六華 snow crystal 8

なごみ

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母との生活

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母は真駒内から一番近い総合病院に運ばれた。


救急外来の廊下で待っていたら、ドクターから病状の説明があるとナースに言われる。


CT画像などが並べられた個室に案内され、一体どんな悪い病気だろうと動揺したけれど。


まだ年若いドクターがしらけたようにあっさりと、「熱中症ですね」と言った。


熱中症!!



高齢者でもないのに一体なにをやっているのか。人騒がせな母に腹が立った。


それでも、発見が遅かったら命取になっていただろうとのこと。







点滴をされて二時間ほど経つと母は目を覚ました。



「あら、美穂? あなたどうしたの?」


なぜこんなところに居るのか、理解できてないようで、虚ろな目で病室を見まわした。


「お母さん、熱中症で倒れていたのよ。発見がもう少し遅れてたら手遅れだったかも知れないのよ。暑い日はちゃんと水分を摂らなきゃダメじゃない!」



すっかり回復したように見えた母親に、苛立つ気持ちが抑えられない。


「あら、ずいぶん余計な真似をしてくれたのね。そのまま死んでたほうがよかったのに」


母はそう言うと、プイと顔をそむけた。



十年ぶりに会っても性格はちっとも変わってなかった。


相変わらず身勝手で、どこまでも幼稚だった。






翌日にはすっかり元気を取り戻し、退院となる。


まだ頭痛がひどいのに薬も出してくれないとぼやく母に呆れ、会計の窓口で入院費五万七千円を支払う。


たった一泊で五万七千円……


こんな身勝手な母と暮らしていたら、八十万の貯金はすぐになくなる気がした。


もう自力でも歩けるようになった母と、決別したい気持ちを抑え、タクシーに乗った。







まだ、わだかまりは残っているものの、実の親子なだけあってか言いたいことは遠慮なく言えた。


もう、子供だった頃のわたしではない。母など少しも怖くない。


だけど今更この母に、過去の恨みごとを訴えたところで気が晴れることはないだろう。




「あなたに発見されなかったら、苦しまずに熱中症で死ねたのに」


母はタクシーの中で、支払ってあげた医療費の礼も言わずに、そんな恨みごとをつぶやいた。それは強がりでなく、真実のように聞こえたけれど。



本当に死ぬ気だったのだろうか。


「余計なマネをしてすみませんでした。今度はもう止めないので上手くやってください」


優しい気持ちなど少しも湧いてこなかった。今までの恨みつらみも重なり、辛辣な言葉で応酬した。



「ふん、一人娘にこんなこと言われて見捨てられるんだから、本当にもう死んだほうがマシだわ」


見捨てたのはお母さんの方じゃない。まだ十四歳の娘を捨てるなんて、まともな母親のすることじゃない。


さすがにタクシーの中で、これ以上いがみ合う気になれず、黙っていた。




幸せから見放された親子。


母自身も幸運には縁遠いタイプ。


だから碌でもない男とばかり結婚するハメになったのだろう。


それは母自身が自ら招いた不運のような気がするけれど。


わたしも同じような人生を歩むのだろうか。





人には与えられた境遇というものがある。


そんな不遇な環境を与えられ、これまで必死の思いで生きてきた。


母もわたしも決して褒められるような生き方ではなかったけれど、それでもなんとか頑張って生きてきたのだ。


死にたいくらいの哀しみをいくつも乗り越えながら。


それを思うと母を責める気持ちも低下し、不遇な運命を共に歩んできた同士のようにさえ感じた。


他の人には理解できないかも知れない。






翌日、夕食後の後片づけをしていたら、玄関のブザーが鳴った。


多分、聡太くんに違いないと思った。


母に事情を話し、ここには来てない事にしてもらう。




ーーやはり、聡太くんだった。


「あの、夜分遅くにすみません。こちらに美穂さんは来ていませんか?」


玄関のドア越しに、聡太くんの哀しげな声が聞こえて胸が苦しくなった。


「来てませんよ。あの子は私のことを嫌ってますから。なにかあったんですか?」


さすがに母は嘘が上手かった。


「はぁ、すみません。なにも言わずに出て行かれてしまって、、」


「あの子は気まぐれなところがありますからね。気にすることはありませんよ」


「あ、あの、もし、美穂さんがこちらに来られることがあったら連絡をくれませんか? どうしても話したいことがあって、、すみませんがよろしくお願いします」



お願い、もう、わたしのことなんか忘れて。







「どうして居留守なんか使ったの?  あなたにはもったいないくらいの人じゃない。別れたのはもしかして、私のせいなの?」


誰がみても好青年にみえる聡太くんだ。母が残念な気持ちになるのも無理もない。


こんな母でも娘には、良縁に恵まれて幸せになってもらいたいという気持ちがあるのだろうか。


「聡太くんはまだ大学生よ。わたし、彼の人生の邪魔をしたくないから」



「…人生の邪魔?」


納得しかねると言いたげに、母は不信の目を向けた。


「……と、とにかく、彼とは別れることにしたの」


彼の母親にアパートに乗り込まれ、身辺調査すると脅された。そんな惨めな話はしたくもない。



聡太くん、黙って出て来て本当にごめんなさい。


あんなに良くしてくれたのに。



だけど、別れることがわたしが聡太くんにしてあげられる最良のことだから。







介護施設長との面接を終え、無事に就職ができたけれど。


仕事は思っていた以上にハードで、早くもめげそうになる。


仕事内容以上に人間関係がキツい。慢性的な人手不足で職員は常にイライラしていた。


忙しく殺伐とした雰囲気の中では、聞きたいことも中々聞けない上に、手順などを間違えるとこっぴどく叱られた。


保育所も忙しい職場ではあったけれど、こんなにギスギスとした人たちではなかった。


今日も散々なダメ出しをされて、一日の仕事をなんとか終えた。



介護の仕事など、もっとテキパキやれると思っていたけれど。来週からは夜勤にも入らなければいけないのに。



憂鬱な気分で仕事帰り、スーパーに寄った。


野菜や卵、お豆腐、コンニャクなどを買い込み、かなりの重さになる。重い足取りで買い物袋を下げ、自宅へ帰った。





家の前に黒い車が止まっていた。


いきなりドアがあいて、降りてきた人は、、


「よお、美穂! 久しぶりだな」



潤一さん!!









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