃんは不快に思うだろうか?





遼介
12月24日

有紀へのクリスマスプレゼントは、カシミヤ製の赤いマドラスチェックのマフラーを贈った。


「うわ~っ、めっちゃ、ど派手!」


と、言って顔をしかめた。


「有紀は赤が似合うだろう。今しているグレーのマフラーは地味すぎると思ってさ」


「わかった。去年のセーターの仕返しでしょう。あのセーター結局一度も着てくれなかったじゃないの」


「正月に有紀の実家で着たじゃないか。遥香ちゃんにその色似合わないって笑われたんだぞ」


「ふ~んだ、遥香のセンスを信じるわけね。まぁ、いいわ。このマフラー手ざわりが凄くいい!  私は赤が似合うし~」


有紀はそう言ってマフラーを首にまき、鏡を覗きこんだ。


「わ~  可愛い!  似合う~」


「だろう、俺の方がセンスは上だな」


「モデルがいいからでしょ。ねぇ、私のプレゼントも開けてみて!」


今年は小さめの箱だから、セーターではなさそうだ。


開けてみると高級ブランドの長財布だったが、俺の嫌いな柄だ。


気に入らなくても喜ぶのが優しさなのだろうかと迷っていたら、好みではないことが十分伝わってしまった。


「なによ、また気に入らないの!  高かったのに」


「いかにもって感じの柄が嫌なんだよ。こんな高い財布なんか無理して買うなよ」


「じゃあ、また使ってくれないのね。いいわよ、自分で使うから」


拗ねて泣きそうな顔をしている有紀を見て、申し訳ない気持ちになる。


「返品交換はできないのかな?」


「あ、レシートがあるから出来るかも。そうね、エピなら無地だから遼介の好みかも」


「じゃあ、無地のにしてくれよ。財布はくたびれてきたから新しいのが欲しかったんだ」


「わかった。じゃあ、無地の黄色でいい?」


「なんで黄色なんだよっ、黒でいいよ!」


黄色なんて、一体どんなセンスをしているのか。


「だって黄色の財布は金運があがるって聞いたんだもん。黄色のお財布かわいいよ」


「可愛くなくていいよ。黒にしてくれよ」


有紀のセンスにまかせてたら、持ち物がみんな原色ばかりになりそうだ。



時計が12時をまわり、日付が25日に変わった。


有紀には内緒で、ゆうりへのクリスマスプレゼントを届けに行かなければいけない。


嘘をつくのは嫌だったけれど、わざわざ不快にさせるようなことを正直に伝える方が悪いような気がして、「急患の連絡が入ったから、ちょっと行ってくる」と言って出かけた。


深夜の住宅街は、街中のようなにぎわいはなく、やはり深閑としていた。


それでも家をイルミネーションで飾る家が、最近はずいぶん増えた。


色とりどりのLEDライトがきらめく家々を眺めながら運転する。


道路が空いていたので、うちのマンションから十分ほどで彩矢ちゃんの実家に到着した。


だけど、玄関にはBMWが停まっていた。


これは松田先生の車だ。


離婚したのではなかったのか。


また、よりを戻したのだろうか。


妊娠したという、莉子の子供はどうなったのか。


とにかく、松田先生が来ているのに俺がプレゼントなどを置いていくわけにはいかない。


松田先生とよりを戻したのならひと安心なはずなのに、なにか残念な気持ちになるのは何故なのだろう。


『この子は戸籍上もそうだけど、これからもずっと松田の子だから』


震える声でそう言った彩矢ちゃんの言葉を思い出す。


ゆうりに父親らしいことを全くさせてもらえないことの寂しさ。


ーーゆうり、もう一度この手で抱きしめたい。


彩矢ちゃんの家のベランダから、カーテン越しにツリーのライトがチカチカと点滅するのが見えた。











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