六華 snow crystal 8

なごみ

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身辺調査

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翌日、聡太くんは大学へ行き、いつもと変わらない日常が戻る。


今日は飲食店でのバイトがあるから遅くなると言っていた。


足の捻挫もほぼ痛みなく回復したので、わたしもそろそろ本格的に介護の仕事を探さなくてはいけない。


ネットで探すこともできるけれど、ハローワークのほうが信頼のあるところを紹介してもらえそうな気がした。


軽くメイクをして出かけようとしていたら、珍しくインターホンのブザーが鳴った。


宅配かな?


聡太くんがなにか頼んだのかも知れない。


モニター付きのインターホンではないけれど、受話器だけは付いているので真駒内の家よりはずっと安心だ。



「はい?」


宅配業者だと思って受話器を持ち上げ、応答すると、



「釧路の島村です」


聞こえたのは 、、


聡太くんのお母様の声だった。




居留守を使うわけにもいかず、仕方なくドアを開けた。



昨日の今日だというのに、なにをそんなに慌てて訪ねてくることがあるのだろう。


わたしのような者とは一刻も早く別れさせたいということか?



「聡太はいるの?」


開口一番、冷静な口調でお母様はそう尋ねた。


「い、いえ、、今日はもう大学へ行ってます。テストがあるとかで、、」


うつむきながら、オドオドと小声で答えた。


「そう、それはよかったわ。あの子がいるとややこしくなるから。上がらせて頂いてもよろしくて?」


「は、はい、、どうぞ」


涼しげで上質な麻のワンピース。


スラリとした美人のお母様にとても似合っていた。うちの母とは何から何まで対照的に見える。


せまい玄関でベージュのトゥパンプスを脱いだお母様が、わたしの後に続いて部屋に入って来た。




昨日、私たちが朝早く釧路を出て行ったあと、お母様もすぐに飛行機の手配をしたとのこと。


釧路から丘珠空港行きの便で昨夜札幌に到着し、ホテルに泊まったのだと言う。


ソファも置いてないので、どこに座らせて良いのか迷う。


仕方なく、聡太くんの部屋からデスク用のキャスター付き椅子を持ってきた。


「あの、、この椅子でよかったらどうぞ」


「本当に何にもない部屋なのね」


呆れたようにお母様は部屋を見わたし、用意した椅子に腰をおろした。


「そういえば聞いてなかったけど、あなた仕事は?」


「…今は失業中です。介護の資格を取ったので、ハローワークへ行こうとしていたところです」


出かける用事があったことを伝えたら、早く帰ってくれるのではないかと期待を込めて言ったけれど。



「あら、そうだったの。出がけにお邪魔して悪かったわね。あなた、失業する前は何をしていたの?」


出がけに邪魔して悪かったと謝りながらも、全く気にしたようすは見られなかった。


その上、聞かれたくないことまで言わなければいけない。


「以前は保育士をしていました。自分には向いてないような気がして、、」


「そうね。それは賢明な判断だわ。あなたに子育ては難しいと思うわよ。それで? 聡ちゃんとはどこでどうやって知り合ったの?」


以前、誘拐事件で取り調べを受けたときの警察官以上に、厳しく感じられる尋問だった。


「自動車教習所です」


余計なことは言わず、聞かれたことだけ答えることにした。



「教習所! なるほどね~  それで? 声をかけたのは聡ちゃんのほうからなの? あの子が女の子に声をかけるなんて意外なんだけど?」


わたしが誘惑して、たぶらかしたと思っているのだろう。


「……聡太くん、自販機の前で飲み物が買えずにいて、、銀行に寄る時間がなくて、お金を下ろせなかったみたいで。それで缶コーヒーをプレゼントしてあげたんです」

 
「じゃあ、それがきっかけで?  まぁ、そうだったの。缶コーヒー1本でねぇ」


まるで、エビで鯛を釣ったとでも言いたげな口ぶりだった。



「それで? あなたはどうなの? 本気で聡ちゃんと結婚するつもり?」


「……したいと思ってます。反対されるのは分かってますけど」


「なぜ反対されるのか分かってる?」


「わたしは、、ふさわしくないってことですよね」


こんなこと、自分で言ってはいけないんだ。もっと自分を大切にしないといけないのに。


わたしはいつも相手の顔色を伺い、相手の望むようなことを言ったりしたりしてしまうのだ。


「分不相応な結婚っていうのはいずれ破綻するものなの。意地悪したいわけじゃないのよ。お互いの幸せのために言ってるの。でも、今の聡ちゃんにはなにを言っても無駄でしょう。初めて彼女ができて有頂天になってるんですもの。悪いんだけどあなたの方から別れて頂戴。妊娠したなんてことになればややこしくなるだけだし、一番傷つくのはあなたよ」


「………… 」


わたしは確かに聡太くんにふさわしくない。


それはこの人に言われなくても分かっている。だけど、このまま言いなりになって引き下がりたくなかった。


わたしにだってプライドがある。こんなにまで言われる筋合いはないんだ。







「……わたし、聡太くんを愛しています。彼が別れたいって言わない限り、別れません」


これはお母様とではなく、自分との戦いだった。もう自分を蔑んだり、見下すようなことはしない。


わたしは自分の幸せのために戦わなくてはいけない。自分を貶めるような人には抵抗するべきなんだ。どんなに怖くても。


「あら、意外と頑固なのね。でも私も簡単に引き下がるわけにはいかないの。結婚は一生の問題よ。大事な息子が不幸になるのを黙って見過ごすわけにはいかないでしょう」


「なぜ不幸になるって分かるんですか? わたしたち、幸せになれます!」


一度でも抵抗してみると、もう恐怖はあまり感じなくなっていた。お母様をしっかりと見据え、強い口調で答えた。


「……さすがにしたたかね。苦労して育っただけのことはあるわ。私たち、あなたのことを見くびってたみたいね」


ずっと強気だったお母様が少し怖気づいたかのように顔を引きつらせた。






二人の間に息の詰まりそうな沈黙が続いた。


お母様が沈黙を破り、バッグの中から茶封筒を取り出した。


「百万円入ってるわ。お願いだからこれで勘弁してもらえないかしら。ううん、足りないならもっと出してもかまわないわ」


さっきまでとは打って変わったような低姿勢に驚く。それにしてもお金で解決しようなんて、あまりに人をバカにしている。


「お金なんて要りません! わたしは聡太くんと結婚して二人で幸せになりたいんです。どうか許してもらえませんか?」


わたしはもう、言いたいことがちゃんと言える。


それはわたしにとって、素晴らしく達成感を感じられた貴重な体験だった。


「……これ以上、話し合っても無理みたいね。わかったわ。でも、あなたの身辺調査だけはさせてもらいますからね。どんな経歴の持ち主なのかはちゃんと把握させていただくわ」


お母様はキャスター付きの回転椅子から立ち上がると、バッグをつかんで玄関へ向かった。






ーーー身辺調査


わたしの過去が全部明るみに出てしまうのか。



わいせつ教師とのことや、義父のことまでバレるようなことになれば、もう完全にアウトだ。


それがバレずに済んだとしても、雪花ちゃんの誘拐事件はきっとバレてしまうに違いない。


そうなれば潤一さんとの関係も……



あまりに暗く、惨めなわたしの過去。



聡太くんにはなんとか打ち明けられても、このご両親には絶対に知られたくない。


知られても尚、結婚しますと言えるほど、わたしは強くなれない。


強気だったわたしの勢いが、見事なほどスルスルと失われていった。


玄関で靴を履き始めたお母様を呼び止めた。



「お母様、、あ、あの、わたしやっぱり聡太くんと別れます」








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