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不愉快な訪問者
しおりを挟む開業資金のうち、大きな割合を占めるのがCTやMRIなどの画像診断装置だ。最新の機器を投入すれば、かなりの資金が必要となるが、それに一億円の借金を上手く上乗せして借りるしかない。
忙しい毎日の仕事の合間に調査をし、シュミレーションを繰り返した。河島教授からのアドバイスも参考に、なんとか集客できそうな場所も決まって、開業も現実味を帯びて来ていた。融資の目処もなんとかなりそうでホッとする。これも河島教授の口添えがあってのことだ。
家の中は以前にも増してひどい乱雑ぶりだったが、いつも以上に忙しいのだから仕方がない。散らかったリビングでビールを飲みながら、医療スタッフのことも考えておかなければいけないと思った。
ナースは美人ぞろいにしたいところだが、そんな贅沢は言ってられないだろう。何よりも優秀な人材を集めなければいけない。マヌケなスタッフを雇って、医療ミスなど起こされてはたまったものではない。
そんなことをアレコレと考えていたら、インターホンのブザーが鳴った。
時計をみると、すでに夜の九時を過ぎていた。宅配にしても随分遅い。
モニターをのぞいてみると、若い男が映っていた。
やはり宅配か?
と、一瞬思ったが、よく見ると知った顔だった。
俺から美穂を奪った男だ。
確か、島村とか言ってたな。
一体なんの用があって来たのだろう。
こんな若造と話をしているほど暇じゃない。居留守を使おうかと思ったが、もしかして美穂になにかあったのだろうか。
仕方なく玄関ドアを開けた。
「あ、夜分遅くにすみません」
クソ真面目な顔をした生ちょろい男が軽く頭を下げた。
「一体、なんの用だ?」
不機嫌に島村という男を睨みつけた。
「あ、あの、もしかしてこちらに美穂さんが来ているのではないかと思って………」
島村は申し訳なさそうな顔をしてうなだれた。
「どういうことだ? 美穂と別れたのか? あいつが俺のところに来るわけないだろう」
「わ、別れたわけではありません。少なくとも僕の気持ちは変わってません」
キッパリと切実な思いを込めて若造は言った。
「じゃあ、美穂の方から別れ話を切り出されたってわけか?」
「い、いえ、突然、なにも言わずに出ていかれてしまって……」
虚ろに視線を泳がせながら、オロオロしたように言った。
「それはフラれたってことだろう。俺のところには来ていない。多分、祖母の家だろ。真駒内にある幽霊屋敷みたいなボロ屋だ」
「その家にも行ってみました。お母さんが一人で住まれていて、美穂さんは来てないと言われまして、、」
「母親が!……そうか、美穂の母親が住んでるのか」
ずっと行方知れずだった母親が帰ってきていたのか。
「はい。以前、美穂さんの荷物を取りに寄った時、一度会いました。美穂さんはお母さんと一言も口をききませんでした。二度と関わりたくないと言って」
長年会ってなかった母親と再会したんだな。確かに自分を捨てた母親と同居する気にはなれないだろう。
「本当に美穂さん、ここに来ていませんか?」
若造は俺に疑いの眼差しを向けた。
「来てないと言ってるだろう。そんなに信じられないなら中に入って探せよ」
男にアゴで指図をした。
「あ、、いえ、居ないならいいです。でも、まだ仕事も決まっていなかったから、アパートを借りるのは難しいかと思って……」
途方にくれたように男はうなだれた。
美穂はどこがよくて俺よりこいつを選んだのか。目の前の男になんとも言えない妬みの感情が湧き起こった。
「新しい男でも見つけたんじゃないのか? 俺をフルような女だからな。よほど変わり者が好きなんだろう」
「美穂さんはそんな人じゃありません! あなたは長いこと付き合っていたのに、美穂さんのことをなにも知らないんですね」
島村は突然怒り出し、俺に不満の矛先を向けた。
「八つ当たりがしたくて俺のところに来たのか? そんなだからおまえはフラれたんだよっ! 諦めんるだな」
こんなバカの相手などしてられるかと思い、ドアを閉めようとすると、島村は無理やり玄関に割り込んだ。
「やっぱり家の中、調べさせてください!」
「やかましい! さっさと出て行け!!」
男の肩を突き飛ばし、ドアを閉めた。
まったく、夜遅くに来てなんて野郎だ。
それにしても美穂は一体どこへ消えたんだ?
あの若造は面白みのない男だけれど、結婚には向いてるように思えた。美穂はなにが不服であの男を見限ったのか。
まぁ、一度でも俺みたいな男と付き合ったら、あんな青二才では満足できないだろうな。要するに美穂は、物足りなくて飽きてしまったのだろう。
でも、それならなんで俺のところに戻って来なかったのか。俺にはすっかり愛想を尽かしていたのか。
すさんだ乱雑なリビングと、日々の不健康な食生活に嫌気がさし、美穂が恋しくなった。
俺は結婚だってしてやろうとしたのに、なんだよ、あいつ。
ソファに寝転び、恨みがましい目で天井を見つめた。
もしかしたら美穂は居留守を使っているのではないのか。あの島村って男はストーカーなのかも知れない。一見真面目そうなのが意外とアブナイ男だったりする。
あいつの美穂に対する執着は異常にさえ思える。間違いない。美穂は多分、あの幽霊屋敷にいる。
開業のほうはトントン拍子とまでは行かなくても、ほぼメドがついた。医療業界に精通しているコンサルタントとの基本コンセプト等の話し合いも済み、オペも可能な中規模病院ということになった。
借金は膨大な額になるが、怖気づいている場合では無い。ここまできたら腹を括って突き進むだけだ。
仕事帰り、真駒内の幽霊屋敷に寄った。
美穂があの島村と別れたというなら、よりを戻したい気持ちがあった。
きちんとした環境で、健康的な生活を送らなければいけない。外食やコンビニで済ますような食生活では、そのうち病気になってしまうだろう。
数十人のスタッフを従える病院の経営者になるのだ。健康には十分なほど気をつけなければいけない。今の俺には、あの献身的な美穂以外に、サポートしてくれそうな女は他に思い浮かばなかった。
ボロい幽霊屋敷の前に立ち、少し緊張した。美穂は俺に対しても居留守を使うかもしれない。ひとつ深呼吸をして玄関横のブザーを押した。
「はい? どちら様?」
ドアの向こうから、美穂ではない女の声が聞こえた。母親なのだろう。
「こんばんは。松田というものですが、こちらに美穂さんはいらっしゃいませんか? 家事代行サービスの仕事のことで相談があるのですが?」
仕事の話であれば、無下に断られることはないような気がした。
ガチャリと音がしてドアが開いた。
土気色した痩せぎすの女が不振の目で俺を見すえた。
美穂にはあまり似ていない。まだ五十を過ぎた頃だとは思うが、すでに老婆のように老けて見えた。
「美穂はまだ仕事から帰ってません。もうすぐ帰るとは思いますが、、」
予想は的中した。
やはり、美穂は母親とここに住んでいたのだ。
「そうですか。仕事の依頼で伺ったのです。以前、とても助けられたもので。もうすぐ帰って来られるなら、このまま車の中で待ってますよ。じゃあ」
母親に一礼して車に戻った。
車の中で15分ほど待っていたら、両手に買い物袋を下げた美穂が歩いてくるのが見えた。
美穂はどんな反応を示すだろう。
もう俺にはまったく未練はないのだろうか。一抹の不安を消し去るように、思い切って車のドアを開けた。
「よお、美穂! 久しぶりだな」
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